第30話 〝何か不思議なもの〟でも見たかのような

文字数 3,825文字

登場人物
・ツナミ・タカユキ: HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男
・ミシマ・ユウ: 同副長兼船務長、22歳、男
・アマハ・シホ: 同主計長兼皇女殿下付アドバイザ、26歳、女、姐御肌

・ガブリロ・ブラム:
 星系自治獲得運動組織"黒袖組"のシンパ、学生、26歳、男
・フレデリック・クレーク:
 シング=ポラス選出の帝政連合議会の議員。40歳、男、自意識過剰

・カルノー: アスグラム宙兵隊長、宙兵隊少佐、35歳、男
・オーサ・エクステット: 宙兵隊上級兵曹長、25歳、女、接舷攻撃支援機小隊長

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6月16日 1100時 【〝扯旗山(ちぇきさん)〟/港湾桟橋区】

 接岸している船舶のほとんどが〝堅気(かたぎ)〟のフネではないという、そんな『宙賊航路』の住人たちの根城──〝扯旗山(ちぇきさん)〟の桟橋区画に降り立ったのは、ミシマ・ユウとアマハ・シホ、ガブリロ・ブラム、そしてフレデリック・クレークの四人に、帝国(ミュローン)宙兵隊のオーサ・エクステット上級兵曹長を加えた五人である。
 憮然とした表情(かお)周囲(あたり)を見渡したミシマが〈カシハラ〉から乗り入れた小艇に残る()帝国宙兵隊少佐カルノーに頷いて返すと、少佐は艇の気密扉の影に引っ込んだ。
 彼らにしたところで、見る者が見ればそれ(ヽヽ)とすぐに判る軍用の小艇(フネ)──接舷航宙機動艇でこの桟橋に乗り付けてきたのだから、〝其の筋〟の関係者(ヽヽヽ)と見間違われる資格十分な一行である。
 ──実際、今回の人選についてはそのようなものだ……。
 などと、ミシマなどは本気でそう思っている。

 ツナミ艦長による人選──〝扯旗山(ちぇきさん)〟の宙賊の首領との交渉メンバー──は、次のような理由で選出されていた。
 ミシマ・ユウはミシマ家の直系の子息で一方の当事者に近しい存在である。言わば宙賊どものスポンサーの関係者という立場で、ミシマ家との折衝にも必要な存在であった。それに艦長のツナミ自身が交渉に臨めないのであれば、彼の代わりは副長のミシマ以外考えられなかった。

 アマハ・シホはかつて『ミシマ商会』の副社長室にいた。商会と宙賊との〝商い〟の流れを知る立場だったことを自ら明かした以上、首領と〝渡りを付ける〟のは彼女の役割だった。
 ガブリロ・ブラムはその政治的センスはともかく『法制度』には明るかった。──ツナミとしては〝宙賊〟が相手の折衝とはいえ、明らかに法律に抵触するような取引はしたくなかったので、そうであればこれは彼の専門領域であるし、ミシマとアマハが付いていれば変な方向に話が逸れるということもないだろうと、そう判断したわけだった。

 フレデリック・クレークの選出については、当初ツナミは全く考えていなかった。
 そもそもミシマ家の〝闇〟とも言える宙賊との関係をこの俗な政治家に話すつもりはなかったツナミである。だが(カシハラ)がマレア星系に向かうことを知ると、この男は艦長室を訪れ〝宙賊〟との交渉事を模索していることを看破してみせ、それには自分のような男が役に立つとツナミを説得した。
 警戒するツナミに、クレークはミシマ家と宙賊との関係についても話してみせ、事も無げに〝蛇の道は蛇〟だと重ねて言った。それでツナミは、どうやらこの男は俗ではあるが無能ではなかったらしいと、自らの考えを改めた。

 彼らを宙賊の根城まで送り届ける役目は、先に帝国装甲艦(アスグラム)から合流した元帝国(ミュローン)宙兵隊に任せられた。不測の事態の際の救出も彼らの役目である。
 ただし彼らはあくまで皇女殿下に隷属する立場であり、建前の上で(カシハラ)の指揮系統の中にはない。エリン殿下の代理人たるツナミ勅任艦長の指揮には従うが、艦の副長であるミシマに命令される(いわ)れはなかった。だからオーサ・エクステット上級兵曹長を一行の身辺警護(ボディーガード)役に付けたのは、カルノー少佐個人の判断である。


6月16日 1120時 【〝扯旗山(ちぇきさん)〟/渉外区画(ダウンタウン)

 〝扯旗山(ちぇきさん)〟の渉外区画(ダウンタウン)は雑然としていたが、決して不潔な街には見えなかった──。
 迂闊にも立体(ホロ)ビデオの連続ドラマに出てくるような〝暗黒街〟を想像していたミシマは、自分の見聞の浅さに溜息が出る思いだった。
 ──仮にも〝ミシマ〟の治める地だ…… 〝目を覆うような〟場所であるはずないか……
 心中の二人の兄の浮かべる苦笑のイメージを、その心の中だけで顔を顰めて振り払う。

