主人公、一人旅に出る 2
文字数 2,477文字
朝日が出て、日差しが視界を照らすようになってから目が覚める。
目覚めはあまり良いものとは言えなかった。
建物に寄りかかる形で腰を下ろしていたとは言え、長時間同じ姿勢でいると体は強張るものだが、原因はそれだけではない。
うとうとと寝入ろうとしたタイミングになると物盗りに襲われることが多かったせいで、殆ど眠れなかったのだ。
流石異世界と言うべきか――いや、治安が悪いこと自体は知識として知っていたものの、城という場所で保護されていたこともあってか、それをどこか違う場所のことのように認識していたのだろう。染み付いた生活習慣というか、常識のようなものは、やはり一年程度の時間では消えないらしい。
幸いにも、強盗というか山賊みたいにこちらを殺してでも何かを奪おうという輩ではなく、寝ている隙に奪えるものを奪っていこうという連中ばかりだったので対処はできた。大抵は睨んでやるか、腕を掴んで捻りあげてやればすぐに立ち去っていったからだ。
もしも相手が自分など容易く殺してしまえる――これは力関係だけでなく、意識の話も含むが――ような相手だったらと考えると、今更ながらに肝が冷えるような感覚を覚える。この世界に来てからもそうだが、自分は知らない間に結構危険な綱渡りをしているような気がする。運が良かったからどうにかなっているような感じが強い。
……やっぱり平和ボケしていると、そういうことなのだろうか。
それ自体が悪いこととは思わないのだけど、今となっては、この世界で生きていくには、直さなければならない短所になってしまっているのは確かなことだろう。
まぁ一番の不幸――見知らぬ異世界に引っ張り出されるという経験をしてしまっているのだから、多少は運良く事態が回ってくれてもいいだろうとは思うのだけども、それはさておき。
この問題についての懸念点は、自分の命を奪うことに抵抗がない相手を前にしたときに、自分が対応できるかどうかということだ。
相手を倒すことができるのであればそれでいい。しかし、相手の命を奪わずに制することは難しい。そしてその場合、生き残るためには相手の命を奪うこと――殺すことを選択しなければならないこともあるだろう。
いざその場面に遭ったときに、自分がそれを実行できるのかどうか。それが問題だった。
生き物を殺したことが無いわけじゃない。元居た世界では無縁だったが、こちらに来てから経験している。とは言え、それらは畜生であってヒトではない。自分と同じ形をした、何を考えているか容易に想像できてしまう相手の命を奪う行為は、例え自分の命がかかっている状況であっても簡単に出来ることじゃないはずだ。
……そうなったことのない状態で考えてもわからないことか。
そう心の中で嘆息してから、頭を過ぎった嫌な考えを中断する。
今できることがあるとすれば、精々そういう状況にならないことを祈るくらいのことだろう。
どうせ思考に時間を割くのなら直近で必要なことに対して行うべきだと、そう思う。
「…………」
吐息を吐いて、思考を切り替える。
朝が来たとは言え、町が動き出すにはまだ早い時間だ。
ただ呆然と過ごすには長すぎるが、再び寝入ろうという気にはなれない。またぞろ妙な連中に絡まれるのも御免だし。
何か良い案はないかと少し考えてみたものの――特にいいアイディアは浮かんでこなかった。
仕方ないなと溜息を吐いた後で、町の外へと足を向ける。
何も思い浮かばないなら体を動かして時間を潰すことにしようと、そう考えたからだ。
まぁ義務ではなくなったとは言え、これから先も体が資本となることに変わりはないし、鈍らないように訓練を習慣付けるのは悪いことではないと考えたからでもある。
そんな習慣付けの第一歩、始まりというように思えば悪い気分にはならないもので。
「んじゃま、まずはテキトーなところまでひとっ走り行きますかね」
軽く体をほぐした後で、走り出す。
走りながら考えるのは、これから継続していく訓練の内容と、今日これからの予定の二つだ。
前者は何を目的にするかという目標設定と、その目的のために必要な訓練内容の選定であり。
後者は何を買い集めるのかと、そのためにどこをどう回ればいいのかという計画立てだ。
どちらも重要な内容だが、今日は特に後者を優先して考えるようにしようと思う。
なにせ、金も時間も限られているのだ。可能な限り、無駄は省いておくべきだろう。
……城での訓練に、色々と口出ししておいて良かったな。
無理を言って野営訓練やらを組ませた成果が出ようというものだ。
あれはしんどかったなぁなどと考えつつ、必要なものを頭の中でリストアップしていく。リストアップしていった物の中には、金銭あるいは在庫の問題で確保できないものも出るだろう。その場合のことも考えなければならないが、
「まぁ、なるようにしかならないからなぁ」
なんて、気楽に捉えるようにしようと決めておく。
深刻になったところで状況が変わらないことは、この一年でよく実感しているのだ。それに、そもそも自分の足で一人旅をすること自体初めてなのだから、うまくいかないことは多くて当然だろう。
わかっている。頭ではそのことは理解しているのだが――不安になる心の動きは止められなかった。
気楽にいこう気楽に、なんて自分に言い聞かせても、その言葉こそが自身の不安を助長する。
足が自然と速まりペースが乱れる。無理をかけた動きのせいで、息があがる。呼吸が辛くなったきつさが、さらに気持ちを落とし込む。
だから、
「うまくいかなきゃ死ぬだけだ。死にたくなければ頭を回せ」
区切りをつけるために、強く意識して言葉を吐き出した。
そういうことだ。それだけのことだ。
自分で言った言葉に強く頷いた後で、足を止めずに呼吸を整える。
いけるいけると二度思い、上げたペースを自分のものにするべく、そのまましばらく体を動かし続けた。