文字数 3,989文字

第四章 『願いは届かない』


警察署まで結城に抱えるようにして連れて行かれた私は、小さな部屋に入れられた。
結城がなにか私に言って、そして部屋から出てゆくのをぼんやりと見る。

「・・・さん」

・・・・・・。

「石田さん?」

・・・・・・。

「石田さん」
「は、はい」

反射的に声を出した私は、目の前に座っている人を見た。

「あ、橘さん」

橘は少しホッとしたように笑顔を見せて、そしてすぐに真顔になった。
呼ばれるまで目の前に誰かがいることにも気づかなかった。

「大丈夫ですか?」
「え? 大丈夫って・・・・・・」

なにが?
と、聞き返しそうになって、そこでようやく自分が今警察署にいることを思いだした。
同時に、さっきの寺田の顔が思い浮かぶ。
だめだ。
パニックになっていたみたい。
しっかりしろ私、と自分に言い聞かせると少しだけ落ち着いた感じ。

「はい。もう大丈夫です」
「疲れているよね? 申し訳ないんだけど、少しお話を聞かせてほしいんだ。さっき見たことを説明してもらえるかな?」
「はい」

答えながら、これが事情聴取であることを改めて知る。
私が俗に言う『第一発見者』なのだから仕方ない。
寺田との出逢いから話しはじめることにした。
途中で教えてもらったのは、確かにあれが寺田だったこと。
そして、すでに死亡が確認されていることだった。

胸がしめつけられる。

寺田を思うと、改めて自分の身も安全ではなかったことを知る。
もし、あの場にまだ犯人がいたなら。
顔をあわせていたなら。
でも・・・・・・。
それより気になることが頭を占めているんだ。

「あ、あの橘さん」
「何でしょうか?」

橘は口角をあげて私を見た。

「その・・・・・・、結城さん、は?」

どこに行ったんだろう?
たしかにこの部屋に入るまではそばにいてくれたのに。

「捜査に戻ったよ」
「捜査・・・・・・」
「結城は仮にも君の近い存在なんです。だから、事情を聞くにはふさわしくない、と上が判断したんですよ」
「ああ、なるほど・・・・・・」

でも、そばにいてほしかった。
ワガママなのはわかっているけれど、こんなときだからこそそばにいてほしかった。
彼がいないと息苦しい。
もう一度、「大丈夫だ」と私を安心させてほしい。
そうじゃなきゃ、なんだか不安でたまらないよ。
怖くて仕方ないよ。

「琴葉ちゃん!」

警察署を一歩出るころには、すっかり日が暮れていた。
その声が聞こえた次の瞬間、私の体は強い力で抱きしめられていた。

「ひゃ!」
「ごめんね、琴葉ちゃん」

そう言いながら体を離したその顔。
よしこちゃんだった。

「む、迎えに来てくれたの?」

そう言うと、涙もろいよしこちゃんはもう顔をゆがませている。

「だってぇ、アタシが余計なこと言っちゃったから、それであの寺田って人に会いに行ったんでしょう?」
「でも」
「アタシのバカ! なんでこんないたいけな子を危険な目にあわせちゃうのよ。バカバカ!」

ポカポカと、自分の大きな頭を叩くよしこちゃん。
うしろにいる橘は、よしこちゃんとは初対面なのだろう。
ひきつった顔で、呆然と私たちを見ていた。

「大丈夫だよ、よしこちゃん。心配ばっかかけてごめんね」
「うう、琴葉ちゃあん」
「琴葉」

よしこちゃんの肩越しに立っているのは、友季子。
悲しそうな笑顔で私を見ている。

「友季子まで来てくれたの? 心配かけてごめんね」

黙って友季子は首を横に振った。

「じゃあ、僕はこれで」

橘が言葉少なげに去ってゆく。
あれ?

「友季子、いいの?」

せっかくまた会えたのに。
友季子は肩をすくめると、

「なにが? さ、帰ろ」

と、ほほえんだ。

「う、うん」

たしかに人がひとり死んだのだから、そういう雰囲気でもないのだろう。
私はよしこちゃんの太い腕に肩を抱かれながら、夕暮れの道を寮へ戻る。
歩いているうちに、不思議と気持ちが落ち着いてくる。
同時に、ひとりで行動した自分が悔やまれる。
これからは気をつけないと。
それにしても・・・・・・。

「誰が寺田さんを・・・・・・」

私の言葉によしこちゃんがギョッとした顔をした。

「もうそんなこと考えないでよ。これ以上危ないことは許しませんからね!」
「大丈夫だよ。もう、ひとりでは行動しないから」
「ほんとうに?」

つけまつげの揺れがわかるくらいアップになったその顔のよしこちゃん。

「もちろん。でもさ、気になるの」
「気になるって、なにが?」

友季子が言った。

「寺田さんを殺した犯人はさ、きっと彼女がすごい情報を持っていた、って知っていたんだと思うの」
「ああ、あの話ね・・・・・・」

よしこちゃんがため息をつく。
友季子もよしこちゃんに聞いていたのだろう、同じようにうなずく。

「その情報を私に渡しくないから殺したんじゃないかな」
「それは一理あるわね。犯人にとってはかなりヤバい情報だったのよ」
「でも、おかしいのよね」

つぶやく声に、ふたりが私を見るのが視界のはしに映った。
そう、おかしいのだ。
寺田は最後に話をした時、『この情報はまだ会社にも言っていない』と言っていた。
つまり、寺田以外誰も知らない情報だったはず。