 いま彼は、〝潜入〟用のカジュアルな私服──白のスーツにデニムのシャツ──という何とも〝チャラい〟出で立ちで、視線の先のアマハが公共空間の固定回線のブースから交渉の仲介者宛てに連絡を入れているのを見遣っている。
 通話を終えたアマハが、飛び出したブースから〝軽やかな足どり〟で近寄ってくる。手なんか振って〝はにかんで〟みせた(ヽヽヽ)笑顔の彼女に、ミシマの方でも片手を上げて女性慣れした笑顔で迎えてみせる。
 アマハはプルオーバーのトップにガウチョパンツといった私服(ラフな)姿で、変装の心算(つもり)か束ねた黒髪に被せたベレーの下に大きめのファッショングラスを掛けていた。小さな口に重ねて引かれた口紅(ルージュ)の色が心持ち濃い目なことだけが、いまのミシマには気に入らない。
 二人とも普段からは決して想像できない姿だった。
 ミシマの(かたわ)らのガブリロ──こちらはどこからどう見ても〝法曹界の書生〟にしか見えない外套(ローブ)姿──などは、〝何か不思議なもの〟でも見たかのような表情(かお)になって固まっている。

「いま車を回してもらったから…… 退屈? ユウちゃん──」 アマハが如何にも〝あざとい〟感じに腕に取り付くと、自らの細い腕を絡めてくる。
 ミシマの方は──(かたわ)らのガブリロやクレーク議員の視線が気になりはしたが──、そんなアマハの二の腕を逆に抱き込むように保持(ホールド)して動きを封じると、その耳元にさり気なく顔を寄せた。
「──そんなことはないよ〝ハニー〟」 そこまでは周囲に聞かせるようにして、あとは声を潜めて囁く──「(何の悪ふざけです……‼)」
 アマハは、常の彼女らしくなく、何やら捨て鉢な感じに笑って応えた。「──〝少しお(つむ)の足りない女〟が〝いいトコの坊々(ボンボン)〟を(たぶら)かしてるんだもん……」
 言って小さく口を尖らすアマハの横顔とその流し目に、不覚にもミシマは言葉を失くしてしまった。年上の女性(アマハ)が揶揄うように浮かべた口元の微笑が小憎らしい……。

 ──それじゃ、せめて〝商売(そういう)女〟の出で立ちでやってくれません……⁉
 そんな言葉が喉まで出掛かる。何とか堪えたミシマが言ったのは、別のことだった。
「──じゃ、せめてその〝ユウちゃん〟というの、やめてくれませんか?」
「この街で〝ミシマ〟の名を出したいの?」
「…………」
「ガマンなさい ──せめて〝ダーリン〟にしといてあげるから」

 このタイミングで音もなく黒塗りのリムジンが一行の前に停まった。背は低いが丁重な物腰の男が降りてきて、アマハ達に扉を開いて乗ずるよう促す。ミシマは両腕を広げるようにアマハの上体を開放して、彼女が乗車することができるようにした。


6月16日 1145時 【〝扯旗山(ちぇきさん)〟/山の手地区(アップタウン)

 〝扯旗山(ちぇきさん)〟の宙賊の首領に〝渡りを付ける〟にあたり、アマハが描いた脚本(ストーリー)は次のようなものだった──

〝……練習艦隊の高級幕僚の一人が艦隊の資金を自己の投資先で運転して焦げ付かせてしまった。彼はその穴を埋めるために〝扯旗山(ちぇきさん)〟の金脈──『ミシマ商会』外事課の運転資金を当てにし、ミシマ家の三男坊に近づいて手名付けようとする。折しも候補生の中にいた元ミシマ商会外事課の〝お(つむ)の足りない女〟をミシマ家のバカ息子に〝()てがい〟、高級幕僚に言い含められた女とバカ息子は外事課の口外できない金を無心に行く……〟

 ──と、まあ、こんなところである。

 もちろん〝宙賊〟側も『商会』の側も、上層部はミシマ・ユウとアマハ・シホの素性を知っている。このような与太話が一顧だにされようはずはないのだが、末端の構成員は元ミシマ商会外事課の〝お(つむ)の足りない女〟も、〝ミシマ家のバカ息子〟のことも知りはしない。この場合、末端に持ち込まれた話が、どちらかの上層部の耳に入りさえすればよかったのだ──。
 〝元『ミシマ商会』外事課の女〟が〝ミシマ家の御三男〟を連れ、『商会』の伝手(つて)を手繰って〝渡りを付け〟に現れた、となれば、それでよかった。

 果たしてアマハの目論見の通り、〝海賊〟の側からこうしてリムジンが回されてきた、というわけである。


 輸送機器としては完全に過剰性能(オーバースペック)かつ、無駄に広い容積を誇るリムジンの豪奢な内装に囲まれ、〝ダーリン〟〝ハニー〟の掛け合いを随分と聞かされる羽目となったガブリロは、対面の席に腰を下ろすオーサと偶々目が合ったとき、何とか無理に笑ってみせた。
 帝国軍人(ミュローン)であるオーサは、そんなガブリロの笑みに完璧かつ丁重な〝無表情〟を決め込み、仕方なくガブリロは窓外に流れる景色に目をやる。

 小惑星の内側を(シリンダ)状に()()いた空間を居住空間として利用している〝扯旗山(ちぇきさん)〟には『空』がなかった。
 同じ〝スペースコロニー〟でもガブリロが学生生活を送るテルマセクには『空』──例えそれがCG加工されたものであっても──があり、心を落ち着かせるものがあった。
 ここにはそういうものが無いのだな、とガブリロは思った。


 一行を乗せたリムジンは、内部の空間をかなりの距離移動して幾層か階層を降りた末に、目的地と思われる〝池〟のある広大な庭の中の瀟洒な建物──『宙賊館』へと近づいて行く──。
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