第36話 花火職人との戦い

文字数 6,004文字

「もしもし? 花火職人さんのお宅ですか?」

「へい! 今、一番大事な所やってんでぇ
手短に済ましてくんな!」
電話の声だけではあるが
粋な職人さんという事が伝わってくる話し方だ。

「私ね、妹と弟の三人でホテルに
泊まりに来てるんだけどプールで妹のアリササが
変な鼠みたいな男の花火を見たら
白目を向いて口から泡を吹いて倒れて
病院に運ばれちゃったの。
今夜が山だって・・くすん」
咄嗟に出てしまった嘘である。

「何だってぇー? それは本当かい? 
・・しかしアリササって珍しい名前だな。
アリヴァヴァに似ているけど何か関係しているのかい?」
アリサが0.01秒で思いついた架空の名前に
花火職人が食いついてしまった。

「えっ? あの・・そう! そうなの!! 
両親がアリヴァヴァが好きで
そういう名前になったの」
(あ、変な名前にしたせいで食いついてきちゃった)

「へぇ、で? 漢字で書くとどうなんだい? 
虫の蟻に、植物の笹で蟻笹かい?
女の子っぽくない漢字になっちまうし
それだと字面で虐められないかい?」

「ちっ 違うわ! えーと有明海の有に
うーんとそうだわ沙羅双樹の沙に右左の左で有沙左よ」

「ほほう、でも妹さんなんだろ? 
普通長女の君にその名前が行く筈じゃねぇかい?」
食いつく食いつく。

「いえ? アリサの生まれた後に
アリヴァヴァの事を好きになったみたいで
後に生まれた妹に付けたのよ」

「え? 君はアリサって言うのかい? 
妹とそっくりじゃないか。
この法則だともう一人妹がいたとするなら
アリサササで、4人姉妹だったらアリササササだろ? 
言いにくいったらありゃしないぜ!!」

「ふっ二人姉妹で、後は弟がいるだけよ!」
(しまった! アリサって思わず言っちゃったわ。
ややこしい事になっちゃうわ)

「そうか、じゃあ姉妹で名前を紹介する時
私はアリサでこちらが
妹のアリササですって言うんだろ?
耳が悪い人は、最後のサを聞き取れず
同じ名前を紹介されたと思って混乱しねぇかい?
よく役所でこの名前が受理されたな。
だってよぉ姉がアリサでその妹がアリササだろ?
因みに気になったんだけど弟さんの名前。
もしよければ教えてくれねえかい?」
 かなり食いついてくる。アリサと同じで
気になった事を
そのままにしておけない性格なのであろう。
そして弟の名前も気になりだして
聞いてきてしまった。上手い事言わなければ
また食いついてきてしまうが、大丈夫なのだろうか?

「アリサリオンよ」
アリサは咄嗟に思いついた名前を口にする・・・
しかしこの子は何故職人が食いきそうな
名前を言ってしまったのだろう?
 
 『3段落ち』 

お笑い界にはそういう言葉がある。
その名の通り
3つ目の言葉でオチを付けると言う意味だが
お笑い好きのアリサはアリサ、アリササと来て
3つ目を普通に言う事がどうしても出来なかった
別にお笑い芸人でもないのだが
その時のアリサは何が何でもボケていただろう
何故なのかは誰もわからない。

「へ? ア、アアアアリサリオンだってぇ?
もうアリササについてはどうでもよくなったぜ
それよりも遥かにでっけえ問題に
直面しちまったみてえだからな。
なんか急に合体ロボットみたいな
名前になっちまったけど? しかも男の子だろ? 
アリサって頭に入っちゃってるけどいいのかよ?
アリササまでは許されるとしても
アリサリオンはまずいんじゃないかなあ
さっきの話じゃないけどこれこそ
役所で受理されそうにない名前だしさ
しかも言いにくくないか?」

「そんな事は無いわよ? 
これは言いたくなかったんだけど
実は私が命名の儀に参加したんだけど
その時ふっと降りて来たのよ。
リオンって名がね・・そしたらママが

「いい名前ね。アリサが付けたからアリサリオンね」

って言ってくれたの」
(6文字は流石に長かったかしら? アリサレオとか
アリサムド位にしておくべきだったわね)
そもそも上のアリサを取ると言う考えは
彼女にはないらしい。

「そうか。そんな美しい秘密が・・申し訳ねえ。
でもおかしいよなあ。付けるのは自由だけどさあ
それが役所に通るかは別問題だと思うし・・
本当に通ったのかい? 奇跡じゃん。
・・因みにだけど、アリサリオン君は
漢字ではどう書くんだい?」

「え? えっと・・悪魔の悪に理科の理
うーんと砂漠の砂にえーとねえ勝利の利
そして怨念の怨よ」

「悪理砂利怨かー書きやすくて親しみやすくて
とっても覚えやすい・・ってなるかアホ
しかも結構悩みながら考えてたね。
正に今考えた様な感じだぜ。
暴走族の夜露死苦とか仏恥義理みたいなもんやんけ
悪って一文字目から使用禁止文字じゃないかいそれ?
通らねえってこれは」 

