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文字数 2,756文字
「ムカつく、ムカつく、ムカつくっ!」
叫びながら台所に乱入した私を、友季子が目を丸くして見た。
「ちょっ、どうしたのよ」
みそ汁をつぐ手を止めて、
「なんかあったの?門限ギリギリじゃない」
と、壁の時計に目をやった。
「だって友季子、聞いてよぉ」
そう言いながら、私は台所の丸椅子にドカッと腰かけた。
こんな時は、親友にグチるのがいちばん。
「聞くから、ほら、手伝って」
「・・・・・・うう。疲れてるのにぃ」
体よりも精神的にクタクタになってる。
あの刑事のせい。
絶対、そう。
ほんっと、ムカつく。
配膳を手伝いながら友季子にさっきあったことを話した。
「へぇ。刑事が?」
友季子がお盆におかずを並べながら、驚いたように言った。
7時を過ぎて、寮生が上の階から降りてきて友季子が作った夕食を受け取ってゆく。
隣の食堂からは、にぎやかな笑い声が聞こえてくる。
16名の生徒が住んでいるこの寮は、食事当番が決まっていて、これにあたると結構大変。
手際の悪い私は、レシピ通りに作ってもぜんぜんだめ。
寮母の“よしこちゃん”にいつもグチグチ言われている。
「ほんっと、イヤな感じだったんだよー」
「はは。でも、話を聞く限りだと、琴葉だって負けてなかったみたいじゃん。私なら素直に財布渡しちゃうもん」
エプロンを外した友季子が笑う。
三角巾を取ると、友季子の長い髪がしゅるんと降りた。
「だってさぁ」
厨房のはしっこに座って、私たちは夕食をとる。
「あの刑事、ぜったい友達いないと思う」
「ぶ。なにそれ」
「確かにさ、顔はまぁ・・・・・・悪くないよ? あ、これ美味しい」
水菜のお浸し。
友季子が作るといつも味がしっかり染みているんだよね。
「ありがと。……で?」
「身長だって、まぁあるし。でもさっ、一般市民に対してあの態度! 私、わざわざ届けに行ったんだよ。それを、あんな冷たい言い方しなくってもさ」
「うんうん」
「まぁ・・・・・・メガネもよく似合ってたかな。メガネ男子っていうやつ? 私は、そんなに萌えないけどさ」
「気になるんだ?」
「そう、気にな・・・・・・は? なに、なんて言ったの? なんで私があんなヤツ!」
「わかったわかった」
友季子が両手を広げて、“降参”のポーズをした。
「わかってない! いい? 私は怒ってるんだからね」
「わかったよぉ」
友季子がおかしそうに笑いをこらえている。
わかってないよ、なんで私があんなヤツ・・・・・・。
その時、
「ちょっと、琴葉ちゃん」
と、低音の声が背後から聞こえた。
げ。この声。
おそるおそる振り向くと、そこにいたのは、よしこちゃん。
・・・・・・ヤバい、機嫌悪そう。
眉間のしわが寄っている。
「あなたねぇ、今日も門限ギリギリだったじゃないのよ」
そう言いながら、ピンクのフリルのついたスカートをなびかせながら、私たちの前に仁王立ちになる。
目線は、私に向けられていた。
「はぁ」
「前から言ってるでしょう? 5分前行動だって。10秒前はセーフじゃないの、ギリギリアウトの線なのよっ」
「……だってぇ」
「だってじゃないの! アタシは、ご両親から大事な娘さんを預かっているのよ。なにか事件にでもあったらって考えると……ああ、恐ろしいわ!」
オーバーアクションで叫ぶよしこちゃんは、まるで舞台女優のよう。
「よしこちゃん、今日は仕方なかったの。琴葉ね、財布を拾っちゃって、交番に届けに行ってたの」
友季子ナイス。
こういうとき、さっと助け舟を出してくれるから親友は頼りになる。
「・・・・・・そうなの?」
よしこちゃんは片目を細めて、私を見やった。
まだ半分疑ってるような顔をしている。
「うん。刑事さんにしか会えなかったけど」
「へぇ」
とたんに目をキラキラ輝かせて、よしこちゃんは近くにあった丸椅子を引き寄せ輪に加わった。
「刑事さんってどんな人?かっこいいの?」
「えっ。まぁ・・・・・・」
「へー。歳はいくつくらい?身長は?」
よしこちゃんはイケメン好き。
もう、40を越えているだろうに男を見る目にはうるさい。
それよりも・・・・・・。
間近で見るよしこちゃんの顔が気になる・・・・・・。
「なによ?」
