2 気付き ⅱ

文字数 8,017文字

 ところが、好きだと思って見ているとなぜか何をするにもやましく思えて、時折どうしたらいいのかわからなくなる。
 例えば、教室に入って行くとき。授業中。談話室。または講堂で、リフェールのスピーチを聞いているとき。視線は必ず、彼の姿を追う。
 ルイスとしては、ただ漠然とその場を見ているつもりだ。だが何かの拍子に、もしかして熱が入っていたのではないか、ずっと見つめていたことを誰かに知られたのではないかと不安になり、挙動不審に陥るのだ。しかも、後ろめたく思ってもやめられない。
 部屋を訪ねるなどもってのほかで、今更ながら、よくもあんなに図々しく寮長室のドアを叩いていたものだとルイスは肩を落とす。一度休暇に呼ばれたくらいであれだけ頻繁に彼を訪ねていけば、嫌われても当然だ。
 その上彼が迷惑そうにするのも構わず、ルイスは自分のマグカップを彼の部屋に持ち込んだ。許されていると、思っていたのだ。許されてはいた。しかし、嫌がられてもいたのだ。それにも気付かず、我が物顔で自分は。もう、同室ではないのに。
 昨夜はそんなことを考えていたために寝不足の頭は、起き抜けからズキズキと痛む。ルイスは、自分にうんざりしながら食堂に足を運んだ。
「今朝早くに、呼び出されたんだって」
「昨日、裏の林で」
「聞いたか、さっき」
「ずっと前から、付き合ってたらしいよ」
「憧れてたんだけどな。がっかり」
「あの二人が」
 食堂に足を踏み入れた瞬間、何かが起こったらしいと察するに十分なざわめきがルイスを迎える。それはたちまち一年前を思い起こさせて、頭痛が更にひどくなった。
 朝っぱらから今度は誰だ、とうまく回らない頭でぼんやり考えながらカウンターで朝食を受け取ったルイスは、空席を探そうとしてリフェールがいないことに気が付いた。
 空腹が満たされればいい、授業に間に合えばいいというスタイルのルイスと違って、リフェールは食事の時間をしっかり取るタイプだ。いつもなら今頃は、こちらも十分に美味しい食堂のコーヒーマシン特製のコーヒーを、まるでホテルのサロンにでもいるかのように優雅に飲んでいるはずだ。今日は早めに切り上げたのか、と考えたルイスの耳に、その名が飛び込んできた。
「でもアリスはさ、この前卒業した、リントと付き合ってたんじゃないの」
 空いた席にトレーを置いて座ったルイスは、アリス、と心の中で繰り返す。と、今度は真隣が言った。
「リフェールが、あのアリスとか。意外だな。なんか、出来過ぎ」
「いやでも会長と寮長なのに、まずいでしょ、今回は」
「リフェール? リフェールと、アリス?」
 スープを口に運ぼうとした中途半端な姿勢のまま、思わずルイスが声をあげる。すると隣にいた一年下の女子生徒四人組が、一斉に彼を振り返った。
「おはようございます、ルイス」
 声をかけられ、この際だから聞いてしまえとルイスもスープカップを置いて彼女たちの方を向く。
「おはよう。リフェールとアリスが、何かしたのかい」
 四人はしばらく互いに視線で譲り合ったあと、背中まであるストレートの黒髪が美しいと評判のミナが遠慮がちに口を開いた。
「生徒会長とマルス寮の寮長が、今朝早くに呼び出しを受けたそうです。私たちが食堂に来たときにはもう、その話題で持ちきりで。昨日の夕方、誰かが目撃したらしくて。二人が馬場の近くのあずま屋で、その、互いに……」
 言い渋るミナだったが、代わって話をしたい者もいないらしい。ほかの三人に目をやったところで、下を向いて誰も視線を合わせようとはしなかった。
 今まで、散々話していたのではなかったか。瞬間的に苛立ちが募ったルイスだったが、ともかく何か非常にまずいことをしでかしたらしい、ということはわかった。ルイスは四人に食事を続けるように促すと、自分も手早く朝食を掻き込んだ。
