主人公、偉い人とこれからについて話をする 1
文字数 2,914文字
次の動きが起こったのは、目覚めたその日の夜だった。
明かりの無い部屋の中、真っ暗闇になった視界に文明の違いをひしひしと感じながらベッドの上でぼんやりしていると、突然硬質な何かを叩く音が響いたのだ。
なんだいったいと思って身を起こすと、聞き違いではなかったのか、もう一度等間隔で音が鳴る。音源の方向には扉があったということを思い出して、もしやこれはノックなのではと考えるようになる。
それでも反応が無いことに焦れたのか、次に鳴った音は結構大きく激しかった。
心の準備くらいする間が必要だろうよ、と溜息を吐きつつベッドから立ち上がる。起きた直後こそ動くのに苦労したが、昼寝をした後でストレッチやら何やらをしている内に随分と楽に動けるようになってきたので一安心というところだ。
さーて、どこに連れて行かれるのやらと軽く考えつつ、扉の向こうに居る誰かに向かって声をかける。
「どうぞ。起きてるから入ってきてもらって構わない」
一拍の間を置いて、扉が相変わらず喧しい音を立てて開き始める。
現れたのは、一組の男女だった。
視界の利かない暗闇の中ではそんなことわかるわけないだろって? そりゃ暗いままだったらわかりゃしないが、相手のうち、女のほうがろうそく台をもって入ってきたから明かりはあるのだ。電気のある生活になれた身としては頼りない限りだが、その傍に居る誰かを識別するには十分な明かりだろう。
「それで、こんな夜分にどんな用向きで?」
二人の顔を見ながら問いかける。
二人のうち、男のほうがこちらを見て言う。
「夜分に申し訳ありません。話をする機会をいただきたいのですが」
思わず笑ってしまった。その笑いを口元に貼り付けたまま、問い返す。
「今から? 誰が? 何の目的で? 宿を借りている身ではあるが、それでも通すべき筋はあるだろうよ。呼んでます、だから来てください、と言われてほいほい付いて行きたくなるような状況じゃないってのは理解してもらいたいもんだがね」
男はこちらの言葉に小さな笑みを漏らしたが、咳払いをして表情を戻した後で言う。
「今宵の用件は、あなたの処遇についての話し合いです」
「処分について、の間違いじゃないのか」
「そうなる可能性も否定はしません」
返ってきた物言いに、浮かべた笑みが深くなる。それは最悪の未来を想像した恐怖からくる部分もあったが、それ以上にこのやり取りを面白いと感じたからだ。いい感じに乗ってくるやつもいるんじゃないかと、会話が成り立つ感覚が少し嬉しかったのだ。なにせ、この場所に引きずりこまれてからこっち、言葉を交わした相手は自分を牢屋にぶち込んで笑う連中か、まともに応対をする気がない野郎だけで、会話というのが成り立った試しがない。
誰かと会話ができるだけでも随分と気持ちは楽になるものだなと実感しながら、口を開く。
「……正直で何よりだ。相手の詳細も知っておきたいところだが」
「この国で実権を握っている方々です」
「こんな格好で大丈夫かい? まぁもし文句を言われても、あんたらから貰ってるものなんだがね」
男は何も答えず、ただ道を空けるように体の位置をずらした。
気にする必要はないということかなと考えて、空いたスペースを通って部屋の外へ出る。扉が閉まる音が背後で聞こえたと思うと、こちらです、という女の声が聞こえた。そちらを見ると女は既に歩き始めていて、男もこちらを一瞥した後で歩き出した。
ついてこい、ということなのだろう。今更反抗する理由もないのだ。大人しく、二人の姿を見失わないように歩き出す。
しばらくの間無言で歩いていたが、男の方がこちらを見ないままで話しかけてくる。
「そういえば、ひとつ謝罪せねばならないことがありました」
「ひとつだけか?」
「今のところは。……昼間、部屋に行った者達が不快な思いをさせてしまったと聞いています」
相手は皮肉には付き合わなかった。そして、返ってきた言葉はある意味では予想通りの内容だった。簡単に謝れるような出来事はそれくらいしかないだろうと思ったからだ。ただ、それでもひとつ付け加えたいことはある。
「まとめるなよ。それはひとつの出来事じゃない。不快な出来事の種類が違うからな」
「関わった者にはしかるべき処分を言い渡してあります。それをこちらの誠意と受け取っていただければ助かります」
「内容が見えないのにか?」
一息。少し攻撃的になりすぎている自分を自覚して、吐息を吐いて体に入った無駄な力を抜いてから言う。
「まぁ、そんな些細なことにいちいち噛み付いても仕方ないか。ただまぁ、あの兄ちゃんはとんだとばっちりだな。上からの指示通りに動いたってのに、罰されるんじゃあやるせない。いやはや、俺の身に降りかかった現状といい、人生ってのは理不尽に溢れてるもんだ。そうは思わないか?」
問いかけに返ってきたのは、答えではなく問いかけだった。
「勇者殿はこの世界に来たことを後悔されていますか?」
その問いかけ方に、こいつらの認識は本当に偏ってるなと思いつつ答えを返す。
「使う言葉には気を使え。俺はこの場所に自ら選んで来たんじゃない。てめえらに拉致られたから居るだけだ。だから、浮かぶ感情は後悔じゃなくて憤りだよ。他人の人生なんだと思ってやがるんだ、ってな。
……ま、あんたに言っても仕方が無いことだな。それに、言ったところで響くような真っ当な神経を持ち合わせてる連中でもなさそうだ」
こちらの言葉を聞いて、目の前を歩く二人の雰囲気が一瞬剣呑なものに切り替わった。それはすぐに感じられなくなったが、彼らの反応は当然のものだ。いきなり侮辱されれば誰だって憤る。
だから、そんな反応をこそ俺は笑った。
「どいつもこいつも自分が加害者であるという認識が足りないな。誰の、どんな意図で呼んだのかなんて関係がない。勇者だかなんだか知らないが、そういうものとして拉致られた人間は俺だけじゃないんだろう? だったら、その存在を知っている人間は全て同罪だ。うまいものが食いたいからといって人を殺すろくでなしと大差ない。むしろ、開き直れない分だけ悪いくらいだ」
この言葉に、二人から反応が返ってくることはなかった。
それからしばらく無言で歩き続けて、やがてひとつの扉の前で二人は立ち止まる。それぞれが扉の取っ手を持つと、男の方が口を開いた。
「先ほどの言葉をこの先でも言えたなら、私はあなたを尊敬します」
俺は笑って言う。
「尊敬されたからどうだって話だが、せいぜいそのタイミングが来ないことを祈ってろ。そもそも、どこにそれを躊躇う理由があるっていうんだ?」
こちらの言葉を聞いてから、その意図を咀嚼するような間を置いた後で扉が開いた。
中は随分と贅沢に光源を用意しているらしく、開いた扉から漏れる光は薄暗闇に慣れていた目には少し刺激が強かった。とは言え、扉が開いた以上は足を進める以外に道はない。
やれやれと溜息を吐いてから、光の刺激を減らすために目を細めつつ、部屋の中へと入ることにした。