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エピソード文字数 8,811文字

「そのペンダントどうしたの?」

友季子の声に、思わずTシャツの中にそれを隠した。

「なんでもないよ」
「ふうん」

疑わしそうな目で見ながら、友季子はポテトを口に運んだ。
さすが友季子。
目ざといんだから。
翌日の昼さがりの、ここは駅前のファーストフード店。
今日は、学校が事件を受けての休校となったので、しぶる浩太を呼び出して3人で作戦会議。
さすがに平日の昼間だからか、小さな子供を連れた主婦が多い。

「コータ、昨日は眠れた?」

見ると、あいかわらずふてくされた顔で、

「まぁな」

と、肩をすくめている。
きっと、あまり眠れなかったのだろう。
声に張りもない。
当然と言えば当然かもしれない。
クラスメイトがいなくなって、次には自分の恋人まで・・・・・・。
なぐさめる言葉もみつからないけれど、考えを変えなくちゃ。
江梨子や悠香が今ごろどんな気持ちでいるかを考えるのはやめたんだ。
悲しんでばかりはいられない。
それよりも、昨日結城が言っていたように、犯人はまもなく日本を脱出しようとしているのかもしれない。

だからこそ、急がなくちゃ。

「あのね」

私は、昨日結城から聞いた捜査の進行状況をふたりに説明をした。
浩太はまばたきもせずに聞いている。

「だから、早く見つけなくちゃ」

そう言って話を終えた私は、紙の味がするコップのジュースを飲みほした。

「でもさ」

友季子がくちびるをとがらせる。

「警察が船を調べているんでしょう? だったらすぐにでも見つかりそうなもんじゃない?」

楽観的な声で私を見た。

「うん。だからそっちのほうは警察に任せてさ、私たちは別の方面から考えようよ」
「別の方面?」

浩太がいぶかしげな顔を作った。

「そう。例えばさ、なんで犯人たちは私たちのクラスの生徒を狙ったんだろう?」
「うーん」

友季子が首をかしげた。

「確かにそうだよな。なんで俺たちのクラスだけなんだ?」

浩太が身を乗り出してくる。

「私もおかしいと思うんだよね。それまでの3人は全然違う街じゃない? なのに、急にターゲットの範囲が小さくなってるよね?」
「あー、たしかに」

友季子がようやく理解した、というふうにうなずく。

「やっぱ、あれかな」

浩太が眉をひそめた。

「あれ、って?」

浩太と目が合う。

「悠香さ、心配になって江梨子の家を見に行ったじゃん」
「ああ」

そう言えば、そんなこと言ってたっけ。

「そん時にさ、犯人に見られたんじゃね?」

そう言う浩太の顔がくやしそうにゆがむ。

「じゃあさ、犯人は近くで見張っているってこと?」

友季子の問いかけに、

「たぶん」

と、うなずくと浩太はため息をこぼした。

「でもさ、結城刑事がね『犯人は小グループの可能性が高い』って言ってたんだよ。少ない人数なのに、家を見張ったりできるのかなぁ」

私がふたりに尋ねると、友季子も「ああ」と思い出したように口にした。

「それ、きょうちゃんも言ってた。大きな組織ではないみたいだよ」
「きょうちゃん、って誰だよ」

首をかしげる浩太に、友季子は、

「きょうちゃんは私の彼氏だよん」

と、当たり前のように言う。

「は?」

まだいぶかしげそうな浩太。

「あのね、橘刑事さん。友季子と付き合っているんだって」

と、助け舟を出す。
隣で大きくうなずいてる友季子。

「へぇ・・・・・・」

まだ信じられないような顔をしている浩太を置いておき、話を元に戻すことにする。

「その話はいいの。それより、事件のことを考えなきゃ」
「あ、そうだった」

舌を出す友季子。

「じゃあ、なんで悠香はターゲットになったんだろう」

浩太の問いかけに、私たちは黙る。
見張っていたのではない、としたらどうやって悠香のことを知ったんだろう?
同じクラスからふたりも行方不明になったのは、ただの偶然なのだろうか?
それとも・・・・・・。
ふと、頭に浮かんだ考えを私はそのままふたりに言ってみた。