 馬場の近くのあずま屋は、職員寮の脇を通って馬場に抜ける道の途中にあり、近くには馬場だけではなくコンサートホールや陸上用のグラウンドがあるので思いのほか人がよく通る。そんな人目につくところで、あの男が何かをやらかすとは思えない。
 ならば一体、何があったのか。
 何をやってるんだリフェール、とルイスは胸の内で彼の名を呼ぶ。頭痛は、(おさま)りそうになかった。


 その日、ルイスがリフェールと顔を合わせることができたのは、就寝時間直前のことだった。その日は一日、リフェールもアリスも、一切姿を見せなかった。学院を背負う両名に関わることだけに、生徒だけでなく教師をも巻き込んで誰もが動揺しているようだった。
 律儀に寮監に断り寮の玄関ホールのソファに座ってリフェールを待っていたルイスは、装飾が彫られた大きくて重たい木製の扉が開いて暗闇からようやく姿を現した彼を、手をあげて迎えた。下級生たちはすでに就寝時間を迎え、上級生も全て自室に引きこもっている時間なので、大きな声は出せない。
 リフェールは、立ち上がって歩み寄るルイスを見ると疲れたように低く笑った。
「腹が減ったな」
 そんなことだろうと思って売店で買っておいた軽食が入った袋をルイスは掲げて見せて、二人は揃って寮長室へと向かう。
 物音を聞きつけた寮監のスカイ・カーターが、部屋から顔を覗かせた。
「二人とも、あんまり遅くなるんじゃないぞ」
 学院の教師ではあるが卒業生でもあるカーターには、ルイスもリフェールも頭が上がらない。今日も多少、融通を利かせてくれるようだ。
 二人が足を止めて頭を下げると、カーターは片手をあげてそっとドアを閉めた。
 寮監室、その隣が今は空室の校医室、さらにその隣が寮長室だ。リフェールは部屋に入ると真っ直ぐにベッドに向かい、バタンと背中から倒れ込んだ。
 ルイスはベッドの脇にあるサイドチェストの上に袋を置き、久しぶりだが慣れた動作でコーヒーメーカーを使って湯を沸かした。マグカップに買ってきたインスタントスープを入れ、お湯を注ぐと、「ほら」とリフェールが目を覆うように載せている腕を軽く叩いて差し出す。
 身体を起こしてカップを受け取ったリフェールは、ベッドに腰掛けたままスープを一口流し込み大きく息を吐いた。
「この袋も、いいのか」
 カップを置き、返事を待たずにガサガサと紙袋の中からサンドウィッチを取り出す音を背中で聞いて、コーヒーメーカーの前で思案していたルイスが振り返る。
「ああ。食べてないのか?」
「三食食べた。が、今日はまだ足りないな」
 そう言いながらリフェールが、サンドウィッチの包みを破る。
「なあ。コーヒー、淹れてもいいか」
「二人分だろうな。俺も飲むぞ」
 遠慮がちに尋ねたルイスに気付いているのかいないのか、リフェールは念を押すように言ってサンドウィッチにかぶりついた。
「了解」
 ルイスは小さく返事をして、来客用のカップを2客取り出す。リフェールに背を向けて今度は二人分のコーヒーを準備しながら、息を細く吐き出した。ひどく緊張している、とルイスは思う。好きだと自覚してから、二人きりになるのは初めてなのだ。
「それで、本当のところは何があったんだ。お前がアリスとだなんて、初耳だったぞ」
「アリスとは、何でもない。何かあったところでお前が最近部屋に来ないから、話す時間がなかったのだろうが」
 互いの声が、若干拗ねたもののように響く。
「来るなと言ったくせに」
「それは…悪かった」
 殊勝に謝罪を口にしたリフェールを、思わずルイスが振り返る。
「疲れたか? 大丈夫か?」
 すると途端にリフェールも顔をしかめて、誤魔化すようにコーヒーを催促した。
「疲れたに決まっているだろう。さっさと寄越せ。砂糖多めだ」
「え…あー、はい」
 少しだけ息苦しさの紛れたルイスは、静かになったコーヒーメーカーからサーバーを取り出して、二人分をつぎ分ける。一方にシュガーポットから砂糖を山盛り掬い入れて差し出すと、ベッドに腰掛ける彼と向き合うように机から椅子を引き出して座った。
