主人公、一人旅に出る 1

文字数 1,775文字


 城を出ること自体は問題らしい問題もなく、無事に成功した。
 まぁ、ずぶの素人が簡単に抜け出せる監視体制ってどうなのよと思わないでもなかったが――忠告する機会なんてものはおそらく来ないだろうから気にしないでおくことにして。
 城を出てまず目指したのは、城下町の方向だった。
 ここで、すぐにこの城から遠い別の街へと向かえるようであれば良かったのだが、それは無理な相談というものだ。なにせ、持っている荷物は金と本くらいのもので、要は旅支度というものが一切出来ていないのだ。次の街までどの程度かかるのか、道はどうなっているのか、危険はどの程度あるのか――確かめるべきことは多くある。すべてを知らないというわけではないが、準備ができるのであればそれは怠るべきではないと、そう考えたためでもあった。
 ……一応は、無理をすれば移動できないこともないのだけども。
 なにせ、今の自分の体は一週間から二週間程度なら食料なしでも問題なく動くし、睡眠だって二三日とらなくても耐えられる。一年の間で色々と無理をしてみつつ試してみた結果わかったこととは言え、我が体のことながら、随分と異様な性能になったものだと思う。
 とは言え、無茶や無理というのは本来するべきではないものだ。城から抜け出した以上は一刻も早く城周辺から離れるべきだという考えはあるものの、無理をした結果としてどこかで躓くことになっても意味がないだろう。
 それに、単純に準備をするだけの時間はあるだろうと考えられる理由もある。
 ひとつは、仮に本当に追手が手配されたとしても、実際に行動するまでには時間がかかることだ。
 この世界は元居た世界ほど簡単に街の間を移動できるわけではない。街をいくつも移る必要があると判断した段階で、相応の旅支度が必要となる。追手として宛がわれた者が自分と同様に無茶ができる人材であったとしても、その追手も人間だ。ろくな旅支度もさせないまま行けと言われてモチベーションが上がるわけがないし、連絡手段だって予め取り決めておかなければ、追わせる意味もなくなる。むしろ自分のように一人でただ移動するよりも時間はかかることだろう。
 もうひとつは、城周辺に捜索隊が出されるような事態は考えにくいことだ。
 そもそも、自分は捨てられる側の人間だ。それが逃げ出したからといって、城の人間がすぐにあの街にまで探しに来るということは考えにくい。もしかしたら勇者の替えが利くとかで、あの王様が自分を確保しておきたいと考えていたとしても、周囲の連中が首を縦には振らないことは想像に難くない。勇者という存在を大っぴらにしたくないような雰囲気もあったから、尚更だろう。
 ――と、そこまで考えたところで、
「まぁ想像でしかないんだがなぁ」
 思わず口から言葉が漏れた。その内容に、小さく笑ってしまう。
 結局は、そうであればいいと期待しているに過ぎないのだから笑うなという方が無理な話だ。頭にある根拠も想像でしかなく、確証はない。
 それでも考えて、納得した上で行動を決めることは重要だ。何かがあったときに、少なくとも真っ先に他人に当たらずに済む。
 さて、行動指針が決まれば行動あるのみである。
 まぁ実際は考えながら行動していたのだけども、それはさておき。
 歩いていると、そう時間も経たないうちに街に到着した。
 流石にこの時間でもやっている宿屋など無いので、適当な建物の陰に腰を下ろして休むことにする。
 今日も含めて、最近は夜も肌寒い。この地域は一年を通して冬に相当するような気候になった覚えがないけれど、春や秋といった感じの塩梅でも朝と夜は寒くなる。
 風邪はおそらく引かないだろうとは思うのだが、寒空の下で着の身着のまま過ごすというのは文明的とは言い難いよなぁと、思わず溜息が漏れるものの、どうしようもない。
 やれやれと項垂れることを止めるでもなく、そのまま視線を下に下げた後で瞼を閉じた。
 まだ夜になったばかりで、日が出るまでは相当な時間がある。寝ずに過ごすのはいくらなんでも暇すぎだ。
 熟睡するのは難しいだろうが、うとうとと意識が飛ぶだけでも多少はマシだろう。精神的にも、体力的にもだ。
 明日はせめて屋根のあるところで寝たいもんだなぁと思いつつ、意識を落とすことにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み