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文字数 6,172文字
公園は小さな子供や赤ちゃんを連れたお母さんたちがいたるところにいた。
平日の昼間って、こんな風景なんだ。
こんなときじゃなければ、初夏の光をいっぱい浴びているこの景色も、キラキラして見えているはずなのに。
今は、にぎやかな声さえも悲しく感じる。
急ぎ足であたりを見回すと、ベンチのひとつに、浩太はいた。
あごを両手の上に乗せ、なにか考え込んでいるかのように遠くを見ていた。
あまりにも思いつめたような表情に、一瞬、声をかけるのをためらったけれど、呼び出したのは私のほう。
「お待たせ」
私は隣に座った。
「・・・・・・」
チラッと私を見た浩太が、また視線を前に戻す。
「大丈夫?」
「それ、さっきも聞いた」
「ああ、そうだね。ごめん」
なんて言っていいのかわからずに、私も景色に目をやった。
噴水の音が日差しの中で聞こえている。
「……あいつさ」
ふと、思い出したように浩太が口を開いた。
「え?」
「江梨子のこと、めっちゃ心配してたんだ。だからこの間、また江梨子の家に行ったらしい」
「ええ、そうなの?」
浩太はようやく私を見ると、肩をすくめた。
「俺、やめとけって言ったんだぜ。どこで犯人が見ているかわからねぇからさ。でも、あいつ『同じクラスの友達として放っておけない』って言うんだ」
「そう・・・・・・。悠香らしいね」
「そういう正義感にあふれてるとこが好きなんだ」
少しほほ笑んで浩太は私を見た。
「うん、私も」
そう言ってうなずいた。
「刑事と知り合いなんだろ? さっきふたりに会った。ひとりはこないだ教室のぞいてたヤツだった」
「ああ、橘刑事だね」
結城たちも学校に来てたんだ・・・・・・。
なんだか、本当に事件なんだということを実感。
「俺、頭さげて頼んだんだ。『あいつを探してください』って。そしたらあのふたり、全力で捜査するって約束してくれた。こんな高校生に真剣な顔でさ」
「そう・・・・・・」
「俺、どうしていいのかわかんなくてさ。帰り道もいろんなことが頭をよぎってさ」
「うん」
だんだんとその表情は苦しそうになってゆく。
ゆがんだ顔のまま、頭をかきむしる浩太。
「頭、おかしくなりそうだった。だから、なんでかわかんねぇけど、琴葉に電話した」
「うんうん」
それでいいんだよ、と私は何度も大きくうなずいてみせた。
涙が、浩太の左目からこぼれる。
鼻をすすりながら、浩太は笑う。
「俺にさ、なにができるんだろう? 悠香は必死で助けを求めていると思う。けど、俺にはなんにもできねぇ。ここで泣いてるだけなんて、バカみたいだ」
「そんなことない、そんなことないよっ」
そう言う私の目からも涙が落ちた。
「コータ、刑事さんに頭さげたんでしょ。それってすごいことじゃん。きっと、刑事さんたち一生懸命探してくれるから」
「ああ・・・・・・そうだよな」
「そうだよ。コータが落ちこんでちゃ、どうしようもないじゃん。私がちゃんと捜査の進展具合を聞いてえるから。だから、信じていようよ」
必死で涙をこらえ、浩太に伝える。
伝わるだろうか?