 リフェールは、一口コーヒーを口にして「甘すぎる」とケチをつけてから、二つ目のサンドウィッチに取り掛かった。肩をすくめて「交換しようか」と申し出たルイスに「いらん」と答えて、先を促す。
「どんな話になっている」
 ルイスがその後同級生たちから聞いた話では、食堂でミナから聞いた内容に、あずま屋でことに及んだ、という結末がついていた。リフェールは、大きなため息をついた。
「俺が聞いた話と、大して変わらんな」
「今日は、面会室かどこかに?」
 何もない時はその名の通り生徒が家族らと面会するための部屋は、いわば応接室なので部屋の雰囲気が華やかだ。しかし寮や教室から離れた管理棟にあるということで、何かが起こったときには面「談」室へと取って代わることが多かった。
 「ああ。学院長室と行ったり来たりだった」と返事をしたリフェールだったが、「アリスも?」と聞かれて眉を跳ね上げる。
「アリスが気になるのか?」
 リフェールが、ベッドに座った自分より高い場所にいる相手を下から窺う。ルイスは、怒ったような顔で彼を見返した。
「気にして悪いか。噂が本当なら、お前たち二人とも退学なんだぞ。わかってるのか」
 言われるまでもなく、リフェールにも承知のことだ。しかし「お前に関係あるか?」と真顔で聞き返すと、ルイスがバン! と手のひらを机に叩きつけた。
「心配してるんだ!」
「アリスをか?」
「リフェール・ヨウシア・マイトナー!」
 珍しくルイスが先に声をあげることになって、思わず二人は目を丸くして見つめあった。どこかの部屋でバタンと窓を閉める音がして、揃って我に返る。
 先に目を逸らしたのは、リフェールだった。
「悪かった。揶揄うつもりはなかった。多分、アリスは何らかの処分があるだろう」
 いつもとは正反対に今はルイスがぎゅっと眉を寄せ、「どういうことだ」と盛大に顔をしかめる。
「わかるように話せ」
 リフェールは手に持ったままだったサンドウィッチのかけらを思い出したように口に放り込み、ぬるくなった甘ったるいコーヒーで飲み下した。
「俺も、よくはわからん。アリスとは付き合っていないし、俺は昨日あずま屋には行っていない。今日は一度も、彼女とは顔を合わせていない。彼女が何を話したかも聞いていないが、おそらく、何も話していないのだろう。だから俺も一日中面会室に留め置かれたのだろうが、話せることは何もなかったからな。学院長室で話をしている時間よりも、面会室でぼーっとしている時間の方が多くて疲れた」
 まさかソファに横になって居眠りするわけにもいかんしな、とリフェールは笑ったが、​ルイスが気になるところはそこではない。
「アリスのこと、どう思ってるんだ。好きなのか」
 若干声のトーンが落ちたルイスの声に、被せるようにリフェールが即答する。
「まさか。誓ってもいいが、何とも思っていない」
 その答えにルイスの表情が少し緩んだが、リフェールは「気の毒だが」と言葉を続けた。
「アリスは、退学だろう」
「そ、れは…っていうか、さっきから何なんだ。お前、やっぱりなんか事情知ってるんじゃないのか」
 ルイスは混乱する頭を整理しようとカップを口に運んだが、いつの間に飲み干したのか、すでに一滴も残っていなかった。
「悪いけど、もう一杯もらうぞ」
 遠慮する気持ちはすっかりなくなり立ち上がってコーヒーメーカーに向かうと、「今度は俺も、砂糖抜きだからな」とその背中にリフェールが声を掛けた。
「わかってる。さっきは珍しく砂糖とか言うから、びっくりしたんだ。それより、何か知ってるなら、何でお前はそれを言わないんだ。心当たりもないんだろう」
 ルイスはしっかり文句を言いつつ、出涸らしをひとまず別のカップに取り出して新しいフィルターと豆をセットする。タンクに冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを注ぎスイッチを入れるその後ろ姿を、リフェールが見つめる。
