第35話 スライディング&ライティング

文字数 6,015文字

「ねえあの子、鬼の様な形相で
スライダーを滑っているわ。
怖いわ・・何でかしら?」

一人のおばあさんがアリサを発見し
隣にいるおじいさんに伝える。
その老夫婦は孫と一緒にプールに来ている様だ
「あー? ばあ様や、飯はまだかえ?」

「違うのよ。それ今日で63回目よ
まだ102歳の若造なんだからボケるには早いわよ。
ほらあれを見て」
正に今世直し行動をしているアリサだが
一般人の目にはそうは映らないらしい。
素人はこれだから困る
命を燃やして正義を貫く少女を
あろうことかキチガイ扱いしているのだ。
まあそれも仕方ない
ユッキーを作り出す照明は、老夫婦のいる反対側
ウォータースライダーの滑り台の影に隠れて見えない。
お婆さんの視点からだとアリサが鬼の様な表情で
何度も滑っている姿だけが見えている状態なのだ。

「ふがー 怖いぞい、あの子は修羅が取り憑いとるぞい」
老人は少しボケているのだが
そのアリサの鬼の様な表情を目にし
過去に戦争で対峙した敵兵達の表情と重ね恐怖する。
老婆が、再び滑ろうと階段上っているアリサに
声をかけてみる。
 
「お嬢ちゃん? どうして怖い顔で滑っているの?
楽しくないのに滑っているのかしら?
もしかして、止まったら作動する爆弾でも
背中に抱えているのかしら?」
謎の推理を発揮する老婆。

「世直し」
食い気味ではっきりと伝える。
今の彼女にはそれ以外の言葉は出てこないだろう。

「え? 今世直しって言ったの? どういう事? 
この滑り台を何度も滑る事のどこが世直しになるの?
でもその為に、私も何か手伝える事はあるかしら?」
疑問を感じながらも、彼女の言葉を信じ
力になれる事なら手伝おうとしてくれる。

「これは俺の戦いだ、ワッパはすっこんでいろ」
小童が何を言うのだろうか?

「私がワッパ? 何を言っているのかしら? 
この子まさか目が見えないのかしら?」

「頼む。今は俺を放って置いてくれ・・
近づく者には俺の猛毒の牙を立ててしまうやも知れぬ。
押さえがきかぬのだ・・」
既に数千段を超える階段を登り、両足の筋肉はパンパンで
おかしな口調になってしまっているアリサ。

「わかったわ遠くから見守っているわね」

「頼む・・」
しかし、この老婆の声
アリサに取って天の一声であったのだ。
何故なら目的達成の為一心不乱に行動するアリサに
休息の2文字は無かったのだ。
だが、一時の間、人の心を取り戻した彼女は
思い出したかの様に
虎威から貰ったウォダーインゼリーを飲む。
薄めの葡萄味のゼリーが
限界付近まで疲れ果てた体内に
優しく浸透し癒してくれる。

「フゥ。染み渡る・・そこの者よ
礼を言う。そうだ虎威にもだな。
これが無ければ今頃・・(アリサ)は間違っていた。これから
何百何千のユッキーを消し去る身だと言うのに
たった一つのユッキーに拘泥(こうでい)し続け
危うく命を落とす所だったのだ。不覚!!
ふう。だがもうこんな愚行はしない! 
折り返し地点は過ぎた。いける・・!!」

流石に数千のユッキーは存在しないが
修羅に心を乗っ取られ、栄養補給する事無く
死んでいたという事を思い知り、老婆に礼を言うアリサ。
そして電灯のガラスも
少しずつではあるが黒味を帯びてきている。

「頑張ってねー」
老婆はアリサを見つめつつ言う。
そして、元気を貰ったアリサは続きを行い
300回に及ぶスライディングの末・・・
照明は見事に黒く塗り潰された。
誰にも気付かれる事無く。

「もう大丈夫かな? 
くぅっ、もう足が動かないよ。ハアハア」
筋肉が悲鳴を上げている。
そして、300メートル以上の場所での世直し。
普段との気圧の違いで息苦しくなるアリサ。
だが確認の為、ひょこひょこ足を引きずりながら
照明の下に行ってみると、薄暗い光が
地面を照らしているだけだった。
それを見て小さくガッツポーズ。

「ミッションコンプラッチュネイション」
アリサの作った言葉。アリサ語で、意味は
ミッション達成おめでとうである。
しかし、最後のスライディングで
プールに入った時に黒い物体が見えた気がした。
最後にそれを確認してみようと
プールサイドからプール内を覗き込む。
すると、嫌な予感は的中する。
プールサイドと水の境目の壁の上の方に
隠れユッキーが居た。
耳の部分は水面から飛び出しており顔は水中にある。
絵の具で書かれている様だ。すぐ傍にあるが
水中でも平気と言う事は。アクリル絵の具であろう。
更に、その上にワニスでコーティングされ
水に入っていても平気な作りになっている様だ。
しかも、かなり立体的で、横から見ると
お面の様に突出している。
トラクエ3の一人で挑戦する洞窟
宇宙のへその壁に幾つも付いている

