主人公、外出の自由をもぎとる

文字数 4,822文字


 さて、外出許可を得られたわけだが、生活上で劇的な変化があったかと言われるとそんなことは決してなかった。
 なぜそうなるのかと言えば、単純に購入物の制限が厳しいためである。物の購入は審査が厳しく、あれから新たに購入が許されたのは一本のナイフといくらかの書籍類くらいのものだった。食べ物についても購入が許されないあたり審査基準がどうなっているのか聞いてみたいものだが、聞いたところで教えてはもらえまいと諦めている。無駄な応答でストレスを溜めることもないだろう。
 とは言え、またも思った通りに行かなかった、なんて落胆することもなかった。
 ……いや、まったく落胆しなかったとは決して言えないが。
 最初からこうなることは想定していたので、どちらかと言うとうんざりしたという方が正しい。
 どうしてそう思えたかと言うと、一番恐ろしいことは、何ができるかわからない相手に物を持たせることだと知っているからだ。
 俺の居た世界にだって、味噌汁で鉄格子をさび付かせて脱走する、なんて離れ業をやってのける奴がいたりするのだ。違う考え方を持っている人間だとわかっている相手に物を与えようとは思えまい。それに、ついうっかり与えたもので、一人で生きていけると判断して出て行かれても困るというのもあるだろう。
 他にも色々と理由は思いつくが、深く考えても詮無いことだ。理由はどうあれ、物が満足に揃えられないという現実は変わらない。
 それに、魔術に対する期待が外れた時点で、生活環境にはちょっとずつ慣れることに決めている。
 まぁ、これが例えば物語であれば、すぐにでも何がしかの変化が起こるものなのだろうが、現実に劇的な変化が起こることは稀だ。というか正直なところ起こってもらっても困る。既に一度起こっているから尚更だ。
 そもそも、現実は小さなことの積み重ねで出来ているのだ。当初こそ知らない技術に多少期待をしてしまったが、状況の改善や生活環境への適応というのは一朝一夕で成るものじゃない。日々の積み重ねによって得られるものだ。 
 例えそれがいつ終わるとも知れないものであったとしても、そこは変わらない。仮に劇的な何かが起こったとしたら――それは、そのときの状況に流される以外に道はないのだ。考えたところで仕方がなかった。
 では、なぜ状況が改善されないとわかっていたのに外出許可が出るようにしたのかと言うと、理由はふたつある。
 ひとつは、得られる情報量を増やしたいからだ。
 城の周辺状況や、この城の中で感じた文明水準――この表現が適切かはわからないが――というものが正しいか、などなど、晴れていない疑問は数多くある。それらは、この場所に居るだけでは確かめられないことも多かったので、確かめる機会が欲しかったのである。
 結果として、これは期待通りと言うべきか、この外出を通して確認できたことはかなり多かった。
 もっとも、前提となる知識がかなり怪しいので役に立つかと言われるとかなり微妙なのだけども。自分の知識は大したものではないし、せいぜい知っているのは自分の生活していた国についてくらいのものだ。
 ……いや、それすら怪しいか。
 勤勉な学生ではなかったから、身についた知識は少ない上に偏っている。この手の知識は主にサブカルから得たもので信憑性はかなり低い。今更ながら勉強をしていればよかったと、色々な知識を身につけていれば良かったと思ったが、後悔というのはそういうものだろう。
 少し話がそれた。
 わかったことを挙げればキリがないが、例えば文明水準はどうだったかと言うと、自分の居た場所よりは低そうだと言わざるを得なかった。
 自分の世界で言うところの発展途上国あるいは山奥にある田舎というところだろうか。あくまで印象による判断でしかないが、機械がある分だけあっちの方がマシなまである。
 言ってしまえば、典型的な剣と魔法の世界に出てくる舞台なのだろう、とは思う。今となってはこれが現実ということになるのだが、表現の方法が他に見当たらないから仕方無い。
 町並みは洋風だ。土を均した大通りの両脇に、石造りの壁に三角屋根あるいは平らな天井で蓋をした家が整然と立ち並んでいる。市場と思しき、物を売り買いするだろう場所には木造の屋台が出ていたりもする。もっとも、簡易な設備という感じで使用しているだけであり、住居としてはやはり石材の家が殆どのようだった。一応は国の中心人物が居る場所なのだから、栄えているはずで。そんな場所にある建築物が石材であるのは、なんとなく納得できた。
 ファンタジーの世界といえばこれだという先入観がそんな納得をさせていることは否定しないが。
 治安は悪い。大通りから少し外れた小さな路地を覗けば、暗くて狭い道に、暗く恐ろしいと感じる剣呑な雰囲気が漂っている。少し歩いていればひったくりか泥棒を追いかける声がすぐに聞こえてくるくらいだ。それに対する周囲の反応が、ああまたか、といったようなところを見ると、これが普通のことらしい。
 流通は人の足あるいは家畜を遣った運搬による。大きな違いがあるとすれば、自分の居た世界では魔物やらなにやらと呼ばれていた空想上の生物に近い、大型の鳥獣やらを利用した空輸があるというところだろうか。基本的には牛馬を使用しているらしいが、その牛馬にしたって、そう呼ばれているだけで姿形が微妙に知っているものと異なっている場合もある。俗称というやつなのだろう。少なくとも、自分の知る馬の頭に角は生えていないからな。
 活動範囲が城周辺の一角に限られている以上、得られる情報も当然限られてくる。自分の目で確かめられたことは先に言った通りだが、街に行って人の話から得られる情報というものもある。
 例えば山賊や盗賊というのは当たり前のように居るらしい、だとか。人を襲う魔物というのが現れる地域もあるらしい、だとか。挙げればキリがないくらいに、だ。