「あなたは大きな間違いをしているわ。
暴走族という日本語はもう存在しないのよ
今は珍走団と言いなさい」
アリサの得意技、論点ずらし発動。

「それは悪かった。でもさ
君の苗字まで聞くつもり無いけど例えば
同級生で山田悪理砂利怨君なんていたら
違和感ありまくりだろうが
習字でもフルネームで名前を脇に書く時
大変だろうに・・」

「アリサリオンは、米粒に文字を書ける程器用なの
だから半紙に名前を書く位余裕よ」

「そういう事ならいいけどさあ
・・それでも読みにくくないか?
 悪理砂利怨ってさ、パッと見悪魔とか怨霊とか
そんなイメージが湧いてしまって怖いし」

「そんな事ないよ? うちのクラスにも
【男】と書いてアダムと読む子とか
【紅葉】と書いてめいぷるって読む子とかいるよ? 
それに比べたら悪理砂利怨なんて
音読みで読むだけの簡単な読み方で良心的よ!!」

「そんなもんかなあ・・・しかし
何だかかっこいいな!! うんかっこいい!!! 
俺っちもその名前名乗りたい位だぜ
なんかよ、創世のアク江リオンの
主題歌の1万年と2007年前から愛してる
とかあなたと合併したいってフレーズがよぎる様な
素敵な名前だぜ。
アリサリオン! ゴー!! って言いたくなるぜっ
んでさ話をまとめると今君は、君と君の妹と弟の
アリサ、アリササ、アリサリオンの
3人で、ホテルに来ているって事なんだな?」

「ププッ・・そうよ」
 
「あれ? 今笑わなかったか? 
確かにさ、自分で言っていても
アリサアリササアリサリオンの所で
吹きだしそうになったけどさ
自分とその妹と弟の名前で笑うかなあ?」

「ちっ違うの、これは屁よ」

「えー? 君は女の子だろ? 
平気で屁をした事を言える人なんだね
でもさー、ププッて受話器の傍で聞こえたぜ?
俺っちはDAICOみたいにメンタリストでもないけど
今この瞬間嘘を突いていると言うのは
すぐわかったよ。
君は今まで俺っちと話していたのに
屁が出そうになったから
急に携帯をお尻に向けて屁をしたって事になるぜ。
それって初対面の人間にする様な事なのかい? 
ちょっと失礼だと思うよ 
それならアリサアリササアリサリオンの
の連続攻撃で笑った方が自然だと思うぜ?」

「でもね、凄い綺麗な音が出そうって思ったら
聞かせたいと思うでしょ?
普通。そりゃお尻を向けるわよ。それに最近は
好きな男の子に自分の屁を嗅がせ誘惑する
告白方法が流行ってるんだよ」

「でもププッて聞こえたよ? 2連発のおならを
聞かせようとしたのかい?
それが綺麗な音かい? プーーーーーって
長い屁ならちょっと綺麗だとは思うよ? しかし
最近の子供の間では変な告白が流行ってるんだなあ。
でも俺っちは好きな娘の屁だけは
一生絶対嗅ぎたくねえぜ!
まあ俺っちの子供の頃から大分経っているから
今の事なんて分かんないけどさ。さっきから変だよ? 
君は一体何をしたいんだ? 目的が分からないよ!」

「それはごめんね。
ちょっと話が脱線したかも。話を戻すけど
うちは3人別々の自分の部屋を持っているの
食事は召使いが持ってきてくれていつも
自分の部屋で食べているわ
だから3人の名前を立て続けに呼ばれる事は無いわ」
平気で嘘を突くアリサ。どうせ電話だけの相手だし
どうでもいいやと言う気持ちなのだろう。

「へえ、君は良いとこの子供なんだ
まあ兄弟三人でホテルに泊まるなんて
かなりのお金持ちじゃないと出来ないもんな
しかし、なんか見事な三段落ちみたいで
嫉妬するネーミングセンスだな、
あんたの両親はアリヴァヴァと
創世のアク江リオンも好きだって事だよな?」

「そうね」

「それでもって弟と君は気絶せずに
妹さんだけ気絶したと言う事だな?」

「そう」

「でも何故君と弟さんは
花火で気絶しなかったのに
妹さんだけ気絶してしまったんだい?」
少し考えてから話す。

「・・アリササは直視したみたいだけど
私はアリサリオンと相撲をとっていて
あまり見ていなかったから大丈夫だったのよ」
何故か私は普通の人より
極太の毛が心臓に生えていると本当の事は言わず
ボケてしまうアリサ。
ひょっとしてこの職人の突っ込みを受ける度に
アリサの芸人魂に火が点き
ボケたくなる様な魔力でもあるのだろうか?。

「え? 何で? 
君プールでって言わなかったかい?
プールで相撲を取るなんて初めて聞いたよ」

「そ、それは、もうすぐリオンが
全国大会に出るから稽古相手になっていたのよ」

「急にリオン言った!! 言いにくくない言うてたやん
やはり言いにくくて略したんだろ?」

「う・・」
(しまったつい面倒で略しちゃった)