あまりにも私が見つめすぎるからか、よしこちゃんが顔をしかめた。
「よしこちゃん、ヒゲが・・・・・・」
化粧の下から、黒いヒゲが見えていた。
「まっ! 仕方ないでしょう? もう夜だもの。あんまり剃りすぎると、もっと濃くなるってワイドショーで言ってたんだもの!」
「でも、怖いよ」
よしこちゃんの本名は、“義男”らしい。
つまり、寮母ではなくて寮父なのだが、本人が『私は寮母』と言ってきかないものだから、それで通っている。
かわいい服を着たり化粧もしっかりしているが、悲しいかな、骨格の良さと九州生まれのせいなのか、男らしい顔つきをしている。
朝はそれなりに見えなくはないが、夜になるとどんどん男の顔に戻ってゆく。
よしこちゃんいわく、
『女には朝の顔と夜の顔があるのよっ』
らしいが……。
それでも心が女性だからか、学生の悩みなどにもしっかりと相談にのってくれるので、この寮は口コミで大人気。
うちの両親もたいそう気に入ってるんだよねぇ。
一度、泥棒をボコボコにして捕まえたことで、警察から表彰を受けたこともあるらしい。
「ほんっと、琴葉ちゃんって思ったこと口にしすぎなんだからっ。失礼しちゃう!」
よしこちゃんがドタドタと怒って出てゆくのを、私たちは笑って見送った。
「ね、琴葉。明日の合コン行けるの?」
「へ?」
「ほら、言ったじゃん。嶋村先輩が明日参加して、って」
「あー、もう明日は土曜日かぁ」
土曜日の夜のみ門限がゆるくなる我が寮では、たまにこうして合コンの誘いが来る。
私は、あんまり興味がなくって参加していなかったが、たまにどうしても断れないやつには数合わせで友季子と参加していた。
「嶋村先輩の主催だしさ。断りにくいよねぇ」
友季子がお茶を飲みながら言った。
「だね・・・・・・。ま、行きますか」
私もしぶしぶうなずいた。
「らじゃぽこ。そいじゃ、先輩に言っておくね。かっこいい男子来るといいね」
そう言って立ちあがった友季子がお盆を洗い場に運んでゆく。
すぐに水の出る音が聞こえる。
ふぅ、と知らずにため息がこぼれた。
食器を洗う音を聞きながら、机に突っ伏す。
なぜか、結城の顔が私の頭に浮かんだ。
・・・・・・もう、会うこともないし。
でも、その現実が少しさみしいような気がした。
叫びながら台所に乱入した私を、友季子が目を丸くして見た。
「ちょっ、どうしたのよ」
みそ汁をつぐ手を止めて、
「なんかあったの?門限ギリギリじゃない」
と、壁の時計に目をやった。
「だって友季子、聞いてよぉ」
そう言いながら、私は台所の丸椅子にドカッと腰かけた。
こんな時は、親友にグチるのがいちばん。
「聞くから、ほら、手伝って」
「・・・・・・うう。疲れてるのにぃ」
体よりも精神的にクタクタになってる。
あの刑事のせい。
絶対、そう。
ほんっと、ムカつく。
配膳を手伝いながら友季子にさっきあったことを話した。
「へぇ。刑事が?」
友季子がお盆におかずを並べながら、驚いたように言った。
7時を過ぎて、寮生が上の階から降りてきて友季子が作った夕食を受け取ってゆく。
隣の食堂からは、にぎやかな笑い声が聞こえてくる。
16名の生徒が住んでいるこの寮は、食事当番が決まっていて、これにあたると結構大変。
手際の悪い私は、レシピ通りに作ってもぜんぜんだめ。
寮母の“よしこちゃん”にいつもグチグチ言われている。
「ほんっと、イヤな感じだったんだよー」
「はは。でも、話を聞く限りだと、琴葉だって負けてなかったみたいじゃん。私なら素直に財布渡しちゃうもん」
エプロンを外した友季子が笑う。
三角巾を取ると、友季子の長い髪がしゅるんと降りた。
「だってさぁ」
厨房のはしっこに座って、私たちは夕食をとる。
「あの刑事、ぜったい友達いないと思う」
「ぶ。なにそれ」
「確かにさ、顔はまぁ・・・・・・悪くないよ? あ、これ美味しい」
水菜のお浸し。
友季子が作るといつも味がしっかり染みているんだよね。
「ありがと。……で?」
「身長だって、まぁあるし。でもさっ、一般市民に対してあの態度! 私、わざわざ届けに行ったんだよ。それを、あんな冷たい言い方しなくってもさ」
「うんうん」
「まぁ・・・・・・メガネもよく似合ってたかな。メガネ男子っていうやつ? 私は、そんなに萌えないけどさ」
「気になるんだ?」
