第33話 権利には相応の責任が伴うものです

文字数 4,396文字

登場人物
・ツナミ・タカユキ: HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男
・ミシマ・ユウ: 同副長兼船務長、22歳、男
・アマハ・シホ: 同主計長兼皇女殿下付アドバイザ、26歳、女、姐御肌
・マシバ・ユウイチ: 同技術長兼情報長兼応急士、21歳、男、ハッカー

・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:
 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女

・〝キム〟 キンバリー・コーウェル:
 テルマセク工科大学の学生、17歳、女、ハッカーの才能有

・ビダル・クストディオ・ララ=ゴドィ:
 扯旗山(ちぇきさん)の私掠組合の首領、35歳、男、通称〝不死の百頭竜(ラドゥーン)
・ギジェルモ・デル・オルモ:
 ララ=ゴドィの片腕、〝策士〟兼〝相談役〟、31歳、男、実はハッカーもする

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 ベイアトリス朝ミュローン帝政連合の皇位継承権者エリン第4皇女殿下の座乗艦〈カシハラ〉に〝扯旗山(ちぇきさん)〟の『私掠組合(ギルド)』──宙賊の首領ビダル・クストディオ・ララ=ゴドィが訪れていた。
 〈カシハラ〉側から持ち掛けた『取引』に組合(ギルド)の側が乗ったのだった。ララ=ゴドィは『宙賊航路』の宙賊にミュローンの小娘がいったいどのような〝白地の小切手〟を振出すのか、興味があった。
 だからいま〝不死の百頭竜(ラドゥーン)〟ララ=ゴドィは表の舞台で『皇女との謁見(茶番)』を演じているわけなのだが、その裏舞台では、〝扯旗山(ちぇきさん)の策士〟、ギジェルモ・デル・オルモが〈カシハラ〉の艦内システムへの侵入を試み、それを迎え撃つ〈カシハラ〉のハッカーとの間で、静かだが短く熾烈な攻防を繰り広げていた──。


6月17日 1840時 【H.M.S.カシハラ/情報支援室】

「──結構、粘るよねぇ……」
 立体表示(ホロディスプレイ)のアイコンを目まぐるしく爪弾き(フリックし)ながらキンバリー(キム)・コーウェルは、(かたわ)らの席のマシバ・ユウイチの横顔に言った。言われたマシバは、こちらはキーボード上の指を電光石火の如くに(はじ)きながら、彼女に比べて余裕のない声で応える。
「そっちに〝逃がし〟た── 今度こそ捕まえろよ!」
 キムは立体表示(ホロディスプレイ)の上から視線を動かさず、アイコンを爪弾き(フリックし)続ける。
 マシバの操作(オペレーション)は適切で的確だった。疑似エントリと逆探索の組合せ(コンボ)を〝見せ〟て、逆乗っ取り(スナッチ)を仕掛ける。

 ──でも届かない、か……
 べつにユウイチが遅いんじゃない……。
 この相手が尋常じゃないのだ。キムは援護(フォロー)に回って想定した経路の組合せ全てに防壁を展開する。間に合わない。

「──ダメ」 キムは言って、最後の一手をダメを承知で放つ。
 案の定、侵入者は複数の疑似エントリを逆に放つと防壁の展開に時間差(タイムラグ)を作り逃げ去っていった。〝最後の一手〟として放った〝トロイの木馬(ドロッパー)〟を完全に分解するという余興までやってみせて……。

「逆エントリ、解除…… 逃げられちゃったね」
「…………」
 まるで〝いい試合(スポーツ)〟をした直後の女子高生のようなサバサバとした表情(かお)でそう言うキムに、マシバは徒労感を露わに天を仰ぐ。ただ彼女を責める様なことはない。(マシバ)彼女(キム)の〝役回り〟でこの追跡を行っていたとしても、結果は変わらない──むしろ侵入の完成を許していたかも知れない──ことは理解して(わかって)いる。

 マシバはゆっくりとシートを回してミシマ・ユウの方を向いた。
「副長。これまでです……」 言って項垂(うなだ)れる。
 言われて『副長』のミシマは、この場に助言者(アドバイザ)として来てもらっている『機関長』オダ・ユキオと顔を見合わせた。年長者の助言を仰ぐことは艦長のツナミ・タカユキの指示だった。実際オダという男は客観的に物事を観察す()ることに慣れていて、とくにこのような場で信頼できるとミシマも思っている。そのオダがわずかに肯いて返して来る。