「私たちの知っているなかに、犯人がいたりして」
「ええ?」

友季子が軽く笑って言うが、私が笑っていないのを確認すると口をつぐんだ。
言葉にすると、なんだか今言ったことが正しいことのように思えた。

「いろんな考え方のうちのひとつだから」

と、断ってから続ける。

「連れ去られたのは、全員高校生でしょう? しかも、ニュースで見るかぎりだとかわいい子ばっかだったよね?」
「まぁな」

少し照れたように浩太が言う。
なんで浩太が照れるの?
……あ、そっか。
悠香もかわいいからね。
でも、だからこそ連れ去られたわけだからあまり喜べない部分もあるよね。

「犯人のうちのひとりが私たちの学校の関係者だとしたら、江梨子と悠香が連続したのもうなずけない?」
「そうだよな」

浩太は同意すると、

「学校関係者って言っても、ふたりを知っている人ってことだよな。てことはさ……」

と、友季子を見やった。

「え? どういうこと?」

友季子は、わけがわからずきょとんとしている。

「ふたりの顔を知っているからこそ、連れ去ったってこと」

そう私も言うが、あいかわらず、

「うん。それで?」

と、わかっていない様子。

仕方ない。
私は浩太の顔をまっすぐに見た。

「ふたりの顔を知っているのは、限られた人しかいない、ってコータは言いたいんだよね?」
「ああ。そう考えられねぇか?」
「近い人って言ったら、誰だろう・・・・・・?」

思い浮かぶのは、まずは・・・・・・。

「山本じゃね?」

私の考えを見透かしたように浩太が言った。
同じこと言おうと思ってた。

「なんで? 山本先生って、担任の?」

また半笑いの友季子は、すぐに私たちの表情を見て再び口をつぐんだ。
さすがに冗談ではないとわかったらしい。

「山本先生ならさ、クラスのみんなのことはわかっているじゃない。江梨子も悠香もたしかにクラスではかわいい子だしさ」

そう私が言うと、浩太は黙って首をかしげた。

「でも、あいつ最近子供産まれたばっかだろ? 家だって建てたらしいし」
「だからよ」
「だから?」

いぶかしげな表情の浩太に私はうなずいた。
昨日から、身近な人が犯人という仮定で考えていて行きついた推理だったから。

「子供だって家だって、お金かかるでしょ。つい、犯罪に手を染めた、ってことも考えられない?」
「・・・・・・」
「こんなこと考えたくないけど、山本先生がいちばん近い存在なのは確かだよね」
「あいつ・・・・・・」

浩太が空になった紙コップをにぎりしめて立ちあがった。

「どうしたの、コータ?」
「許せねぇ!」

叫ぶやいなや、駆けだしていきそうになる腕をつかんだ。

「ちょ、待ってよ」
「んだよ。学校にどうせいるだろ。とっちめてやる」
「は?」
「なぐってでも吐かせてやる」

鼻息荒くふりほどこうとする腕を必死でつかんだ。

「バカ! なに言ってんのよ」
「お前が言ったんだろ、あいつがあやしいって」

周りのお客さんが目を丸くしてい見ているので、なんとか浩太を無理やり座らせると、その頭をパーンと叩いた。

「いてっ」
「だから、考えのうちのひとつだ、って言ってんでしょうが。落ち着きなさいよ」
「・・・・・・」

ようやく大人しくなった浩太を見ながら、私も椅子に座った。
まったく、人の話を聞かないんだから・・・・・・。

「でもよ」

勢いをなくした浩太がつぶやくように言った。

「可能性があるなら動きたいんだよ」
「コータ・・・・・・」
「悠香や江梨子を救ってやりたい。ただ待ってるんじゃ、俺、つらいんだよ」

そう言うと、自分の髪をくしゃくしゃとかいた。
たしかに、ここで推理をするのも必要だけど、それが正しいかどうかを調べてみるのはもっと大切な気がする。
暗い船底で捕まっている江梨子や悠香を思い浮かべると、すぐにでも動かなくては、と。

