文字数 4,432文字

「どうぞ」

テーブルに置かれたコーヒーにも気づかないくらい、結城は呆然とした顔をしていた。
ぽかんと、よしこちゃんを見あげている。
それもそのはず。
寮母がどうみたって、いかつい男なのだから。

「あら、そんなに見つめないでよ。刑事さん、私のことがタイプなのかしら?」

正面に腰かけたよしこちゃんがウインクをすると、

「あ、いえ・・・・・・」

と、あわててコーヒーを飲み、熱さに目を白黒させている。
いつもの冷静さも、さすがにこのインパクトにはかなわないらしい。
橘との電話が終わったらしい友季子も合流して、私たちはキッチンにあるテーブルに座っている。

「よしこちゃん、からかっちゃだめ」

隣に座った友季子が肘でつっつくと、

「だってぇ、かわいいじゃないの~」

と、猫なで声を出している。
ヘビににらまれたカエルみたいに、それでもよしこちゃんから目を離せない結城。

……しょうがない、助け船を出すか。

「結城さん、さっきの話どういうこと?」

隣からのぞきこむようにして尋ねる。
私と一緒に住むとかなんとか。
それを言われてから、もう気になって仕方ない。

「あ、ああ」

ゴホンッとわざとらしくセキをしてから、結城がポケットから白い封筒を出した。

「この手紙が、警察に届きました。指紋の検査は終わっていますので、触ってくださって結構です」

なんだ、ちゃんとした言葉づかいもできるんじゃん。
私には、はじめから呼び捨てで失礼なことしか言わないくせに。

「あら、結城さんあてなのね」

代表でよしこちゃんが封筒を開いて、中の便箋を取り出す。
封筒も便箋も真っ白で、イラストやデザインもないそっけないものだった。
みんなに見えるように、机の上に広げて便箋を置いた。
パソコンで打った文字が並んでいる。
私と友季子、そしてよしこちゃんがのぞきこむ。


『結城刑事


 警告


すぐに捜査を打ち切ること


これ以上の捜査が続くようなら、彼女たちの命は保障しない


さらに、君の大切な恋人の安全も保障しない


マスコミには、一連の事件は捜査中としたままで、これ以上の情報は与えないこと


私は本気だ


以上  』


何度も読み直す。
これって、ここに書かれていることって・・・・・・。

「こわいわ」

よしこちゃんがつぶやくように言った。

「ほんとねぇ」

友季子が場の場に似合わない、間の抜けた声で同意する。
よしこちゃんは、両ほほに手を当てて、

「これって、捜査をするなっていう脅しよね」

と、首を左右に振って恐怖を表した。

「ほんとねぇ」

と、友季子。

「アタシの安全は保障しない、って・・・・・・こわい!」
「ほんとねぇ」
「ちょっと、なに言ってるのよ」

思わず、よしこちゃんと友季子にツッコむ。

「だって、書いてあるじゃない。アタシこわいわ、刑事さん!」

よしこちゃんは身を乗り出してすがるように結城を見る。
同じふり幅で、結城は身をのけぞらした。

「いえ、違いますよ。寮母さんのことじゃありません!」
「“寮母さん”なんて他人行儀じゃないの。よしこって呼んで」
「よし・・・・・・いや、違うんです! 犯人は、琴葉・・・・・・琴葉さんを僕の恋人と勘違いしてるんですよ」
「私? なんで私なの?」

自分を指さして自然に声をあげていた。
もう一度、文章をなぞる。
なんで?
どういう展開なの、これ。

「仕方ないだろ。勘違いされるような相手は、お前しかいないんだから」

最後はゴニョゴニョと小声になる。

「まぁ、琴葉、良かったわねぇ」
「もう、友季子。違うって、恋人じゃないし」

そう言いながら、胸がチクッと。
なぜか、結城の顔を見ることができない。

「そう。犯人が勘違いしてるんだ」

視界のはしっこで、結城がうなずくのを見て複雑な感情がこみあがった。
そう・・・・・・恋人ではない。
正しいことを言ってるはずの結城に対して、なんだか傷つけられたような気分。
よしこちゃんは、

「ちょっと」

と、急に低音ボイスを響かせる。

「恋人と間違えられる、なんて、あんたたちなにやってたのよ。ヘンなことしてたんじゃないでしょうねぇ」
「いえ、それはですね。捜査の一環で、恋人のフリをしていただいた・・・・・・」

結城が否定するが、よしこちゃんは、

「もしこの子になにかあったら、アタシはご両親になんて言っていいのか・・・・・・」

と、ハンカチを目頭にあてて悲しみに暮れだす。
すっかり寮母さんに戻ってしまっているらしい。
困った顔の結城に、

「大丈夫。よしこちゃん酔っぱらってるから」

とフォローしておく。

「ああ、なるほど。ま、まぁそんなわけでですね。こちらにお伺いしたわけです」

頭をさげる結城。
幾分落ち着いてきた私は結城に尋ねる。

「でも、これからどうするの? 捜査をやめちゃうわけじゃないでしょ?」
「ああ。もちろんやめない。むしろ、この手紙からヒントがいくつかもらえたから、捜査自体は進展するだろう」
「え? この手紙から?」