「引き返せばぁ」
と言ってくるあの顔の様な物である。
上に突き出た耳の部分は辛うじて塗り潰せるだろうが
肝心の顔を残しては結局死者が出る。
意外な強敵現れる。
夜ならまだしも昼にこの付近で泳いでいて息継ぎの為に
顔をあげ運悪くこのユッキーを見てしまったら
吸う所で間違えて息を吐いてしまい
溺れてしまうかも知れない。絶対に消さなくては。

「はぁ。一難去ってまた一難か。でもすぐ傍で
ちょっと手を伸ばせば届くんだ、やりようはある。
しかし、マジックでは厳しいぞ。どうするかなあ?」
パシャ
プールに入り、正面から撮影を済ます。
そして暫く考え結論が出る。

「よし、ヘラと、バケツで何とかするか」
何をしようと言うのだろう?

例によって受付に走るアリサ。
「お姉さん金属製のヘラを貸して欲しいの。後、バケツ」

「はい」

「ありがとう」
え? あっさり貸しすぎだろって?
ここの受付は何でも取り揃えていて優秀なのだ。
たまたまマジックは切らしていただけでそれ以外は
何でも持っているのだ、プロなのだからな。

プールサイドのユッキーの傍まで来ると
水面にバケツを浮かばせ、浮き輪装備で水の中に入る。
そしてヘラでゴリゴリと削り始める。
削った絵の具のカスはバケツに入れる。
プールを汚してはいけないという優しさが溢れている。
かなり厚塗りされているようだが所詮は絵の具
骨が掴める様になると、一気に削ぎ落とせ
中々気持ちが良い。

「お前は私からは逃げられない・・絶対に・・
ガーリガーリクン♪ ガーリガーリクン♪」

なんか怖いアリサ。しかし、正義の心から来る物なので
目を瞑ってほしい。
そうこうしている内に表皮が削り落ち
頭蓋骨が現れる。もう一息である・・? これは? 
5階のトイレで同じ作風のユッキーを消した記憶が蘇る。
ひょっとしてこのユッキーも
タイルのユッキーと同じ人物が描いた物なのか?
水を抜いたプールの中で一人これを描く作者
一体どんな気持ちでこれを生み出していたのだろう?

そして、全ての表皮を剝ぎ終え頭蓋骨だけになった。
その時、ある事に気づく。前回は泡に隠れて
骨の存在自体がある事は分かったが
細かい所までは分からなかった。
しかし、今回はヘラで削ぎ落とした為
綺麗に映っている事で初めて分かった事だ
それは、頭蓋骨の上部の真ん中にアルファベットの
Yを逆さまにした様なヒビがクッキリと浮かんでいる。
どういう事だろう? まさかこの作者、骨を書く際
隆之の頭のレントゲン写真を見ながら
描画したとでも言うのだろうか? 
それともイメージでヒビを入れたのか?
いや、ここまで本物志向の作者なら
イメージではなく本物を見ながら書く筈。
隆之の頭はぶつけたか何かで
頭部を損傷しているのであろうか? 
それであの様に不自然に区切りながらでしか
喋る事が出来なくなったのであろうか?

「後はこの不格好な頭蓋骨だけね♪ 
まああの顔を消せれば死者は出ないけど
プールサイドに頭蓋骨なんて縁起悪いし
全部殺そ♪
♪ゴリゴリゴリラが五里霧中♪ 
♪ゴリラの夫婦で五里夢中♪」

丁寧にヘラで削り落とし、完全に消去された。

「さあ返しに行くか、その前に更衣室に戻ろうかな」

更衣室に戻ると、先程見逃したユッキーを
撮影後、ヘラで完璧に削り落とした。

「お前は女子更衣室に居てはいけない
500回死ね!」
パシャ ゴリゴリ
根元から削られた。

ヒュー・・・ドーン、パーン
更衣室から出て
ヘラとバケツを返却に戻ろうとした時。
窓の外に花火が広がる。

頑張ったアリサへの
祝砲と言わんばかりのタイミングだ。

「あ。きれーい」

純粋に花火を見ているアリサ。
続けて、2発、そして3発目と打ち上げられる。
パーン。美しい花火が夜空に広がる。
パーン。3発目も開く・・!? 
なんと、3発目に開いた花火は(いびつ)に広がり
とある人物の顔を作り上げる。
その顔は、一度見たら忘れない嫌悪感丸出しの男。
このホテルのオーナー斉藤隆之に良く似た鼠。
隠れユッキーだった!
夜空に消え行くユッキーを撮影しなくては! 
焦りつつ携帯を取り出し撮影。
パシャリ。
「危ねー! 次から次へと
・・一体どうなってるのよ
あいつ本当は頭いいんじゃないの?
よくもまあこんな色々と
アイディアが沸いてくるもんだ」

