第65話 全艦、雷撃用意!

文字数 4,633文字

 『ヴィスビュー星系辺縁の戦い』は帝国軍(ミュローン)艦隊の46基もの軌道爆雷の投射によって幕を開けたが、その先制の攻撃は〈カシハラ〉の詭計により〝自衛権を行使せざる得ない状況〟に引きずり込まれた『航宙軍第1特務艦隊』の長距離レーザ砲撃による全弾の迎撃・排除、という形で最初の幕が下りることとなった。

 これにより〈カシハラ〉は大きく軌道を変更することなく〈アカシ〉領宙へと接近し続けており、その周囲には〝球形陣〟を布いた『第1特務艦隊(〝航宙軍〟)』と〈カシハラ〉との会敵コースに乗った『回廊北分遣隊(〝ミュローン艦隊〟)』とが刻々と接近している、という緊迫した展開が続いている。


7月22日 1900時 【帝国軍艦(HMS)ヴィーザル/第一艦橋】

 二重帝政(ミュローン)に従属する自治星系諸邦が『星系同盟』の名の下に、各々の〝実力組織〟=〝戦力〟を供出することで組織されたのが『航宙軍』である。その航宙軍はミュローン帝政という体制の下において帝国正規軍たる『国軍』と〝事実上の軍事同盟〟を結ぶ程の実力組織でありながら、一方で帝政から切り離された指揮系統を持ち〝専守防衛〟を掲げるという矛盾のある軍隊でもある。
 そのような矛盾と欺瞞に満ちた軍隊が〝叛乱艦(カシハラ)〟の盾となるや実力の一端を遺憾なく発揮した事実(こと)に、回廊北分遣隊各艦の艦長らは一様に不快の念を硬い表情の下に押し隠していた。
 緒戦において分遣隊が放った軌道爆雷は46基──。うち〈カシハラ〉が迎撃した5基を除き、残り41基の全てを航宙軍はレーザーによる遠距離砲撃のみで排除してみせたのである。その実力は正に侮り難かった。
 そんな帝国軍艦(HMS)の一部艦長らの苛立ちを一層募らせる命令が伝わったのは、戦術マップ上で最後の軌道爆雷の光点が消え、それが無力化されたことを認識してから20分程後のことである──。

「──〈セティス〉〈トリトン〉〈ヴィーザル〉の3艦で突入しろと?」
 帝国軍艦(HMS)〈ヴィーザル〉艦長ミカエラ・イッターシュトレーム中佐は、司令部から届いた命令電文に一瞬目を疑った。航宙軍の5隻の新鋭巡航艦が布く球形陣の中を、旧式装甲巡航艦と駆逐艦とをもって〈カシハラ〉に接近しろというのだった。
 航宙軍はこの時点で針路上に掛かる爆雷の排除こそしてみせたものの、帝国宇宙軍(ミュローン)に対し反撃の姿勢は取っていない。あくまで〝専守防衛〟に徹しているとも見えるが、その実〝叛乱艦(カシハラ)〟の針路上を並進することで我が艦隊の行動をこうして掣肘してもいる。
 ──航宙軍の真意を探るための〝威力偵察〟…か…… しかし……
 〈セティス〉〈トリトン〉の2隻のセティス級装甲巡航艦は5Gに近い加速性能こそ発揮できたがすでに〝旧式〟の部類であり、航宙軍の新鋭艦と比べれば、大柄なその艦容の割に攻防性能に劣っていた。我が〈ヴィーザル〉にしたところで比較的大型であるとはいえ所詮は駆逐艦……、正規巡航艦が相手ではまともに戦えない──。
 仮に〝失われた〟としても、司令部にとって惜しくはない戦力ということか…──。

 〝面白くない〟命令である。が、命令は命令である。
 ミカエラは座乗しているルンド駆逐艦戦隊司令──〈ヴィーザル〉はルンド司令の旗艦であったが、現在(いま)は麾下の駆逐隊と切り離されて単艦で戦場に在る…──へと顔を向けた。
 今回も()()司令(ルンド)は何も言わず、ただ穏やかに肯き返してくるばかりである。