友季子が興味深げに、手紙を指さした。

「そう」
「どんなヒント? 琴葉、わかった?」

まるでクイズに答えているように、私に聞いてくる。

「うーん・・・・・・。でも、犯人はあの潜入捜査のときにそばにいたってことかな。勘違いするくらいだもん」
「その答えは正解とは言えないな」

結城が肩をすくめる。
ムッ。
また、いつもの冷たい感じ。

「なんでよ」
「金を渡していたやつが犯人ならその仮定は成り立つ。実際、まぁ・・・・・・そう思われても仕方ないような感じだったし・・・・・・」

チラッとよしこちゃんを気にして目線をやるが、よしこちゃんはメイクを直すのに必死らしく、うんうんとうなずきながら手鏡を見ている。

「渡していた人が犯人ってこともあるでしょう?」
「確率は低いな。この事件……これだけ短期間で4人も拉致しているってことは、身代金目的の誘拐ではなく、“人身売買”の可能性が高いんだ」
「「人身売買!?」」

私と友季子の声がかぶる。

「それって人が売られちゃうっていうやつでしょう? 外国とか、そういうところに」

そう言いながら、どこか暗いところに閉じ込められている江梨子の姿が頭に浮かんで、絶望的な気分になる。
どうしよう・・・・・・。

「そう、人身売買。だから、犯人は松下江梨子をはじめ、拉致した人物は生かしていると思うんだ。そうすると、単独犯ってことはありえない。かと言って、そこまで大きな組織でないことは手紙からもわかるんだ」

結城は手紙の下の方を指さした。
そこの部分を読む。

「“私は本気だ”……ここ?」

結城が私を見てうなずく。

「もし大きな組織なら、このような一人称の書き方はしないだろう。たぶん“我々は”と書くような気がする。かといって単独犯ではないから、犯人は数人のグループで、短期間で人材を集めて、外国に売り飛ばす計画だろうな」

そう言うと、結城は腕を組んだ。

「そんな・・・・・・」
「人身売買の連中は、各自がきちんとした役割を持っていることが多い。拉致する人間、拉致を依頼する人間、そして、売買を取り仕切る人間。最低でも3人の人間がいる、と考えた方がいいだろう」
「・・・・・・」
「よしこさん」

結城がよしこちゃんをまっすぐに見る。

「はい?」

手鏡を置いて、よしこちゃんが答えた。

「警察は、圧力には屈しません。捜査は続けます。しかし・・・・・・琴葉さんのことは心配です。表に警察官は立たせたり、見回りも強化しますが、確実に安全とは言えません」
「そうね。もし、ここに乗りこまれたら、アタシだけじゃどうしようもないもの」

両肩を抱いて震えるマネをするよしこちゃん。
敵をバッタバッタと倒す姿が簡単に想像できるが、口にしちゃいけない。

「そこで提案なのですが・・・・・・。しばらくの間、僕が彼女を守ってもよろしいでしょうか?」

チラッと私を見る。

「は?」

それって、どういうこと?
さっき言ってた“お前と一緒に住む”って、このことだったの?
急に胸が熱くなってきて、ドキドキしてくる。
一緒に住む、なんてムリ!
心臓持たないよ。
私は、助けを求めるようによしこちゃんを見る。
目が合い、彼が、いや彼女が力強くうなずく。

……よしこちゃん、わかってくれたんだね!?

「困ります」

よしこちゃんがハッキリ言った。
その言葉に、ホッと肩の力が抜けた。
結城は黙ってよしこちゃんを見ている。
さすがに、一緒になんてムリだもん。
やっぱりよしこちゃん、わかってくれているんだね?

「アタシは琴葉ちゃんの両親から、彼女が無事に高校を卒業できるよう託されているの」

そうそう、よしこちゃんナイス!

「だから、彼女の身になにかあっては困るのよ」

……よしこちゃん?

「しっかりそばで守ってくださらないと困ります」
「ウソ!」

違うじゃんソレ!
さっきのうなずきはなんだったの!?
立ちあがった私は、

「大丈夫だよ! 一緒に住まなくても、そんな危険な目には合わないってば」

とふたりに叫ぶように言った。

「琴葉の部屋は何階ですか?」
「2階のはしっこの部屋なの。201よ」

そんな私をスルーして、ふたりは話し出している。

「琴葉、良かったわねぇ」

友季子がにっこり笑いかけてくるのを軽くにらみながら、私はふたりに言う。

「あのね、ほんと一緒に住むとか無理。毎朝、下に降りてきたら結城さんがいるなんてありえないし」
「大丈夫よ」
「大丈夫だ」

なに、このふたり、すっかり意気投合しちゃってるし。

「琴葉。俺は、お前を守らなくてはならない。巻き込んだのは俺だ。だから、イヤかもしれないが、しばらくはここの食堂ででも寝泊りさせてもらう」

あの大きなスーツケースは、そういうことだったのか……。
よしこちゃんがグラスに何杯目かの焼酎を注ぎながら言う。

「刑事さん・・・・・・結城さん、ね。本当に彼女を守るなら、きちんと守ってもらうわよ」
「もちろんです」

姿勢を正して、結城はうなずく。

「それじゃあ」

よしこちゃんは、私を見て、そして結城に視線を移すと大きな口を開けてにっこり笑った。

「同じ部屋で寝泊まりしてちょうだい。その方がきちんと守れるでしょ」

その言葉の意味を理解しようとしたけど、頭は真っ白。
口をあんぐりと開けたまま、よしこちゃんと結城の顔を見るしかできない。

「まぁ、良かったわねぇ、琴葉」

パチパチパチパチ



友季子の叩く拍手の音が、呆然とする頭に響いていた。












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