何故か隆之は、こういう事を考える能力は
高い様だ。これはとても不思議である。
だが、へとへとに疲れているのに
素早く撮影するアリサ。
ここまで疲労していても反射神経が追いつくのか。
いつまでも夜空に残っていない分
撮影する難易度はSランクと言っても良い
ユッキー。撮影はしたはいいが
マジックでは消しようが無い。
何せ勝手に消えてしまうのだから。
消えてしまうとは言え
見てしまった人の脳裏には強烈に残る。
花火職人の技術をこんな事に使うとは許せない。
火薬玉の一つ一つ、そして花火職人の技術。
それらは独立して素晴らしい物だが
二つが間違って重なり合い
ユッキーという凶器を形作ってしまえば
夜空に輝く巨大な兵器となってしまうのだ。
その上、1発2発目は普通の花火で安心させ
次のユッキー花火を多くの人に
注目して貰おうとする計らいも恐ろしい。
それとも1,2発は普通の花火にして
3発目にユッキーを出し
撮影できる準備をさせる為の計らいなのか?
一発100万円は下らない大きさの花火。
高価な殺人兵器である。どちらにせよ
必ずこんな事は食い止めなくてはならない!

「んー。これはいいや。部屋に戻るかな」

・・??
しかし、アリサは諦めモードに入っていた。
アリサよ・・今までのユッキーは
殆ど消してきたのではないのか? 
そしてこれからも! ここで諦めたら駄目なのでは? 
しかし部屋に戻ろうとする。
すると・・
(諦めんなよ・・!!!!!!)

どこからとも無く響く声・・? 
いやアリサの脳内にだけ響く声なのだろうか?
クリアな響きに
疲れてふらふらだったアリサの目が覚める。

「え? 誰?」
(諦めんなお前!!!)

「まさか・・修ちゃん?」
(駄目駄目駄目駄目諦めたら
後もうちょっとの所なんだから)

そう、アリサの推測通り
松谷修造が脳内でアリサに応援をしているのだ!

「でも相手は、火薬の中の金属の
炎色反応により彩られた、夜空に一瞬だけ輝き
すぐに消える光なのよ?」
(周りの事見ろよ
応援してる人たちに事思ってみろって) 

「私には無理よ。こんなに疲れているのに
考える事なんて出来ないわ」
(後もうちょっとの所なんだから)

「うー、そうだけどさ。確かに
こいつだけ生かしておいたら死人が出るかもしれないし」
(俺だってこの-100度の所、(しじみ)がとぅるるんって
頑張ってるんだよ!)

「でも何か手掛かりがあるって事なのよね?」
(ずっとやってみろ! 必ず目標達成出来る。
だからこそネバーギブアップ! ジャキーン)

話は一切嚙み合っていないが、脳内に響く
松谷修造の声に何故か納得してしまうアリサ。

「そうよね。私馬鹿だった。そうよ! 
金輪際夜空にあれを光らせなければ良い
そういう事よね?」
松谷の今のメッセージは
公式サイトの動画の台詞なのだが
その一言一句がアリサの頭に染み付いている。
そこに夜な夜な訪れ
動画を見ては元気を貰っているアリサ。
諦めようとする時
その言葉が脳内で再現されてしまうのだろう。
そして、アリサは左手人差し指を眉間に当て考える。
あの花火を二度とこの夜空に輝かせない様に
掻き消す魔法の様な方法を・・・! 
そして・・・・当然の様に閃く!!!!

全てを 消すために

アリサは受付へ走る。そして
先程の花火を作成している職人の電話番号を聞く。

「また君ね? 何でそんな事を聞くの?」

「無償の愛よ」

そう、これからする行動は、アリサは一切利益は無い。
既に撮影も終わってこれからユッキーを模した花火が
幾ら夜空に輝こうがアリサにとっては
どうでもいい事なのだ。しかし、これを見た人が
気絶、麻痺、痙攣、最悪死亡してしまう危険性はある。
そういう人が現れないようにする為の愛のある行動。
正義から来る慈愛の心!

『無償の愛』

1207年に、イゴリスの
エクスポロロロロロロン修道院の修道女
後にエクスポの女神と呼ばれるアラマー・テレジアの
放った言葉でもあった。
 
え? ロの数がおかしいだって?
・・何故分かったのだ? 申し訳ない!!!!!
実は正式名称は、エクスポロロロロロロロロロロロロロロ
ロロロロロロロロロロロロロロロロロロン修道院なのだが
ロを沢山語るのが面倒になり
まー6個でいいやと捏造してしまった!!
本当に反省致している! 許してほしい!!!!
私は、字数を同じ事の繰り返しなどで稼いでいる
小説家があまり好きではないのもあり
真似をしたくなかったのだ。
出来るだけ短く表現しようと
こういう捏造に至った訳であるが
不快に感じた方には誠に申し訳ない思いで一杯である。
え? この茶番自体が字数を稼いでいるというのか? 
嘘であろう! そんなまさか・・・あっ本当だ!

「へ?」
これ以上聞いても駄目だと判断した受付は
アリサをこの場から引き離したかった為
さっさと電話番号の書いた紙を渡す。
「ありがとう。貴女にも女神テレジアの
ご加護があります様に・・」
呆然とする受付。

ぴぽぽぱぴぽぽ
すぐさま花火職人に電話をするアリサ。

---------------------Telephone battle start-------------------
Alisa VS fireworks craftsman
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