「じゃあ、山本先生に聞いてみる?」
「ああ」
「問い詰めちゃダメだからね。あくまで容疑者のひとりでしかないんだから」
「わかってるよ」

その言葉が本心かどうかわからないけど、まぁ、いざとなったら力ずくで浩太を押さえつけよう。
そんなことを考えていると、突然友季子が、

「でもさ」

と、言った。

「どうしたの?」
「その推理、ちょっと弱いと思う」
「え?」

友季子は腕を組むと、宙を見あげた。

「かわいい子が連れ去れるなら、まっさきに私が狙われるはずでしょ?」
「・・・・・・」

思わず絶句した私に、友季子は、

「だってきょうちゃんはいつもかわいいって言ってくれるもん」

と、不思議そうな顔をした。

「あ、そう・・・・・・」
「そうだよ。だから、その推理は筋がとおってないよ」
「う、うん・・・・・・。そうだね」

力なく答える私にあきれ顔で浩太は立ちあがる。

「いいから行こうぜ」
「あ、うん」

つられるように立ちあがる私。
友季子って人を脱力させる力があるんだよね・・・・・・。


―――学校に行くためには制服に着替えなくてはならない。


そういう規則だから。
一旦帰って、あとでまた集合することにして、家に帰る浩太を見送った。
友季子は、せっかく駅前まで来たのだから、橘のいる警察署をのぞいてみるとのこと。
うれしそうに小走りで走ってゆく後ろ姿。
なんだか、幸せそうでうらやましい、というよりせつなくなった。
私も店を出て帰ろうか、と思ったけれどその前にトイレに行くことにした。

___それにしても


狭い便座に座りながら私は考える。
なんだか、今起きていることが現実のことだと信じられない。
同じクラスメイトがふたりも行方不明。
それだけじゃない。
刑事と一緒に住んでいるこの現実。
そして・・・・・・。
間違いなく、結城に惹かれているのも事実という・・・・・・。
結城は単なる捜査のため、仕方なく一緒にいてくれてるっていうのに、そんなこと考えてる場合じゃないのに。
それでも、どんどん大きくなる彼の存在が、どんどん私を苦しくさせている。

胸元のペンダントを取り出して見る。

涙の形が、まるで自分を表しているみたい。
喜んでいいの?
期待していいの?

「はぁ」

ため息ばかりこぼれる。
この事件も早く解決してほしい。
だけどそうしたら間違いなくこの毎日は終わってしまう。
不謹慎なのはわかっているけれど、結城と会えなくなるのがこんなに怖くなるなんて。
もう一度ため息をついた私は首をブンブンと振った。

「こんなことでウジウジしてる場合じゃないでしょ」

自分に声をかけて個室から出た。
洗面台で手を洗っていると、後ろに誰かが立つ気配がした。
気にせずにハンカチで手を拭きながら、鏡越しにその人を見る。
その女性はにっこりとほほえんだ。

「こんにちは」
「え?」
「石田琴葉さんよね?」

その顔を見て眉をひそめる。
誰だっけ?
と、考えるそばからすぐに思い出した私は振り返った。

「レポーターさん?」

何度かマイクをつきつけてきたあの女レポーターだった。

「はは。ようやくわかってくれた?」

目の前であいかわらず濃い化粧で笑っている。

「・・・・・・」

とっさに注意深く観察する。
さすがにトイレまではカメラマンはついて来ていないよう。
私の目線に気づいたのか、レポーターは腕を組むと、

「大丈夫。今日は私ひとりだから」

と、言った。

「いったい、なんの用ですか?」

この間の公園でのことを思いだしたら、ムカムカしてきた。
あんな失礼なこと言っておいて、よく現れられたもんだ。

「さっき、みなさんでお話してるところを見かけたから」
「ウソ」
「ウソ?」

きょとんとした顔で、レポーターは繰り返した。

「私たちの後をつけて来たんでしょう? なんなんですか、本当に」

いけない、とわかっていても声が荒くなる。
ほんと、無神経もいいとこだ。

「やあねぇ。あなたたちを追い回すほど、私だってヒマじゃないわよ」

クスクスとレポーターは笑った。
それが、またムカつく。

「用がないんですね? だったらどいてください」

一緒の空間にいたくなかった。
さっさと出て行こうとした私にレポーターは両手を広げた。
とおせんぼのつもりらしい。

「琴葉さん、取引しない?」
「取引?」
「そう。あなた、この間の刑事さんと仲が良いんでしょう? 捜査の情報をちょっと教えてもらえないかしら?」
「は?」
「少しでいいのよ。警察がどういう動きをしているのか? 誰をあやしいと思っているのか? そういうの、教えてほしいのよ」