 ミシマはマシバにもう一度確認した。
「侵入は撃退した── 情報を盗まれてはいないし、乗っ取られてもいない── という理解でいいな?」
「──データバンク、コマンドライブラリ、いずれへの侵入も許していません。マルウェアも展開させませんでした」 その言葉に、傍らでキムが小さく胸を張ってみせる。
 マシバの答えを聞いて、オダが落ち着いた声でミシマに直言した。
「では実害は皆無だったわけです。どうでしょう。ここは下手に騒ぎ立てず、相手の次の出方を見てはどうです?」
 ミシマは肯いた。それは彼自身の考えと一致していたからだ。
 それでミシマは個人情報端末(パーコム)を操作し、ツナミへと事の顛末とその考えを伝える文面を簡潔に入力(タイプ)し送信した。


6月17日 1842時 【格納庫内 ウィキッド・ウェンチ(あばずれ娘)号/乗員船室(クルーキャビン)

 侵入を試みて『8分』でギジェルモはそれを諦め、(カシハラ)のシステムの中から退去、形跡を消して回線を切断している。
 ──散々に追い立てられ、()()うの(てい)で〝逃げ出し〟た格好だ。

 この侵入路、周辺設備の汎用入出力接点(インタフェース)通信規約(プロトコル)を使う手法は、そうと警戒したところで現実的な対処を打つことは難しい。〝裏口〟とそのパスコードのマップを持った自分たちが圧倒的に有利だったはずだ……。
 だが実際にはギジェルモは罠に嵌りかけ、何もできずに一目散に逃げ出さざるを得なかった……。

 ギジェルモはようやく一息つくと、目論見の甘さに嘆息する。
 ──まあいい…… オレは神さまじゃない……こういうことだってあるさ……
 それから酒瓶(ボトル)(グラス)に手を伸ばし、まだ姿を見ぬ敵手へ称賛の杯を掲げるのだった。
 そして一人嗤い出す。
 ──あとは〝船長(キャプテン)〟の方の首尾しだい、だ…… 〝成るように成れ(Que Sera, Sera)〟と……‼


6月17日 1850時 【H.M.S.カシハラ/特別公室】

 その〝船長(キャプテン)〟ララ=ゴドィの首尾である──。
 皇女との謁見が始まって、もう20分程が過ぎていた。
 ギジェルモがこの(ふね)のシステムへの侵入を首尾よく果たせているなら、もう何らかの動きがあってよかったが、その兆しはなかった。どうやら不首尾であったらしい。
 ──〝(ギジェルモ)〟ほどの電脳技師(〝魔法使い〟)が入り込めないとは…… この(ふね)には余程腕のいい電脳技師が付いてるのだろう。

 ララ=ゴドィはそんな内心の算段なぞ(おくび)にも出さず、皇女との談笑を楽しんでいるふうを装い続ける。
 だが〝世間話〟だけ(ヽヽ)を続けるというわけにはさすがにいかない。
 話題は次第にミュローンの政変に対する〝扯旗山(ちぇきさん)〟の動向と、ベイアトリスの振出す〝白地の小切手〟の話になっていった。

「──『私掠(しりゃく)免許状』、ですか……」
 ララ=ゴドィが、このようなときの想定問答で用意される用語の一番手であろうそれ(ヽヽ)を口にすると、エリンは静かにララ=ゴドィを見返した。同席するツナミ・タカユキ艦長はアマハ・シホ宙尉と顔を見合わせたが、その表情は露骨に曇っている。

 ララ=ゴドィとしては(うやうや)しく首を縦に振ると、一応すじ道の通った見解を開陳してみせる。

 ──〝扯旗山(ちぇきさん)〟としては皇女殿下一行の(カシハラ)への援助は(やぶさ)かではない。水・食料・燃料の他、武器弾薬についても可能な限り用立てさせてもらう。ただし、それを表立って行うことはご容赦願いたい。つまり連合(ミュローン)と正面からコトを構える様な真似はできない──。

