第10話「銀色の閃光」

文字数 2,919文字





「とにかく…令嬢が生きていようと死んでいようと、その体を取り戻さなくてはなりません。マリセル、そんなに落ち込まないで…まだ、何かの間違いかもしれないのですから…」

「パーソナルチップのステータスなんて、そうそう誤ることなどございません…!お嬢様がもう亡くなられていたなんて…!わたくしはこれからどうすればいいのでしょう…!」

シルバが確認した「死亡」のステータスを見てからというもの、マリセルはおいおいと泣き始めて、私たち客人の相手どころではなくなってしまった。

「それで、アームストロングさん。出立前に、ターカスの画像を一応見せてください。令嬢を連れ去ったターカスが遺体のそばにいる可能性はとても高いです。」

「ああ。それと、君たちには彼の図面も見てもらわなければいけない」

「図面?なぜですか?」

私はシルバの方へ向けて、ターカスの設計図面を見せた。

「えっ…?」

「何よこれ…」

「これって…軍用の戦闘ロボットの図面に似てないか…?」

最後にメルバが言ったことに私が頷くと、三人は慌て始めた。

「待てよ!だって、この家のメイドだったんだろう!?」

「ただのメイドなのに、なんで戦争ロボットなのよ!こんなの、私たち全員でかかってやっとじゃない!」

私はその時、前当主の日記にあったことを言おうか言うまいか、考えていた。

“ターカスは、ヘラ嬢の弟の人格をプログラミングするために、それをシャットアウトされることのない軍用ロボットを、前当主が選んだのだ”

だが、ここでそれを言ってしまうと、余計なことを捜査員に考えさせることになる。それは、我々にとってはマイナスでしかない。私は口をつぐんだ。

「私にも理由はわからない。だが、これがあったからこそ、アルバ、メルバ、君たちを呼んだんだ。心してかかってくれ」

「…了解。一応俺たちのシステムにその図面を送信しておいてくれ、ジャック」

「そうするよ」

「もう!新しい靴が壊されたら、アームストロングさんのせいだからね!」








「ターカス、見て見て!」

「どうしました、ヘラお嬢様」

「ほら!」

私はウサギのコーネリアの片手を自分の片手の平に乗せて、ターカスを振り向く。するとターカスは急にぱあっと微笑み、こちらに近寄って来た。

「なるほど、芸を教えたのですね」

「そうよ、この間ターカスが“ブック”で教えてくれたから、ずーっとコーネリアに挑戦させてたの!」


ターカスは時折、ウェッブからブック形式になった教本などを引いては、私に勉強を教えてくれていた。コーネリアの育て方も、その“ブック”を探してくれたのだ。


「では、わたくしは…」

そう言うとターカスは両手をぱっぱっと宙で動かし、しばらくして右手に、小さなにんじんを取り出した。

「“お手”のごほうびを、コーネリアにあげましょう」

「素敵だわ!貸して貸して!私があげたいわ」

「もちろん。お嬢様からあげてください」

ターカスからもらったにんじんをコーネリアの鼻先に持っていくと、コーネリアは大喜びで食べだした。

「頑張ったわね。いいこ、いいこ、食べなさい…」

私はコーネリアを撫でて、コーネリアはにんじんに夢中だった。

「お嬢様、わたくしは夕食の食材を見つけてまいります。今はコーネリアのそばにいてくださいますか?」

「ええ、いいわ。しばらくコーネリアと遊んでいるから、行ってきてちょうだい!」

「では、行ってまいります」








「マルメラードフさん、ヘラ嬢の遺体は、この付近ですよね」

「ああ。シルバ君が送信してくれたアドレスは、この真下のはずだよ」

ようやく国際連合が射撃システムを20分間だけ止めてくれることになって、マルメラードフとアルバ、メルバは、「旧ドイツシティ過去都市ケルン」の上空を、専用艇で旋回していた。

シップの床は樹脂張りなので下を見渡せたが、茫漠たる草原を大きな川が横切っている以外に、見えるものはない。

「変ね…何もないわ。川はあるけど…」

「マルメラードフさん、少し下に降りてほしい。俺たち二人で、令嬢の遺体を探すよ」

「了解したよ。ではタラップを出すまで、ドアの前に」




アルバとメルバはシップを離れ、川の付近を歩き続けていた。

「それにしても、こんなところに遺体を捨てて、ターカスは逃げたんだと思うか?」

「そんなはずないでしょう?誘拐事件なんだから、いるはずよ」

「そう思うよな。でも…」

「遺体もなければ、ターカスもいない…どうして…?」

その時、アルバの目の奥で、フォーカスが動く音がした。

彼女の意思とは関わりなく、彼女の目が、対象を捉えてスキャンが始まる。

「何よこれ、どういうこと…!?」

それでも、しばらくして、「スキャン不可」を示す警告音が彼女の頭に鳴り響いた。

「どうした?何かいたのか?」

「え、ええ、多分…でも、スキャンできないの。何かに阻まれているみたい…」

そこでメルバはターカスの図面とプログラミングをざっと確認し、「これだ!」と叫んだ。

「奴は軍用の“ステルス化”を使ったんだ!」

それを知るなりアルバとメルバは空中へ飛び立ち、今まさに迫っているかもしれない脅威から離れた。

軍用ロボットには、指定した範囲をステルス化できる技能が施されている。どうりで見つからないわけだ。でも、それなら、向こうからこちらが見えている可能性は高い。

二人はしばらくきょろきょろしていたが、自分たちが攻撃される気配もないと分かると、空の中で立ち止まった。

アルバもメルバも、考え込んでいた。そして、先にアルバが口を開く。

「ねえ、メルバ…私、思いついたことがあるの…」

「なんだよ…」

アルバの言葉に、メルバは少し切羽詰まったような目で振り返る。アルバは真剣に、さっき「スキャン不可」とされた空間を睨んでいた。

「見えなくても、私の目が反応したからには、“何か”はいるのよ。だったら、そこを爆撃でもすれば、ターカスは出てくるんじゃないかしら…?」

「ばっ、馬鹿言え!それじゃ令嬢が…!」

「でも、彼女はもう死んでいるんでしょう?それに、“これ”を仕掛けているのはおそらくターカスなんだから、もうターカスを破壊するか、確保する以外に、令嬢の体を取り戻すことはできない…」

宙に浮かびながらアルバとメルバはそんなふうに話をした。しばらく唸ってから、メルバは頷く。

「やってみよう。でも、爆撃と言っても、ごく小規模じゃなきゃダメだ。もしまだ令嬢が生きていたとしたら、本末転倒だからな」

「マルメラードフさん、聞いてた?」

アルバは、通信システムを通じて自分たちの会話を聞いているであろうマルメラードフに、指示を仰ぐ。

“聞いていたとも。少々荒っぽいが、もうそれしか方法はあるまい”

「オーケー。じゃあ、メルバ。行くわよ」

「オーケー」


「「それっ!」」


二人が両手を差し出し、手のひらから小規模の火炎を放つと、次の瞬間には、そこらじゅうを煙が包み込んだ。

「ちょっとやり過ぎたかな…どうだ?アルバ、何か見えないか…?アルバ…?」

メルバが隣を見た時、アルバは居なかった。ただ、アルバが居たはずの空間を、閃光が過っていくのが見えた。

その閃光の先を思わず目で追うと、空高く吹き飛ばされたアルバが落ちてくるのが見え、それを追いかける銀色の残像が居た。


「アルバ!」











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