 ヴィスビュー星系での作戦行動において、ルンドは〈ヴィーザル〉の指揮運用の全てを艦長であるミカエラに任せてくれている。隊司令には個艦(ヴィーザル)の操艦/運用に関する権限はないのであるが、この状況下においても『戦術単位』の指揮権は保持している。だが、彼はそれに拘泥しなかった。
 青色艦隊少将であるポントゥス・トール・アルテアンとの個人的な友誼で隊司令の地位を得たものと思ってきたミカエラには、それは意外であった。
 ──が、とまれルンド大佐にしたところで、この命令に異を唱えられる立場にはないということなのだろう。
 ミカエラは〈セティス〉〈トリトン〉と連絡を取るよう通信士に指示をした。


7月22日 2100時 【帝国軍艦(HMS)エクトル/第一艦橋】

 威力偵察の命令から2時間後、戦術マップの中で〈セティス〉〈トリトン〉〈ヴィーザル〉の3隻を示す標示(マーク)が加速を開始した。立体(ホロ)スクリーンの中の刻々と変化する各艦の軌道要素を斜め読みしつつ、回廊北分遣隊の旗艦艦長ラルス=ディートマー・ヴィケーン大佐は、この命令に疑問を感じていた。
 航宙軍が〝どの程度の覚悟〟をもって事態(こと)に臨んでいるかを(はか)るのに圧力をかけることはよい。だがこうまで露骨に旗艦と主力を後方に留め、艦型の小型の(ちいさな)ものを全面へと押し出すのは如何なものであろうか。その姿勢が『青色艦隊』としての〝(かなえ)軽重(けいちょう)〟を問われかねないだけでなく、実際問題として艦隊の〝雑役艦(ワークホース)〟をこのような形で一時に投入し、()り潰すような用兵は褒められたものではない。
 やはりこの場合は旗艦〈エクトル〉を先頭に分遣隊の総力をもって最大級の圧力をかけるべきであろう。

 だが結局、ヴィケーン大佐の上申はアルテアン少将の司令部に黙殺された。
 〈ヴィーザル〉他2隻の装甲巡航艦が加速を開始して6時間が経過すると、3隻は航宙軍の戦闘管制空域へと侵入を果たしている。
 後方に控えた分遣隊旗艦の艦橋で、アルテアン少将は肯いて言った。
「やはりな…… 航宙軍は撃ってはこない、か……」
 薄く笑った司令官の目線の先で、複合スクリーンの上の戦況が刻々と更新されていく。
 球形陣を布く航宙軍艦隊(第一特務艦隊)の前衛は、戦闘管制空域の最縁部へと侵入した〈セティス〉の艦影を捉えているはずだが、軌道爆雷による牽制はおろかレーザー砲を指向することすらせず、ただ偵察部隊の動向を注視している。〝専守防衛〟を一歩も逸脱することなく、ただ整然と艦隊行動しながら〝当方の行動〟の確認に徹するその様は驚嘆に値した。
()()について〝確証〟はありますまい?」
 ヴィケーン大佐の発したその問いに、アルテアン少将は(わずら)わしそうに応えた。
「確かに確証は示しようがないな……()()()()()()()ね ただ状況は提示できている……」
 アルテアンはつまらなそうに鼻で笑い、醒めた目で旗艦艦長を見返して言った。「──航宙軍は自らの自衛権に足枷を嵌めている。(くだん)の〝叛乱艦〟に関しては、その友好関係を内外に示せなければ〝参戦〟はできないのだろう」

 ヴィケーンには不思議であった。
 この男の状況認識はそれほどおかしなものではない。にもかかわらず艦隊司令として下す判断がおかしなものとなるのは、いったいなぜなのだろうか……。