浩太は、
「おまえって」
と言いかけて、フッと笑った。
「なに?」
「たまに同級生じゃなくって、お母さんみたいになるよな」
そう言い切ると、おかしそうに目を細める。
「は? 誰がお母さん!? コータ~」
「はは、冗談冗談」
ベンチから軽々立ちあがると、浩太はカバンを肩にかけた。
「じゃ、俺行くわ」
「うん」
私もならって立ちあがった。
「話聞いてくれて、ありがとな」
「いつでも」
私がそう言うのにうなずいて、浩太は歩いて行った。
その後ろ姿を見てせつなくなる。
まるで悲しみのオーラをまとっているように、世界が色あせている。
「悠香……」
いったいどうしたのだろう。
江梨子の件を心配しているだけじゃなく、普段から慎重なはずの悠香まで行方不明になるなんて。
ため息を落とし、私も帰ろうと歩き出したその時、
「琴葉さん?」
と、声がしてそちらを向いた私は固まった。
そこには、朝学校の前にいたリポーターとカメラマンが立っていたのだ。
カメラが私を向いている。
「な、なんなんですか」
「琴葉、って呼ばれてたわよね。あなたの名前でしょう?」
リポーターは厚化粧の顔をゆがめながらマイクを私に向けた。
いや、笑っているようだ。
「それが?」
答えながらも、私の足は公園の出口に向かう。
こっそり話を聞いていたなんて、信じられない。
レポーターは急ぎ足で追いつきながらマイクを差し出してくる。
「さっきの子、香川浩太でしょう?」
「・・・だから?」
なにごとかと、お母さんたちがこっちを見ている。
「宮崎悠香の恋人よね。ひょっとして三角関係ってやつ?」
「なっ・・・・・・?」
驚いて、思わず足が止まる。
「宮崎悠香は行方不明。それって、ひょっとしてあなたが関係あるのかしら?」
そう言ってにっこり笑ってマイクを向ける。
「・・・・・・」
「なんでこんなところでコソコソ会ってるのかしら?」
「さん・・・・・・」
「は?」
いぶかしげそうに髪をかきあげる。
「悠香さん、です。呼び捨てにしないでください」
「おお、怖い」
目をわざとらしく丸くするレポーターに嫌悪感。
わざと怒らせようとしているとしか思えない。
落ち着いて・・・・・・。
そう、自分に声をかけた。
「ここで偶然会っただけです。友達を心配して、なにが悪いんですか?」
「ふうん。友達、ね」
「そうです、友達です」
にらむようにレポーターに言う。
「容疑者、でしょ?」
「は?」
つい声が荒くなる。
ほんっと、この人ムカつく。
「だって、もしあなたが香川浩太・・・・・・さんとなにかあるなら、あなたにも動機があるじゃない」
「それは、あなたの勝手な」
そう言いかけたとき、すぐ後ろで、
「おい、いい加減にしろよ」
と声が聞こえた。
「え?」
振り向くと、そこには結城が立っていた。
ああ・・・・・・。
緊張の糸が急に途切れた。
こんなに、結城の顔を見てうれしかったことはない。
「あなた、誰よ」
リポーターがいぶかしげそうに声を出す。
カメラのレンズがそちらを向く前に、結城が大きな手でレンズを覆った。
「なにすんだよ!」
ガラの悪いカメラマンが声をあげる。
結城は、警察手帳を開いて見せると、
「こういうもん」
と言った。
「警察・・・・・・」
「そ。おまえら、学校から取材の許可とれてねぇだろうが」
とたんに青ざめるレポーター。
「あ、それは、その・・・・・・」
「おまえらの上司と話してもいいんだぞ。今から電話するか? ん?」
「おい、やばいぜ」
カメラマンが驚いた顔のまま後ずさった。
「わ、わかったわよ! 帰るわよ、帰ればいいんでしょ」
言い捨てるように言うと、リポーターはわざとらしく私をジロッとにらんでから、背を向けて足早に去って行った。
「大丈夫か?」
その背中を見ながら結城が声をかけてきた。
「あ、うん」
まだドキドキしてる。
走ったあとのように息が荒くなっていた。
「さ、帰るか」
その声に、結城を見る。
「うん」
___帰る
言葉があたたかく胸に響いた。
こんな状況なのに、いや、こんな状況だからこそ、結城の存在を心強く感じる。
寮につくと、まだよしこちゃんは帰ってきてなかった。
結城は、よしこちゃんがいつも座るソファに腰かけた。
食堂でグラスに水を入れて渡すと、
「ん」
と受け取る。
「ほら」
と、ポンポンとソファを叩くので、なんでもないような顔で隣に座った。
しばし、無言。
「宮崎悠香とは親しいのか?」
「うん」
「そっか」
鼻から息を吐きながら結城はつぶやくように言った。
「ね。同じクラスの子がふたりも誘拐されるなんてことある? なにかおかしくない?」
偶然にしてはできすぎている。
「まぁ、な。しかし、他の町で誘拐された3人との共通点は見つかってないんだ」
「犯人の目星とかは全然ついてないの?」
なんでもいい。
浩太を安心させてあげられる材料がほしかった。
まっすぐに結城を見る。
「監視カメラの映像を見たところ、琴葉が財布を拾う30分ほど前に黒い車が猛スピードで近くを急発進している映像があった。なんとかナンバーも分析できた」
「え! それ、すごいじゃん!」
ナンバーがわかれば持ち主もわかるはず!
