(一・十一)鶏、虫、花

文字数 1,480文字

 まっ暗な画面に、再び何かが映りました。そこは大きな工場のような建物でした。
「健一くん、卵や鶏肉は好きかい?」
 かなしみさまが尋ねました。
「うん。ぼく、大好き。卵焼きとフライドチキンなんて最高!」
 健一は今までのこともすっかり忘れ、大喜びで答えました。でも相手は、かなしみさまです。
「でもね、健一くん。世界中でたくさんの鶏が苦しんでいるんだよ」
「えっ、また?」
 健一はがっくりと、ため息をこぼしました。
「ほら見てごらん、健一くん。ここは養鶏場だよ」
「養鶏場?」
「そうだよ」
 画面の建物は工場ではなく、鶏を育てる所だったのです。画面はその中に入っていきます。でも中はまっ暗。窓がひとつもなく、照明もついていません。なんとか目をこらして、ようやく中の様子が見えてきました。どうやらたくさんの鶏がいるようですね。でも狭苦しいケージの中に、みんな押し込められていました。とっても窮屈そうです。
 どれだけ窮屈かと言うと、丸で満員電車の中に立たされているようなものです。これでは羽根を伸ばすことも、座ることも、ぐっすりと眠ることだって出来ません。のんびりと散歩なんて勿論不可能。そのため鶏たちはみんなストレスがたまって、イライラしています。だからあちこちでくちばしで突き合い、喧嘩が起きます。鶏たちはそんな中で、卵を産まされているのでした。
「かなしみさま、ひどーい。これじゃ、卵の工場だよ」
 健一は叫び出したい気持ちでした。
「その通りだよ、健一くん。人間にとってはこの方が効率がいいし、費用も安く済むからね」
「そんな」
「でも鶏だって、この地球に生きる大切な仲間なんだよ。なのにここでもこうやって、人間のエゴのために生きものたちが苦しんでいるんだ」
「ひどーい」
 健一は腹が立ってきました。

 画面は替わって、春の景色になりました。野原を蝶々が飛び回っています。
 木の枝に一匹の蝶のさなぎが、しっかりとくっ付いていました。成虫になるのを、じっと待っているのです。ところがそこへ雀が一羽飛んできました。
「あっ、あそこに美味しそうな食べものがあるぞ。ラッキー」
 雀がさなぎを見付けてしまいました。そして雀はくちばしでさなぎをつついて、食べてしまいました。
「あーあ、かわいそう」
 健一はさなぎに同情しましたが、さなぎが蝶になる夢はついえてしまったのです。

 また画面が替わりました。今度は夏です。夏と言えば、蝉。画面には夏真っ盛りの森が映っています。
 森の木にとまったたくさんの蝉たちが、元気に鳴いていました。でもその中の一匹が、木から落ちてしまいました。もう寿命が近くて、木につかまっていられなくなったのです。その蝉は地面に大の字になって、寝転がりました。でもまだ手足をバタバタ動かしています。
 そこへ蝉を見つけた蟻の大群が、押し寄せてきました。
「いい獲物がいるぞ」
 蟻たちは一斉に、蝉に襲い掛かりました。でも蝉は逃げられません。
「うわーっ、かわいそう」
 健一は再び同情しましたが、蝉は苦しみながら死んでしまいました。

 画面はまた替わり、今度は秋です。画面にはバラ園が映っています。
 赤、白、ピンク、紫、黄色……。色とりどりの薔薇の花が咲き誇っています。風に吹かれ、みんなにこにこ笑って嬉しそうです。
「うわあ、きれい」
「ほんと、美しい」
 見物する人間たちが、薔薇たちの美しさに見とれています。でもそんな薔薇たちも、やがて枯れてゆきます。花びらは色あせ、一枚一枚散って枯れてゆくのです。
 命あるものにはやがて死が訪れ、美しい花も散ってゆく。かなしいけれど、これがこの世界の定めなのです。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み