主人公、異世界での生活を始める 1

文字数 2,073文字


 さて、なんだかんだでここで生活することが決まった。
 それはいい。話し合い――と言えるものかはわからないなあれ――でも言った気がするが、就職直後に僻地に飛ばされたと開き直れば、ここで生活することそれ自体は受け入れられる。
 とは言え、生活する以上、耐えられないことというのはあるものだ。まぁどれも生活し続ければ慣れてきて無視できるようになることではあるのだが、そもそも生活し続けるために改善できるならしておきたい部分もやっぱりあるわけで。
 施設や文化の一部等を簡単に説明してもらったが、異なる部分はやはり目立つ。
 例えば、電気ガス水道そのほかインフラが整っていないところだとかは代表的なところだろう。電気は、施設を見る限り、概念そのものがなさそうだった。機械の類も無さそうである。ガスも同様で、燃料としては薪などが主流らしい。水道も井戸や川から汲んできたりすることが多いとか。
 こう並べ立ててみると、自分がどれほど恵まれた環境で生活してきたのかわかるというものである。無いものねだりをしたところで仕方がないからあまり考えないようにはしているが、正直なところを言えば、殆ど想像通りだったので落胆することも少なかった。
 ただ、落胆するかどうかとその環境に実際に耐えられるかどうかは別問題である。
 特に厳しいのはトイレの違いだ。紙は貴重品だから当然使えないし、かといって水も満足には使えない。一番嫌なのは不潔だというところだろう。臭いも酷いし、慣れるには時間がかかりそうだった。
 次に食事である。あまり調理という文化が発達していないのか、味が大雑把にすぎる。調味料が無いのが一番の要因なのだろうが、早速、ジャンクフードや駄菓子の味が恋しくなってしまったものだ。食えないものではないのが唯一の救いといったところだろう。
 そのほか、細かいところをあげればキリがないのだが――嘆いたところで事態は改善されない。
 ぶっちゃけ用意された訓練とやらはどうにかなるのだ。
 訓練メニューは筋トレ、マラソン、戦闘訓練といった基礎訓練が主だった。そこまではいい。しかし用意された量が尋常じゃなかった。素人にいきなり課すような内容ではなく、おそらく軍隊出身者であっても引くレベルだと思う――などと、用意された量は内容を最初に聞いたときこそ絶望したものだったが、やってみると意外と楽にこなせて驚いたものだ。
 おそらく、牢獄で死にかけているときに想像した副作用がほぼ当たりだったということなのだろうと思う。本来なら動き続ける際に障害となる疲労や苦痛といったものに非常に鈍くなっているから、動き続けられるという塩梅だ。これはこれで自分の活動限界を知る必要性が出て面倒なのだが、与えられたメニューをこなすという当面のタスクを考えれば都合はいいので、ラッキーだったと考えておくのが妥当だろう。
 それに、どうやら相手側でも当初からこのメニューがこなせるとは思っていなかったらしく、きっちりこなしてやった時の相手の面といえば笑いたくなるくらいに愉快なものだった。多少は溜飲が下がろうというものである。流石に戦闘訓練は慣れない作業でうまくいかなかったので、相手の顔もしてやったりといったものになっていたのが多少悔しかったが、結果としては及第点というところだった。
 どうしてこのような差が生まれたのかについて理由はわからないが、一度死にかけているから、みたいな某戦闘民族の特性だとすれば面白いかもしれない。だとしても、もう一度経験したいとは考えられないけれど。あんな思いは、本当に終わる時の一度だけで十分だ。
 そんなわけで、あの話し合いから数日が経ち、今のところはここに居るためのタスクはきちんとこなせることがわかっている。ならば、後は居続けるための環境改善に力を注ぐのが正しい選択というものだ。
 ここで注目したいところが、この世界には魔術と呼ばれる技術がある、ということである。これは俺が居た世界には無いものだ。いやまぁ、こんな事態に巻き込まれてしまった今となっては、もしかしたらあったのかもしれない思うけれども。とりあえず、知らない技術に期待をかけてしまうのは自然なことだ。
 できれば水や火が容易に扱えるようになれればと考えているのだが、問題は誰に聞けば学べるものなのかがわからないという点だ。
 試しに訓練している連中に聞いてみたものの、回答は芳しくなかった。事情を聞いてみてもはっきりとした回答は返ってこないのだから、その理由を推測しようもない。
 どうしたものかと考えていると――たしか話し合いを都度持とうという話になっていたなと思い出す。どうしたらその機会が持てるのかはわからないというのが厄介なところだが、とりあえず世話役として宛がわれている人間に言い続ければどうにかなるかと伝え続けてたところ、今日の夜であればと回答が来た。
 今度の相手も話が通じるといいがなと思いつつ、あの夜と同じように二人の案内役に連れて行かれた部屋に入ることにした。
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