第22話 総員……っ! ──衝撃に備え‼

文字数 5,530文字

登場人物
・ツナミ・タカユキ:HMSカシハラ勅任艦長、22歳、男
・シンジョウ・コトミ:同船務科主管制士、23歳、女、ツナミの幼馴染み
・クリハラ・トウコ:同砲雷長、22歳、女、通称『氷姫』
・ミシマ・ユウ:同副長兼船務長、22歳、男
・イツキ・ハヤミ:同航宙長、23歳、男

・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:
 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女


・カルノー:アスグラム宙兵隊長、宙兵隊少佐、35歳、男
・オーサ・エクステット:宙兵隊上級兵曹長、25歳、女、接舷攻撃支援機小隊長

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 皇女エリンを乗せた〝皇女殿下の艦(H.M.S.)〟〈カシハラ〉は、シング=ポラスの星系辺縁部において帝国宇宙軍(ミュローン)接舷部隊(送りオオカミ)と接敵した──。
 一小隊三機の接舷攻撃支援機に纏わりつかれた巡航艦に、レーザー砲撃を警戒して展張された濃密な散乱砂(パウダー)の幕の陰からミュローンの接舷航宙機動艇が距離を詰める機会を窺う──、そういった展開に入りつつある。


6月11日 0845時 【H.M.S.カシハラ/戦闘指揮所(CIC)

「──敵機動機、後方(ブルー)11時から上方(インディゴ)4時に抜けます──距離12000……!」
 戦闘指揮所(CIC)に主管制卓のシンジョウ・コトミ宙尉の声が響く。立体(ホロ)投影の姿勢指示儀に重ねられた敵接舷攻撃支援機の機動航跡をCIC要員の目が追う。
 この状況に至るまでに〈カシハラ〉は、敵機動機の小隊3機に対し2発ずつの艦対宙誘導弾(短SAM)を放っていたが、接舷艇からの電子妨害(ECM)の支援を受けた機動機が、欺瞞輻射体(デコイ)を放擲しつつ回避機動を取るとそれを捉えることができず、もはや接舷距離までの接近を許していた。

「くっそ…… これ以上近くにまで入り込まれたら……っ」 近距離防御管制を受け持つミナミハラ・ヨウ宙尉は、敵機動機の取る〝いやらしい〟距離感に砲雷長を向いた。「……砲雷長! パルスレーザ、対空戦闘? 指示を──」
 近接防御火器(CIWS)の76ミリ電磁投射砲(レールガン)にはまだ遠かった。比較的有効射程に幅を持ち追従性能にも優れるパルスレーザで敵機動機を追尾迎撃するか、その判断を砲雷長であるクリハラ・トウコ宙尉に仰ぐ。そのやり取りには、砲雷長が応えるよりも早く、つい先日まで戦術長補だったツナミ・タカユキ艦長が割って入って応えた。さすがに速い。
「──パルスレーザー、機動機を目標、指命撃方(うちかた)──後部5番から8番を使え! ミナミハラっ、機動機の方はCICの指示のもと貴様が対応しろ‼ 電測管制は接舷艇の動向だけ伝えてくれ! 機動機の方は逐次報告しなくていいっ」
「了解っ!」 ミナミハラは制御盤(コンソール)に向き直る。
「──了解」 コトミはツナミの指示に従い、敵の接舷航宙機動艇の動向に絞って報告を上げた。「……接舷艇──〝エコー01〟と呼称します…──前方(グリーン)(インナ)9時、距離37000、相対速度0〝動きなし〟 ……視線上には濃密な散乱砂(パウダー)の幕を観測してます」

