第5話 遊戯室2

文字数 6,856文字

真理が出て行った後
アリサはふと最後の言葉に引っかかる。

「会場? あれ? 今日の夕食って
お部屋で食べるんじゃなくて
どこか広い所で食べるのかしら? まあいいや」

夕食は美味しいとは聞いていたが
どこで食べるかまでは聞いていなかったアリサ。

と、そこへエレベーターで一度会った
八郎が入ってきた。
身長は180位、緑色のTシャツとジーパンという姿だ。
イケメンだが、少し前髪が後退していて
おでこの面積がやや広い。まだ若いが
苦労しているのであろうか? 
確か彼は八浪していると話していた。
もしやそれが関係しているのか?

 このホテルのオーナーですら
前髪がしっかり生え揃っているので
それと比べるとやはり少し気になってしまう。
しかし、それを帽子で隠さず堂々とする姿は
ある意味清々しい。確かママと同じ高校出身で
2年後輩という事は27歳の筈である。

「あ、お嬢ちゃんは確か先輩の・・
君もこのパンフレットを見てここに来たの?」
アリサを発見し
パンフレットを見せながら声を掛けてくる。

「八郎さんこんばんは、アリサっていうんだよ。
小5のレディなのよ!! ここに来たのは
オーナーが遊戯室があるって言ってたの
それで気になって来たの」

「アリサちゃんって言うのか、こんばんは! 
可愛い名前だなあ。そうか、レディなんだね? 
言われてみればおしとやかな感じがするよ」
ノリの良い青年である。
アリサは、そのお世辞を真に受け照れ臭そうに頭を掻く。

「名前で思い出したけど、どうして八郎って言うの?
八人兄弟の一番下なの?」
気になる事ははっきりさせるまで聞く。

「そうそう、うちは大家族で。 一郎 次郎 美三(ミミ) 四郎
五子 六江 文七(ぶんしち) 八郎 九べーと9人兄妹なんだ」

「へえー賑やかで楽しそうね。
私は一人っ子だから想像付かないなあ」

「五月蝿いだけだよ・・下の方だから発言権は無いし
食べ物の奪い合いの喧嘩も毎日のようにあったよ。
当然いつも奪われる側だしさ
上下関係は絶対だし逆らえないからね」

「ふうん、大家族には大家族なりの悩みがあるんだねー
しかし、最後の人、なんとなくだけれど
日々魔法少年を作り出していそうな名前よね」

「おお、よく分かったね。あいつは日々、これは? 
と思った少年にソウルジュエルをあげて
魔法少年として育てて
魔男を退治する仕事をしているんだって。
最近連絡がないけどちょっと心配だなあ」

「世の中には色々な仕事があるのね・・
一度でいいから会ってみたいわ。待てよ
アリサの年齢なら魔法少年になれてしまうじゃない。
あっ、でも男の子しかなれないんだったわ。
なら大丈夫か・・
ちょっと怖いけど会ってみたいわその人」 

「それがさ、その人にってアリサちゃん言っているけども
九べーだけは人間の姿じゃないんだ」
おかしな事を言う八郎。

「え? どういう事なの?」
アリサは、八郎の言う事が理解出来なかった。

「実は九べーの姿は
白くて大きめの赤い目の猫の様な生物なんだ。
つぶらな瞳で、見る者を不安にさせるのさ。
産んだ母さんもびっくりしたらしいよ。
でも息子は息子。分け隔てなく可愛がったんだ。
そして、あいつの一番の特徴といえば・・コホン
♪交わした約束忘れないぜ♪」
何故か彼の特徴を
ミュージカルっぽく歌いながら表現する八郎。

「まあ。なんて信頼できる弟さん・・って
まんま、あれじゃない。
♪目ーを閉じッ確かめろー♪
押し寄せーた闇ッふりー払ってッでもすーすむぜー♪」
それに呼応し、アリサも歌いだす。

てれれれれーーーー

どこからとも無く音楽が流れてくる?
クラシックが流れていたスピーカーからであろうか?
ちょうどクラシックが止まり、この曲が流れてきた。 
一体誰の仕業なのだろうか?

