第46話 「穀物メジャー」

文字数 2,252文字





「久しぶりだな」

「中将、お会い出来て光栄です」

俺はその者の家に直接行き、長年決めてはいたものの、一度も使った事のない合言葉で、玄関のパスコードを入力させた。

何年も前から俺が飼っている人間で、個人的に合衆自治区軍を見張りたくなった時、名乗りを上げてくれた、元部下だ。普段は下のテナントで花屋をしている。

“造花よりも、喜ばれるはずです”

そう言った彼は、俺と同じ通念があったように思った。


ロボットに支配されたこの世。判断のほとんどをAIに頼っているこの世界。

それでは、生きているのは誰なのか。

それをずっと問い続ける事を、放棄した人類。その中で俺達は、「敵国を殺す」という、一番生々しい、過激な判断を続ける組織に居る。だから俺達には解る。

“生きていくなら、自分で判断しなきゃダメだ”

そう思うから、自分でアメリカまでやってきた。その理由を、花屋のメルヴィンは聞いていた。


テーブルの上にはコーヒーサーバーが置かれ、沸いてきたら、メルヴィンが2つのカップへ注いだ。


「そうですか…それでは、“エリック”が同一人物と仮定したくなりますね」

「ああ。どうやらそいつは、“ターカス”が一度破壊している。誰かが修理して、軍に進呈したんだろう。“エリック”の所有者は?」

メルヴィンは、丁寧に撫でつけた、人当たりの良さそうな細い金髪を、癖のように片手で整えていた。

「デイヴィッド・オールドマン。現在83歳の、穀物メジャーの研究者です。「主に穀物生産や輸送のためのロボットを研究している」、という“触れ込み”です。特定には今朝まで掛かりましたが、衛星のデータから見るに、エリックが軍司令部を抜けた時には、一度博士の自宅へ向かったようです」

俺はコーヒーを一口啜り、美味いとも不味いとも言えない液体から、目をあげた。メルヴィンの目の中には、「してやったり」と言ったような、小気味よい微笑みがあった。しかし俺は、敵の大きさに尻込みし掛ける。

「穀物メジャー、ね…そんなこったろうと思ったぜ。メルヴィン。お前の推論を聞こう」

するとメルヴィンは慌て始め、少し赤くなった。

「わ、私、ですか…」

「この国に住む、俺の信頼する人間の意見だ」

「は、はあ…」

メルヴィンは一口二口のコーヒーで唇を湿すと、手短に話した。その時には、奴は勝ち誇ったように、自論を展開してみせてくれた。

「相手が“まっとう”なら、戦時中に戦術ロボットが連れて行かれるなんて事は、普通は有り得ません。合衆自治区軍にエリックが潜り込んで、諜報活動をしていた可能性があります。運良く、機能の良い戦術ロボットが手に入ったので、主人の元へ連れて行った…前々から戦術ロボットの研究をしていたのでなければ、そんな必要はありません。敵が博士であるか、穀物メジャーであるか…これは明白です」

俺の頭には、こんな言葉が過った。

“博士が組織を牛耳っている訳でもないが、主要たる科学者だろうからな。個人的な研究なんかではないだろう”

俺はそこで溜息を吐き、コーヒーをごくごくと飲み干した。そしてすぐに立ち上がる。メルヴィンも椅子から立って、俺に敬礼した。奴は、俺の足の速さを知っている。

「お寄り下さいまして、有難うございました」

「こちらも、貴重な意見と、コーヒーを」

「メキシコでは、もう飲めませんからね」

メルヴィンの冗談に、俺は葉巻を取り出す。メキシコで足りている物と言えば、小麦とタバコくらいだ。

「なあに。こいつは許されてるんだよ」

俺は火を点けたが、メルヴィンは慌てて止めた。

「中将。合衆自治区は、今期より優良の喫茶室以外が、禁煙となりました」

俺は頬を掻き、「フウン」と言った。

「邪魔したな」

「またお越し下さいますよう。お疲れ様です」

背中にメルヴィンの生き生きした若い声を聴いて、俺は扉の外へ出た。


外へ出ると、1月のニューヨークのむっとした湿気が頬を撫でた。

海が隆起した場所にまた新しい自治区が出来ている。この国ではコーヒーは飲めるが、タバコはいけなくなったらしい。俺はまた、歪な人間の掟を感じながら、話に聞いていたオールドマンの研究所を目指した。




白い建物の周りは、小麦畑だった。でも、その時期には小麦などまだ育っていない。

そこはカナダに近い農地なのに、全く寒くなどなかった。子供の頃に読んだカナダの山の小説は、かなり寒冷地だという話だったのに。

カナダもアメリカも、元より小麦の産出量は充分だったが、農地と品種の改良が進み、生産量が少なかった国も、小麦だけは絶対に育つようになった。グアテマラでさえだ。ただ、そこではもう、コーヒーは育たなくなった。

コーヒーはすでに贅沢品だ。

気候が温暖化して今までの農地で育たなくなったので、維持費の高い屋内栽培での品種が生み出された。

各国はそのように、輸出作物の問題を抱えている。それを「解決する」のが、“穀物メジャー”だそうだ。本当は、価格を操って利益を出すのが目的で、どの国からも鼻つまみ者の組織だがな。


そんな事を考え、俺は一応警戒して拳銃を手に持ち、建物に近寄ろうとした。その時だった。

何かの軽い衝撃が足に当たったと思って振り向こうとした時、俺の足からはすっかり力が抜け、どくどくと血が流れ出ていると分かった時には、俺はもう地面にばったり倒れていた。

「ちくしょう…」

“撃たれた!”

防犯にしちゃ警備が重過ぎる。

“これは絶対に怪しい。だが、とにかく殺されない内に、一旦は退却しないと…”

なんとか建物の外に這い出ようとするも、誰かに頭を殴られ、俺の意識はぷっつり途絶えた…




つづく
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