顔が熱くなる。
興奮しているのが自分でもわかった。
「それが、な」
結城は首をかしげて唇をとがらせた。
「盗難車だったんだ。指紋やDNAも持ち主以外の物は見つかってない」
「・・・そう」
なんだ・・・・・。
体中の力が抜けた。
「でも、犯人は少なくとも車の運転ができるってことだ。それに、少女を車に押し込めることができるってことは、屈強な男か、複数犯ってことだな」
「そんなのはじめからなんとなくわかってるじゃん」
不平をそのまま口にする。
「捜査ってのは、そうやってひとつずつ犯人像を確実なものにしていくんだ」
澄ました顔で結城は水を飲みほした。
「犯人は何人誘拐するつもりなんだろう?」
もう、5人の女子高生が・・・・・・。
彼女たちのことを思うと、胸が痛んだ。
「もう、そろそろ終わりだろう。報道合戦が今朝からはじまっただろ? これで、犯人たちもうかつには動けなくなる。そろそろ国外に脱出するつもりだろう」
その言葉に思わずソファから立ちあがる。
「国外に行っちゃったら、絶対見つからないじゃん! どうすんの!? 江梨子や悠香はどうすんのよ!」
結城は、グラスを床に置きながら、
「琴葉。警察だってバカじゃない。国外に出るには、ひとつしか方法がないから捜査はしやすいんだ」
と言った。
「ひとつ?」
「ああ。飛行機はパスポートがないと絶対に乗れない。個人で所有している飛行機だって同じことだ。そうすると・・・・・・?」
クイズでもするかのように、私を見た。
「え、えっと」
電車は日本の中だけだし。
日本の周りは・・・・・海、そう海だ。
「わかった。船?」
「そう。おそらく拉致された生徒たちは船にとじこめられているだろう。そのまま、他の荷物にまぎれさせて国外へ出るつもりだ」
「それって、大きな船?」
「いや、大型だと口止め料も必要だし、裏切りも多い。小型だと海外に出るのは難しい。おそらく乗組員4~5名程度の中型船だと警察は考えている」
「じゃあ、探さないと!」
走り出そうとする私の手を結城がつかむ。
「アホか。お前なんかが行ってなんの役にたつんだ」
「でも、でもっ!」
「捜査妨害で逮捕されるのがオチだ。大人しくここにいろ」
あきれたような顔で言う。
「だって・・・・・・」
「それに、さっきみたいにうかつにひとりで外に出るな。心配するだろうが」
そう言うと、そっぽを向いた。
「あ、うん」
現金なもので、素直に私はうなずいた。
心配してくれてるなんて、思いもしなかったから。
なんでだろう・・・・・・。
正直に言うと、すごくうれしい。
その時、入り口のドアが、
バーン!
と大きな音を立てて勢いよく開いた。
とっさに結城が立ちあがって私の前に立つ。
「琴葉ちゃん!」
転がるように入ってきたのは、よしこちゃんだった。
「あれ、よしこちゃん」
よしこちゃんは大股で歩いてくると、
「ああ、良かった! 神様! ありがとうございます!」
と、叫ぶと、ぎゅっと私を抱きしめた。
「なに、どうしたのよ」
あまりに強く抱きしめるので息ができずに悲鳴をあげた。
すると、よしこちゃんはガバッと私の体を引き離して、
「琴葉ちゃん、だめじゃない!」
と鼓膜がやぶれるほどの大声で怒鳴った。
その声はいつもの裏声ではなく、男の声だった。
「え、なになに?」
状況が呑みこめずに目を白黒。
結城もぽかーんと見ている。
「あなたねぇ! 今がどんな状況かわかっているの!? 友季子ちゃんから『琴葉がいなくなった』って電話があって、私もうどれだけじんばびじだが」
最後は声にならずに大粒の涙をぼろぼろとこぼしだす。
あ、友季子。
ヤバ。
言わずに出て行っちゃったから。
「ほんとにもう! あなたって子は、いづでぼぼあびでぇ」
「結城さん、ごめん。よしこちゃんをお願い」
私は結城に言うと、あわてて自分の部屋に走った。
そうだ、携帯置いて行っちゃったんだ。
部屋に入ると、ベッドの上で携帯がチカチカ点滅している。
___不在着信25件。
友季子とよしこちゃんから交互に・・・・・・。
その時、携帯が鳴りだした。
___小野友季子
そう、名前が出ている。
おそるおそる電話に出る。
「ごめん、友季子~」
わざと明るく言ってみる。
「琴葉? 琴葉なの?」
少し震えた友季子の声。
「ごめんね。もう、寮にいるよ」
「あ、ああ・・・・・・よかった。ぼう、どぼじじょうがどおぼっだんだがら○△□○△」
結局、友季子が泣き止むまで10分もかかってしまった。
深く反省・・・・・・。
