文字数 5,343文字

「意外に広い部屋だな」
「ちょっと、見て回らないでよ。座って」

あせりながら私は結城を強引に座らせた。
まさか、結城とこの部屋で過ごすことになるなんて・・・・・・。
キョロキョロと見回している後ろ姿を見る。
あれから強引に部屋に押し掛けてきた結城は、荷物を部屋の端に置くと興味深げに部屋を探索し出した。
でも、いやな気分があまりしない。
むしろ、うれしいような・・・・・・。

「おい、琴葉」

なんか、部屋の中で呼ばれると、同棲してるみたい。
顔の温度が急上昇。

「はい」

はい、だって。
自分で言って笑っちゃいそう。
昔の夫婦みたいじゃん!
結城が私をふりかえる。

「もうちょっと掃除したほうがいいぞ」
「ぶ」

……やっぱり、この人と付き合うには忍耐が必要だわ。
ミニ冷蔵庫からペットボトルのコーラを取り出すと、結城に渡した。

「お茶はないのか?」
「はいはい」

お茶を渡して、コーラは私が飲むことに。

「甘いもんばっか飲むと太るぞ」
「うるさいなー。ほうっておいてよ」

壁の薄いこの建物。
隣の部屋の友季子は、たぶん笑ってるだろうな。
これじゃあ、熟年離婚間近の夫婦みたい。
この部屋はいわゆるワンルームタイプ。
キッチンは1階にあるから、そのぶん部屋は広い。
ベッドとテレビ、たんすが2個あるだけのシンプルな家具だ。
ベッドに私は腰かけた。
壁の時計は、もう10時を過ぎている。
ベッド・・・・・・。
シングルタイプだし。
そんなことを考えて、まるでふたりで寝る前提みたいな自分の考えに驚く。
んなわけないって。

「寝るのか?」
「あ、ああ・・・・・・うん」

もろ挙動不審。
ひきつった笑顔で答える。

「そうか」

結城は、スーツケースからなにやら取り出すと、床に広げだす。

「なにそれ?」
「寝袋」
「ふうん」

寝袋で寝るってことか。
……疲れないのかな?
意外に大きい寝袋が完成すると、結城は、

「風呂、あるのか?」

と尋ねた。

「お風呂!? ある、あるよ」

中国人かよ。

「トイレと一緒になってるけど」

指で奥のドアを指す。

「先、入るか?」
「先!?」

先とか後とかって、なんなの!?
心臓がヤバいって!

「いちいちくり返すな」

結城はそう言うと、ドアの向こうに消えていった。

「私、もう入ったから・・・・・・」

つぶやくように言う私の声は聞こえなかっただろう。
姿が見えなくなると、しばらくしてカチャカチャというベルトをはずす音。
キュッキュッという蛇口をまわす音がして、すぐにシャワーの音が聞こえた。

「壁、薄いからなぁ」

トイレはこれから友季子の部屋のを借りよう。
ふと、隣の部屋から声が聞こえた。
友季子がまた橘と電話をしているのかな。
あのふたり、仲が良いようだけど、ひょっとしてつき合ってたりして。
明日にでも聞いてみよう・・・・・・。
ベッドに横になる。
その間もシャワーの音が途切れなく聞こえている。
ぼんやりと天井を見つめる。

江梨子は、今どんな夜を過ごしているのだろう?

ちゃんとご飯食べさせてもらっているのかな。
優しくしてもらえてるのかな。
結城は捜査を進めているって言ってたけれど、実際、犯人のめぼしはついているのだろうか。
『人身売買』なんて、リアルじゃなくって実感わかないけど・・・・・・。

ガチャッ

音がして、私はあわてて起きあがった。
いつの間にかシャワーの音が止んでいる。
頭をタオルで拭きながら結城が部屋に入ってくる。

「先、借りたぞ」
「う、うん」

結城は黒いTシャツに、ジャージのズボンを履いていた。
スーツ以外の恰好ははじめてで、濡れた髪の毛がいつもと違って新鮮に見えた。
ラフな格好が、まるで違う人みたい。
Tシャツからのぞいている意外に太い腕。
あ、メガネもかけてないんだ。
切れ長の目と、メガネに隠されていない眉。