「誰も知らない情報を、犯人はどうやって知ったんだろう」
「うーん」

腕を組んで眉間にしわを寄せたよしこちゃんが、「あ」と声に出す。

「情報の中身は知らなくてもいいんじゃない?」
「どういうこと?」
「犯人は、寺田さんが情報を持っているという事実だけ知っていた。内容はしらないけど、その情報がバレるとヤバそう、と思った」
「ええ? そんな理由で人を殺しちゃうの?」

そう声を出したのは友季子。

「私もそう思う。どんな情報かも知らないで殺したりするかな?」

私が友季子の意見に同意したのを見て、よしこちゃんは唇をとがらせた。

「だってぇ、それ以外考えられないじゃない。もしくは、寺田さんが犯人に接触したのかも」
「接触?」
「そうよ、きっとそう」

よしこちゃんは自分の意見に確信を持ったかのように急に力強い声になる。

「寺田さんはこの連続誘拐の犯人がわかっていたのよ。情報ってのは犯人の名前。で、寺田さんは犯人に電話とかで言ったのよ。『あなたが犯人だってわかってるよ』とかなんとか。あせった犯人は寺田さんを殺したの」

うんうん、と何度もうなずくよしこちゃん。
なんとなく納得はできるけれど、寺田のイメージとは違うような気がした。
そこまで身を危険にさらすようなタイプだろうか・・・・・・。
みんな考えこんでいるようで、車通りの少ない道を無言で歩く。
突然、少し前を行く友季子が立ち止まって振り返った。

「ねぇ、こういうのはどう?」
「どういうの?」

どうせ友季子の言うことだし、期待できないかも。

「あのね、寺田さんが情報をつかんだのなら、その時にあのカメラマンもそばにいたはずじゃない?」
「あ・・・・・・」
「カメラマンがあの殺害現場にいなかったのっておかしいと思うの。だって、琴葉から警察の情報を引き出そうとしたんだよ? それってスクープになるはずじゃん。普通なら隠し撮りでもしそうなもんじゃない?」

その言葉にハッとした。
たしかにあのカメラマンがいなかったのはおかしい。
寺田はこう言ってはなんだけど、信用できない人物だったし。
私にかくれて撮影を指示していても不思議じゃない。
よしこちゃんも同じように思ったのだろう、

「言われてみればそうね」

と、同意を示した。

「あのカメラマンが犯人ってこともありえる?」

そう尋ねると、友季子も急に自信を持ったらしい。

「ありえるね」

と、自慢げにあごをあげた。
カメラマンの顔を思い出そうとする。
が、寺田の印象が強すぎてちっとも思い出せない。

「結城さんに調べてもらうね」

彼ならカメラマンを探し当てるくらい簡単なことだろうから。
ようやく寮の建物が見えてきた。
正直クタクタだ。
早く部屋に帰りたい。
結城は戻って来ているとは思えないけれど、帰ってきたら今日のことを謝ろう。
そして、お礼も言わなきゃ。
そんなことを考えていると、ふと目線の先に誰かが立っていることに気づく。

街灯の下。

次第に見えて来るその後ろ姿。

「結城・・・・・・さん?」

私の声に、ハッと振り向くその姿。
やはり結城だった。
帰って来てくれたんだ。
うれしさのあまり駆け出そうとする足が、瞬時に止まる。
結城に誰かが抱きついていたのだ。
結城の背中に細い両手がまわっている

「え・・・・・・」

その女性があわてて結城から離れた。
若くてきれいな髪の女性。
いや、顔もキレイ。
その女性が手のひらで自分のほほをなでたかと思うと、パッと方向を変えて駆けて行った。
結城が一瞬迷った表情を見せる。
そしてそのまま、

「待てよ」

と、短く言うと女性を追って走り出した。
夜の暗闇の中、すぐにその姿は見えなくなる。
私たちはその場から動けなかった。

「・・・・・・大丈夫、琴葉?」

いつの間にか隣には友季子がいた。

「あ、うん」
「さ、入りましょ。門限は過ぎてるわよ」

やけに明るく宣言したよしこちゃんがさっさと中に入ってゆく。

「琴葉、行こうか」

友季子の声に私もようやく呪縛がとけたかのように歩き出す。
門の前でもう一度だけ結城が走って行った方向を見やる。

見たことのない女性だった。
でも、あの女性・・・・・・。



結城の腕の中で、泣いていた・・・・・・。















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