「砲雷長 ──パルスレーザー1番から4番、左砲戦!」
「…………」 この指示にクリハラは艦長席を振り見遣った。「──散乱砂(パウダー)越しに……ですか?」
 その密度にもよるがパルスレーザは散乱砂の幕の中では減退が激しく、閉ループ制御系の射撃統制では目標検出時のノイズで着弾観測の精度を落とす。砲雷長であるクリハラには有効な射撃精度を得られるとは思えなかった。
「牽制はする」
 戦術科の上役を務めていたツナミがそう言って頷いて見せたので、ここはクリハラは火器管制卓に向き直った。
「──左砲戦、2番砲塔、3番砲塔……セクタ・グリーン、9時の方位、37000の目標ー」
 〈カシハラ〉の左舷、2番と3番のレーザ砲塔が敵小艇を指向する。砲雷長の目標の指定を確認し、ツナミは号令した。
「撃ち方はじめ!」
「撃ちーかたはじめ」 クリハラは短く息を吸ってから復唱、引き金(トリガ)を引く。
 敵小艇を追尾するレーザ砲塔が射撃を開始する。普段であれば目にすることのない火線が、高密度の散乱砂の幕が焼かれることで微かに瞬いて見えた。


6月11日 0845時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】

 その火線を艦橋の窓に降ろされた装甲シャッタの内側に映る映像で見た副長──ミシマ・ユウは、状況を(ただ)すため敢えて航宙長の席に座るハヤミ・イツキ宙尉に訊いてみせた。
「航宙長 ──跳躍点(ワープポイント)(ゴルフ)〟への遷移加速までの時間は?」
「──あと13分20秒」 (イツキ)にしては簡潔な回答。
 ミシマは今度は〝舵輪を握る〟コウサカ・マサミ宙尉を向いた。
「操舵士 ……用意は?」
「OKだ、任せてくれ」
「機関はどうか──」
 最後に手元の端末から機関長のオダ・ユキオを呼び出す。
『──推進器(スラスタ)姿勢制御装置(モーメンタムホイール)、共に問題はないですよ』
 スピーカーの音量をそっと上げて、オダの落ち着いた声が指令席に座るエリンの耳に入るよう計らう。

 そのタイミングで帝国宇宙軍(ミュローン)の機動機の再度の接近を企図する機動が艦橋中央の立体(ホロ)姿勢指示儀に重ね出され、各種の標示(インジケータ)が明滅した。
 ミシマは〝実戦〟の展開の速さに、内心で冷静さを装うことが難しくなってきたと感じ始めている。

 エリンは表情を変えず、ミシマらに一つ頷いた後はただもうすっと前方を見ている。


6月11日 0850時 【帝国軍艦(HMS)アスグラム〝接舷隊〟】

 巡航艦のパルスレーザの砲身に指向され回避機動に入った接舷航宙機動艇の指揮卓で、カルノー宙兵隊少佐は複合モニタの戦況を見やりながらタイミングを計っている。
 オーサ・エクステット宙兵隊上級兵曹長が率いる接舷攻撃支援機3機はもう間もなく叛乱艦(カシハラ)に取り付こうというところで、カルノーの指揮する接舷隊が叛乱艦へと突入する局面も〝見えて〟きてはいた。が、そろそろ〝時間切れ〟──叛乱艦の遷移加速の時間も迫っている。
 思いの外巡航艦の抵抗は激しく、その能力を侮ることはできないとの思いを新たにさせられはしたものの、カルノーに焦りは無かった。母艦〈アスグラム〉の艦長アーディ・アルセ大佐からは、必ずしも接舷移乗を強行する必要のない旨、指示を受けている。


 オーサ・エクステットは、目の前に〝浮かぶ〟巡航艦からの間断のない対空砲火に生きた心地のしない思いで機動機を操っている。
 オーサの接舷攻撃支援機小隊はレーザ砲に指向されるや一気に距離を詰めたのだが、近接防空域に入られた巡航艦がいざCIWSを起動させると、操縦席(コクピット)内はレーダ被照射の警報音で満たされることとなった。さすがに〝連合(ミュローン)〟と並ぶ航宙艦の建艦大国、星系同盟が造った(ふね)である。CIWSの射界一つにしても無駄がなく(こな)れていた。死角がほとんどない。
 その上、レーザ砲の半数がしつこく追尾してきていた。オーサはレーザ砲に捕捉された警報を耳にするや、電波欺瞞(チャフ)赤外線欺瞞(フレア)として散乱砂をばら撒くと、自らのレーザ機銃でそれを焼きその熱源の陰に潜ることでセンサの目を(かわ)した。
 ──こんな〝裏技〟、実際に行うことになるなんて……‼
 彼女にとって〝仇〟でもあるこの(ふね)を目前に、オーサは歯噛みしながら機体を操る。──この艦にエリン皇女殿下さえ乗っていなければ……‼