 その様な事情から殿下から受ける見返りは、宙賊行為の〝お目溢(めこぼ)し〟──『私掠(しりゃく)免許状』の交付が適当ではないか、と…──。

 ララ=ゴドィにしてみれば、この時点でどの程度の見返りを期待してよいか判断のしようがない──そもそも皇女殿下一行の帝国本星(ベイアトリス)行が成功するかわからない──から適当である。
 失敗して紙屑となるかも知れず、さりとて全く無視するのはいかにも〝目端が利かない〟ようで癪である──そんな程度のことだ。
 仮に彼女の賭けが成功したのなら、その時は値を吊り上げればよい。『私掠(しりゃく)免許状』はその時のための〝最初の掛け金(オープニングベット)〟にでもなってくれれば、それでいい。
 そしてララ=ゴドィと〝扯旗山(ちぇきさん)〟の『私掠組合』にとって、じつは『私掠(しりゃく)免許状』などはどうでもよかった。そんなものが有ろうが無かろうが『宙賊航路』での稼業に影響などない。


 エリンはしばし考えるように目線を伏せた後、ゆっくりとした口調でララ=ゴドィに対し口を開いた。
「私掠免許状はすぐに出せると思います…… ですが、それはさほど〝船長(キャプテン)〟ララ=ゴドィの利益にはならないと思います」
「……?」
 皇女の言い様に、ララ=ゴドィは怪訝な顔を向けた。同じように皇女の側で臨席する士官たちも同様にエリンを向く中、そのララ=ゴドィに対し、エリンは静かに、しかし決然とした表情で言った。
「わたしがベイアトリスに帰れば早晩『帝権』は安定します ──戦時にのみ(ヽヽヽヽヽ)、その効力を持つ『私掠免許状』は早々に意味を失うでしょう。ミュローンは平時の〝略奪行為〟を決して是認しません」
「…………」 
 少し驚いたように皇女を見返していたララ=ゴドィは、話の帰着を覗うように先を促す。

 エリンは相手の警戒を解くように、微笑を浮かべてみせた。
「──わたしとしては、それよりも平時より効力を持つ(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)『復仇免許状』を発行しようと思うのですが……」
「復仇免許状……?」 話の落し処が見えず、ララ=ゴドィが眉を上げる。
 エリンは続けた。ツナミもアマハも、そしてカルノー宙兵隊少佐も、固唾を飲んでいる。
「その際には、併せて(ヽヽヽ)〝マレイズ(しょう)〟を通る航宙軌道の使用料徴収権と〝扯旗山(ちぇきさん)〟の租借権、共に〝40ヵ年〟をお約束します」

「あ……」 ララ=ゴドィは言葉を失った。
 これでは〝白地の小切手〟というより〝空手形〟だ──。しかし〝空手形〟なのであれば、話は大きく持って行った方がいい。この娘はそれを知っている……。

「我々〝宙賊〟に『自治権』を与える……というのですか?」
 ララ=ゴドィは用心深く訊いた。
 そんなララ=ゴドィに、エリンは重ねて言う。
「既に〝扯旗山(ちぇきさん)〟の行政について、手続き的知識(ノウハウ)も権益もお持ちでしょう ──権利には相応の責任が伴うものです。責任を持とうとしない方と交渉をするつもりはありません」

 実はこの〝扯旗山(ちぇきさん)〟の宙賊に自治権を与えて取込む、というアイデアは、エリンがいま思い付いたというものではなかった。これは政治学者でもある父スノデル伯クリストフェルと彼女がよくした政治的駆け引きの思索(ゲーム)の中で扱った題材の中から生まれた考えの一つだった。
 あまりに現実的でないそのエリンの考え出した原案(アイデア)に初めて父は興味深そうな表情になって耳を傾けてくれ、最後には彼女と一緒になって愉しそうに細部(ディテール)をあれこれと詰めてくれたものであった…──。


 皇女(エリン)のその目の語りかけるものに、ララ=ゴドィは抗せない自分を識った。
 だが狙って奪うのが宙賊というものだ。守るべきものを持ってしまって──〝責任〟を持ったものを──果たして宙賊と言うのだろうか……?

 そんなララ=ゴドィを見て、エリンは確信を持った表情(かお)を隠すことなく言う。
「──『組合』にとっても、〝出資〟されている方々にとっても悪い話ではないと考えますが、如何(いかが)でしょう?」
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