 そしてそんな情報から得られた結論は、安心安全、犯罪など滅多なことでは起こらない平和な場所で育った人間にとっては生き抜くのが非常に大変な場所なのだなと、そんなことだけだった。まぁ、生活し続ければいずれ慣れることになるのだろうし、慣れなければどこぞで野垂れ死にするだけの話だが。
 なんともサバイバルな世界観である。暮らしていた国が平和でかつ文明的であっただけだ、という話でもあるけれど。
 改めて、自分の体力と暮らしていくための知恵や技術を身につけなければならないと自覚できたので、収穫としては上々だろう。
 じゃあ、もうひとつの理由は何かと言うと、外出先で様々な経験を積む機会を得ることにある。
 ひとりで生きていくためには様々なことが出来るようにならなければならない。まず必要となることは、この世界で暮らしていくための労働の種類を把握し経験することと、食材の確保および処理の方法だろう。特に後者は、元の世界ではどこかの誰かが代行してくれていたことではあるが、ここで一人で生きていくためには自分でできるようになる必要がある。獲っても食えないんじゃ意味がない。
 しかし、ここで障害となってくるのが監視役の存在だ。
 休みの日には時間があるから外に行く。しかし、その行動内容は監視役から城の誰かに伝わる。別に悪いことをするわけではないが、その内容が聞いた者の気に障る何かだとすれば邪魔されることになるのは目に見えている。
 経験を積む機会を得るために、まずはこの監視役をどうにかする必要があったのだが――これは意外と簡単にどうにかできた。
 監視役も人間なのだ。散歩の付き合いみたいな、つまらない仕事を何度もしていれば飽きてくる。そこでこう声をかけてやればいいのだ。
 うまい話があるんだが乗らないか、と。
 最初こそふざけるな、なんて断ってくるわけだが、相手を宥めつつ会話を続ければいい。
「まぁ聞けよ。お互いにとって悪い話じゃないはずだから」
 大事なのは相手の目を見ることと、十分な間を取ることだ。じっと黙って見続けてやれば、大抵の相手は乗ってくる。なにせ相手は今の状況を変えたくて仕方ないのだ。聞くくらいはしてやろうと、そういう気分になってくる。
 だから相手は言うのだ。こちらの言葉を促すように、言ってみろと。
 聞かれれば、思うところを言うだけの話だ。
「あんたは俺に付き合うのがつまらない。俺はあんたに付きまとわれているとしたいことができない。
 だったら話は簡単だろう? これからお互い別れて、好きなことをやってりゃいいだけの話じゃないか。
 ――ああ、待て待て落ち着け。まだ話は終わってない。最後まで聞いてくれよ。言いたいことはよくわかる。あんたはマジメなやつさ。よく知ってる。それじゃあ仕事をしたことにならないって言うんだろう? わかってるさ。
 ……だけどさぁ、不慮の事故ってのはあるもんだろう? ほら、例えば、人混みに入ったらはぐれちまうなんてことはよくあることさ。そうだろう? そして、見失ってしまったら、マジメなあんたはきっと俺を探して町中を走り回るはずさ。大きな町でなくたって、走り回れば疲れもする。その最中に、少し休憩しても誰も咎めたりはしない。それが例え見当違いの場所であってもな。
 それに、城に戻る前にちゃんと合流できてさえいれば、口裏を合わせることもできるだろう? 俺だってはぐれて迷ってたなんて口が裂けても言えないんだ。恥ずかしいからな」
 そこまで言った後で十分な間を挟んでから、視線でどうだ? と尋ねてみる。
 それでも相手はマジメなのだ。俺が逃げる可能性を考える。だから、安心させるために続ける。
「俺が逃げる可能性を考えてるんなら、無駄なことだ。有り得ないよ。こんなところに何も知らない馬鹿が一人で放り出されたらどうなるかなんて、誰にだってわかることだ。そうだろう?
 それに、折角保護してもらえてるんだ。飯もタダ、衣服もタダ、住居もタダ。しかも勇者なんておだててももらえる。こんなオイシイ立場を手放すわけないじゃないか。あんただったら手放すか? 手放さないだろう?」
 ここで浮かべるのは、いかにもバカっぽい笑顔だ。言っていることを心底信じているように見せられれば、そして、相手がこちらを下に見るような笑みを返してくれば成功だ。
 まぁ会話の内容は相手によって違うが、概ねこんなことを言えば相手も乗ってくる。
 誰だって楽をして稼ぎたいのだ。休みのように過ごした上で金が入るとなれば、大抵の人間は飛びつく。中には潔癖な人間も居るわけだが、そのあたりは地道に観察を続けていれば見分けられる。要は、自分と同じようなクズを見分ければいいだけなのだから、簡単な話である。
 そうやって何人かに話を続けていくと、監視役の人間は監視役としては不適切な者で埋まっていくのだ。
 なぜなら、うまい話は隠し切れないものだからだ。
 口が軽い人間も居れば、素行で容易くばれるものも居るだろう。悪事がばれた後で採れる選択肢は、ばらされるのを受け入れるか、相手も巻き込んでしまうかの二つに一つで、大抵の人間は後者を選択する。
 なぜかって? うまい話をかぎつけるのは、大抵が同類だからに他ならない。
 時間をかけて、ゆっくりと、自然に、監視役の人間が入れ替わっていき――いつしか休みの日は本当の自由時間になっていく。
 まぁ冷静になって考えると、これが本当にばれていないのかどうかは正直微妙なところではあるのだが……少なくとも表立って咎められないのであれば、それでいいと思うことにして。
 ひとまず出来た時間で街の人とうまく交流するところから始めるとしようと、そう考えながら、今日も今日とて人混みで監視役からはぐれることにした。
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