第6話「誘拐犯ターカス」

文字数 2,627文字





私たちは、二人で暮らし始めてまだ3日。でも、その間ターカスを見ていて思ったけど、なんだかターカスは前より毎日が楽しそうに見えた。

私のお屋敷に居る時には、ほかのメイドたちの統括や自分の仕事に追われていたけど、この「過去都市ケルン」に来てからは、毎日私のそばで、私の勉強を教えてくれたり、それからウサギのコーネリアと遊んだりしてくれて、いつでもにこにこと笑っていた。

一度、コーネリアの毛玉がターカスの口の中に入って、ターカスが喋ることができなくなったときは驚いたけど、その時もターカスは自分でなんとかできたし、私の世話も、教育も、新しい服作りだって、なんでもできた。


「ねえ、ターカス。あなたはどうしてそんなにたくさんのことができるのに、わたくしのそばにいてくれるの?もしかしたら…もっといい居場所もあるかもしれないのに…」

ある晩私がそう聞くと、ターカスは悲しみを表す時のように、片目から涙が出ているランプサインに顔を変えて、こう言った。

「…わたくしは、お嬢様のおそばにいられること、お世話をさせて頂くことが幸福なのでございます。ほかの居場所など、考えもしません…」

「そう。ありがとう。じゃあまた明日。おやすみターカス」

「おやすみなさいませ、ヘラお嬢様」







「はい、はい。わかりました。では銭形殿。こちらとの連携を取る態勢を早く整えて下さい。それから、世界連のおえら方に、「自動追撃システム」をあの一帯で止められないかの交渉を」

“とは言ってもアームストロング、貴族の跡取りとはいえ、13歳の少女を守るためだけに、世界防衛のための装置をあいつらが止めるとはとても思えないぞ”

「ですが、連れ去ったのは戦闘基盤のヒューマノイドロボットです。そいつの目論見でこうなっているのだとすれば、世界連も考え直すかも…」

“どうかはわからん。それに、それだってただの推測だろう。あまり希望を持たずに、通信を待ってくれ”

「…承知しました」

私は、警察機構の同僚で、かつ現在は世界連の機動隊に居る知り合いに、大体の状況を知らせて、対応を打診した。

“銭形”は、過去に代々続いていた警察官僚の一家だ。

もちろんこの一万年もの新しい歴史の間、遥か昔に一度途絶えはしたものの、その名を冠したヒューマノイド警察ロボットが、私と同時期に作られたのだ。

「アームストロング殿、どうでしたでしょうか…?」

私は通話を切るとマリセルを振り返り、「あまり芳しくない」と説明してから、こう切り出した。

「前当主の日記か、もしくはロボットの管理に使っていたデータか何かはありませんか。どう考えても戦闘型ロボットがメイドとして雇われてくるなんておかしいし、今のままでは、“ターカス”を止めることはできません」

私は、高名なるロボット工学者が“ターカス”にどんなプログラミングを施したのかの、全容が知りたかった。

「当主がその時何を考えていたかがわかれば、おそらくは事を運ぶ手助けになるのではと、そう思うのですが…」

「かしこまりました。ですが、私は旧式ロボットの管理システムの情報は渡されておりませんので…それでも、ダガーリア様は日記をつけておいででした。少し倉庫の方へ行ってまいります」




そのあと、マリセルはすぐに倉庫から戻ってきたが、彼は真っ青だった。


「た、大変です…!お嬢様は…やはりターカスにさらわれておりました!」

「なんだって!?」


戻ってきたマリセルは、前当主が残した5冊の分厚い日記を抱えてはいたが、いの一番に、小さな紙切れを私に手渡した。その紙には、真っ黒な焦げ跡のような文字で、こう書かれていた。


“このままここで朽ちていくよりは、いっそお嬢様とずっと一緒にいられる場所へ”


おそらく、熱線照射で紙をうっすらと焦がして書いたロボットの文字だろう。間違いない。

「これがターカスの書いたものだとする確証は」

「それが…念のためと思いまして、ターカスの用意して頂きましたベッドを探っておりましたところ、枕の下にその紙が…」

半べそになったマリセルは、おろおろと両腕を揺らしている。

「ではマリセル。これは証拠としてとっておきましょう。それから、私はもう一本コールをしますが、これはわたくしたちの専用周波を使わせて頂きます」

「どうぞ、ご随意に…」

マリセルは心配そうだったが、私は上司に直接の通信で、「ロボットが令嬢を連れ去ったらしいことにほぼ間違いはない、場所が大まかにしか掴めず、危険な区域であるので、名うての捜査員を増やしてほしい」と願った。それはすぐに承認された。


「間もなく、私のほかに捜査に指名されたものがこちらに来るでしょう。彼らは普通の人間だったりヒューマノイドだったりしますが、泊まる部屋はあるでしょうか?」

「ええ、もちろん。客間もございますし、亡くなられた前ご当主や、それから奥様のお部屋、あと…弟様のお部屋もございます」

「弟?ヘラ嬢には弟がいらしたので?」

するとマリセルはちょっと周りを気にするようなそぶりをしてから、そっとこう言った。

「亡くなられた奥様は、ヘラお嬢様の弟様をお産みになる時に、お亡くなりになったのです…そして、弟様も助からなかったと…その前から用意されていたお部屋は、ご当主が閉めておしまいになったそうです…これは、引き継いだ情報です」

「そうだったんですか…」

“この家も複雑だったんだなあ。それにしても、ヘラ嬢は大変元気なわがまま娘だとか。よっぽどその「ターカス」とやらが甘やかしてしまったんだろう”

“ターカスを倉庫に下げた前当主の気持ちも、わからないでもない。これからは、大人として社交界に入らなければいけなかったわけだし。いつまでも甘えん坊盛りでは、困るだろうからな…”







「ターカス!こっちにおいでなさいよ!魚がたくさんいるわ!」

「ほう、これはおめずらしい。マスですな。今夜はこれをお召し上がりになりますか?」

私たちはターカスの飛行で、川の上を移動して、いい釣り場所を探していた。そこへ、魚がたくさん居る場所を見つけたので、今夜のメニューはマスの料理になった。

「コーネリアへのお土産ににんじんも見つけたし、帰りましょ!」

「はい、そういたしましょう」

私はまた飛ぶためにターカスに背負ってもらって、その時ターカスはこう言った。

「お嬢様、わたくしターカスは、今とても幸福でございます」

「なあに?あらたまって。これからずっと一緒なのよ!そうよ、私も幸せだわ!」

「ありがとうございます…」







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