6月11日 0850時 【H.M.S.カシハラ/戦闘指揮所(CIC)

 帝国宇宙軍(ミュローン)の接舷攻撃支援機に距離を詰められ近接防空域への接近を許してしまった時点で、近距離防御管制士のミナミハラは迷わずにCIWSを起動した。艦体5箇所に設置された76ミリ電磁投射砲(レールガン)艦艇自衛システム(SSDS)と連接され、毎分1800発──秒あたり30発ものレーザー近接信管の付いた榴弾をバラ撒き続ける。
 各砲座の残弾計の表示がアッという間に半減し、いまもさらに減っていっているのに、砲雷長のクリハラは思わず白い顔をツナミに向けた。しかしツナミはとり合わない。
 手練れの〝機動機乗り〟の操る接舷攻撃支援機を掣肘(せいちゅう)するのに、弾をケチることなぞ出来ない。また加速して振切ろうにも、軌道遷移に備えて加速のタイミングは艦橋に一任している。
 ツナミにできることは内心で歯を喰いしばり、残弾(たま)が尽きる前に敵機動機が排除されるか〈カシハラ〉が遷移加速に入ることができるかを、只じっと待つだけだ──。

「接舷艇の方はどうなっている?」
 ツナミはもう一方の脅威に意識を向け直す。
「──左側方(イエロー)(アウタ)2時を10時へと抜けます。相対速プラス4キロ毎秒。距離37000変わらず」
 砲雷長のレーザ砲による牽制は最低限の効果を挙げていた。この相対位置であれば(カシハラ)が遷移加速に入るまでに接舷はされない。こちらは一先ず安堵する。

『艦長──』 左舷観測室(ウイング)のジングウジ・タツカ宙尉が報告してきた。『……敵装甲艦との相対位置、替わります──左側方(イエロー)(アウタ)7時、距離8千キロ、相対速度マイナス8キロ毎秒』
 いったん本艦(カシハラ)に先行した敵の母艦(アスグラム)は、こちらの軌道遷移を見越して再び推進軸の後方へと回り込もうとしていた。互いの相対位置が入れ替わる。大きく螺旋を描くようなその機動は〝教科書通り〟で、実際に目にする機会はないと教えられたものだった。

 ツナミは装甲艦のその動きを判ってはいたが、何を出来るというわけでもなく放って置いた。が、現実にそれ(ヽヽ)をやられてしまうと、自身の指揮に迷いが生じるのも確かだ……。


6月11日 0858時 【帝国軍艦(HMS)アスグラム〝接舷隊〟】

 モニタの中の戦況に食い入るように見入っていたカルノー宙兵隊少佐は、もう一度時刻を確認した。
 ──時間だ……。

「〝仕掛け〟の準備は?」 カルノーは管制士(オペレータ)に質した。
「──いつでもどうぞ!」
 力強く肯いた管制士に、カルノーは重ねて訊く。
「〈アスグラム〉は?」
「下方、距離8千を逆ベクトルで並進中── 相対速、マイナス12キロ毎秒……(相対)位置、替わりました」
 カルノーが心の(うち)で意を決しようとしたタイミングで、モニタの中の状況に変化が現れた。
 叛乱艦──〈カシハラ〉が跳躍点(ワープポイント)(グスタフ)〟への軌道へと遷移するため、変針・加速を開始したのだ。同時に、オーサ・エクステット上級兵曹長の率いる接舷攻撃支援機各機も〝次善の策(プランB)〟に(のっと)り〈カシハラ〉からの退避に移っている。この時点で一機の損失も出してはいないのは幸運である。

「よし! やれっ」
 カルノーは管制士に指示を下した。
 そして管制士が復唱するのを聞きながら、モニタに映る艦影に、知らず問い掛けていた。
 ──さて、訓練生諸氏にこの〝贈り物(プレゼント)〟は気に入ってもらえるかな……?


