文字数 4,283文字

昼過ぎにはすっかり部屋は元通り。
強化ガラスにしてくれたらしいけれど、怖くて窓辺には近寄れないまま時間だけが過ぎて行った。
カーテンも閉めたまま。
こんなことをしているヒマがあるなら、本当は港を探して歩きたい。
海のあるこの町では、バスで30分も行けば港に行ける。
行ったところでどうにかなるわけじゃないのはわかっていても、ここでジリジリしているよりはマシ。
でも、結城が言ったように、今は危険なのもたしか。

「もう・・・・・・」

なにもできないなんてつらすぎるよ。
こうしている間にも、江梨子や悠香は怖さに震えているだろうに。
自分だけが学校をズル休みしているような、罪悪感がある。

トントン

ノックする音に思わず体が跳ねた。
ここは安全なのはわかっていても、そうとう怯えているらしい。
ドアを開けると、友季子が立っていた。

「起きてた?」

なんて聞いてくるので思わず苦笑。

「当たり前でしょ。友季子じゃあるまいし」

こんな状況のなかでも笑えることに感謝しながら部屋へ招く。
すっかり髪型も落ち着いた友季子は、「なにしてんの?」と、部屋をキョロキョロ見回す。

「なんにもしてないよ。ここから動くな、て言われたし」

友季子は珍しくミニスカートに黒いストッキング、上はボーダーのシャツといった軽装だった。
『足が太いから』なんて言って、いつもスカートは長めだったのに。
橘の影響なのかな。
だとしたら、恋はすごいな。
服の好みまで変わってしまうのだから。

「これからデート?」
「ううん。きょうちゃん、最近捜査で忙しいから」

そう答えながらベッドに腰かける友季子は、なんだか大人びて見えてドキドキしてしまう。
こんな短期間の間でも、恋する女子はどんどん魅力的に変化してゆくものなのかも。

「浩太がさ・・・・・・」

ぼんやりしていて友季子の言葉を半分聞き逃した。

「え? コータ?」
「うん。これから港を探すんだってさ」

なんでもないように言う友季子に、思わず、

「え!?」

と、大きな声を出してしまう。

「じっとしていられないらしいよ。港に捕まっているなら、警察に協力して一緒に探したいんだって」
「だめだよ。危なすぎる」

さっきの割れた破片を思い出し、思わずゾッとする。
犯人に探していることがバレたなら、浩太の身が危険にさらされることになる。

「うん、私もそう言ったんだけど、言うこと聞いてくれなくってね」

あいかわらずのんびり屋の友季子に、逆にアセる。

「どうしよう。橘さんに相談はした?」
「なんで?」
「なんで、って。コータまで連れ去られたらどうすんのよ」

友季子は言われた意味を考えているようだったが、

「ああ」

と、納得したようにうなずいた。

「大丈夫だよぉ。私もつきあうんだから」
「へ? 友季子も?」
「うん。ふたりいっぺんに連れ去ることはしないでしょ。それに、港には警官もたくさんいるだろうしね」

言われてみるとそんな気も・・・・・・。
ううん、やっぱりちがう。

「やめておきなよ。捜査は警察にまかせようよ」
「でも、もう約束しちゃったし。琴葉こそ危険だから、ここから動かないでよね」

そう言うと、もう友季子は部屋から出て行こうとする。

「ちょっと待ってよ」
「大丈夫。きょうちゃんに協力できるんだもん。がんばるからね」

にこやかにまるで『散歩にでも行く』という感じで友季子は行ってしまった。

「もう・・・・・・」

閉まったドアにつぶやくけれど、不安がどんどんわきあがってくる。
このまま行かせていいの?
大丈夫なの?
迷っていると、テーブルに置いてあったスマホが軽快なメロディを奏でたのでまた驚いてしまった。
あわてて画面を見ると、『結城刑事』の文字。

「結城さん!」
『どうかしたのか?』

自分からかけてきたくせに、そうたずねてくれる。
声ひとつで状況がわかってくれるなんて、本当ならうれしいとき。
だけど、今はそんなこと言ってるヒマはない。

「あのね、友季子とコータがっ」

叫ぶように言いながら、なぜか涙があふれそうになる。
そばにいてほしい。
不安でたまらないよ。
結城の存在がこんなに大きくなっているなんて思いもしなかった。
順を追って話せない私を、黙って結城は聞いてくれた。

「どうしよう。友季子や浩太にまでなにかあったら・・・・・・」
『・・・・・・』

そこまで言ってもなお、結城は沈黙を守ったままだった。
静かな息づかいだけが、スマホ越しに耳に届いている。
これからどうするのか考えているのかな、としばらくは無言につきあってはみたけれど、いくらなんでも長い。
ひょっとして、捜査の疲れから寝ちゃったとか?
しびれを切らして、口を開こうとしたとき、

