主人公、少しだけ胸の内を明かす 3

文字数 1,058文字


 お互いの立場を踏まえた上で始まった話し合いは、うまい酒と料理の力によってか長く途切れることもなく、夜が明けるまで続いた。
 そしてもう何度目かわからない小休止のような間が出来た後で、
「――それじゃあ、聞きたいことも大体聞けたし。そろそろ帰るわ」
 彼女はそう言って立ち上がった。
 こちらから止める理由もないので、そうかいと頷きだけを返してやると、
「…………」
 彼女は残念なものでも見ているかのような視線をこちらに向けた。続く動きで長い溜息を吐いて表情を戻し、口を開いてこう言った。
「……まったく。少しは別れを惜しむところでも見せてくれれば可愛げもあるのにね」
 その声には多分に呆れの感情が含まれていて、結局は皮肉というか軽口が改善されることはなかったなと思ったし。一方で、彼女の言葉を受けて、そういうものかもしれないなと思ったりもしたけれど。
「仮に惜しいと思っていたとしても、避けられないものだからな。拘っても仕方ないだろう」
 長時間に及ぶ歓談に少しだけ感じていた疲れとともに、そんな言葉を吐き出すだけに留めておいた。
 ただ、この言葉は彼女にとっては意外なものだったらしい。
 視線の先で、彼女は驚いたように少しだけ目を見開いた表情を見せたと思うと、その表情を隠すようにこちらに背を向けた。それから固まったように身動きを止めていたが、やがて肩をふるわせながらくつくつと笑い始めて、
「あなたとの旅は――いやまぁ旅と言っていいものかは微妙なところではあったけれど――それなりに楽しく過ごさせてもらったことは確かだからね。
 ……ええ、だから。それ相応のものは見せてあげるし。それなりの結果を見せてくれるものと期待はしておいてあげる」
 その笑い声が止んでしばらく経った頃にそう言い残して、彼女はこの部屋を後にした。
 正直なところを言えば、彼女が見せた反応にどういう意味が含まれていたのかはよくわからなかった。わからなかったが、
「……期待していると言われては、失敗は出来んな」
 言葉の真偽はさておき、この世界に来て初めて明確に示されたこちらに対する期待の意図を含んだその言葉は、自然と口元が緩くなってしまう程度に嬉しいものであることだけは確かだったから。
「――少なくとも、最悪だけは引かないように気を引き締めて掛かるとしようか」
 自分に言い聞かせるためにその言葉を口にし、気持ちを切り替えるために長い吐息を吐いた後で。
 これから起こる出来事についての思索をあらためて行うことにした。

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