「そう、気にな・・・・・・は? なに、なんて言ったの? なんで私があんなヤツ!」
「わかったわかった」
友季子が両手を広げて、“降参”のポーズをした。
「わかってない! いい? 私は怒ってるんだからね」
「わかったよぉ」
友季子がおかしそうに笑いをこらえている。
わかってないよ、なんで私があんなヤツ・・・・・・。
その時、
「ちょっと、琴葉ちゃん」
と、低音の声が背後から聞こえた。
げ。この声。
おそるおそる振り向くと、そこにいたのは、よしこちゃん。
・・・・・・ヤバい、機嫌悪そう。
眉間のしわが寄っている。
「あなたねぇ、今日も門限ギリギリだったじゃないのよ」
そう言いながら、ピンクのフリルのついたスカートをなびかせながら、私たちの前に仁王立ちになる。
目線は、私に向けられていた。
「はぁ」
「前から言ってるでしょう? 5分前行動だって。10秒前はセーフじゃないの、ギリギリアウトの線なのよっ」
「……だってぇ」
「だってじゃないの! アタシは、ご両親から大事な娘さんを預かっているのよ。なにか事件にでもあったらって考えると……ああ、恐ろしいわ!」
オーバーアクションで叫ぶよしこちゃんは、まるで舞台女優のよう。
「よしこちゃん、今日は仕方なかったの。琴葉ね、財布を拾っちゃって、交番に届けに行ってたの」
友季子ナイス。
こういうとき、さっと助け舟を出してくれるから親友は頼りになる。
「・・・・・・そうなの?」
よしこちゃんは片目を細めて、私を見やった。
まだ半分疑ってるような顔をしている。
「うん。刑事さんにしか会えなかったけど」
「へぇ」
とたんに目をキラキラ輝かせて、よしこちゃんは近くにあった丸椅子を引き寄せ輪に加わった。
「刑事さんってどんな人?かっこいいの?」
「えっ。まぁ・・・・・・」
「へー。歳はいくつくらい?身長は?」
よしこちゃんはイケメン好き。
もう、40を越えているだろうに男を見る目にはうるさい。
それよりも・・・・・・。
間近で見るよしこちゃんの顔が気になる・・・・・・。
「なによ?」
あまりにも私が見つめすぎるからか、よしこちゃんが顔をしかめた。
「よしこちゃん、ヒゲが・・・・・・」
化粧の下から、黒いヒゲが見えていた。
「まっ! 仕方ないでしょう? もう夜だもの。あんまり剃りすぎると、もっと濃くなるってワイドショーで言ってたんだもの!」
「でも、怖いよ」
よしこちゃんの本名は、“義男”らしい。
つまり、寮母ではなくて寮父なのだが、本人が『私は寮母』と言ってきかないものだから、それで通っている。
かわいい服を着たり化粧もしっかりしているが、悲しいかな、骨格の良さと九州生まれのせいなのか、男らしい顔つきをしている。
朝はそれなりに見えなくはないが、夜になるとどんどん男の顔に戻ってゆく。
よしこちゃんいわく、
『女には朝の顔と夜の顔があるのよっ』
らしいが……。
それでも心が女性だからか、学生の悩みなどにもしっかりと相談にのってくれるので、この寮は口コミで大人気。
うちの両親もたいそう気に入ってるんだよねぇ。
一度、泥棒をボコボコにして捕まえたことで、警察から表彰を受けたこともあるらしい。
「ほんっと、琴葉ちゃんって思ったこと口にしすぎなんだからっ。失礼しちゃう!」
よしこちゃんがドタドタと怒って出てゆくのを、私たちは笑って見送った。
「ね、琴葉。明日の合コン行けるの?」
「へ?」
「ほら、言ったじゃん。嶋村先輩が明日参加して、って」
「あー、もう明日は土曜日かぁ」
土曜日の夜のみ門限がゆるくなる我が寮では、たまにこうして合コンの誘いが来る。
私は、あんまり興味がなくって参加していなかったが、たまにどうしても断れないやつには数合わせで友季子と参加していた。
「嶋村先輩の主催だしさ。断りにくいよねぇ」
友季子がお茶を飲みながら言った。
「だね・・・・・・。ま、行きますか」
私もしぶしぶうなずいた。
「らじゃぽこ。そいじゃ、先輩に言っておくね。かっこいい男子来るといいね」
そう言って立ちあがった友季子がお盆を洗い場に運んでゆく。
すぐに水の出る音が聞こえる。
ふぅ、と知らずにため息がこぼれた。
食器を洗う音を聞きながら、机に突っ伏す。
なぜか、結城の顔が私の頭に浮かんだ。
・・・・・・もう、会うこともないし。
でも、その現実が少しさみしいような気がした。