『琴葉はそこから動くな』

結城の声がようやく聞こえた。

「うん。でも・・・・・・」
『すぐに港にいる刑事たちに連絡する。見つけ次第すぐに確保するから』
「確保?」
『確保ってのは、保護するって意味だ』

冷静な結城の声に、ようやく私はベッドに腰かけた。
全速力で走ったかのように、まだ胸は内側から叩いているように鼓動を速くしている。

『それより、琴葉。聞いてもらいたい話がある』

いつもの結城らしくない、少しためらったような言い方だった。
言おうか言うまいか悩んでいるような。

「どうしたの?」

それから、またたっぷり間をとったあと、結城の声が聞こえた。

『あのな・・・・・・。小野友季子を信用しないほうがいい』

思考が真っ白になるってこういうことだろう。
言われた意味を考えようとしても、私には聞きまちがいとしか思えなかった。

「ごめ・・・・・・。今、なんて」
『小野友季子を信用しないほうがいい』

一字一句同じ言葉。
そして、また沈黙。

「・・・それって、友季子のこと?」
『ああ。詳しくは話せないが、容疑者のひとりであることは間違いない。あまり深入りせずに、少し距離を置いてほしい』

頭のなかがジーンと澄み渡るような静けさ。
小野友季子は、友季子のことであって。
それは私の大事な友達であるわけで。

「ひどいよ。なに言ってんの?」

自分から発したとは思えないほど低い声がこぼれた。

『冷静に考えろ。犯人は、琴葉のクラスメイトをふたりも連れ去った。顔見知りの犯行のセンもあるんだ』

あくまで冷静な言い方が逆にカンに触った。

「やめてよ。友季子のことそんなふうに言わないで」
「レポーターが殺されたときも、学校にいたんだろ?」
「でも、それは状況証拠っていうやつじゃないの?」
『俺は小野友季子を怪しいとにらんでいる』
「なっ・・・・・・」

絶句とはこのこと。
結城は本気で言っているんだ。
なにそれ。

「いい加減にしてよ! 友季子が犯人なわけないでしょ!」
『さっきの窓ガラス。外から割られたんだよな』
「話をすりかえないで」
『しかし、部屋のなかには割ったと思われる物は転がってなかった』
「は?」

信じられない。
なに言ってんの?

『外から石かなにかを投げつけたにしては、部屋の中にも、外の地面にすらそれらしき物はなかったんだ』
「だからなんなのよ」
『隣の部屋からストッキングかなにかに石を入れて、思いっきり横に振れば、きっと割れる』

友季子の黒いストッキング姿・・・・・・。
たしかにさっき履いていたけれど、だけどそんなはずない。

『部屋のドアが開いていたのも、小野友季子が割る前後に開けておいた可能性もある』
「もうやめて!」

気づけば叫んでいた。

『琴葉』
「呼び捨てにしないで! なんで……なんでそんなひどいこと言うの!? 私の友達なのに……大事な友達なのに」

涙があふれた。
結城はやっぱり刑事なんだ。
私のことも、友季子のこともなんにもわかっていない。
なんでこんな人を好きになったの?

『琴葉、しっかりしろ。とにかく小野友季子は』
「指図しないでよ。結城さんなんて・・・・・・結城さんなんて大っキライ!」

通話の終了ボタンを思いっきり押して切った。
すぐに電源も落とす。
真っ暗になる画面を確認してポケットに入れた。
はぁはぁ、と息づかいだけがまだ部屋に響く。
胸が苦しかった。
なんで、なんで?
疑問ばかりが頭をくるくる回っている。

「そうだ、友季子・・・・・・」

友季子と浩太は港に向かっている。

「追いかけなくちゃ」

自分自身をふるい立たせるように口にすると、なんの迷いもなく部屋を飛び出した。
幸いよしこちゃんは自分の部屋にいるらしく、気づかれることなく寮を出ることができた。
外に立っていた警察官が私を見て会釈する。
大丈夫、気づいていない。
同じように会釈をしてからその場を離れた。
角を曲がったところまでゆっくり歩いて、そこから一気にダッシュする。
このまままっすぐ行けば、バス停のある広い通りに出るはず。
まだ友季子がバスに乗っていなきゃいいけれど。
急がなくちゃ。

息を切らせながら、大通りへ出ると左へ走る。

「あっ!」

遠くに友季子のうしろ姿が見える。
のんびりした歩き方で、ゆっくりバス停に向かっているみたい。
良かった・・・・・・。
ホッとして足をゆるめると、息を整えながら向かう。
もし今バスが後ろから来ても、ダッシュすれば間に合うくらいの距離。

気のゆるみが、友季子に声をかけるのを後回しにした。

ブオオオ

すごい勢いで車道を黒いセダンが追い抜いてゆく。
歩道まで風圧がくるほどの暴走ともいえるスピード。
危ないな、あんなスピード出して。
それより、もう少しで友季子のそばへ・・・・・・。
顔をあげた私の目に映ったのは、急ブレーキをかけて友季子のそばに停まる車。
助手席のドアが開いたかと思うと、まるで生えたかのように手が伸びて友季子の腕をつかんだ。

「キャッ」

小さな友季子の悲鳴を残し、その体は黒い車体に吸い込まれる。

バンッ

離れていても聞こえるくらいの音でドアが閉まると、爆音をあげて車は走り出した。

「ウソ・・・・・・ウソッ!」

気づいて走り出してももう遅い。
さっきまでいた友季子の姿も、車の姿も音さえも、一瞬で消えてしまった。

「友季子!」




幻でも見たように、私はそれをぼんやり眺めるしかできなかった。












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