「俺が話すことではないからだ。そのうち、アリスが話す」
「お前、何をそんな呑気な。彼女が話さなかったら、どうするんだ。お前まで巻き添えを喰らうことになるんだぞ」
 椅子に戻ってきたルイスが抑えた声ながらも語気を強めるのに、リフェールが不思議そうに首を傾げる。
「お前、もしかして、俺を心配しているのか?」
 ルイスは一瞬、息を呑んだ。
「さっきからそう言ってる!」
 口の中で低く唸ってから叩きつけるように言うと、リフェールは少しの間押し黙り、「そうか」と小さく笑った。
「リフェール! 笑ってる場合じゃないだろう。何でアリスは何も言わないんだ」
「言えないのだろう、今は。だが、いずれ言う」
「どうして断言できるんだ」
「俺ならそうするし、彼女もそうする。それは、わかる」
 宥めるようにそう言うと、今度はリフェールが立ち上がって二人のカップを取り上げ、コーヒーメーカーの前に立った。
「お前が心配することは、何もない」
 しかし、一度おさまったと思った不安が再度ルイスの胸に立ち込める。リフェールが差し出したコーヒーを受け取り、睨むように彼を見上げた。
「随分信用してるじゃないか。それなのに、好きじゃないのか、彼女のこと」
 リフェールはベッドに戻って腰を下ろすと、何でもないことのように二杯目のコーヒーを口に運ぶ。
「好きなのと信用するのは、イコールではないだろう」
 そうだろうか、とルイスもカップに口をつけた。少なくともルイスの彼に対する思いの中には、好きも信用もある。好きだから信用しているのか、信用しているから好きなのか、それらを分けることはできない。
「信用してるだけか?」
 重ねてそう聞くと、とうとうリフェールが眉を寄せた。
「しつこいな。何を言わせたい」
 しまった、とルイスの鼓動が大きく鳴った。踏み込みすぎたと思ったが、勝手に口が動く。
「アリスを好きじゃないなら、ほかに好きな人は、いるのか」
「は?」
 何を、とリフェールの頭から真っ白に言葉が抜け落ちた。
「オレは、リフェールが好きだ。だからアリスとの関係が気になるし、お前が誰を好きなのかも気になるし、今回の件で万が一何かあってお前がいなくなると、困る」
 一度滑った口は、どこまでも滑らかにツルツルと転がっていく。ルイスはもう、それならそれで全部言ってしまえとばかりに言葉を紡ぐ。リフェールの顔など見ていられなかったし、両手で持つカップの中で、コーヒーが小刻みに揺れていることにも気付かない。
「どうしてアリスは知ってることを言わないんだ。それでなぜお前は平気でいられるんだ。彼女は一体何してるんだ。何を隠してる?」
「ルイス」
 ちょっと待て、とリフェールはカップをサイドチェストに置いて立ち上がり、ルイスの手からもそっとカップを取り上げて机の上に避難させる。そうして彼の前に片膝をつき、立てた膝に両肘を乗せると、その顔を下から覗き込んだ。
「ルイス」
 目が合うのを避けるように、ルイスは顔を背けて一瞬目を閉じ、リフェールとの距離が近すぎて身動きできない身体をこわばらせる。何とか一つ大きく息を吸って、吐く息と共に謝罪の言葉を口にした。
「言うつもりは、なかったんだ。ごめん」
「なぜ」
「オレ、男だし。それに、お前がオレのことなんかどうでもいいと思ってるってことも、ちゃんと知ってる。それでいいんだ。勝手に好きでいるだけだから」
「どうでもいいなどとは、思っていない」
 そう言うフェールの声が、いつもより掠れて聞こえる。声を出しづらいのか、コホン、と一度喉を鳴らして、彼は確かめるように言った。
「俺を、好きだと言ったか」
「もういいだろう。間違った、口が滑ったんだ。お前がアリスとだなんて耳にしたから、つい…聞かなかったことにしてくれ」
 目を合わせないまま、そろそろ部屋に帰らないと、などと身じろぎするルイスの膝を、リフェールがそっと手のひらで押さえた。
「わかった。じゃあ、今のはなしだ」
