(四・七)夜明け

文字数 1,974文字

 気付いたらノートパソコンの画面一杯に、よろこびさまの顔が映っていました。やっぱり平凡な白い髭のおじいさんです。よろこびさまは、にこにこ、にこにこ笑っています。
「健一くん。わたしからきみに見せたいものは、これで全部だよ。これでもう、お終い。クリスマスイヴの一晩、眠らずに付き合ってくれて、ありがとう」
 よろこびさまは本当にやさしい、穏やかな声で言いました。
「えっ、もうお終いなの?」
 健一は急に、さびしさが込み上げてきました。でも時計を見ると、もう午前五時間近です。とうとう健一は徹夜してしまいました。生まれて初めてのことです。でも少しも眠くありませんでした。よろこびさまともっと話していたい、もっといろんなことを教えてほしい。そんな気持ちで一杯でした。
「よろこびさま。ぼく、他にも聞きたいこと、一杯あるんだけど」
「何だい、健一くん。もう時間がないから、何でも遠慮せず、言ってごらん」
 そこで健一は、思い切って尋ねました。
「うん。かなしみさまの時もそうだったんだけど、よろこびさまってどうして、ぼくのこと、何でも知ってるの?それから、かなしみさまとよろこびさまと、どっちが本当のあなたなんですか?」
 するとよろこびさまは、大きな声で笑いながら答えました。
「ハッハッハッハッハ。どっちも本当のわたしだよ、健一くん」
「えっ、どっちも本当?でもそれじゃぼく、今度会った時どっちで呼べばいいのか、迷っちゃうよ」
「ハッハッハッハッハ。なるほど、確かにそうだね。ごめん、ごめん、健一くん」
 それから、よろこびさまは答えました。
「本当はね、健一くん。かなしみさまもよろこびさまも、わたしの仮の名前なんだよ」
「仮の名前?」
「そう、わたしの本当の名前はね」
「うん」
 健一はなんだかドキドキして来ました。よろこびさまはゆっくりと告げました。
「わたしは、かみさま」
「か・み・さ・ま?」
 健一はビックリ仰天してしまいました。

 見ると、さっきまで平凡な白い髭のおじいさんを映していたノートパソコンの画面は、きらきらと一面眩しい光を放っていました。健一はその光に向かって、言いました。
「かみさまだから、ぼくのこと、何でも知っていたんですね?」
「ハッハッハッハッハ。その通りだよ、健一くん」
 画面の中の光から、答えが返ってきました。
「かみさま、まだ質問してもいいですか?」
「いいとも」
「じゃ、かみさま。どうしてこの世界には、貧しい国があるんですか?どうして人間は、戦争をしたがるんですか?どうして生まれた国や場所によって、人の生活が全然違うんですか?どうして幸せな人と不幸せな人がいるんですか?そしてどうしてこんなに、この世界にはかなしみが一杯あるんですか?」
 健一のたくさんの質問に、かみさまは言いました。
「とっても難しい質問だね、健一くん」
「そうかなあ」
 健一は照れ臭そうに言いました。かみさまは、こう答えました。
「では、健一くん。今の質問を、これからきみが大きくなって、本当の大人の人になるための、宿題にしよう」
「宿題?」
 宿題が苦手な健一は、困った顔をしました。かみさまが続けました。
「でも一人じゃないんだよ。わたしと一緒に、答えを見つけてゆこう」
「かみさまと一緒に?」
「そうさ、健一くん。ハッハッハッハッハ」
 例の笑い声が、健一の部屋中に響き渡りました。

 ノートパソコンの画面の中の光が、段々と小さく弱くなっていきました。そして今にも消えてしまいそうになりました。
「あっ!かみさま、待って」
 健一は思わず、大声になってしまいました。かみさまが答えました。
「健一くん、もう夜明けだよ。そろそろわたしも、帰らなきゃね」
「ええっ」
 健一の胸は、さびしさで一杯になりました。それでも健一は、健気に答えました。
「うん、わかったよ。ありがとう、かみさま。また遊びに来てね」
「うん。それじゃね、健一くん」
 そしてとうとうノートパソコンの画面は、まっ暗になってしまいました。
「かみさまーーーっ」
 健一は大きな声で、かみさまを呼びました。でもまっ暗になった画面からは。もう何も返事はありませんでした。健一は泣きそうな顔になって、ノートパソコンの画面をじっと見つめました。
 その時です。部屋の窓から、クリスマスの朝の陽が差し込んできました。眩しい朝の光は、健一の頬に落ちた涙を、きらきらとやさしく照らしました。
「ハッハッハッハッハ」
 かみさまの笑い声が、どこからか聴こえてくるようでした。

 かみさまは、かなしみさま
 世界中の涙が見えるから
 世界中の嘆きも聴こえるから
 かみさまって、かわいそう

 かみさまは、よろこびさま
 世界中の笑い顔見えるから
 世界中のありがとう、も聴こえるから
 かみさまっておもしろそう

 かみさまは、か(なし)みさま
 世界で一番泣き虫で
 宇宙で一番笑い上戸、だね

(了)
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