第13話 宴会場3

文字数 6,268文字

「そういえばアリサよ、遊戯室で
心に決めた人がいると言っておったが誰の事じゃ?」

「うーん頑張ってくれたし教えてあげるね。
修ちゃんだよ」

「周ちゃん? 周富沢か? 何じゃ、あの料理人か? 
年もわしと同じ位じゃぞ
ならわしでも良いじゃろ。同じ料理人じゃし」

「そうそう帽子を取るとつるっぱげで
とってもチャーミングなの・・って字が違う! 
遠藤周作の周じゃなくて、修験者の修で修ちゃんよ」

「わしゃ周富沢しか知らん」

「じゃあ、これ以上は秘密ね」

「なんじゃつまらん」

「ざわざわ。ざわざわ」

「おい、なんか変な音しなかったか?」

ビュッフェに来ている客はその爆音に
上を見てみるが既に黒く塗り潰されていた為
死傷者は一人もいなかった。

しかし、世直し行動を一部始終見ていた一人の客が
ロウ・ガイに声をかける。

「すいません。おじいさん
天井に食べ物を投げてはいけないんですよ。
あんなに天井や床を汚してしまって。
器物損壊でホテルに訴えられても知りませんよ」

「なんと! 日本にはそんな決まりがあるのか? 
でもよく考えてみい。損壊と言うても
何も破壊しておらぬ。なので大丈夫じゃと思うぞい」

「ああ。そう言われて見ればそうですね。
変な言い掛かり付けてすいません」

「そうよ。それに
あの天井の真の姿を知ってしまったら
天井の汚れはなくなったとしても
床一面に皆の吐瀉物(としゃぶつ)で一杯になるわ
それ程危険な物を私達がこの世から消し去ったのよ」

知っている者のみが分かる天井の隠れユッキーの恐怖。

「そんなにも酷い物が・・小さいのにありがとう
それが本当なら恩に着ます」

「もう、小さいは余計よ!」

 意外とあっさり引き下がる客。しかし
器物損壊罪は、仮に人の所有物を壊してなくても
その品物の機能を損なう行為。
例えば、絵画に汚れを付けて見られなくしてしまい
その物の価値を損なってしまうと
それも器物損壊罪として適応される事例がある。
今回のユッキー黒塗りも、これから別の客が撮影し
割引きになる筈の物が塗り潰されて
機能を損なっていると主張されれば
ロウ・ガイは3年以下の懲役
または30万円以下の罰金に処されてしまうのだ。
しかしアリサなら
こんな凶器を消して罪になり
お金まで払わなくてはいけないと言うのなら
払ってでも消し去ってやると言うに違いない。

「全く何が器物じゃ。あんな落書き・・
おお旨そうじゃのう、お礼にこれをくれ。
これでMP回復じゃ」 

アリサが途中まで盛っていた炊き込みご飯の丼を奪い
更に追加でよそった後、食べ始める。
ガツガツ!ガツガツ!!

「うーむ、なかなか、いや、しかし」

ロウ・ガイ、弟子たちの作った炊き込みご飯を
自らの舌で分析中。

「あ、ちょっと私のだよそれ、まあいいわ。
世界平和の為に頑張ってくれたものね
また別の丼もってくればいいだけだし。
しかし、ロウ・ガイそこで食べるの? 
席で食べなさいよ、お行儀悪い。
そういえばロウ・ガイ弟子がどうのこうのって
5階の廊下で言ってたよね?」

「おお! アリサは記憶力が良いのう。そうじゃ
ここの料理人は、全員わしの弟子じゃ。
じゃからわしの料理の教え
ロウガイズムを受け継いでおるか
今正にこの神の舌で見極めておるのじゃ」

