(四・三)初恋

文字数 1,411文字

 画面は公園から、今度は健一の小学校に替わりました。校庭に体操服を着た全校生徒が集まっています。紅組、白組に分かれて、運動会が行われているのです。見ると健一も洋子もいます。
「あっ。これ、去年の運動会だ」
 健一が声を弾ませれば、よろこびさまも嬉しそうに答えます。
「そうだね。楽しい思い出が一杯できたよね、健一くん」
「うん」
 頷きながら、でも健一は不思議に思いました。
 あれっ?そういえば、かなしみさまの時もそうだったけど、よろこびさまって、ぼくのこと何でも知ってる。どうして?何だか変なの?それにぼくのことだけじゃなくて、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、洋子のことだって何でも知ってる。何でだろう?
 健一が疑問に思いながらノートパソコンの画面を見ると、そこには懐かしい顔が。
「あっ、とも子ちゃんだ!」
 それは牧野とも子という少女でした。健一は画面の中のとも子ちゃんの顔を、じっと見つめました。とも子ちゃんの横には、健一がいます。これから健一たちによるフォークダンスが始まるのです。
 オクラホマミキサーの音楽が流れ、男女のペアで踊ります。健一のパートナーがとも子ちゃんです。胸どきどき、赤面する健一。でも緊張しているとダンスを間違え、とも子ちゃんに迷惑を掛けてしまいます。健一は無我夢中、一生懸命踊りました。とも子ちゃんの細くてやわらかな白い手を握りしめ、健一の手はもう汗びっしょりです。でも慣れてくると、少し余裕が出てきました。
 あゝ、ずっとこうしていたい。とも子ちゃんの手を握りしめ、いつまでも踊っていたい……。
 そんな気持ちで、健一は胸が一杯になりました。とも子ちゃんの方も頬をまっ赤に染めて、にこにこ嬉しそうに踊っています。そして夢のようなひと時が、過ぎてゆきました。ふたりはミスすることなく、無事フォークダンスを踊り終えました。
「とっても楽しかった。ありがとう、健一くん」
 とも子ちゃんが息を弾ませながら、健一に言いました。健一も照れ臭そうに、答えます。
「ぼくも、とっても楽しかったよ。ありがとう、とも子ちゃん。また来年も、何か一緒にやりたいね」
 するととも子ちゃんは、急に泣きそうな顔になりました。けれど一生懸命笑顔を作って、とも子ちゃんは言いました。
「うん。今日のこと、とってもいい思い出になった。わたし、健一くんのこと、絶対忘れない」
「えっ」
 健一はビックリしました。絶対忘れない、ってどういうこと?そして健一も泣きたいような、キュンと胸が痛むような気持ちに襲われました。とも子ちゃんが続けて言いました。
「実はね、わたし。健一くんにはまだ言ってなかったけど、冬休みの間に転校するの」
「えっ、転校?うっそーーっ」
 健一は、直ぐには信じられませんでした。もう目の前がまっ暗になった気分です。でも泣いてはいけないと歯をくいしばり、健一も笑顔を作って答えました。
「ぼくだって、とも子ちゃんのこと、絶対に忘れないよ」
「うん」
「最後の日まで、仲良くしてね」
「うん」
 じっと見つめ合うふたりでした。

「あの時は本当に辛かったね、健一くん」
 黙ったままじっと画面の中のとも子ちゃんの顔を見つめる健一に、よろこびさまがやさしい声で言いました。
「うん」
 かなしい気持ちの中で、けれど健一は思いました。
 やっぱりよろこびさまは、ぼくのこと何でも知ってるんだ!
 ノートパソコンの画面から、運動会の場面が消えてゆきました。
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