41話 斉藤隆之の過去

文字数 5,399文字

--------------------------35年前----------------------------
きゃー遅刻遅刻ー(汗)
足早に走る眼鏡を掛けた女学生。
焼きたてのジャムトーストを口にしたまま
曲がり角へ差し掛かる。
すると・・もう何回これと同じ事が
恋愛ドラマの一話で起こったであろうか? 
お決まりのパターン

ドン

「きゃあ」
誰かとぶつかり倒れる。

「大丈夫ですか?」
小太りの男とぶつかる。

「大丈夫、あれ? 眼鏡は?」

不運にも眼鏡を紛失してしまう。
裸眼だと0,01の彼女
家に帰る時間もない。
それに予備の眼鏡も無い
単位が掛かった試験の日なので
何が何でも学校に行かなくてはならない。

「困ったわ。今日大事な試験なのに
遅刻したら・・」

「私でよろしければ学校まで
案内しなさりましょうか?」

「お願いします。ごめんなさい」

「いえ、ぶつかって貴女を
お吹き飛ばしなさったのは私ですし」

「お優しいんですね」
(お吹き飛ばしなさった? まあいっか)

「さあ、急いでいるのでしょう?」
男は少女の手を引き進む。

(あれ? これは何? 頭がポーってして
手からも汗が・・一体何なの?)
女学生が感じたのは紛れもなく恋。
初めて異性と手を繋ぎ、心拍数と体温が上昇。
「大きい手ですね。逞しい人って憧れる・・」

「そうですか? すごくお使いづらいんです
売ってるソックスはほとんど小さいですし・・
でも褒められると嬉しいです」

「もしかして手袋の事ですか?
ソックスは靴下じゃないですかw
英語は得意ではないみたいですね」

「そうなんですね。お恥ずかしいです///照///」

「でも喋り方は少し変ですが、丁寧ですし
とても素敵な人なんでしょうね」

「そんな事無いですよ」
そんな話をしつつ学校に到着する。

「本当ありがとうございました!」
元気よくお礼を言う。

「いえいえ気を付けて行ってらっしゃい」

「はいっ!」

「私は斉藤隆之とおっしゃります
じゃあ気を付けて下さいね」

「ありがとう」
(? おっしゃるって何か変ね)
彼女は、喋り方がおかしかった事を考えていて
名乗るのをすっかり忘れてしまった。
隆之は手を振り彼女を見送る。

その日の夕方、隆之は偶然彼女と再会する。
眼鏡はしていない。試験中だけ借りて
終わったら返したのだろうか?

「あれ? また会いましたね・・? 
あれ? 眼鏡は?」

「ああ今朝の! 隆之さんでしょ?
よく見えないけど声で分かるわ
実は他人の眼鏡って全く見えなくて・・
借りたはいいけど使えませんでした。
答案用紙にめっちゃ顔を近づけて
書きましたよ・・」

「そうですか、大変でしたね。
じゃあよければ家まで送ってあげます」

「甘えていいんですか?」

「困った時はお互い様ですよ」

「嬉しい!」

彼女の方から隆之の手を取り、案内しながら家まで歩く。
彼女にとってお父さんよりも遥かに大きい手
また繋ぐ事ができて嬉しかったのかもしれない・・

「それにしても偶然ですね。隆之さんは
今何をしている人なんですか?」
少しの沈黙の後

「今、就職活動なさってます。
色々お探しなさりましたけど
どうも見つからなくって・・」

「絶対すぐ見つかりますよ。こんなに優しい人が
仕事見つからないなんておかしいです!」

「そうですか? 何か頑張れそうです
よし明日こそ!」

「その意気ですよ!!」

「そうですね。はははは!」

「ああ・・もう家に着いちゃった。じゃあこれで
ありがとうございました!!」

「じゃあ私はこれで・・お帰りなさりますね」

「あ・・もしよかったらお茶だけでも
飲んでいって下さい。一人暮らしなので
狭い所ですけど」

「いやもう遅いですし、初対面の女性の家に
上がる訳には」

「そんな事言わないで・・
実は、私もうすぐ目が見えなくなるの・・」

「え?」

「私ね、こう見えても中国妙技団っていう所で
団長やっていたの。だけど、練習中に
高い所から落ちて、目を怪我して・・」

「そんな事が・・」

「今は練習も出来ないの。でね
学校だけは出ておきたいと思って
休みの今、大学に通ってるの」

「そうなんですか。団長って凄いですね」

「そう? 簡単な妙技の練習中だったのに
油断して・・正に注意一秒怪我一生よね・・
今二年生で、後二年は日本にいるんだけど
視力が戻らなかったら団長もやっていけないわね」