6月11日 0859時 【H.M.S.カシハラ/戦闘指揮所(CIC)

 〈カシハラ〉が主推進(メインスラスタ)軸のy軸(ピッチ)z軸(ヨー)に運動量を加えて変針を終え、2.8Gでの加速を開始したときだった──。
 これまで(うるさ)く纏わりついて来た接舷攻撃支援機が、〈カシハラ〉の加速に追従せずに退避に転じていた。敵機の撃破こそなかったが、(ふね)を接舷移乗から守り通すことには成功した、そんな安堵感に艦橋とCICが包まれたそのとき──。

 突如艦の周囲に現れた複数の熱反応に、主管制卓のコトミは声を張り上げた。
「──熱源! 推進剤の点火と推定! 前方(グリーン)(インナ)4時……距離22000── 同じく(アウタ)9時…… 左側方(イエロー)下方(レッド)からも来ます! 雷数は5──いえ7! 着弾まで……40秒!」
 艦内にたちまち警報(アラート)が鳴り響く。
「ま、まさかの直接攻撃⁉ 皇女殿下が乗っていれば当てて来ないんじゃなかったの──」
 電測員のタカハシ・ジュンヤの裏返ったその声に反応する士官はいなかった。
「砲雷長!」
 ツナミは艦長席から砲雷長のクリハラを向いた。
 一々指示を確認するのでは間に合わない。──ツナミの目線を受けたクリハラは、『氷姫(クールビューティ)』の異名の通りに、冷静な対処をしてみせた。
「CIC指示の目標、レーザー砲、対雷撃射撃はじめ!」
 軌道遷移の加速を開始した〈カシハラ〉は回避機動を取ることができない。またこの至近距離では(デコイ)の放擲もできず、艦長と砲雷長は弾幕による直接排除(ハードキル)を選択した。

 艦の両舷8基16門のパルレーザは、CICの目標指示のもと、連接された艦艇自衛システム(SSDS)に自動制御され、個々に接近する宙雷の迎撃を開始する──。
 目に見えぬ火線が、(カシハラ)の周囲に向け放たれた。


6月11日 0900時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】

 主推進(メインスラスタ)軸の前方から2発、側方から3発、下方から2発、──計7発の宙雷が7つの交差角度で(カシハラ)を襲う──飽和攻撃──綿密に計算されたタイミングで行われたそれ(ヽヽ)は、先日の帝国装甲艦への軌道爆雷攻撃に対する〝意趣返し〟であった。
 〈カシハラ〉のパルスレーザの弾幕は、最適の計算手続き(アルゴリズム)に基づいて最終加速度が500Gにまで達する宙雷の3発までを排除し、近接防空域への侵入を許した2発についても、対処可能時間が1秒未満という短時間のうちに1発を無効化した──。
 だが正面──前方(グリーン)セクタからの1発が艦のその防御をかい潜り、艦橋の収まる上部構造体へと飛び込もうとしたのだった……。

 艦橋(ブリッジ)内に鳴り響く警報の音にエリンの表情(かお)もさすがに蒼ざめる。警報と共に耳に入ってくる艦橋乗組員(クルー)らの声は、すでに抑制を欠くものとなっていた。
『SSDSの指示、間に合いません!』「──ダメだ! 抜けてくる……っ!」
「──宙雷1発……来ます‼ ──〝直撃〟……っ⁉」

 その1発は──狙ったわけではあるまいが──(まさ)に艦橋の在る03層へと真っ直ぐに直撃コースを進んで来た。
「(くっ……)」 航宙長席のイツキは、様々な悔恨と共に歯を喰いしばった。

「総員……っ!」
 副長席のミシマは──それが無駄なことだと解ってはいたが──側らの席に座るエリン・エストリスセンの身の前に立って、装甲シャッタの降りた艦橋の窓の外から向かい来る槍の穂先(宙雷)から殿下を庇うようにして叫んだ。
「──衝撃に備え‼」
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