今から戻る、という友季子と電話を終えたころ、結城が部屋に入ってきた。
「これから署に戻るから」
そう言って、私を見る。
「うん、遅くなる?」
最近は捜査が忙しいらしく、寝ている間にいつの間にか戻ってきていることも多かったから。
「ああ、たぶんな」
「そう、がんばってね」
がんばって、なんとか友達を見つけてください。
言葉に出さずに、想いをこめた。
「ああ」
短く言って部屋から出て行こうとする結城が、ふと振り返る。
「・・・?」
「あ、あのな」
結城がモゾモゾと内ポケットから何かを出すと、私に向かってそれを投げた。
両手の中に小さな紙袋に入った物が落ちる。
「それ、やるよ。身につけとけ」
「え?」
「じゃあな」
ドアが閉まる。
しばらくぼんやりとドアを見たあと、手の中の紙袋を見る。
ベッドに腰かけて中身を取り出すと、それはペンダントだった。
銀色の細いチェーンの先に、青い色の涙の形のペンダントがついている。
これって、プレゼント?
キュッと胸がつかまられたような苦しさ、そしてあとからやってくる感情。
たぶん、うれしい気持ち。
「あ、ありがとう・・・・・・」
もう結城はいないのに、思わずお礼を言ってしまう。
結城がこれを私にくれたってことは・・・・・・えっと、どういうこと?
舞いあがってしまい、なんだかわけがわからない。
とりあえず首にそれをつけてみる。
胸元で揺れるそれは、窓からの太陽の光で輝いている。
顔が火照っている。
いくら見ても飽きない。
やばい、やばいよ。
本当に好きになっちゃうよ。
平日の昼間って、こんな風景なんだ。
こんなときじゃなければ、初夏の光をいっぱい浴びているこの景色も、キラキラして見えているはずなのに。
今は、にぎやかな声さえも悲しく感じる。
急ぎ足であたりを見回すと、ベンチのひとつに、浩太はいた。
あごを両手の上に乗せ、なにか考え込んでいるかのように遠くを見ていた。
あまりにも思いつめたような表情に、一瞬、声をかけるのをためらったけれど、呼び出したのは私のほう。
「お待たせ」
私は隣に座った。
「・・・・・・」
チラッと私を見た浩太が、また視線を前に戻す。
「大丈夫?」
「それ、さっきも聞いた」
「ああ、そうだね。ごめん」
なんて言っていいのかわからずに、私も景色に目をやった。
噴水の音が日差しの中で聞こえている。
「……あいつさ」
ふと、思い出したように浩太が口を開いた。
「え?」
「江梨子のこと、めっちゃ心配してたんだ。だからこの間、また江梨子の家に行ったらしい」
「ええ、そうなの?」
浩太はようやく私を見ると、肩をすくめた。
「俺、やめとけって言ったんだぜ。どこで犯人が見ているかわからねぇからさ。でも、あいつ『同じクラスの友達として放っておけない』って言うんだ」
「そう・・・・・・。悠香らしいね」
「そういう正義感にあふれてるとこが好きなんだ」
少しほほ笑んで浩太は私を見た。
「うん、私も」
そう言ってうなずいた。
「刑事と知り合いなんだろ? さっきふたりに会った。ひとりはこないだ教室のぞいてたヤツだった」
「ああ、橘刑事だね」
結城たちも学校に来てたんだ・・・・・・。
なんだか、本当に事件なんだということを実感。
「俺、頭さげて頼んだんだ。『あいつを探してください』って。そしたらあのふたり、全力で捜査するって約束してくれた。こんな高校生に真剣な顔でさ」
「そう・・・・・・」
「俺、どうしていいのかわかんなくてさ。帰り道もいろんなことが頭をよぎってさ」
「うん」
だんだんとその表情は苦しそうになってゆく。
ゆがんだ顔のまま、頭をかきむしる浩太。
「頭、おかしくなりそうだった。だから、なんでかわかんねぇけど、琴葉に電話した」
「うんうん」
それでいいんだよ、と私は何度も大きくうなずいてみせた。
涙が、浩太の左目からこぼれる。
鼻をすすりながら、浩太は笑う。
「俺にさ、なにができるんだろう? 悠香は必死で助けを求めていると思う。けど、俺にはなんにもできねぇ。ここで泣いてるだけなんて、バカみたいだ」
「そんなことない、そんなことないよっ」
そう言う私の目からも涙が落ちた。
「コータ、刑事さんに頭さげたんでしょ。それってすごいことじゃん。きっと、刑事さんたち一生懸命探してくれるから」
「ああ・・・・・・そうだよな」
「そうだよ。コータが落ちこんでちゃ、どうしようもないじゃん。私がちゃんと捜査の進展具合を聞いてえるから。だから、信じていようよ」
必死で涙をこらえ、浩太に伝える。
伝わるだろうか?
