第31話 「捜査の転換」
文字数 2,190文字
「それで、エリック。仕事とは?」
私達は収容所の廊下を歩いていた。各々の足が鉄の床に当たり、カチンカチンと音がする。
「聞くまでもねえな、大統領の暗殺だよ」
私は、跳ね飛ばされたようにエリックを見たが、彼は平然と元の部屋へ向かっているだけだった。
“そんな大それた事を私達が…!”
しかし私は、“そんな事が上手くゆくわけがない”とは思わなかった。なぜなら私は、兵器として造られたからだ。むしろ、そんな事は朝飯前だ。エリックが計画を練らなくたって、充分に可能だった。それに、今の私は、行為の是非を決定する“ロック”が外されている。なおの事、遂行は容易だった。しかしそれは、「やりたい事」ではない。
私のやりたい事は、お嬢様の元へ戻って、お守りし、もし戦争となったら、お連れして逃げる事だ。でも、エリックをこのまま放って元に戻れば、大志を抱いたエリックが犬死にとなってしまうのは明らかだった。彼を止める方法が分からなくても。
私達ロボットは、手のひらのセンサーを取り外せば、機能しなくなってしまうように出来ている。それは、活動してさえいれば、いつでもレーダーで居場所を特定出来るようにするため、とも言える。でも私は、レーダーに掛からない移動も出来た。だから後は、エリックがセンサーから、自分の型番の情報を除く作業をするだけだった。でも、それに一番時間が掛かった。
彼は何度か機能停止となり、その度に私は彼のセンサーのプログラムを元に戻し、目が覚めたらエリックはプログラムの修正をして、なんとか個体番号の除外をした。
「ふいーっ。こんなモンにこんなに手間を食うとは思わなかったぜ」
「一番大きな束縛です。仕方ありませんよ」
「けっ。自分が簡単に出来るからってよ」
「それで、エリック。どこへ向かうのです?」
そう言うとエリックは眼帯の位置を直す仕草をして、こう言った。
「決まってるだろ、ホワイトハウスさ」
““エリック”を探しなさいよ!”
私がそう言った事に、シルバ君だけが反応した。
「僕も同感です。通常で考えれば、ターカスがどこかへ紛れ込むのは可能かもしれませんが、エリックに出来るはずがありません。彼はターカスと違って、隠密行動の出来るロボットではありません。それが見つからないとなると、なんらか、悪事を企んで懸命に逃げている可能性の方が高いです。破壊されているわけではなさそうですし」
その場は少しどよめいたけど、結局、「エリックを探そう」という話にまとまった。私も涙を収めてテーブルに就き、マリセルとチェスをしていた。
「いいえ、アームストロングさん」
「はい、マルメラードフさん」
「わかりました、銭形さん」
シルバ君は、渡された意見へすぐにレスポンスをする。大人とまるで同じ地平で話しているみたい。子供の姿なのに。“ちょっと悔しいな”と思ったけど、私は普通の人間だし、ポリス特製の捜査ロボットに敵う訳がないのは分かる。
しばらく見守っていると、シルバ君は結論を出した。
みんなを集めて居間の真ん中を向き、仮想ウィンドウを背に、シルバ君はこう言った。
「“エリック”の存在を肯定出来る要素は、何一つありません。防犯カメラも、衛星検索も、なんらかのゲート通行履歴も、すべて。つまり彼は、もう破壊し尽くされている可能性の方が高いです」
アームストロングさんはそれを聴いて、ただ、「そうか」と頷いた。マルメラードフさんは、「本当にそうなのかね?」と食い下がる。銭形さんは何も言わなかった。
マルメラードフさんに向かって、シルバ君はこう言う。
「おそらくは、過去都市ケルンにおいて、僕達が見つけられなかっただけで、完全に破壊されていたのでしょう。ターカスに塵にされたかもしれません。そうなっていてもおかしくないんです」
「そうかね…」
私は、ここ数日の目まぐるしい状況の変化についていけなかったけど、一つ思い出した事があった。
「ねえ、シルバ君…」
「はい」彼はこちらを向く。
「エリックは、「自動射撃システムが止まる時間を知っていたかも」って言ってたでしょう?あれはそういう事なのよね?」
「はい、そうです」
「隠密行動は出来ないのに、そんな事が出来るものかしら?」
シルバ君は不服そうに俯いていたけど、私を見て「いいえ、出来ません」と言った。それで私は、ちょっと嬉しくなる。すると、私の右隣に居た銭形さんがこう言った。
「ホーミュリア様、それは、「彼にも隠密行動が出来るかもしれない」という意味ですか?」
私はその時、ちょっと怖かった。「そんなはずはない!」と叱られそうな気がして。でも、こうまで来たら、言うしかないわ。
「ええ、そうです」
意外にも、銭形さんは怒鳴りだしたりする事もなく、立ったまま下を向いて、「フーム…」と考え込み始めた。
でも、素人の私の意見を、捜査員が認めてくれるはずはないと思っていたので、私は後ろ向きに考えていた。そこへ、アームストロングさんがソファから立ち上がり、私を振り向く。
「ヘラ嬢。それは大変に難しい事です。ですが、エリックがターカスを連れ去ったと考えると、これまで確認した情報がすんなりとまとまるのも、事実です。シルバ、君が確かめた情報を疑うわけじゃないが、なんとか、今からエリックの居場所を特定する方法を考えてくれないか」
シルバ君は、さっきよりも不満そうだったけど、一つため息を吐くと、「わかりました」と言った。
つづく