文字数 3,371文字

「そいじゃ、またねー」

嶋村先輩たちが手をふりながら明るい声で言った。
2次会に向かうらしいが、後輩の役目はこれで終わり。
寮のルールで、先輩の合コンではたとえ気に入った男子がいたとしても、メルアド交換などは許されていない。
さらに2次会への参加もNGで、あくまで先輩を立てることになっている。
そのかわり、夕食当番を先輩たちが変わってくれたりするので、持ちつ持たれつってとこ。

「行っちゃったね」

私がそう言うと、

「嶋村先輩、もうロックオンしてたね」

いつもよりオクターブ高い声ではしゃぐ先輩を見ながら友季子がクスクス笑った。

「はじめから狙いつけてた。逃さないわよってオーラ出てたし」

歩き出す友季子に並んで私も言う。
合コンと言っても、さすがに高校生だから、たいていファーストフード店でおしゃべりして終わり、ってのが定番。
このあとはカラオケでも行くのかな。
だんだん暗くなる夕暮れは、否応なく昨日の出来事とシンクロする。

「あ、交番行ってないや」

結城とかいう刑事に宣言した手前、行かないとマズいのかな。

「交番? ああ、落とし物のやつか。近いしつき合うよ」
「うん・・・・・・」

めんどくさい反面、なんだか確認したい気持ちも大きい。
なんだろう、このへんな感覚は。
昨日からあの結城って刑事の顔が頭から離れない。
ちゃんと届けたし、確認する必要もないんだけどな。
そう思いながらも、足は交番へ。
たわいない友季子の話も、なんだか頭に入ってこない。
うなずいたり、笑ったり。
全部が、心ここにあらず。
交番の建物が見えると、警官が表に立っているのが見えた。
人の好さそうないつものおじさん。

「こんにちは」

友季子が先に声をかけた。

「こんにちは」

顔をくしゃっとゆがめて、にっこりと答える警官。
いつもなら癒されるその笑顔も、なんだか余計緊張する。
なんでだろう?

「ほら」

と、友季子が私を促すので、私は警官の前にしぶしぶ歩いてゆく。

「あの~、私」

そう言いながら、ヘラヘラと自分が愛想笑いしていることに気づいた。
これじゃあ、不審者じゃん。
グッと表情を戻す。

「昨日、財布を届けにきたんですけど」

警官は私を見て、目を開いた。

「ああ、石田さん?」
「はい。あ、じゃあ・・・・・・、ちゃんと届いてるんですね?」

結城の言っていたことは本当だったのか。
なんだか、昨日の自分のセリフが思い出されて、恥ずかしい。
でも、あの状況じゃ疑っちゃうよ。

「もちろん。結城刑事からお預かりしてるよ。ありがとうね」
「そうですか」

軽くうなずきながらも、なんだかむなしい気分。

「落とした人は現れましたか?」
「それがねぇ。中に入ってた学生証から持ち主が判明してね。自宅に連絡を入れたんだけど、留守みたいでね。でも、そのうちに取りにくると思うよ」

へぇ・・・・・・、学生さんだったのか。
確かにあの財布は真っ赤で、若い人が持ってそうなデザインだったけど。

「わかりました」

その場にいる理由もなくなり、帰ろうかとしたとき、

「あっ」

突然、警官が声をあげた。

「え?」
「ほら」

警官が指さす方を見ると、通りの向こうからふたりの男性が足早にこっちに向かってきているところだった。
そのうちの、1人は・・・・・・。

「また会ったな」

___結城だった。

昨日とは違う黒いスーツを着ている。
眼鏡のデザインも少し違う、ってことを一瞬で判別している自分に驚いた。
けっこう、オシャレなのかも。

「石田琴葉、だろ? やっぱり確認しにきたのか」
「まぁ・・・・・・一応。ていうか、呼び捨てにしないでよ」
「こいつが、財布の拾い主」

結城がとなりの男にそう言っている。
結城より少し背は低いが、目つきの鋭さからいって同僚かなにかだろう。
友季子が、呆けたような顔をしてキョロキョロとふたりを見ている。
結城と隣の男が何やら話していたかと思うと、急に私を見て、