「成程、何とかしてあげたいです」

「今は眼鏡が無いとうっすらとしか見えないし
練習どころじゃないけどね。
隆之さんは優しいんですね
新しいの明日買いにいかないと・・」

「一人では大変でしょう。
私で良ければ付いて行きます」

「本当? とっても助かるわ!
週一回病院に行ってるけど悪くなる一方で
もう医者も諦めていて・・
1年持てばいい方だって・・怖いの・・
一人では心細い・・」

「そうなんですか
じゃあ私が何とかなさってみせる」

「どうにかなる物じゃないわ
もうすぐ朝も夜も暗闇。2年後団に戻っても
お客さんが喜ぶ所を見る事も出来ない
この先が怖いよ・・」

「任せて。私が助ける!」
(いい子ですね。私は、この人を幸せにする為なら
どんな苦難も辛くはない)

隆之は、夜には帰り、翌日から面接を終えたら
彼女の家に寄り、彼女の言葉を聞き、励ました。

「こんにちは! じゃあ眼鏡買いに行きましょう!!」

「今日は丁度試験休みだから
買いに行こうと思ったけどちょっと調子が良くないから」

「そうですか、確かに眼鏡は自分に合った物を
買わないと駄目ですよね。私一人で行っても
意味がないと思います。ゆっくり休んだ方がいいです。
それに、私が付いてるから大丈夫!
今、腕のいい医者をお探しなさっています」

「ありがとう。来ると思って料理してたのよ。
これ、辣子鶏 (ラーズージー)と麻婆豆腐
レシピに限界まで顔近づけて見ながら作ったんだ」

「はははは、それは大変でしたね。
でも、美味しそうです。いい香りです!
では、召し上がりまーす!」

「はい召し上がれ」

(あれ? いただきます。じゃなかったっけ?
召し上がりまーす! なんて聞いた事ないわ)

「もぐもぐ・・ぶっ・・がゃぶぃぐぅ・・
こ、これはビターですね。辛いのはちょっと苦手です」
顔を真っ赤にして食べる隆之。

「そう? 香辛料多かったかしら?
でも、変なリアクションね。それに、辛いは
スパイシーとかホットじゃなかった?
ビターは確か・・苦いだったよね? 
あれ? 豆板醤の代りに
コーヒー豆間違えて入れちゃったかしら?」

「ああ、そうでしたホットです。辛いです」

「まあいっか、これ四川料理なの。
私の故郷で母さんが作ってくれた思い出の料理。
もう作ってもらう事は出来ないけど・・」

「どうしてですか?」

「5年前に死んじゃった」

「それは悪い事をお聞ききになりました・・」

「気にしないで、で、どうしても作ってみたくて
ロウ・ガイに教えて貰ったの。で、そのレシピを
ここに持って来ているの。それを見ながら作ったのよ。
まだ足元にも及ばないけど沢山食べて力ををつけて」

「ロウ・ガイ?」

「私の団の料理人よ」

「へえ」

「隆之さん。来てくれてありがとう。
一人の時よりもずっとずっと心強いわ
私も大学卒業したら普通に働く。
目が見えなくても就ける仕事もある筈だし
で、何時か貴方と一緒になりたい」
目が治らなかったら団を引っ張っていく事は出来ない。
その時は普通の女の子として
隆之と共に過ごす事を決めている。

「私も同じ気持ちです」
2人は、結婚の約束を口約束で交わす。
そして、いつしか、視力は一年持たないと
言われている事を知りつつも
ポジティブに遠い先の未来を見る事にした彼女。

「もし目が治ったら一緒に
東京ディスティニーランド行きたい」

「ディスティニー・・伝説って意味でしたよね
私達の伝説が始まりなさるのですね・・」

「格好つけてる所悪いけど運命って意味よ
伝説はレジェンドね。やっぱりだ
英語は苦手みたいですねw
きっと私達の運命が始まるのよ。」

「ああ・・そっちでしたか・・
お恥ずかしい限りです・・」

「いいのよ、で、そこには隠れワッキーがあるの
どっちが多く見つけられるか勝負しよ?」

「いいですよ。貴女は必ず治るので
必ず行く事になります!
私はお探しになるのは得意です。
それと、私はヒーローをお気に召してるので
ヒーローショーもご覧になりたいです」