浩太は、
「おまえって」
と言いかけて、フッと笑った。
「なに?」
「たまに同級生じゃなくって、お母さんみたいになるよな」
そう言い切ると、おかしそうに目を細める。
「は? 誰がお母さん!? コータ~」
「はは、冗談冗談」
ベンチから軽々立ちあがると、浩太はカバンを肩にかけた。
「じゃ、俺行くわ」
「うん」
私もならって立ちあがった。
「話聞いてくれて、ありがとな」
「いつでも」
私がそう言うのにうなずいて、浩太は歩いて行った。
その後ろ姿を見てせつなくなる。
まるで悲しみのオーラをまとっているように、世界が色あせている。
「悠香……」
いったいどうしたのだろう。
江梨子の件を心配しているだけじゃなく、普段から慎重なはずの悠香まで行方不明になるなんて。
ため息を落とし、私も帰ろうと歩き出したその時、
「琴葉さん?」
と、声がしてそちらを向いた私は固まった。
そこには、朝学校の前にいたリポーターとカメラマンが立っていたのだ。
カメラが私を向いている。
「な、なんなんですか」
「琴葉、って呼ばれてたわよね。あなたの名前でしょう?」
リポーターは厚化粧の顔をゆがめながらマイクを私に向けた。
いや、笑っているようだ。
「それが?」
答えながらも、私の足は公園の出口に向かう。
こっそり話を聞いていたなんて、信じられない。
レポーターは急ぎ足で追いつきながらマイクを差し出してくる。
「さっきの子、香川浩太でしょう?」
「・・・だから?」
なにごとかと、お母さんたちがこっちを見ている。
「宮崎悠香の恋人よね。ひょっとして三角関係ってやつ?」
「なっ・・・・・・?」
驚いて、思わず足が止まる。
「宮崎悠香は行方不明。それって、ひょっとしてあなたが関係あるのかしら?」
そう言ってにっこり笑ってマイクを向ける。
「・・・・・・」
「なんでこんなところでコソコソ会ってるのかしら?」
「さん・・・・・・」
「は?」
いぶかしげそうに髪をかきあげる。
「悠香さん、です。呼び捨てにしないでください」
「おお、怖い」
目をわざとらしく丸くするレポーターに嫌悪感。
わざと怒らせようとしているとしか思えない。
落ち着いて・・・・・・。
そう、自分に声をかけた。
「ここで偶然会っただけです。友達を心配して、なにが悪いんですか?」
「ふうん。友達、ね」
「そうです、友達です」
にらむようにレポーターに言う。
「容疑者、でしょ?」
「は?」
つい声が荒くなる。
ほんっと、この人ムカつく。
「だって、もしあなたが香川浩太・・・・・・さんとなにかあるなら、あなたにも動機があるじゃない」
「それは、あなたの勝手な」
そう言いかけたとき、すぐ後ろで、
「おい、いい加減にしろよ」
と声が聞こえた。
「え?」
振り向くと、そこには結城が立っていた。
ああ・・・・・・。
緊張の糸が急に途切れた。
こんなに、結城の顔を見てうれしかったことはない。
「あなた、誰よ」
リポーターがいぶかしげそうに声を出す。
カメラのレンズがそちらを向く前に、結城が大きな手でレンズを覆った。
「なにすんだよ!」
ガラの悪いカメラマンが声をあげる。
結城は、警察手帳を開いて見せると、
「こういうもん」
と言った。
「警察・・・・・・」
「そ。おまえら、学校から取材の許可とれてねぇだろうが」
とたんに青ざめるレポーター。
「あ、それは、その・・・・・・」
「おまえらの上司と話してもいいんだぞ。今から電話するか? ん?」
「おい、やばいぜ」
カメラマンが驚いた顔のまま後ずさった。
「わ、わかったわよ! 帰るわよ、帰ればいいんでしょ」
言い捨てるように言うと、リポーターはわざとらしく私をジロッとにらんでから、背を向けて足早に去って行った。
「大丈夫か?」
その背中を見ながら結城が声をかけてきた。
「あ、うん」
まだドキドキしてる。
走ったあとのように息が荒くなっていた。