 そんな疑問を胸の中に抱える旗艦艦長に、アルテアンは言った。
「さっさと決着(けり)を着けたいな、艦長…──もう少ししたら、我が旗艦も前進させよう」



7月23日 0330時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】

「やはりコオロキさんは撃たんね…──」
 戦闘配備の艦橋では、航宙長のハヤミ・イツキがチューブ式容器の戦闘糧食(レーション)を咥えながら、他人事のようにそんなことを言っていた。
 視線の先の複合スクリーン上には、帝国宇宙軍(ミュローン)艦隊の本隊から分派された3隻の標示(マーカー)が第1特務艦隊の戦闘管制空域の内側へと入り込もうとしている。
 そのイツキの言葉が耳に入ると、副長のミシマ・ユウが呆れたように航宙長の顔を見遣る。
「──当たり前だろ…… もし撃ったら星域問題だぞ」
「これってもう、十分に星域問題だと思うがなぁ…… やっぱ〝先に撃ったら負け〟か」
 〝先に撃ったら負け〟──それは航宙軍の(非公式な)〝モットー〟だった。
 航宙長(イツキ)はチューブ容器の残りの中身を口の中に押し出すと啜るようにして味わう。塩味の利いたペースト状のマッシュポテトは他の乗組員(クルー)には不評だったが、イツキはこれが好きなのである。
 同じくチューブ容器の戦闘糧食(レーション)を手に、ツナミ・タカユキが艦長席へと流れながら応えた。
「俺だって()()()()()()撃たないよ」 複合スクリーンの隅の時刻表示を確認し、艦内通話機(インタカム)からCICと情報支援室を呼び出す。「──砲雷長、技術長… やるぞ。全艦、雷撃用意!」
 拡声器(スピーカ)がCICのクリハラ砲雷長と情報支援室のマシバ技術長の声を返す──。
『──CIC了解。発射管1番から16番、全管発射準備よし、諸元入力…… 発射後の管制は情報支援室に回します』 『──情報支援室、了解』
「技術長──〝隠し玉〟の方と合わせ、雷撃管制、よろしく頼む」
 先の〝隠し玉〟で大戦果を挙げた技術長(マシバ)に〝ハッパをかける〟のを忘れない。マシバが上機嫌に応じた。
『任せてください』
「よし…──」 小さな深呼吸の後に、ツナミは命じた。「──うちーかたはじめ!」


7月23日 0415時 【帝国軍艦(HMS)ヴィーザル/第一艦橋】

 〝叛乱艦(カシハラ)〟が単艦で放った16基の軌道爆雷によって形成される爆散散布界の(スクリーン)は、綿密な計算で〈ヴィーザル〉と他2隻の巡航艦の針路を覆うと予想された。こちらの側が加速をしていたこともあって相対速度の積上げは十分である。先に追撃戦を戦った装甲艦〈アスグラム〉の報告(レポート)にもあったが、どうやら航宙軍の練習艦は余程優秀な〝電脳〟を搭載しているらしい…──。
 艦長のミカエラは、先行して展開していた〈セティス〉と〈トリトン〉がそれぞれ回避機動を取ったのを確認して後、(ヴィーザル)に加速の指示を与え終えたところで艦橋の戦術管制士から状況の変化を告げられた。
「──新たな熱源……爆雷の推進剤の点火です……回避機動後の本艦の軌道との交差軌道(コリジョンコース)となります」
 まだ〝隠し玉〟を残していたらしい……。ミカエラは歯噛みしたが〈ヴィーザル〉はもう、先の〈カシハラ〉の雷撃に対する回避指示に従って加速を始めていた。
 状況は〈セティス〉と〈トリトン〉も同様のようで、戦術マップを確認すれば僚艦のとった軌道の上にも予想された散布界の表示が拡がっている。
 ここでミカエラは判断に迷うこととなった。このままでは敵の〝隠し玉〟──自律機雷として浮遊させ(流され)ていた軌道爆雷の散布界に捉えられてしまう。
 これを〝回避〟することは容易ではあったが、もしそれをしてしまえば大きく軌道要素が変わってしまい、再び有効な攻撃可能位置に遷移することが難しくなる。またこの〝隠し玉〟の方の軌道要素は加速時間が短く十分に速度が積み上がっていないことを考えれば、爆散の散布界に飛び込んだところで被害はさほど大きなものとならないかも知れなかった。

 逡巡するミカエラに決断を促したのはルンド大佐だった。
「艦長…──」 視線こそ戦術マップから動かさなかったが、落ち着いた声でミカエラに語りかける。「以後の攻撃のことを考慮する必要はない ……回避に全力を挙げたまえ」
 隊司令の横顔を見たミカエラに、ルンドは戦術マップの方へと意識を向けさせて続けた。
「──〈セティス〉も〈トリトン〉も迷ってはいないようだぞ」
 その隊司令の言葉の通り、2隻は()()()()()()()()回避機動に入るようであった。

 それでミカエラは吹っ切ることができた。
 〈カシハラ〉への攻撃位置への遷移を放棄して最大加速で回避するよう操舵士に命じ、改めて隊司令(ルンド)の顔を見る。
 ルンド大佐も今度は面を上げて視線を返して来た。それから神妙な表情(かお)になって頷いみせる。



 こうして〈セティス〉〈トリトン〉〈ヴィーザル〉の3艦は、航宙軍からの攻撃をただの1発も受けることなく〈カシハラ〉1艦の雷撃によって戦列を離れる、ということになったのだった──。
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