主人公、城を追い出される 2

文字数 4,227文字


 気持ちよく眠っていたところに、遠慮のないノックの音が聞こえてきて目が覚めた。
 もはや壁ドンと変わらない騒音に思わず顔をしかめつつ、寝台から体を起こす。目を開けても視界は暗いままだったから、どうやらまだ夜半のようだと判断する。
 こんな夜半に自分を訪ねる人間が居る理由など、ひとつしか思いつかない。十中八九、お偉いさんからの呼び出しだろう。
 まさか一日と間を置かずに呼び出しを食らうとは思っていなかったので少しびっくりしてしまったが、相手からすれば半年も処分できなかったものが処分できるようになったのだから、早く動くのも当然かなとも考える。
 理解はできても、当事者としては受け入れられる事態ではないのだけど。
 憂鬱な気分を溜息と一緒に吐き出した後で、軽く伸びをしてから寝台を出る。寝起きでまだ少しだるい感じも残っているが、行動にはさほど支障はなさそうだった。
 未だに鳴り続けるノックの音に、はいはい起きましたってと声をかけると途端に音が止んだ。相手が扉を開く。扉の向こうから現れたのは一人の侍女だ。蝋燭の光に照らされる顔はここ一年で見慣れたもので、世話役として宛がわれた顔見知りだった。
 この城に居る人間のうち、自分の私的な時間でもっとも面を付き合わせた時間が長いのが彼女だ。だからと言って遠慮がなくなるのもどうかと思うが。
「こんな夜に、いくらなんでもうるさくし過ぎじゃないかね」
 非難する気持ちを少しだけ声に込めてそう言ってみたものの、
「寝てしまっていた貴方が悪いのです」
 彼女は平然と、悪びれる様子もなくそう返してくるだけだった。
 相も変らぬその態度に、思わず小さく笑ってしまった。
「無茶苦茶言ってるなぁ、おい」
「私は貴方を連れてくるようにと言われてしまいましたので。部屋に勝手に入らなかっただけ、いい判断だったと思っています」
「いや、そこはむしろ素直に部屋に入って起こせよ俺を」
「殿方の部屋に一人で入るなど、とてもとても」
「へいへい、そういうことにしておきましょう」
「……皆様が待っています。こちらです」
 彼女はひとつ咳払いを挟んでそう言うと、先導するように歩き出した。
 最初に比べれば随分と会話が弾むようになったものだと思いつつ、彼女の後に続く。
 しばらく歩いた後で彼女は立ち止まり、こちらですと扉を示してくる。どうもと軽く礼を言った後で扉を開いて部屋に入った。
 今夜案内された部屋は、どうやら、この世界に来て初めて呼び出された時と同じ部屋のようだった。ただ、当時と違う点があるとすれば、机についた人影がひとつ増えているというところだろう。
 見覚えのない顔であることを差し引いても、おっさんやおばさんという年齢の連中に混ざって一人だけ明らかに若いと思える容姿をしていれば、その姿は嫌でも目立つ。
 あれが件の、こいつらからすると正統な勇者様というやつだろうかと考えながら、今回は予め用意されていた空席に躊躇い無く座った。勧められるのを待つような間柄でもないし、いい意味でも悪い意味でも、遠慮をする必要がない連中が主だからだ。
 礼を欠く振る舞いであることは自覚している。しかし、ここで礼を尽くした方がいいと思う相手は少なくとも一人しかいない。その一人に対しては、流石に少し申し訳ないと感じる部分もあったから、視線を向けて軽く謝る。
「勧められない内に座ってしまって申し訳ない。今日の訓練はちょっと辛くてな」
 この場に居る者のうち、二番目か三番目に若いであろう男――自分との話し合いで矢面に立ち続けた彼は、こちらの言葉を受けて肩を軽く竦めて見せる。
「ああ、既に報告は受けている。流石に、あの基礎訓練を丸一日やっていればそうもなろう。私は気にしない」
「そりゃありがたい。じゃあ夜も遅いし、手早く用件を済ませよう。呼び出した理由はきっと、そこに座っている若い子に関係しているんだと思うが」
 こちらの言葉に、彼以外の誰かが口を開いた。
「そうだ。彼女が、彼女こそが我らの待ち望んでいた勇者だ。お前とは違う、本物のな」
 相変わらず、口を開けばゴミしか出ないなと溜息が出た。こちらの反応が癇に障ったのか、部屋の空気が少し張り詰めたように感じられる。気に入られるつもりも毛頭ないので無視をすることにして、彼だけを見て話を続けることにした。
「それで、新しいのが入ったから古いのは切り捨てようって話でいいのか?」
「……君はいつもそうだな」
「いきなり何だ」
 彼の口から漏れるように出た曖昧な言葉に、思わず眉をひそめた。何を指して、そうだ、と言っているんだろうか。少なくとも、険のある声音ではなかったので責められたわけではなさそうだ、とは思うのだが。
 彼はこちらの疑問符に小さく笑った後で、首を横に振って笑みを消すと、言葉を続けた。
「いや、話が早くて助かるなと。少しは反発があるんじゃないかと、少し構えていたところがあったんだ。君にとっては、君自身は被害者であり、私たちは加害者だ。加害者の都合で振り回されることを良しとしないのではないかと、そう思っていた」