「さ、帰るか」
その声に、結城を見る。
「うん」
___帰る
言葉があたたかく胸に響いた。
こんな状況なのに、いや、こんな状況だからこそ、結城の存在を心強く感じる。
寮につくと、まだよしこちゃんは帰ってきてなかった。
結城は、よしこちゃんがいつも座るソファに腰かけた。
食堂でグラスに水を入れて渡すと、
「ん」
と受け取る。
「ほら」
と、ポンポンとソファを叩くので、なんでもないような顔で隣に座った。
しばし、無言。
「宮崎悠香とは親しいのか?」
「うん」
「そっか」
鼻から息を吐きながら結城はつぶやくように言った。
「ね。同じクラスの子がふたりも誘拐されるなんてことある? なにかおかしくない?」
偶然にしてはできすぎている。
「まぁ、な。しかし、他の町で誘拐された3人との共通点は見つかってないんだ」
「犯人の目星とかは全然ついてないの?」
なんでもいい。
浩太を安心させてあげられる材料がほしかった。
まっすぐに結城を見る。
「監視カメラの映像を見たところ、琴葉が財布を拾う30分ほど前に黒い車が猛スピードで近くを急発進している映像があった。なんとかナンバーも分析できた」
「え! それ、すごいじゃん!」
ナンバーがわかれば持ち主もわかるはず!
顔が熱くなる。
興奮しているのが自分でもわかった。
「それが、な」
結城は首をかしげて唇をとがらせた。
「盗難車だったんだ。指紋やDNAも持ち主以外の物は見つかってない」
「・・・そう」
なんだ・・・・・。
体中の力が抜けた。
「でも、犯人は少なくとも車の運転ができるってことだ。それに、少女を車に押し込めることができるってことは、屈強な男か、複数犯ってことだな」
「そんなのはじめからなんとなくわかってるじゃん」
不平をそのまま口にする。
「捜査ってのは、そうやってひとつずつ犯人像を確実なものにしていくんだ」
澄ました顔で結城は水を飲みほした。
「犯人は何人誘拐するつもりなんだろう?」
もう、5人の女子高生が・・・・・・。
彼女たちのことを思うと、胸が痛んだ。
「もう、そろそろ終わりだろう。報道合戦が今朝からはじまっただろ? これで、犯人たちもうかつには動けなくなる。そろそろ国外に脱出するつもりだろう」
その言葉に思わずソファから立ちあがる。
「国外に行っちゃったら、絶対見つからないじゃん! どうすんの!? 江梨子や悠香はどうすんのよ!」
結城は、グラスを床に置きながら、
「琴葉。警察だってバカじゃない。国外に出るには、ひとつしか方法がないから捜査はしやすいんだ」
と言った。
「ひとつ?」
「ああ。飛行機はパスポートがないと絶対に乗れない。個人で所有している飛行機だって同じことだ。そうすると・・・・・・?」
クイズでもするかのように、私を見た。
「え、えっと」
電車は日本の中だけだし。
日本の周りは・・・・・海、そう海だ。
「わかった。船?」
「そう。おそらく拉致された生徒たちは船にとじこめられているだろう。そのまま、他の荷物にまぎれさせて国外へ出るつもりだ」
「それって、大きな船?」
「いや、大型だと口止め料も必要だし、裏切りも多い。小型だと海外に出るのは難しい。おそらく乗組員4~5名程度の中型船だと警察は考えている」
「じゃあ、探さないと!」
走り出そうとする私の手を結城がつかむ。
「アホか。お前なんかが行ってなんの役にたつんだ」
「でも、でもっ!」
「捜査妨害で逮捕されるのがオチだ。大人しくここにいろ」
あきれたような顔で言う。
「だって・・・・・・」
「それに、さっきみたいにうかつにひとりで外に出るな。心配するだろうが」
そう言うと、そっぽを向いた。
「あ、うん」
現金なもので、素直に私はうなずいた。
心配してくれてるなんて、思いもしなかったから。
なんでだろう・・・・・・。
正直に言うと、すごくうれしい。
その時、入り口のドアが、
バーン!