「プ、あははははっ。自分に敬語使ってるわよww
うん、一緒に見ましょう! ヒーローショー!!
隆之さんと話してると楽しい!!」

そして彼は翌日、彼女を直せる医者を探し当てる。
「こんにちは今日も仕事は見つからなかったよ・・」

「隆之さん今日も来てくれたの? 
上がって上がって! 大丈夫だよ! 
明日があるから。
きっと見つかるからあきらめないで?」

「そうですね。ですが、遂に見つけました」

「え? なになに?」

「行きましょう」

「どこに行くの?」

「お医者様の所です!」

ネットはそこまで普及していないこの時代。
一軒一軒電話して、探し当てたのだ。
太い指に昔の黒電話のダイヤルは回しずらいので
割り箸をつまみ、指の代りにして電話し続けた。
全ては彼女の為。

早速彼女を病院に連れて行き見て貰う。
診断の結果。

「治療費は、諸々含めて500万は掛かるでしょう」

「え? そんな無茶申さないで下さい! 
私達では、お払いなされないです」

「ですが最新の機器を使うので
どうしてもそれ位掛かってしまうんです」

「彼女は普通に目が見える様になりたいだけなんです
もう少しまけて下さい」

「ならば他をあたって貰うしかありませんよ」

「すいません。折角見つけたのに・・
他を探しましょう」

「大丈夫」

「え?」

だが彼女は、妙技団の団長。
両親から相当の遺産は引き継いでいる。
目の為にその一部を使う事に。

「ここにするわ。私、貴方の見つけた医者に賭ける」

「そんな・・結構高いけど大丈夫ですか?」

「はいっ!」

そして、手術にかかる。

「その前にこれに捺印をお願いします」

「はい」

細かい文字でびっしり書かれた、受け取った者全てが
読む気にならない誓約書に捺印をさせられた。

「彼女の現状では成功率は5割と言ったところでしょう」

「そんな・・最悪の場合は掛かったお金は
どうなるんですか?」

「その誓約書を良く見て下さい。仮に失敗しても
返金は出来ません。当然全力は尽くしますが」

「そ、そんな」

「今手術を断れば、治る確率は下がっていきます
それでもいいなら中止しますよ」

「わたし、受けます!」

「本気かい?」

「はい・・行こうね? ディスティニーランド」

「行けます!! そうですよ、ご、5割なんて
100%みたいな物です」

「そう・・だよね? ・・はいっ!!」

隆之と彼女は、力強く握手をする。

そして、5時間にも及ぶ手術が終わる。
その結果は・・

「彼女は治りましたよ」

「本当ですか? ご苦労様です」

「ただいま」

「お帰り、そしておめでとう」

「一緒に乗り越えられたんだね。
ありがとう!!」

目に包帯を巻いて出てきた彼女。

「包帯は暫くしたら外して結構です」

「わかりました。ありがとうございました!」

その日は付けたまま家に帰り。
一夜明け、翌朝に包帯を取る事に
隆之は彼女に近づきそれを解く。

「眼鏡買いに行く必要なくなったんですよね?」

「そう、そうだよ。もう
なくした眼鏡も探す必要もない
やっと、貴方に会える。嬉しい・・」
包帯から涙が滲み出る。
心から感激している彼女。
スルスル・・スルスル・・隆之が
その太い指で苦労しながら包帯を解く

視界が・・鮮明に・・
そして男の顔を初めて目の当たりにする・・
その視界に入ってきたのは・・



「え・・? どうし・・て??」
(え? 角? 太い角が頭から生え・・鬼? 
それとも伝説の悪魔?
それに、何でそんなポーズなの?
手、凄い大きい。確かにあの手だわ。だけど・・)

うっすらと見える顔茶色く、ごつい顔だとはわかる。
頭の上に伸びた脂肪は一般人には
角として認識してしまう様だ。
次第に目が光に慣れ、その姿は、鮮明になる・・!



「きゃああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああ
ああああああ!!!!!!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み