文字数 4,099文字

第三章 『友達が、消えた』


「寝不足・・・・・・」

そう言って歩く私に、

「うそつけ。昨日も大イビキで寝てたぞ」

と、前を歩く結城が言う。
そう言われても、実際には何度も夜中に目が覚めているんだから。
今日も快晴で、朝の光にセミの声がキツい。
月曜日の朝だった。
あれから、1週間が過ぎていた。
だんだんと結城と過ごすことに慣れてはいるものの、やはり気にはなってしまう。
捜査は進展しているのかしていないのか、結城がなにも教えてくれないので、私にはわからない。
江梨子はまだ行方不明だし、さすがのクラスメイトも連続誘拐事件と関連づけて考えだしているよう。
身代金の要求がないことから、誘拐ではなく拉致じゃないか、という意見も増えてきているこのごろ。
それまで一緒だった友達がいなくなっても、こうして日常が過ぎてゆくことに不思議な気分。
友季子は眠そうな顔をしてついてきている。
ほうっておくと、そのまま寝てしまいそうなので気が気でない。

そう、つまりはいつもの朝。

と、歩く結城の携帯が鳴った。

「友季子、もう橘さんとは仲直りしたの?」

結城が電話で話し出したので、私は友季子を振りかえって尋ねた。

「ふぇ? ああ、きょうちゃんとはもう仲直りしたよ」
「きょうちゃん?」
「橘さんのニックネームだよん」

夢心地のまま幸せそうな表情を浮かべる友季子。

「でも、捜査が忙しいらしくって、なかなか会ってくれないんだよね」
「ふうん」
「でも昨日の夜も2時間は電話でしゃべったよ」
「へぇ」

なんて返したらいいのかわからずにあいまいにうなずく。
どうしても友季子が遠く離れていくような気分が抜けない。

「ね、琴葉はさ、結城さんのことどう思ってるの?」

距離を縮めた友季子が小さな声で聞いてくるので、ギョッとした。

「な、なにいってんの」
「ふふ。そっかそっか、わかった」

ニヤリと笑うと、また元の位置に戻る。

「ちょ、なんにも言ってないじゃん」
「わかったわかった」

なんか、ひとりだけ大人ぶっちゃって。

「おい」

電話を切った結城が足を止めて私を見た。
ヤバい。
今の会話聞かれてた?

「ちょっと、行かなくちゃならん。もう、学校も近いから大丈夫だとは思うが、なるべくふたり固まって歩けよ」
「なにかあった・・・・・・の?」

胸さわぎがして、私は尋ねた。
結城はそれには答えず、友季子に、

「琴葉のこと、たのんだぞ」

と言うと、来た道を早足で戻っていく。

「ボス、了解しました!」

大きな声で背中に向かって言う友季子に、結城は軽く右手をあげた。

「なんだろう?」
「だね」

友季子が首をかしげて言う。
その理由は、学校の校門が見えてきたところで明らかになった。

「ちょっと、あれなに?」

友季子が校門のほうを指さした。
つられるようにして見ると、生徒指導の先生やら体育の先生が大声で生徒を学校に招き入れている。
近くにはテレビ局の名前の書いたトラックが数台止まっており、テレビカメラがいくつかスタンバってた。

「……江梨子」

思わずつぶやいた。
江梨子に、なにかあったの?

「まさか」

目を開いてつぶやく友季子を見ていると、

「ちょっと、いいかな」

と、女性の声がして私は前を向く。
見ると、派手な化粧をした30代半ばくらいの女性がにっこり笑って立っていた。

「あなたたち、ここの生徒さんよね?」

香水の匂いがして、顔をしかめながら私はうなずいた。

「何年?」
「2年です」

勢いに気圧されるようにして答えると、女はすぐに後ろを振りかえって、

「ちょっと、カメラマン! いた、2年生」

と良く通る声で叫んだ。
すると、どこにいたのか、カメラを抱えた中年の男性が表れる。
大きなレンズが私たちに向く。

「こっち、まずは私を映すのよ! なにやってんのよ」

女性は厳しく言うと、髪型を手で整えて深呼吸をする動作をした。

「顔は映さないから安心して。声も変えるから」

私に向かって短く言う。
なに、なんなの?
私の困惑はよそに、女性はカメラに向かって話し出す。

「さて、私は今、私立七尾高等学校の前に来ております。生徒さんに話をうかがえることになりました」

なんの了解もしていないのに。
でも、それより・・・・・・。
もしかして、もしかして、江梨子が?