と大きな音を立てて勢いよく開いた。
とっさに結城が立ちあがって私の前に立つ。
「琴葉ちゃん!」
転がるように入ってきたのは、よしこちゃんだった。
「あれ、よしこちゃん」
よしこちゃんは大股で歩いてくると、
「ああ、良かった! 神様! ありがとうございます!」
と、叫ぶと、ぎゅっと私を抱きしめた。
「なに、どうしたのよ」
あまりに強く抱きしめるので息ができずに悲鳴をあげた。
すると、よしこちゃんはガバッと私の体を引き離して、
「琴葉ちゃん、だめじゃない!」
と鼓膜がやぶれるほどの大声で怒鳴った。
その声はいつもの裏声ではなく、男の声だった。
「え、なになに?」
状況が呑みこめずに目を白黒。
結城もぽかーんと見ている。
「あなたねぇ! 今がどんな状況かわかっているの!? 友季子ちゃんから『琴葉がいなくなった』って電話があって、私もうどれだけじんばびじだが」
最後は声にならずに大粒の涙をぼろぼろとこぼしだす。
あ、友季子。
ヤバ。
言わずに出て行っちゃったから。
「ほんとにもう! あなたって子は、いづでぼぼあびでぇ」
「結城さん、ごめん。よしこちゃんをお願い」
私は結城に言うと、あわてて自分の部屋に走った。
そうだ、携帯置いて行っちゃったんだ。
部屋に入ると、ベッドの上で携帯がチカチカ点滅している。
___不在着信25件。
友季子とよしこちゃんから交互に・・・・・・。
その時、携帯が鳴りだした。
___小野友季子
そう、名前が出ている。
おそるおそる電話に出る。
「ごめん、友季子~」
わざと明るく言ってみる。
「琴葉? 琴葉なの?」
少し震えた友季子の声。
「ごめんね。もう、寮にいるよ」
「あ、ああ・・・・・・よかった。ぼう、どぼじじょうがどおぼっだんだがら○△□○△」
結局、友季子が泣き止むまで10分もかかってしまった。
深く反省・・・・・・。
今から戻る、という友季子と電話を終えたころ、結城が部屋に入ってきた。
「これから署に戻るから」
そう言って、私を見る。
「うん、遅くなる?」
最近は捜査が忙しいらしく、寝ている間にいつの間にか戻ってきていることも多かったから。
「ああ、たぶんな」
「そう、がんばってね」
がんばって、なんとか友達を見つけてください。
言葉に出さずに、想いをこめた。
「ああ」
短く言って部屋から出て行こうとする結城が、ふと振り返る。
「・・・?」
「あ、あのな」
結城がモゾモゾと内ポケットから何かを出すと、私に向かってそれを投げた。
両手の中に小さな紙袋に入った物が落ちる。
「それ、やるよ。身につけとけ」
「え?」
「じゃあな」
ドアが閉まる。
しばらくぼんやりとドアを見たあと、手の中の紙袋を見る。
ベッドに腰かけて中身を取り出すと、それはペンダントだった。
銀色の細いチェーンの先に、青い色の涙の形のペンダントがついている。
これって、プレゼント?
キュッと胸がつかまられたような苦しさ、そしてあとからやってくる感情。
たぶん、うれしい気持ち。
「あ、ありがとう・・・・・・」
もう結城はいないのに、思わずお礼を言ってしまう。
結城がこれを私にくれたってことは・・・・・・えっと、どういうこと?
舞いあがってしまい、なんだかわけがわからない。
とりあえず首にそれをつけてみる。
胸元で揺れるそれは、窓からの太陽の光で輝いている。
顔が火照っている。
いくら見ても飽きない。
やばい、やばいよ。
本当に好きになっちゃうよ。