「髪の下? 見極める? 何か髪の下に隠れている?
まさか頭皮? 分かった! ロウ・ガイはカツラなの?」
聞き間違いではないが解釈を間違ってしまった。

「そうじゃ。最近抜け毛が激しくって
もう嫌になってきたから
全部剃り落としてマイカツラをって・・・これ!」

コテコテの乗り突っ込み。

「ほんにアリサは惜しいのじゃが違うのじゃ
頭は見ての通りフサフサじゃ。勿論地毛じゃぞ?」

「でもつるつるじゃない」

「この髪型は辮髪(べんぱつ)と言って
真ん中以外は剃ってはおるが
よく見てくれれば分かるじゃろうが 
剃り跡も禿げていないじゃろ?
そして、付けている毛は付けヒゲだけじゃ。
因みに弟のキチ・ガイは、M字禿げじゃが
それに悲観せず健気に生きておる。
M字禿げの鑑じゃ。アリサもそう思うじゃろ?」

自分の髪を引っ張りながら言う。

「M字禿げって、明らかに実年齢より
老いて見える様になるよね。河童みたいな
O字禿げよりも酷いと思う。
O字の方は背が高ければ普通に話している分には
ばれないけどM字は対面だと隠しようがない
どうしてもそっちに目が行っちゃうよね・・
だから禿げ方の中では一番酷い禿げ方だと思うわ」

辛辣な子供の意見。

「その言葉、キチ・ガイが聞いたら泣くぞい・・」

弟思いのロウ・ガイ。

「そういえばアリサ、この前
スキンヘッドの人見かけたんだけど
よく見たら頭頂部はつるつるで
極細まで退化していたのだけど
その周りにはうっすらとまた芽吹こうとしている
髪の毛達が見えたのよ。
剃り残しちゃったみたいなの。その時思ったわ。
彼は、お洒落でスキンヘッドにしてるんじゃなくて
そうせざるを得なかったんだって。
だってその髪の毛が生えてきたら
落ち武者の様になってしまうもの」

「何じゃと? 
要するにキチ・ガイもその者の様に諦めて
つるっぱげにした方が良いと言うのか? 
アリサ、それはいかん。キチ・ガイは信じておるのじゃ 
自分の可能性を・・いつかきっとM字の空白の部分に
自らの髪の毛が生い茂るという奇跡をな
育毛サロンに通いながらな」

「ロウ・ガイの弟でしょ? って事は相当な年でしょ? 
もう無理かもね。諦めるように言ったら?
・・でも、M字禿げならAGAの可能性もあるから
薬で治せるかもね」

「ん? 何じゃと? 薬じゃと? 
何か危なそうじゃのう」

「AGAは男性型脱毛症の事を言うのよ
M字、O字禿げの男性の9割がAGAなの。
男性ホルモンの確か・・
ジヒドロテストステロンのせいで運悪く
M字部分とO字部分の毛が細くなる症状ね。
でもね、何故か後頭部とかには
そのホルモン作用しないらしいの。
凄い嫌がらせよね・・
抜けてはいけない所だけを抜けるように
作用するホルモン。
名前にジヒは付いてるのに慈悲は無いのかしらね?
あら偶然おしゃれな駄洒落が出来たわ
メモランダム、メモランダム」

携帯に何かを打ち込むアリサ。

「確かにお洒落じゃろうが禿げとる当人にとっては
一切笑えんシャレじゃろうな・・」

「注意してほしいのは、毛根が死んでいる訳じゃなくて
極めて細い毛は生えていて残っているって事ね。
それこそ顕微鏡で見ないと見つからない位細い毛がね。
でも、髪が細すぎるせいで頭皮がむき出しに見えて
禿と言われてしまう。全員フサフサなのよ?
でも毛の太さでそう見えてしまうの。
普通髪の毛って、5~6年掛けて太くなってから
抜けて髪が生え変わるの。
そしてまた同じ位の太さの髪が生えてくる。
でも、AGAだと数ヶ月から一年位で成長が止まり
抜けてしまうの。
髪の毛から体毛程度に細くなった状態で
サイクルが起こってしまう。
 この症状に幾ら良いシャンプーを使ったって
育毛サロンに通ったって
頭をイボイボの器具で叩いたりしても
逆立ちして頭の血行を良くしても
マッサージで頭皮を(ほぐ)したって、ワカメとかの海藻類を
沢山食べても効果は無いのよ。
薬で男性ホルモンを抑えると簡単に薄毛は直るわ
風邪ひいた時薬飲むでしょ? あれと同じ感覚でいいの」

