主人公、同行者とこれからについて話をする 6
文字数 2,469文字
――失態続きで泣きそうだわもう。
話し合いが終わり彼が去った後で、酒場に一人で残った女はそんなことを考えながら、テーブルの天板に額を押しつけるように突っ伏した状態で長い溜め息を吐いた。
彼が答えてくれた書き置きを残して城を立ち去るに至った理由と、そこから想像してしまった嫌な可能性に思わず思考停止してしまったけれど。
そんなこちらの心情など知ったこっちゃないと言うように――あるいは、それらの可能性などどうでもいいと言うように。彼は相変わらずの様子で話を淡々と進めていった。
そして当然と言っていい結果だが、乱されてしまった思考ではうまく対応することができずに、同行の件についてはほぼ彼の言う通りの条件を飲まされる結果となった。
……まぁこの部分については、仮に思考が正常に働いていたとしても大して差はなかった可能性が高いけど。
そう判断する理由は、私が彼について行くことに関して、彼の側に一切の利点がないという点にある。
一応私は国からの支援を受けている身なので、その支援の一部を彼に融通することができるが、そもそも彼は一人で生活できる基盤を既に整えているので同行を認める利点には成り得ない。
むしろ昨日起こった出来事を考えれば、私の同行は彼にとっての厄介ごとでしかないだろう。
それでも彼がこちらの要望の一部を受け入れるような対応を取ってくれたのは、私が王の命令で動いているという事実を伝えたからだろうと、そう思う。
……あえて敵対する理由もないと、そういうことよね。
彼はこの国から出ようとしているが、国境はまだ遠い。だから、その過程で邪魔をされても困る、という判断をしたというわけだ。
とは言え、それは彼からしてみれば善後策でしかなく、必ず飲まなければならない条件ではない。
今までも、彼が追手のいる可能性も考慮した上で行動をしていたことは間違いないだろう。しかし、彼はその可能性は低いと判断していたはずである。なぜなら、もしも本当にその可能性が高いと判断していたならば、私に見つかるなんてヘマはしないからだ。
ただ、今回私に見つかったことで追手が出ていることを彼は確信した。
……だから、この機会を逃したら二度と見つけられない。
世界中に手を広げるギルドという組織の圧倒的な集団の力をもってしても、私という間抜けがいなければ捕まえられなかったのだ。
彼がどの方角にいるかわかる程度の情報を使って個人で探し出す、なんてことがほぼ不可能であることは明白だった。
「…………」
そんなわけで、彼が提示してきた――飲まざるを得なかった同行の条件は三つある。
ひとつめの条件は、"彼の指示には可能な範囲において従うこと"だ。
これは今回起こってしまった事件のような場合を想定して、あらかじめ言い含めることがあるときには言うから耳を傾けろ、という程度のものだそうで。その指示に従うかどうかの判断はこちらに任せるという話だった。
もっとも、彼がわざわざ何かを言ってくるということはそれなりの理由があってのことだと思われるので、従っておくに越したことは無いのだろうとも思うけれど。それはさておき。
ふたつめの条件は、"同じ街に居る場合は四六時中一緒にいるのではなく、定期的に落ち合う場所を決めておく形にすること"だ。
私にとって最も重要なことは、彼がどこに居るのかを把握する、という一点である。この要求はこちらが本当に望んでいる点だけを適確に満たしたものだと言えるだろう。
……まぁ、それを把握できるかどうかが彼の一存による、というのが大変悔しい部分ではあるけれどね。
そう考えて、試しに彼が提示した条件以上の内容をこちらから示したら、目が笑っていない笑顔で、
「それ以上を望むのなら戦争だぞ」
と言われてしまって抵抗のしようもなかった。――いや、もっと正確に言うのなら、久しくなかった命の危険を感じるくらいに怖かったので反論の余地を見出せなかった、と言うべきかもしれないのだけれど。重要な部分ではないので置いておこう。
そうしてそんな問答のあとで提示されたみっつめの条件は、"次の街に向かう場合は必ず私が先に向かうこと"であった。
正直ここまで来ると、同行してるって言うのかこれ、なんて考えたりもしたが。
彼から既に、提示した条件以上を望むと戦争だ、と言われてしまっては受け入れざるを得なかった。
……でもまぁ、未だに意図がわからないのよね、これに関しては。
私の仕事は彼の居場所を把握して王に伝えることであり、それ以上のものはない。
ゆえに、この交渉結果は――彼に依存する部分が大きいとは言え――仕事を果たす上では十分なものだ。
しかし、だからと言って彼の言葉に対して疑問を抱く気持ちは止められるものではないし。残った疑問は、納得する何かが得られなければいつまでもそのままだ。
……つっても、糸口がないから考えないようにするしかないんだけどさ。
あの城で過ごしていたときから、彼が頭の回る人間だということはわかっていたけれど。
今の彼はそれに加えて、私たちが関わらなかった期間で培った知識や経験、技術を持っている。
彼に何が出来て、何が出来ないのか。
もはやそれさえ推し量ることもできないのだから、彼の意図など想像しようとするだけ時間の無駄だろう。
「……まぁいいや」
それでもしばらく頭を使って考えてみたものの、結局納得できるような内容は思いつかなかったので思索を中断することにして。
……とりあえずは、今日から報告書に書く内容が増えることを喜びましょうかね。
「明日からしばらくの間は胃の痛くなるような思いをしなくて済みそうで何よりね、本当に」
溜め息と一緒に、そんな言葉を自分に言い聞かせるように口にしてから、テーブルの上に並んだ冷め切った料理に手を伸ばすことにした。