 ルイスがびくりと身体を揺らすが、リフェールはかすかに手のひらに力を込める。
「ルイス、お前が好きだ」
 え、と目を見開いて、すぐにはリフェールの言葉を飲み込めなかったルイスの顔が、次第に赤く染まっていく。つられて、リフェールの頬も熱く火照ってきた。
「俺はお前が好きだ。付き合ってくれ」
 リフェールは右手を伸ばして、ルイスの顔の脇でふわふわと揺れている髪を耳にかけてやり、頬に手を掛けてそっと顔を自分の方に向かせた。ルイスが、恐る恐るリフェールと目を合わせる。
「ダメか」
 静かにそう訊ねられて、ルイスはかろうじて小さく首を振り「ダメじゃない」と掠れた声で答える。しかし頭の中では、付き合うって何だっけ、と考えがまとまらない。ほっとした様子のリフェールに、キスをしてもいいか、と聞かれてようやくぎこちなく頷いた。
 両膝をついて身体を起こしたリフェールに、優しく頭を引き寄せられてルイスが身を屈めると、ゆっくりふたりの唇が重なる。
 あたたかくて、やわらかい。
 初めての感触が静かに離れていくと、ふ、と緊張の解けたルイスも椅子から滑り落ちるようにして床に膝をつき、リフェールの首に腕をまわして抱きついた。
「お前、オレのことなんか嫌いなんだと思ってた」
 肩口に顎を乗せて耳元でそう言うと、ルイスを抱き留めて床に尻をついたリフェールの声が、すかさず首筋にかかる。
「こっちのセリフだ。あんな言葉を真に受けて、部屋に来なくなるとは」
 それを聞いたルイスは身体を離し、リフェールと向かい合う形でその場に座り込む。
「いや、そもそもお前、昔からいちいちオレに突っかかってくるし、勝負だ何だって怒鳴り散らすし。…去年ちょっと、なんか、いいところもあるなと思ったのにあんなこと言われたら、やっぱり嫌われてるんだと思って当たり前じゃないか」
「だからそれは、さっき謝っただろう」
 話が一周したところで、二人が口をつぐむ。
 「まあ、だからだな」とリフェールが両手でルイスの腕を取り、その手を握り込んだ。
「アリスとは何でもないし、俺が好きなのはお前だ、ルイス。今回の件はアリスが何かを言うまでは俺からは何も言えんが、時期が来たらちゃんと話す。心配するな」
 ルイスは大きく深呼吸をすると「わかった」と頷き、膝をついてもう一度リフェールの身体に腕を回し抱きしめた。その背を抱き返して、リフェールが頭をルイスに寄せる。細くて柔らかな髪が、頰に当たる。
 しばらくそうしてふたり、互いのぬくもりを感じたあと、ルイスがそっと口を開いた。
「明日は」
「呼び出しがあるまで、部屋で謹慎だそうだ」
「食事は」
「寮監が、持ってきてくれるらしい」
「じゃあ、隙をみて様子見に来るよ」
 そう言って身体を離し、立ち上がったルイスをリフェールが見上げた。
「ルイス」
 簡単に言うが、謹慎中は誰も会うことができないというのが暗黙の了解となっている。比較的理解のある寮監のカーターではあるが、そう何回も見逃してもらえるとは思えない。
「また来る。今日は戻るよ。じゃあな、おやすみ」
 笑いながらあっさりと夜の廊下に忍び出ていく姿を見送って、リフェールはしばし呆然とする。もう行くのか、もう少し一緒にいられないか。そう声をかける隙もなかった。
 だが、時間はたっぷりある、と思い直す。そして、たった今好きだと互いに伝えあったのは夢ではない、とその感触を反芻するように手のひらを見つめた。
 初めて、そういう意図をもって彼に触れた。今までも、けんかをして取っ組み合ったり、何かの試合でチームを組んだときにほかのチームメイトも交えて肩を抱き合ったりということは数えきれない程あった。触れることは初めてではないのに、まるで違う感触に思えて束の間ぼうっとなる。
 ルイスに好きだと言われたのだ、とその頬が緩んだ。いつぞや誰かに好きだと言われたときとは、まるで違う心持ちだ。
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