「ほほうどんな薬じゃ?」

「フィナステリドとミノキシジルよ
フィナステリドは、毎日1ミリグラム飲み
ミノキシジルは薄い所に朝晩2回塗る。
たったこれだけで9割の男性の髪は太くなるわ
フィナスで男性ホルモンの働きを押さえ
ミノキでその隙に細くなった毛を太くする
二つ揃って初めて効果を発揮する訳ね
でも、9割の男性がAGAなのにその治療をせず
マッサージとか効果の無いシャンプーや
髪の毛が生えてくるという光を照射する高額な機械。
フィナステリドが一切入っていない薬を売りつけ
ハゲから半永久的にお金を搾り取ろうとするのが
育毛サロンなのよ。酷い話よね。
知識のないAGAの人達は
ハゲたまま更に金だけ失うという負の連鎖」

「ほう、詳しいのう
しかしアリサ、何故そんな事を知っとるのじゃ?」

アリサは呆れた表情で

「オヤジが薄くなって来てて、このままじゃ
MとOが繋がってΩ字禿になるよーって
悲しんでいて、ユーチューブで
勉強したらしいのよ。
その戦いの記録をアリサに嬉しそうに語るのよ。
もう耳タコよ耳タコ。
ミノキは、錠剤もあるけど全身の体毛が濃くなるから
塗り薬にした方が良いってしつこいのよ
私は男性ホルモン少ない筈だし、まだ若いのに」

「娘思いの良い父親じゃな」

「そうかしらねえ? まあ女の人でも
薄毛の悩みがある人もいるみたいだけど
この若さでそんな先の事気にしてたら
それこそ禿げるわ」

「そうじゃな、病は気からと言うしのう」

「そうそう。薄くなってきても気にせず
堂々としてる方が抜け毛は少ないって
データもあるみたい。オヤジ調べではね。
それと、ある程度は生えて来たら
ミノキは中断しても良いらしいわ
でもフィナスは、一生飲み続けないと
いけないらしいのよね」

「ふむ、そうなのか」

「そうそう、生きてる限り男は、男性ホルモンを
出し続ける訳だから、飲むのを止めると
折角太くなってきてもまた細くなるらしいわ。
だから60とか過ぎて
ああ、もう年だし禿げても良いやって思った
その瞬間が、フィナスの止め時って事ね。
試合終了のホイッスルを鳴らすのは
自分自身って事になるわ
だから、今フサフサの男の子は
禿よりもすごく得しているって事なのよね。
だからフサフサは、禿の事を見たら笑うんじゃ無くて
号泣して謝らなくちゃいけないと思うの
自分だけこんなにフサフサでごめんなさーいってね」

「成程、AGAとやらは直せる事は直せるが
蓋を開けて見ると結構厳しいようじゃのう。
一生薬漬けとはの・・男はつらいの・・
よし、今度キチ・ガイに教えてやるかの・・
薬漬けでふさふさな人生を選ぶか
髪の毛の事は諦めて
頭も心も明るく生きるかどうかの
選択を教えてやるか・・
キチ・ガイはどっちを選ぶのかのう・・
って髪の下の頭皮の話じゃないぞい。
神、GOD、神様の舌。料理人の命の事じゃ」

二度目の乗り突っ込み。

「自分の事を神って言っちゃう大人の人って・・」

「まあアリサにはわしの血の滲む様な
修行を見ておらんから仕方ないのう。
修行の為とは言え
舌に釘を打ち抜いたりもしたのじゃ。
舌の先、舌の奥、両サイドにも2箇所ずつじゃ。
あれは痛かった痛かったぞおお!!」

「人は幾ら血の滲む修行をしても人なのよ・・
それにそんな修行じゃ舌は鍛えられないわ。
時間の無駄よ」

何故か悟っているアリサ。
釘を舌に刺しても味覚が洗練されるとは思わない
だがロウ・ガイは物凄く思い込みが強く
それさえやれば神の舌を習得出来ると
確信したのだ。そして
見事鉄の意志で神の舌を体得できたのだ。
良い子は絶対に真似をしてはいけない。
もう一度言う。良い子は絶対に真似をしてはいけない。
二回も言ったから大丈夫であろう。
生半可な覚悟では怪我を負うだけなのだから。