「でもやっぱり全国大会に出るのに暢気にプールで
相撲の練習なんてやる気が感じられないな!」

「あなた、プールサイドでの
相撲の練習の利点を知らないのね? 
なら教えてあげるわ。
取り組みで疲れて汗をかいたら
すぐにプールに飛び込んで汗を流し
リフレッシュする事が出来る。
そして稽古再開。
これは、砂まみれの土俵での稽古と違って
効率よく稽古が出来るのね。
アリサオリジナルアイディアなんだよ」

「確かにいい考えかもしれないけど
汗だくのままプールに飛び込んだら
他のお客さんの迷惑になると思うけどなあ。
まあいいや。
って事はアリサリオン君は太った男の子だって事か。
意外だな。そして米粒にも字が書ける
手先が器用なデブと・・名前だけ聞いたら
シュッとしていそうなイメージだったんだが。
でも、全国大会に出る位だから強いんだよね?
そんな子の相手が女の子の君に勤まるのかい?」

「それはそうでゴワスよ、アリサは身長155にして
80キロあるでゴワスからなあフゥフゥ」
急に力士っぽいしゃべり方をするアリサ。
そして、何気に35センチも
身長を水増しして報告している。
アリサ・・見栄っ張り屋さんなのだな・・

「あれ? 何で急に口調が変わったの?
そんな語尾じゃなかったんじゃないか? 
あれれれー? 何か怪しいな」

「そ、そんな事言ってる場合じゃないのよ。
このままじゃアリササを一緒に紹介する機会は
もうなくなっちゃうかもしれないのよ!! 
心配だわ・・」

「そうか、今夜が山だって言ってたな
確かにあの不気味な顔の花火を作らされている事に
少しは疑問を抱いてたんだ。
あり得ない金額で発注するもんだからよ
生きる為に嫌々作っていたけれど
玉の中であのオヤジの顔が完成するにつれ
吐き気、めまい、動悸、息切れ骨粗しょう症と
色々な不調を感じていたんだよな。
こんな事になっちまうってんなら
俺ァもう作らねえぜ! よりによって
女の子を気絶させちまうたぁ面目ねぇ・・・
こんな物作ってたら
花火の神様、花火師烈火様に怒られちまうぜ

わかった! 今日を持って廃業だぜ。
と言ってはみたが明日からどうしよう・・」
--------------------------End of telephone battle---------------------------
Alisa win 6経験値獲得! 0G獲得!

弱気になる職人、いや元職人。
そう、特注のユッキー花火は
隆之がかなり高い金を出していて
花火職人の最大の収入源で本来止めたくない筈だ。
しかし、アリサの嘘でこれを止めるといった職人は
かなりの純粋な男なのである。
隆之の花火だけ拒否し、普通の花火職人に戻らず
完全に辞めると決意したのは他ならぬ
アリサが作り出した、架空の女の子アリササを
自分の花火で瀕死に追い詰めてしまった事で
心の底から反省している事の表れ
このままではそんな彼を無職にしてしまう。

「そうか、この人もこれで生活しているんだよね? 
それを奪ってしまったら
このホテルの人はユッキーを見ずに
幸せかもしれないけど
この職人さんは生きていけない・・どうしよう?」

声が聞こえぬ様に電話の通話口を
手で押さえ話すアリサ。

「・・あ。そういえば
さっきまりちゃんから貰ったあれは・・?」
ダダダダダッ。更衣室に走る。
スカートのポケットにそれはあった。
それを見ながら再び職人と話す。

「もしもし? 再就職するなら
まりちゃんの農家に今連絡すると
24歳の可愛い女の子もいる所へ就職出来るらしいよ。
電話番号は○○○ー○○○○だから
気が向いたら連絡してみてね」
真理と話していた時に貰った電話番号を読み上げる。

「え? 24歳! 可愛い? しゃあ! 
そこに行って見る事にするぜありがとうお嬢さん。
電話番号もう一度言ってくれねえか? メモしねえと」

「はいっ! よし終わり! 
あーもう残り電地35かー使ったもんなー」
戦いは終わった。
こうもとんとん拍子に進むとは・・・
人を動かすって意外と簡単なんだなと
勘違いしてしまうアリサ。

「これで夜空に凶星が光る事はもうないぜ」
何故かかっこいいアリサ。

「も、もう何も来ないよね?」
折角かっこよく決めた筈なのだが
矢継ぎ早に隠れユッキーが出てきて
またすぐに次の矢が放たれるのではないかと
疑心暗鬼になるアリサ。

・・しかし辺りを見回す限り
もう何も起こる気配はない様だ。

「戦いは終わったか。
流石に戦士にも休息は必要だ。一旦部屋に戻ろう」
プールで4匹ものユッキーを消し去り
満足げな表情で部屋に戻るアリサ。
しかし、階段を何度も上り、更には4匹ものユッキーを
見てしまいボロボロのアリサ。
もう後一発でも、でこピンを喰らえば
命の保障はない所まで追い詰められている。
気をつけて帰って欲しいものだ。

しかし本当に4匹だけなのだろうか‥?
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