――ダメダメ。

見つめすぎていることに気づいて、自然に目をそらす。
首にタオルをかけて、結城は寝袋の上にあぐらをかいて座る。

「風呂は?」
「もう入った」
「そうか」

コキコキ首を鳴らしながら言う。

「ねぇ、江梨子は大丈夫なのかな」
「大丈夫だろう」

なんでもないような言い方。

「でもさ、絶対不安だよね。自分がこれからどうなるのかわからないんだもん。ちゃんと眠れているのかな・・・・・・」
「琴葉」
「他の拉致された人も大丈夫なのかな。犯人のめぼしとかはついていないの?」
「寝ろ」
「え?」

結城は寝袋のチャックをはずしてごろんと横になった。

「考えていても仕方ない。今はできるだけ考えずに寝るんだ。捜査は警察にまかせろ」

そう言うと、もう目を閉じている。
……そんなこと言ったって。
口をとがらせて結城を見るが、それに気づいたのか、

「まぶしい」

と、ひとこと。

「はいはい」

壁のスイッチを押して、電気を消す。
訪れる暗闇。
ベッドに横になると、すぐ斜め下に結城の姿がぼんやり見える。
捜査を進めるなら、私の身の安全は保障しないって書いてあった。
これから先、いつまで結城はここにいることになるんだろう?
鼻から息を吐き、あおむけになる。

……江梨子。

考えないようにするには、あまりにもむずかしい。
あの財布がぽつんとベンチにある光景が、どうしても目に浮かんじゃう。
同じようにひとりぼっちなのかな。
あれから、もうずいぶん時間がたつような気もするけれど、つい最近の出来事なんだよね。
それだけ、いろんなことがあったから。

――眠れない。

考えがまとまらないし、隣には結城がいるし。
“忘れたい、という願いほど、強く記憶に働きかけ、その願いは叶わない”
よしこちゃんが言っていた言葉が、思い出される。
結城のことを考えないようにしてきた。
考えると、自分の感情がかき乱される。
自問自答すると、ぜったいにドツボにはまるから。

答えはわかっているから。

必死で自分の気持ちを押しとどめる。
これは恋などではない。
ただ単に、会ったことのない種類の人が現れただけなのだから。
だから・・・・・・。
寝返りばかりうっていたからか、

「眠れないのか?」

と、結城の声が聞こえた。

「うん」
「そうか」

結城が言う。

「そのうち眠れるから」
「ああ」

顔が見えないと、声だけが情報のすべてになる。
その言い方は、やさしく耳に届いた。
目を閉じた私に、結城の声がまた聞こえる。


「巻き込んでしまって・・・・・・悪かったな」
「大丈夫……だよ」

そう言いながら、なぜか私は泣きたい気持ちでいっぱいだった。



夢からぼんやりと覚醒すると、部屋の中は朝の光で明るくなっていた。
いつもの習慣で、ベッドの上に置いていた目覚まし時計を見る。
6時10分。
あとちょっとは眠れる。
体の向きを変えたとき、心臓がドクンと音をたてた。
結城が、すぐ横の床で寝ている!
びっくりして声が出そうになった。
そうだった。
昨日のことを思い出し、ドキドキする胸を落ち着かせながら結城を見る。
顔を少し向こうに向けた結城は、深く眠っているようだ。
胸が規則正しく上下している。
眉間にしわをよせて、少し苦しそうな表情。

……やっぱり寝袋だと背中が痛いのかな。

朝日がその顔をうっすら照らしていた。
あごのラインが美しく感じ、しばらくぼんやり見ていた私は、ふと我に返り起きあがった。

「なにやってんのよ、私は」

小さな声で自分を戒めると、ゆっくりと床に降り立つ。
音をたてないようにトイレに向かうが、そういう時にかぎって、

ギシッ ギシッ

音をたてるんだから。
なんとかトイレまでやってくると、入る前にまずは制服に着替えておく。
部屋の方を気にしながら急いで着替えると、トイレにこもる。
毎朝、こんな苦労するわけ?
そう思いながらも、それでも悪い気がしない。