「わかったっ! そうじゃったそうじゃった
うっかりしておった! 人の鍛えに鍛えた舌じゃ! 
これで文句は無いじゃろう。
この、人の鍛えに鍛えた舌で
わが弟子どもの料理を見極めに来たのじゃ。
料理はの、作っただけでは駄目なのじゃ
しっかりと相手が美味しいと言ってくれる所を見て
一つの料理は完成なのじゃよ。
それに人によってはレシピ通りに作っても
口に合わぬ事もある。全ての人が同じ味覚なら良いが
そういう訳にも行かぬ。
例えば、関西の人は薄味を好むと言われておる。
だから関西の人と分かったら
少し味付けを少なめで作った物を勧めるなどの
心配りが必要なのじゃ。
初めて来るお客様とは会話をし
どこの出身かを見極めてから料理を作ったりもしておる
その心をしっかり受け継いどるか
わし自らが客となり確かめに来たのじゃよ」

さすが元総合料理長。料理の事になると熱く語るのだ。

「人の鍛えに鍛えた舌じじい」

子供は冷徹。

「ふぉっ? 成程な、やっぱりそうなるよの。 
明らかに響きおかしいもんの。
アリサの様な子供なら馬鹿にしてしまうよの。
神の舌じじいとは言わぬのに
人の鍛えに鍛えた舌にはつっかかるもんの。
アリサの為にMPを使い頑張ったのに酷いぞい・・
子供は怖いのう。傷ついたわい。
今後アリサを見かけたら話しかけないで
スルーするべきかもしれんの。
ほんに、アリサは嫌な子じゃ! い、や、な子じゃ!!」 

そして、言い終わると同時に頬を伝う涙。

「おい、じじい涙拭けよ。それでその自慢の舌で
弟子たちの料理の結果はどうだったの?」

「くすん。結果か? 塩味が濃いかの、不合格じゃな」

「おい、涙の味も混ざってないか? それ」

鋭いアリサ。

「む、そうじゃったか。うっかりしておった
って誰のせいじゃと思っておる!
アリサの為に妙技を使ってやったと言うのに・・・
お主などこうじゃ!」 
アリサの脇の下を(くすぐ)り始める。

「きゃあ! や、止めろエロジジイ」

咄嗟(とっさ)に髭を引っ張る。すると、スポッ

髭が取れた。付け髭の様だ。
エクステの様で、本来は15センチ程だった。

「わー」

アリサは驚き、それを遠くへ投げ捨てる。
ポーイ
ロウ.ガイの変装が解ける。

「ぬううっ、いかん!!」

ロウ・ガイは顔を隠そうと手で覆う、だが
時すでに遅し。数人のシェフがテーブルから抜け出し
ロウ・ガイの元へ歩み寄る。

「あっ、あなたはまさか総合料理長!? 
ロウ・ガイさんじゃないですか?」

「あっ本当だわ! 一体何時から居たんですか? 
お懐かしい。また一緒に働けるのですか?」

周りにいたシェフたちが、ロウ・ガイに声をかける。

「これアリサ! お主のせいで変装が解け
弟子共にばれてしまったではないか!」

しかし、付け髭一つでここまで
隠し通せるとは・・只者ではない。

「じじいのせいだもん」

(もっと)もな反論であるが、アリサのせいでもある。

「し、しょうがない。弟子どもの仕事ぶりを
完全には見れんかったが、今日の所は引き上げじゃあ」

ロウ・ガイは瞑想しつつ、ぶつぶつと何かを唱える。

「テクマクマヤコンイイチモキ
ハノルシハヲチミイナツトヒシイコデシダハ」

ビキビキッ
すると 足から蒸気の様な物が立ち上がり
両太ももの筋肉が膨れ上がる。
ダダダダダダッ 
その場で激しく足踏みし足の動きを確かめる。
そして、ダダッ
付け髭を拾い、逃げていった。
還暦を過ぎた老人とは思えないスピードだった。
髭は、また日をおいて再利用するのだろう。

「あっ待ってください料理長ー」

シェフ達も追いかけるが、到底追いつけないと諦める。

「早っ、しかしあの呪文といい
一体何なんだ、あのじいさんは?」
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