(一・十二)かなしみさまは、かわいそう

文字数 1,020文字

「みんな、かわいそう」
 健一は思わず、呟きました。かなしみさまが沈黙を破って答えました。
「そうだね、健一くん。みんな、苦しみ、かなしみに耐えながら、一生懸命生きているんだね」
 いつのまにか画面には、かなしみさまの顔が映っていました。
 かなしみさま、かあ……。
 健一はかなしみさまの名前が、なぜそんなへんてこな名前なのか、分かるような気がしてきました。
 あれっ、でももしかして……。
 健一はかなしみさまのことで、疑問が浮かびました。
「ねえ、かなしみさま」
「どうかしたかい、健一くん」
「うん。かなしみさまは今までぼくに、世界中のかなしいことを一杯見せてくれたけど、かなしみさまには全部見えているんですか?」
 かなしみさまが答えました。
「あゝ、わたしの目には何もかも見えているよ。この地球上のすべての生きもの、みんなのかなしい顔も、涙も、全部ね」
「やっぱりそうなんだ。じゃ、かなしみさまはみんなの泣き声や嘆きや悲鳴も、全部聴こえているんですか?」
 かなしみさまはやっぱり頷きました。
「そうだとも、健一くん。みんな、どんな小さな泣き声も、わたしの耳には全部聴こえているよ」
「わーっ。それじゃ大変だね、かなしみさまって」
 健一はかなしみさまのことが、気の毒に思えてきました。
「いつもこんなにかなしいことばかり見たり、聴いたりしてるなんて……。かなしみさまは物知りだけど、かわいそうだね!」
 健一の言葉に、かなしみさまは微笑みを浮かべながら答えました。
「ありがとう、健一くん。きみはとっても、やさしい子なんだね」
 すると健一は顔をまっ赤にして、首を横に振りました。
「ぼくなんか、ちっともやさしくなんかないよ」
 それでもかなしみさまは、健一に尋ねてみました。
「健一くん、わたしの代わりに、かなしみさまをやってみないかい?」
「ええっ、ぼくが?」
 健一はビックリ。でも直ぐに首を横に振って、断りました。
「無理、無理、ぼくなんか絶対無理だって。一日も務まらないよ」
「ハッハッハッハッハ」
 これにはかなしみさまも苦笑いです。
「冗談だよ、健一くん。かなしみさまは、わたしだけで充分なのさ」
 何だか寂しげなかなしみさまに、健一はますますかなしみさまが気の毒に思えてなりませんでした。
 でもやっぱりぼくには、かなしみさまなんか無理だよ。ごめんなさい、かなしみさま……。
 健一はそっと心の中で謝りました。
 画面の中のかなしみさまの顔が消え、画面もまたまっ暗になりました。
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