第17話 「逃げられない理由」
文字数 1,905文字
「なあ?どうするよターカス。お前にとっては造作もない事だろう?」
片方が眼帯で隠れてはいるが、もう片方の晒された目では、彼は下衆のように笑っている。
しかし、「こいつらが帰った後なら、俺達はなんでも出来ちまう」と彼は言った。お嬢様を人質に取られている以上、私は従うしかなかった。でも、それはあまりに罪深い事だった。
“ある人物を殺すのを手伝ってくれさえすれば、令嬢には手を出さないし、お前の事も黙っておいてやるよ”
彼はそう言い、汚い笑顔を私に向けていた。
彼が言う“ある人物”とは、ひそかに武力を集め、世界にまた大戦をもたらそうとしている者だと言う。だから、眼帯をした彼は、「テロリストでもあるが、俺達はレジスタンスだ」と言った。戦争を止めるのだと。だが、そのために人を殺してもいいなどとは、絶対に言えないはずだ。それは私のスケプシ回路が許さなかった。
「…お嬢様を返して下さい」
私は、ただそう願う事しか出来ない。人殺しをした私は、お嬢様の家に帰るわけにはいかないのだから。
「返すさ。きちんとお願いを聴いてくれたらな」
私は、今度は怒って、彼をなじった。
「あなたの用いる手段はかくも卑劣です!そんな事は許されません!平和を願うなら平和的な解決しか方法はありませんよ!」
私がそう言うと、彼はまた大笑いした。
「ハハハハ!長いメイド暮らしで理屈もわからなくなったのか!ターカス!」
私が睨みつけていると、彼は私に近寄ってきて、ごく近くで私の顔を覗き込む。
「この世界にはな、言って聞かせて分かる奴と、それ以外が居るんだ。分からず屋がトップに立った時の悲惨さは、分かるな?だから俺達はそれを止めるために、手段を選んではいられねえんだよ」
呪文を唱えるかのように、神妙にそう言ってみせる彼。だが、私の心は揺らがなかった。
「あなたはやはり、ただのテロリストです」
そう言うと、彼は笑っていた。
私が家に帰ると、何人か、知らない人が家に居た。そして、マリセルは大泣きして私を抱きしめてくれた。
「お嬢様!お嬢様!ああ!ご無事で何よりでございます!」
「マリセル…」
私はその時、やっと自分のした事がなんだったのか分かった。だから、マリセルに「ごめんなさい」と謝りたかった。でもその前に、確かめておきたい事があった。
「マリセル…ターカスは?どこに居るの?」
それを聴くと、マリセルは急に俯いて脇を向いてしまった。
「ねえ、ちゃんと帰って来てるんでしょう?」
私は不安になってそう聞く。すると、居間のソファに座った、白い髪の男の子がこう言った。
「ターカスは行方不明です。フォーミュリア様」
私はそれを聴き、私を連れに来た黒いでこぼこスーツの人を振り向いて叫んだ。
「どういう事!?だってあなた、「ターカスと一緒に帰してくれる」って約束してくれたじゃない!」
私は、気まずそうに俯いているスーツの人に近寄ろうと、歩行器を動かそうとした。でも、それをマリセルが間に入って止める。
「お嬢様、落ち着いてください。ターカスは今探しているところです。きっと見つかります…」
まだ言ってやりたい事はたくさんあったけど、どうやらその人はただの警察官じゃないとは分かったし、ちょっと怖かった気持ちもあって、私はそれ以上何も言えなかった。
「さて、じゃあ心を決めてくれたところで…お前のお仲間に会わせよう」
私は、足を分解されて磁力錠で両手を結わえられたまま、地下の建造物内を移動させられていた。そこはとても広く、細長い鉄の廊下の左右には、皆同じ鉄製の扉が取り付けられていた。しかし、錆びてはいない。多分、衝撃に耐えうる錆びない鉄だろう。
私は、彼が嬉しそうに言った事に返事をする。
「そんな事をした覚えはありません。わたくしを帰して下さい」
「おやおや。じゃあ令嬢がどうなってもいいのかい?」
その言葉に私は何も言えず、やがて私が乗せられた椅子の前で、一際大きな扉がスライドして開いた。
そこには、私と同じタイプのロボットがズラリと壁際に並び、それぞれがっくりと項垂れたり、こちらを不安そうに見つめたりした。中には、退屈そうにしているだけの個体も居た。
私は、壁際に一つ余った鎖を手に無理やり結ばれ、それもまた磁力錠だと分かった。それから、ぞんざいに下に下ろされると、“彼”は高らかに演説を始めた。
「この世に争いをもたらそうとたくらむ不逞の輩を、俺達全員の手で追い出そうじゃないか!それは崇高なる使命だ!そのために俺達は生まれてきたと、知ろうじゃないか!さあ!闘いを終わらせるため、闘おう!」
その声に、真剣に返事をした者は居なかった。そこで私は、“全員が無理やりに集められた者達なのか”と理解した。
つづく