「松下江梨子さんが2週間以上も行方不明なのは知っていますか?」

目の前に灰色のマイクが差し出された。
やっぱり。
胸が苦しくなり、私は答えられない。
隣の友季子が、

「知っています」

と答える声が聞こえる。

「親しかったんですか?」

友季子が答えてくれる、と確信したのか、マイクがそちらに向く。
なにやら、友季子が答えているが、その声が頭に入らなかった。
江梨子になにかあったの?
どうしよう・・・・・・。

「じゃあ、宮崎悠香さんのことは?」

その声に、ハッと顔をあげる。

「え? 悠香が、悠香がどうかしたんですか?」

女性が私を見ると、

「実は、宮崎悠香さんの行方が土曜の夜からわからないらしいの。今朝がた、捜索願が出て、
マスコミにも公表されたのよ」

と、言った。
ぐわん、と目の前の景色が揺れる。
悠香が行方不明?
頭がジーンとしびれているみたいで、地面が近くなったり遠くなってる。

「……ウソ」

体に力が入らない。

「琴葉、大丈夫?」

友季子の声が遠くで聞こえた。

「おい! そこ、なにやってんだ!?」

生徒指導の先生が大きな声を出す。

「もうっ! 行くわよ」

そう言うと、女性は急ぎ足でカメラマンを従えていなくなった。

「悠香が?」
「そう言ってた・・・・・・」

青ざめた顔で、友季子もつぶやくように言った。

「なに、いったい。どうなってんの?」
「おい、おまえら。さっさと入れ」

生徒指導の先生が威圧的に私たちに言う。

「琴葉、行こ」

支えられるようにして、私は校門をくぐった。
どうやって教室についたかはわからない。
気がつくと、席に腰かけていた。
ひょっとしたら悠香がいるような気がしたけれど、席には誰もいなかった。
周りのクラスメイトが、いつも悠香がいる場所を見てひそひそと話をしている。

「琴葉」

友季子がやってきて、私の顔をのぞきこんだ。

「大丈夫?」
「うん・・・・・・」
「心配だね」

短く言って、ため息をつく友季子。

「うん・・・・・・」

江梨子だけじゃなく、悠香まで。
全然、現実のことだと受け入れられない。
だって、金曜日まで悠香と普通に会ってたよ?
そんな急にいなくなるものなの?
あ、浩太。
今さらながら気づいて席を見るけれど、浩太の姿もなかった。

「浩太なら、職員室」

私の視線に気づいたのか、男子が教えてくれた。

「そう・・・・・・」

つぶやくように言いながら、前を向き直った。
先生に事情を聴かれているのかも。
彼は、今どんな気持ちなんだろう。
恋人が行方不明になってしまったなんて、きっと相当つらいに違いない。
どんな言葉をかければいい?
胸がざわざわした。

結局、その日の学校はホームルームをしたあと、私のクラスだけ早退となった。
そして、最後まで浩太は戻ってこなかった。

校門を出たところで、周りを見回す。
学校からの通達が出ているからか、テレビカメラの台数は増えてはいるが、誰も話しかけてはこなかった。
まだ朝の光がまぶしい中、友季子とふたりで帰り道を歩く。
結城は、さすがに早退のことは知らないようで姿を見せない。

「ねぇ、どうすればいいんだろう?」

友季子を見ると、静かに首を振るだけ。
なにか答えてほしくって、私は質問を続けた。

「ヘンだと思わない? 江梨子だけじゃなくって、悠香まで行方不明だなんて」
「うん」
「同じクラスから普通ふたりも犯罪に巻き込まれちゃうものなの?」
「わからないよ」

困ったような顔をして友季子が言う。

「だよね・・・・・・。ごめん」

その後、私たちは無言で寮まで戻った。
早退の連絡はまだ来ていないらしく、寮のなかに人の姿はなかった。
よしこちゃんも買い物にでも出かけているのだろう。
部屋に戻るとベッドにごろんと横になる。

・・・いったい、この町で何が起きているんだろうか?

はじめは同じ市内で3人が行方不明、それぞれ町は違うらしい。
でも、ここに来て同じ町の、しかも同じクラスで2名が行方不明。
こんな偶然あるのだろうか?
それとも・・・・・・。
その時、携帯が軽快なメロディーを鳴らしはじめた。

「あ」

発信者の名前は、香川浩太と表示されている。

「もしもし、コータ?」
『・・・琴葉か?』

浩太の声はさすがに元気がなく沈んでいる。

「うん。ねぇ、大丈夫なの?」
「ああ、俺はな」

自嘲ぎみに浩太が答えた。

「あの・・・・・・ほんとなの? 悠香が?」
『わかんねぇ』
「だよね・・・・・・」

受話器の向こうから、浩太の息づかいだけが聞こえる。
なにを話していいのかわからないのかも。
そうだよね。
こんなときだもん。

「今、どこにいるの?」

そう聞いたのは、外にいるような喧騒の音が聞こえたから。

『今帰るとこ。津久川の橋を渡ったとこ』

そこなら、ここから近い。
時計を見た。
まだ、12時にもなっていない。

「今から会えない? てか、会おうよ。話したい」
『そんな気分じゃ・・・・・・』

浩太がそう言いかけるのをさえぎって、私は言葉をかぶせる。

「津久川公園で待ってて。すぐ行くから」
『だからぁ、今は』
「いいから。待っててよ、約束だよ!」

一方的に言って私は電話を切った。
カバンから財布だけ持って部屋を飛び出す。
一瞬、友季子に声をかけようと思ったけど、急がなきゃならない。
そのまま私は階段を駆けおりて、小走りに外に出た。
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