第50話 彼女に終止を言い直させたのは、これで二度目だ……。

文字数 2,407文字

登場人物
・ミシマ・ユウ: HMSカシハラ副長兼船務長、22歳、男、『ミシマ家』御曹司

・エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセン:
 ミュローン帝国皇位継承権者、18歳、女


・ガブリエル・キールストラ:
 帝国宇宙軍巡航戦艦トリスタ艦長、大佐、32歳、男、キールストラ分艦隊司令

======================================

7月5日 1130時 【H.M.S.カシハラ/指令公室】

 ミシマ・ユウは、エリン皇女殿下のその視線を逸らした横顔の表情を、この先ずっと忘れないだろうと思った──。

「……理解はしました」
 抑制の心許なくなった声音でそう言うエリン・エストリスセンの横顔は、ミシマが初めて見る彼女の表情だった。
 その表情の意味を確かめたいと思う自分と、それを未練と嗤う自分、二つながらが(うち)にある自分を抑制(コントロール)してミシマは言う。
「これが、()()が受け入れるべきと判断した〝最善手〟です──」
「…………」
 エリンは口を噤んでいる。

「どうして……?」 ずいぶんと待たされて、ミシマは彼女のその問い掛けを聞いた。「どうして()()だったのです?」
「──いまこの機会(タイミング)しかなかったからです……」 ミシマは用意しておいた解答(こたえ)を、すらすらと淀みなく言ってのける。「艦内(カシハラ)の〝意思の統一(おおそうじ)〟に思いの外時間を取られてしまいましたので ──キールストラ大佐は信じるに足ると判断しました。その彼の〝盟友〟であるイェールオース閣下も、信じるべきというのが私とツナミの判断です」

 ミシマの意気地のない回答に、精一杯に意地の悪い言い様で、彼女は返した。
「それが…… 貴方の〝切り札〟というわけですか……?」

 ──怒っている……。
 溜息を漏らすミシマ自身、彼女の質問に応えていないことを解っていた。

「…………」 苦しい沈黙に負け、ミシマは口を開いた。「私は、オオヤシマの──ミシマの家の男子(おとこ)として、貴女を利用しようと……いえ、はっきり言いましょう── 貴女の弱った心の内に付け入ろうとしました…… 貴女の見ていた一面(かお)は、たくさんの嘘の中の一つでしかありません……」
「…いまさら…っ──」 それが、今度こそ本当に彼女を怒らせた。
「──それならば……貴方はもっと上手に……最後まで嘘をつくべきです! (いえ……)──…でした‼」
 最後の終止(フレーズ)を過去形で言い直されたことに、少しばかり心が痛む──。
 彼女に終止を言い直させたのは、これで二度目だ……。

 そんなふうに彼女を見遣るミシマの視界の中で、エリンは面を上げ、はじめて目線を真っ直ぐに向けてきた。
「──貴方はまるで臆病な獅子(ライオン)です……自分の〝弱さ〟や… いえ……〝優しさ〟に素直になることができないで、いつだって〝求められた強さ〟を見せようとして……自分を偽って! いったい何をそんなに怖れているの⁉」

 ──それは貴女も一緒でしょう……。
 いや……そうか、貴女はもうそんなものに囚われることをやめたいと、そう言っているのですね……。
 そうだ……。
 もう少し僕が強ければ…… いや、自分に素直になれていたら──

 次のその言葉の連なりは、思いの外に素直に口にできた。

「──貴女に……()という〝嘘〟を咎められてしまうことを……」
「……!」

 そのミシマの変化に、エリンがわずかに目を見開くように見返した。やがてその表情が、満足するように、そして何かを〝期待〟したように和らいでいく……。

 口にしてしまえば、もうそれで楽になることができたことなのにと、ミシマはそんなふうに思って内心で嗤いながら言葉を継いだ。
「でも、変だな……」 もう〝体裁などないな〟と、素直な言葉を選んでいく。「──実際、こうして言われてしまうと、実はそんなことはどうでもよかったことのように感じます……」
 自分の言葉で、自身の内を確かめるように続ける。

「これ以上、嘘を吐けば、僕は自分で自分を許せなくなる──そんな僕を、貴女は好きでいてはくれないでしょう」

 そうしてミシマは、真っ直ぐに皇女の瞳を見返して、ついに言った──。

「僕は貴女を愛してしまいました」
 真っ直ぐに皇女を向いて気負いなくそう言うことができたことに、ミシマは満足することができて、自然に微笑んでいた。それは寂しい微笑みでもあって、向けられたエリンもまた同じような笑みを返すばかりである。

 ──まるで〝合わせ鏡〟だな……僕らは……。
 僕らは、初めて出逢ったときから、互いに似ていると強く感じていた。
 貴女は、僕が出会うことのできた、魂の片割れ……だったのだろう……。
 だからかな……意識し過ぎてたな──

()()()()()です……」 ミシマは投げ遣りには聞えぬよう、精一杯に誠実さを込めて言った。
「──偽りなく言えば、その〝()()()()()を守り切れないからです」

 情けない奴と自分を嗤うことはできたが、でも彼女になら、そんな自分を曝け出してもいいと、そう思えた。
 だから言えた──。
「ですからいま、この機会(タイミング)で現れた〝切り札〟に(すが)るんです…… ──貴女に……()()()()と僕の友人たちを救ってください、と」


 言われた方のエリンは、それで初めて〝満ち足りた〟と思えていた。
 彼の言葉に何が変わったという訳でもない。
 ──最初に〝理解〟した現実を覆すような〝何か〟は何もありはしない。
 むしろ、現実が確かな重みをもって二人に決断を迫ってきていた。

 それでも、聞けないでいたよりも、ずっといい……。
 それが聞きたかった言葉だったから……と、エリンには素直に思えたから……。
 彼の素直な感情(ことば)を聞き、彼に〝求められた〟という実感があったから。それがあれば、この先の自分の決断を後悔せずにいられる……そう思えたから。

 だからエリンは落ち着いて、笑顔になって応えることができた。
「…わかりました──」

 ──と……。


 やはりそれは、それ以上の言葉にはできないくらいの、哀しい笑顔だったけれど……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み