悪びれずに笑うレポーターにどんどん胸のムカつきがふくれあがってくる。

「・・・なに言ってるんですか? なんで、あなたに協力しなきゃいけないんですか」
「あら、怖い言い方」

私の答えがわかっていたかのように、あくまで余裕な笑顔を崩さない。

「私、行きますから」

レポーターを押しのけて歩き出す私の背中に、声がかかった。

「すごい情報、私、持ってるんだけどな」

その声が魔法のようにすんなり頭に溶け、足が自然に止まった。
今言われた言葉を頭の中で繰り返していると、さらにレポーターは、

「これは警察にはまだ言ってない情報なの。一気に犯人に近づけると思うんだけどな」

と、まるで楽しい話をしているかのように言った。
その場から動こうとしない私に、レポーターが一歩近づく。

「琴葉さんにだったら、その情報教えてもいいんだけどな」
「警察に教えればいいじゃないですか」
「そう?」
「そうですよ。私なんかに言うよりも、警察に言ったほうが捜査が進みますから」

そう言うと、レポーターは鼻から息を吐いた。

「あなた、報道ってのをわかってないのね。警察に言ったら終わりじゃないの」
「どうしてですか?」

やれやれ、と肩をすくめたレポーターが、トイレを出た。
帰ればいいのに、なぜかその後ろをついてゆく私。
私がいるのをわかっているように、レポーターは、

「前を走るか、後ろから追いかけるか、ってこと」

と、言いながら自動ドアから外へ。

「意味がわからない」

そう言いながら同じように外に出た。
自然に横にならんで歩き出す。

「こういう事件では、たいてい報道は警察からの発表を待っているしかできないのよ。警察も全部の情報は言ってはくれないでしょう? 小出しにされた情報を細々と映像にしていくしかできないの」

たしかに・・・・・・。
ひとつの事件が起きた場合、ワイドショーなどでは少ない情報から取材をしてそれを報道しているけど、どのチャンネルも同じような内容ばかりだ。

「つまりね」

レポーターが歩きながら私の顔を見た。

「結局は後ろから追いかけてるだけなの。時々落としてくれる情報だけを頼りに、なんとかニュースにしているだけ」
「・・・・・・」
「でも、今回私はすごい情報を手にしたの。他のテレビ局だけじゃない、警察さえも驚くほどの情報よ。それを、みすみす警察になんて教えるもんですか」
「でも、教えることで警察がひいきしてくれるとか」
「甘いわ。ドラマの見すぎよ。実際はもっとシビアな世界なの。だから、警察には教えられない。手持ちの札が強ければ強いほど、自分で取材を進めてスクープとして発表すべきなの」

その横顔を見る。
さっきまでのおちゃらけはどこへやら、引きしまった真剣な表情で前を見ている。
報道の世界も大変なんだな。
大っキライなはずなのに、女性でここまで必死でがんばっている姿に、少しだけそれを撤回してもいいような気がする。

「でも、それをどうして私に?」
「あら、だって琴葉さんに教えても問題ないじゃない? たかが女子高生になにができるの?」

ムカッ。
やっぱりこの人キライ。

「まぁ、どっちにしても明日のニュースでこのスクープは取りあげるつもりよ。でも、せっかくのネタだから、琴葉さんさえよければ教えてあげるわ」
「・・・・・・」
「友達を救いたいなら、少しでも情報を手に入れたくないのかな?」

しばらく黙って歩いていたけれど、意識しないまま足が勝手に止まった。
レポーターが少し進んで振り返る。

「どうするの?」
「……すぐには決められません」

決められない理由はひとつ。
それが結城を裏切ることになりそうで。
レポーターは、一瞬目を細めて私を見たが、

「じゃあ、3時に屋上で」

と、言った。

「え?」
「今から学校の屋上に行くわ。そこで待ってる。琴葉ちゃんたちも学校に行くんでしょう?」
「な・・・・・・」

やっぱりこの人、私たちの会話を聞いてたんだ。
情報を教えるのも、私たちが推理してるのを聞いてたから。
カッとほほが燃えた。
なにか言ってやろうと口を開く私に、

「寺田 美知枝」

と、レポーターが言った。

「は?」
「私の名前。寺田 美知枝って言うの。3時までは屋上にいるから」
「・・・でも」
「さすがに局にも言ってない情報だから、3時を過ぎたら戻らなきゃ。だから、その時間がタイムリミットにしましょう」

そう言うと、歩き出してゆく。

「行くかどうかわかりませんよ」

少し大きな声でそう言うが、ふり返ることもなく軽く右手を挙げてヒールを鳴らして去ってゆく。
なによ・・・・・・。
行くわけないじゃん。
どうせたいした情報じゃないに決まってるんだから。
その後ろ姿をにらみながら、私は心で思う。

でも・・・・・・。
でも、もしその情報が本当なら?
それで江梨子や悠香を助けられるなら?

