(四・六)当たり前の奇蹟

文字数 1,603文字

 画面は一瞬、まっ暗になりました。でもまだ終わりではありません。
「あれっ、ぼくの家だ」
 ノートパソコンの画面には、健一の家が映っていました。よろこびさまの声が聴こえます。
「健一くん」
「なに?どうしたの、よろこびさま」
 涙を拭い終わった健一は、もう笑顔に戻っていました。よろこびさまが答えました。
「きみの家の中を、改めてよーく見てごらん」
 海野家の夕食の団らんが、画面に映し出されました。お父さん、お母さん、健一、洋子の四人。みんなで美味しいご飯を食べ、楽しそうに笑い合っています。
「ぼくの家の中?」
「そうだよ」
 画面がゆっくりと移動しながら、健一の家を巡ります。それに合わせて、よろこびさまが健一に囁きかけます。
「当たり前のように家があって、当たり前のようにお父さん、お母さんがいて、妹の洋子ちゃんもいる。健一くんも含めてみんな当たり前のように健康で、当たり前のように平和な日々。その中でやっぱり、当たり前のように毎日ご飯を食べ、当たり前のようにお風呂に入り、当たり前のようにトイレも使える。そして当たり前のように柔らかくて暖かい布団の中で、ぐっすりと眠れるんだよね?」
 でも健一は、よろこびさまの言うことに、何だか不服そうです。
「それがどうかしたの、よろこびさま?みんな、当たり前でしょ。そんなこと、わかってるよ、ぼく」
「おやおや。本当にそうかな、健一くん?」
「だって……」
「じゃあ、思い出してごらん、健一くん。昨夜から見て来た世界のこと、きみの周りで苦しんだり、悩んでいた人のことを」
 いつのまにかノートパソコンの画面は、まっ暗になっていました。健一は目を瞑り、よろこびさまに言われたように、昨夜からノートパソコンの画面を通して見てきたものを思い出しました。

 戦争をしている国や紛争地域の人々に、平和な日々はなく、家は壊され、家族はばらばらになっていました。貧しい国の子どもたちは飢え渇き、やせ衰え、病気に苦しみ、お風呂もトイレも満足に使えませんでしたね。また健一の家の近くの駅前にいた男の人だって、雪が降る中で布団もなく、震えながらダンボールにくるまって寝ていましたね。
 確かにそうでした!健一にとっては当たり前のことでも、当たり前ではない人たちが世界中、いいえ健一の周りにだって、たくさんいるのです。

 健一ははっとして、目を開けました。
「どうかな、健一くん?それでもきみは、きみの周りのことが、本当にみんな当たり前だと思うかい?」
 よろこびさまが、問いかけました。
「……」
 健一は答えに困って、俯きました。よろこびさまは続けて言いました。
「それとも、本当はとても凄いこと、奇蹟だと思うかい?」
「奇蹟?」
「そうだよ。奇蹟だよ、健一くん」
 奇蹟かあ……。健一は顔を上げ、頷きました。
「本当だね、よろこびさま。当たり前なんかじゃない、奇蹟なんだね!」
 健一は、心からそう思いました。
「でも、よろこびさま。こんなに一杯奇蹟に囲まれたぼくから、世界中で困っている人たちのために、何か出来ることはないのかな?」
 今度は健一が、よろこびさまに尋ねました。
「おっ!偉いね、健一くん」
「そんなことないよ。ぼく、みんなのために、何かしたいんだ」
 健一は顔をまっ赤にして言いました。よろこびさまはやさしく答えました。
「そうだねえ、健一くん。先ずきみの周りの奇蹟に、ありがとうって、感謝してごらん」
「ありがとう?」
「そうだよ。そしてきみもかなしみに負けず、世界中の人たちのために祈るんだ」
「祈る?」
「世界中の人たちがみんな同じように、ひとり残らず、幸せになれますように、ってね」
「うん、わかった。ぼく、かなしみなんかに負けない。毎日感謝して、みんなが幸せになれるように祈るよ、よろこびさま」
 健一の言葉に、よろこびさまはとても満足そうです。
「ハッハッハッハッハ」
 そしてよろこびさまは今までのように、大きな声で笑いました。
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