「うわ、ひどい寝ぐせ」

ミストとドライヤーを駆使し、ようやく納得できる髪型にした私は、歯をみがいてから部屋に戻った。

「あれ?」

もう結城は起きていた。

「早いな」

カッターシャツの腕ボタンを留めながら、こっちを見て言う。
メガネもかけて、もう、いつもの結城だった。
てか、寝ぐせもついてないし。

「ごめん、起こしちゃった?」
「お前の部屋だから気にすんな。いつもどおり生活してくれればいい」

ま、そうなんだけど・・・・・・。
いつもどおり生活したら、ぜったいヒカれるにきまってるし。

「ちょっと早いけど食堂に行く?」

どうする? という感じで、結城を見る。

「行って来い。俺は外でコーヒーでも飲んでる」
「朝ごはん食べないの?」
「もう10年くらい食べてない」

そう言いながらドアから出てゆこうとする。
一緒に夜を過ごしたというのに、あっけなくそっけない。

「あ、あのさ・・・・・・」
「ん?」

顔だけ振り向いた結城。

「私さ、寝言とか言ってなかった?」
「いや、言ってない」
「そう・・・・・・」

良かった。
昔から、『寝言がひどい』って親から言われてたし。
少し安心してカバンを手にとって、ドアに向かおうとする。

「イビキはすごかったぞ」

結城のそっけない声。

「え?」

聞きかえす私の目の前で、ドアは無情にも閉められた。



朝食を済ませると、私は友季子を起こしに行く。
低血圧の友季子を起こすのは、至難のわざだ。
毎朝のことながら、とっても大変。
今日も、ケータイを鳴らしながらドアを打ち鳴らしつづけ、ようやく起きてくれた。
準備ができて、寮から出るころには毎回遅刻寸前ってかんじ。
今日もひどい顔。
毎朝の寝ぐせが、まるでアート作品のようで楽しい。

「おはよ」

そう言うと、こくんとうなずく友季子。

「おやすみなさい」

頭をペコリとさげてドアを閉めようとする友季子を強引に着がえさせて、髪を整えるとすぐに出発。
朝から大仕事なんだから。

「遅かったじゃないか」

寮の玄関で結城が腕組みをして立っていた。

「ごめん。だって、友季子が・・・・・・」

後ろを見ると、半分目を閉じた友季子が、

「眠いよぉ」

と、ふてくされている。

「行くぞ」

歩き出す結城と並ぶ。
ふふ。
一緒に登校って、なんだかうれしい。
……うれしい?
また、変な感情がやってきて、ブンブンと頭から追い払う。
もう、ふりまわされっぱなし。
ため息。
そんな私に気づきもしないで、結城はいつもどおりクールな顔して歩いている。

「ケンカしちゃった」

突然、隣を歩く友季子がつぶやくように言った。

「え? 橘さんと?」
「うん。なんか怒らせちゃった。だから、寝不足・・・・・・」

しょげた顔で言う友季子。
眠いだけかと思ったら、元気なかったのか。

「大丈夫?」
「わかんない。だって、急に怒り出すんだもん」
「そっか・・・・・・」

なんだか、しょげている友季子が急に大人に見えて戸惑う。
こんな表情するんだ。
それは、やっぱり恋をしているから?
意を決して、尋ねてみる。

「ね、橘さんとさ・・・・・・。つきあ合ってたりすんの?」
「うん」

こともなげにうなずく。

「そう、なんだ」

あぁ、なんだか友季子が遠くに行ってしまうような気分。
いつも通りそばにいるのに、嫉妬してるみたいでイヤだな。
結城は聞こえていないようで、誰かと電話をしながら歩いてゆく。
セミの声が響く夏の朝、私たちはあまり話もせずに学校に向かった。
校門で結城はそっけなく、

「じゃあまた帰りに」

と去って行ってしまったので、私たちは教室へ。

「おはよ」

悠香が浩太の机に腰かけて言う。

「おはー」
「遅刻ギリギリじゃん」

浩太がひょい、と顔をのぞかせて言う。

「私は早起きなんだけどね」

言いながらあくび。
やっぱ、誰かが部屋にいるって緊張しちゃうのかな。
友季子じゃないけど、寝不足気味。

「今日も、江梨子来てないね」

悠香が表情をくもらせる。

「だね・・・・・・」

江梨子の席を見やって私はうなずいた。
昨日、結城に聞いたことは言わない。

ううん、言えない。
人身売買の可能性があるなんて、もし言ったらこの田舎町はパニックになるだろうから。
それにしても・・・・・・。
同じ市内でもう4人も行方不明が出ている。
この町からもひとり・・・・・・。
これからまだ続く可能性もあるだろうから、私も気をつけないと。
私より、普段からぼんやりしてる友季子が心配だ。
そう思って視線をめぐらす。
友季子はなにやら携帯でメールを必死でうっている。
たぶん、橘に謝りのメールかなにかだろう。
刑事とつき合うって大変なのかな。
時間とかも合わなさそうだし。

「ぶ」

結城の顔が浮かんで、そのビジョンをすぐに打ち消す。



ほんと、ため息ばっかり。














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