 出てきた言葉の内容は、先ほど漏れた呟きには触れていない、と感じた。しかし、それを追求しても答えは返ってこないだろうとも思う。
 答えの出ない疑問符は持っていても仕方が無い。
 内心で吐息を吐いた後で、納得したように頷いてみせた。
「ああ、なるほど。まぁ、そう考えていないと言えば嘘になるし、ごねてどうにかなる時はごねるが、今回はどうにもなりそうにない気がしている。だったら早めに切り上げて、最後になるかもしれないマトモな寝床での睡眠を優先したい。それだけの話だ」
「なるほど。では、手短に決定事項だけを」
 こちらが頷いて言葉の先を促すと、彼は続きを口にした。
「明日には城を出てもらうことになる。荷物をまとめて欲しい」
 告げられた内容は、意外でも何でもないものだった。処刑するとか言われないだけマシだろう。
 意外に思う部分があるとすれば、それは明日という日取りだけである。随分急な話だとは思ったものの、口にするのは別なことだ。
「まとめるほどの荷物は無いから構わんが、それだけか?」
「……何か要望が?」
「金が欲しい。一生暮らせるだけとは言わない。ここの兵士がもらえる一か月分の給金でいい」
 こちらに向けられる視線の大半が一変した気配がした。どうせ浅ましいとかなんとか思っているのだろう。しかし、有象無象がどう感じようが、どう評しようが知ったことじゃなかった。
 この国では貨幣が流通しているのだ。それはすなわち、生活するには金が必要だということである。
 休日労働をした時期もあるのでまったく蓄えが無いとは言わないが、それでも金はあるに越したことはない。持ちきれない財はゴミ同然だが、持てる範囲であれば無いよりは有る方がいいし、なにより、ごねて通らなかったところで痛いところはどこにも無い。だったらごねておく方が得というものだろう。
 彼はしばらく悩むように黙り込んでいたが、やがて諦めるように溜息を吐いて、こちらの言葉を首肯した。
「わかった、用意しよう。明日、城を出る前に私のところに来てくれ」
 彼の言葉に、周囲の誰かが机を叩いて立ち上がり、声を荒げて言う。
「王よ、それはあなた一人で決定していいことではないでしょう!」
 大きな音に多少驚いたものの、それ以上に驚くべきところは彼を王と言ったことだ。
 え、マジで? としか言葉が浮かばない。
 かなり偉い人だとは思っていたけれど、まさか一番偉い人だとは……いや、ちょっぴりも思わなかったと言えば嘘になるけども。そうでなければいいなと現実逃避していた部分が強い。よく命があったな、俺。
 内心で冷や汗をだらだら流しつつ、表情には出さないように努力しておく。ここはポーカーフェイスで平然としているべき場面だからだ。でも正直なところ、うまく出来ている自信は全くない。出来てるといいな、というレベルである。
 彼――この国の王様は、声をあげた者を一瞥した後でこちらに視線を戻すと、吐息をひとつ吐いて言う。
「彼はこの程度でこちらの仕打ちに目を瞑ってくれるのだ。安いものだろう」
 いい表現だ、と思わず笑ってしまった。こういう場面でなければ、その通り! なんて膝を打ちながら声を出していたかもしれない。
 この王様はこちらを理解する努力を怠っていなかった。だから、俺が何を考えているのか想像できて、こういう表現が出てくるのだろう。
 俺は確かに、この世界で生きていくために色々なことをやっている。誰に何を言われようとも利がある状況であれば受け入れるし、少なくとも受け流すつもりではいる。
 その様は、外から見れば最初の出来事を受け入れ、無かったことにしたように映るかもしれない。
 しかし、自分はこの世界に無理矢理招かれた結果として、これまでの人生で積み重ねたものの殆どが消えてしまったことを忘れたわけじゃあない。そして、その行いを許したわけでもない。
 それが例え彼らの意図していなかったものであったとしても、だ。
 そこに気付いているからこそ、王様はああ言ったのだろう。
 とは言え、一人の人間に出来ることなど高知れている。例え世界を滅ぼしたいと願うほど憎んでいても、多少他よりも出来ることが多くても、一人で出来ることには限りがある。一人では、国という集団にはよっぽどのことが無い限り勝てないのだ。
 故に、個人からどう思われるかなど国という集団には本来関係ない。
 それを考えると、この王様はなかなか人情に厚い人物だと言える。甘いと謗られることの方が多いかもしれないくらいにだ。なにせ周りの有象無象が思っている通り、ここで自分に金を渡すことは王様の損にしかならないのだから。
 そういう意味では、この国に呼びつけられたことそれ自体は悪いことではなかったのかもしれなかった。運が良かったのかもしれなかった。
 まぁ不幸中に幸いを見つけても大勢は変わらないのだけど。少なくとも区切りを素直に受け入れる理由のひとつにはなる。
 俺は王様と視線を合わせた後で椅子から立ち上がり、頭を下げた。
「ありがとう。助かる」
『――――』
 一瞬だけ、部屋の中が無音になった気がした。

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