胸がざわざわと音を立てているようだった。


「どうしたの?」

突然後ろから声をかけられて、私は「ひゃあ」と文字通り飛びあがった。

「あら、なによ化け物でも見たみたいに」

後ろに立っていたのは、よしこちゃんだった。
スーパーに寄った帰りなのか、両手に買い物袋を持っている。

「なんだよしこちゃんか」
「なんだ、って失礼ね。ねぇ、今の人だあれ?」

去って行くレポーター、いや、寺田を指さして不思議そうな顔をしている。

「今日は化粧してないね」

黒いジャージに長い髪を帽子の中にしまっているよしこちゃんは、誰がみてもただのおじさん。
歩き出す私に、よしこちゃんも並ぶ。

「化粧したいわよぉ。でも、小さい町でしょう? みんな驚いた顔して逃げちゃうじゃない」

クスクスと笑うよしこちゃん。
姿がおじさんなだけ、違和感ありまくり。

「それより、かよわい女性にこんなの持たせないでよ。重いんだから」

両手にさげた買い物袋を強引にひとつ私に押しつけてきた。

「うわ!」

思った以上の重さにびっくり。
よしこちゃん、すごい力持ち・・・・・・。

「で、さっきの人は?」

興味ありまくりな顔でよしこちゃんは聞いてくる。

「それがね・・・・・・」

私は、これまでのことをよしこちゃんに話した。
誰かの意見を聞きたかったからかもしれない。
さっきの寺田の提案まで話し終えると、よしこちゃんは黙って、

「ふん・・・・・・」

と、鼻を鳴らした。
セミの鳴き声が山の方から幾重にもかさなって聞こえている。

「ね、どうすればいいと思う?」

返事がないのにしびれを切らせて尋ねると、よしこちゃんは空をあおぎ見た。

「情報はほしいわね」
「情報?」
「そう。その寺田って女、ほんといけすかない感じだけど、本人が言うようになにかしらのスクープ情報は持っていると思うわ」
「うん」
「だったら、それを聞かないと」

当然のようによしこちゃんは言い切った。

「でも、明日テレビ見ればやるんじゃないの?」

そう。
寺田は明日発表する、って言ってたし。
そこまで待っても、そう時間は変わらないようにも思えた。

「全部はやらないでしょ。大きなネタならなおのこと、小出しで引っ張ると思うわ」
「そっかぁ。確かにそんな気もする」
「屋上に行きなさいよ」

そう言うと、よしこちゃんは足を止めて私を見た。

「よしおさん・・・・・・」
「バカ。よしこちゃん、って呼びなさいよ。いいから屋上に行きなさい」
「でも、捜査の情報を教えないと」
「そんなの適当に言えばいいじゃない」
「え?」

驚く私に、よしこちゃんはニヤリと笑った。
いたずらを思いついた子供のような顔。

「適当に言えばいいのよ。そうねぇ・・・・・・『警察は空港を見張っている。明日あたり、荷物にまぎれこませて出国しようとしているらしい』とかなんとか」
「それ、ひどくない?」
「ひどくない。こちとら一刻を争う事態なのよ。どんな手段を使ってでも情報は手に入れなきゃ」

よしこちゃんが言うと、それが正しいことのように思えるから不思議。
そっか。
なにもバカ正直に言わなくてもいいか。

「そうと決まったら」

そう言うがいなや、よしこちゃんは再び私の手から買い物袋を奪った。

「さっさと着替えて学校に行くこと。急がないと、時間ないんだから」

あんなに重かった買い物袋を、余裕に軽々と持っている。

「うん」
「夜、報告してよ」
「わかった」

そう言うと、私は寮に向かって駆け出した。


まだ、セミの声はすぐそばで聞こえているようだった。















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