「お前、このあと時間あるか?」

と聞いてきた。

「ない」
「ウソつけ。ちょっとつき合え」
「やだ」
「お前なぁ」

結城がまたあのにらむような目をした。
冗談じゃない。
なんで、あんたの言いなりにならなくちゃいけないのよ。
もう関わりたくなんてないんだから。
攻防を眺めていた隣の男性が、結城の肩をつかむと後ろにひく。

「突然すみません。僕は、橘と言います」

前に出た男が、私にではなく友季子に名刺を差し出した。
おだやかな声で、笑顔まで見せている。

「はい・・・・・・」
「結城の同僚で、同じく刑事をやっています」
「はい・・・・・・」

あ・・・・・・マズい。
友季子の表情がぽわーんとなっている・・・・・・。
こういう顔つきになるときは、ほんとヤバいんだよね。
は、髪をかきあげながら、

「君の名前、教えてくれるかな?」

と、友季子の手を握った。

「私、小野友季子・・・・・・です」
「友季子さん。いい名前だね。今から少し時間ありますか?」

あくまで紳士的に橘が言う。
このままではヤバい。
私は友季子に向かって口を開いた。

「あんまり時間ないよね。帰らなきゃ、だよね?」

友季子は私の方なんてまったく見もせずに、橘を見つめている。

「あります」
「友季子?」
「時間、たくさんあります」

はぁ・・・・・・。
私はがっくりと肩を落とした。

「よし、じゃあちょっと付き合え」

結城が急に私の手を取って歩き出す。

「え!? ちょ、ちょっと!」

手を引っ張りながら、こちらを見ようともせずに歩く結城。
振りかえると、エスコートされているかのように友季子も橘と一緒についてきている。

「まって、まってよぉ」

どんどん歩く結城のスピードに、腕が痛い。
ほんっと、優しさがないんだから!
そう思いながらも、誰かに手をつかまれて歩く経験なんてしたことない私。
急激に体温があがるのを感じる。

なに、これ?

意志とは裏腹に、胸がドキドキして息苦しい。
町の景色がどんどん後ろに流れてゆくのが不思議。
結城の手は、大きくて、力強くって・・・・・・。

心地よい?

そんなことない。
自分勝手でエラそうで、ムカつくんだから。
そうこうしているうちにも、どんどん引っ張られて歩いてゆく。
町はずれにある黒い建物の前で、結城が急に立ち止まった。

ムギュ

急に手を離され、私は結城の背中に顔をつっこむ。

「きゅ、急に止まらないでよね」

怒ったように言ってみるが、結城は気にもとめていない様子で、

「前をよく見ろ」

と、涼しい顔。
ムカつくムカつくムカつく!
ようやく友季子たちも追いつく。
友季子の顔は、見たこともないくらいニコニコしちゃってる・・・・・・。
アイスクリームで言うならば、完全に溶けちゃってるかんじ。

「結城」

橘が短く結城に声をかける。
さっきまでの声色とは違い、それは若干緊張しているように聞こえた。

「どういう作戦でいく?」
「ん・・・・・・」

そう言いながら、結城は私を見おろした。
逆光でメガネの奥の瞳がよく見えない。
作戦って、なんのことだろう?
私もなにかやらされるの?
だとしたら、友季子恨むよ!

「おい、琴葉」

結城が静かに言葉にした。

「は? だから呼び捨てにしないでって――」
「俺の恋人になれ」

___時間が止まる。

「まぁ、琴葉よかったね~」

パチパチパチパチ
間の抜けた友季子の声と拍手だけが聞こえた。
い、今なんて・・・・・・?
俺の恋人になれ、って聞こえましたけど?
聞き間違い?
橘がにっこり笑って、今度は友季子に言う。

「僕の恋人は友季子さん、いや、友季子だよ」
「うれしい! 私もずっと好きでした」

友季子が目をうるませて言った。
いやいや、さっき会ったばっかじゃん。

「てことだ。琴葉、行くぞ」

そう言って結城は私の肩を抱いて歩き出した。
なんで呼び捨て?
なんで恋人?
呆然とするとは、こういうことを言うんだろう。
私はされるがままに、結城と建物の中に入って行った。




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