「アリサちゃん。それ以上はいけない」

てーてー↑てーてー↓てーーーーーー ムズムズ
「え? なんでよ、今から盛り上がる所なのよ?
こんなの絶対おかしいぜ」

てれれれれーーーー
「それ以上は駄目なんだ、分かってくれ」

てーてー↑てーーーーーてーてー↓ ウズウズ
「振って来たのは八郎さんでしょ? ムキー」

「♪いーつになったらーなーくしーッたー未来にー♪」
「♪いーつになったらーなーくしーッたー未来にー♪」
アリサ、八郎堪えきれず、同時に歌い始める。

「結局歌うんかーい」
「結局歌うんかーい」
アリサ、八郎の同時突っ込み。

「いやいや、お互い様だよね。 
しかし、一体誰がこんな音楽を
良いタイミングで流したんだろう?
こんなの歌えって言ってる様なもんだよね?」

「そうよね。まあここは遊戯室だし
何があっても不思議じゃないわ」

「そうか、そう言えばここ遊戯室だよね成程」
遊戯室万能説を唱えるアリサに、何故か納得する八郎。

「気にしたら負けよ、でも楽しかった。
あーなんか物足りないなあ
またカラオケで思いっきり歌いたいわー」

「そうか、それもそうだよね。確かに伴奏終わって
1フレーズじゃ物足りないよね。
よーし暇な時に一緒に行こうか?」

「えっ? 八郎さん彼女がいるのに私を誘うの?
そんな事したら人気投票で最下位になるわよ?」

「え? 何だい? 人気投票って?」 

「あ、何でもないの。うーん・・まあいいか
八郎さんは優しそうだし。今回だけだからね?
あ、でも彼女さんに悪いかしら? 
こんな美少女を連れ歩くなんて」

「いや、彼女も連れて行くよ。
あいつは一度も歌った事無いから何とか歌わせたいんだ。
結構いい声しているし、歌もうまくなると思う。
アリサちゃんが楽しそうに歌う所を見せれば
もしかしたらと思って」

「そうなの? じゃあ人が変わりゆく瞬間に
立ち会えるかもしれないのね? 
なんか楽しみになってきちゃった」
にっこり微笑むアリサ。

「彼女は内気だから、時間は掛かるとは思うけど
何とかしたいよな。それにしても
実はこの名前あまり気に入っていないんだよ。
8浪しているからさ。『八郎は名前通り八浪だー』って
近所の小学生達にからかわれたよ・・
親も子供が増えてくるにつれて
名前の付け方がいい加減になってきてるよね。
一郎兄さんは一浪で大学受かったし
次郎兄さんは現役合格だし
四郎兄さんは四浪合格。大体名前通りになっているんだ。
次郎兄さんは字面(じづら)で得した気がしてならないんだよね。
もし虫の蜂で蜂郎って名前なら
現役合格出来たかも知れないのにさ」
荒唐無稽(こうとうむけい)な事を言う八郎。

「あのー八郎さん? 次郎さんの実力を認めてあげてよ。
あれ? そういえば、彼女さんと来てないの?」

「ああ・・あいつなー。スマホアプリの
バルキリードラゴンのデイリーミッション終わるまで
出られないとかで、部屋に篭っててさ。
折角外出したんだから行こうぜって誘ったんだけどね」

「あーあれねー、私もやってるよ。
友達に勧めて貰って始めたのよ、私は続けているけど
多分その友達は止めちゃった。
あれね、スマホを横にして遊ぶタイプのアプリなの。
いつの間にかその友達、スマホを
縦にしていじっている事が多くなってきたもん。
悲しい気持ちになるよね。いいアプリなんだけどなー
ガチャがくっそ渋いからかな? 
まあ私ももうログイン勢だけどね。
あれ、課金してる人発狂するレベルよ
ガチャにピックアップも確定もないし
個別排出確率表記すらしない。近々サ終待ったなしね」

「そ、そうなのかい? 
ま、まあその辺はよく分からないけど
あいつ、あまり外へは出たがらないんだよね。
まあ、あんな事があったから。
仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね」

「あんな事って? どんな事があったの?」
気になる事があるとすぐに聞いてしまうアリサ。
八郎は少し考えてから語りだした。

「確か3年位前だった筈。
あいつの地元の戸奈利町(となりまち)
ヤンキーが大量に出没するようになった。 
あいつ大人しいからすぐに絡まれて・・ 
まあ、そこにたまたま通りかかって
それを見つけ颯爽(さっそう)と駆けつけて助けたんだ。
と、いっても威勢よく飛び出したはいいけど相手は4人。
すぐにボコボコにされてしまったんだ。
でもその時
運よく警官が通りかかったお陰で助かったけどね」 

「八郎さん出て行ったはいいけど、やられちゃったのね? 
でもそれで、仲良くなったんだー。 
八郎さんはあまりモテそうにないもんね。
この位のドラマがなきゃ彼女なんて出来ないよね」

「おいおい。アリサちゃん、顔に似合わずの毒舌かよ。
レディなんだからもう少しビブラートに包んでくれよ。
・・まあ全くその通りなんだよなあ・・情けない話だが。
でも流石アリサちゃんは先輩の娘さんだけあって鋭いね。
そして、後で分かった事だけどそいつら
当時目指していた大学の学生も混ざっていたんだ。
年は遥かに下なのに先輩だったんだ。悔しかったよ」

「推理クラブに入ってるもん当然よ。
後ビブラートに包んじゃ駄目よ。
オブラートに包まなきゃ。
ところで、どうしてヤンキー達は急に発生したのかな」

「それがよく分からないんだよ。
しかし、当時5浪中の男に彼女が出来るとすれば
アリサちゃんの言う通り
こんなドラマでもない限り絶対ないよなあ。
同期は大学とっくに出て、就職も結婚もしてるんだ。
今ようやく大学生活を始めた人間とは雲泥の差だよね。
で、何人かが嫁さん紹介するから来いよって言われ
合いに行ったら失礼だけど
お世辞にも美人とはいえない人で
彼女と比べたら誰も敵わない。それで思ったよ。
こんな底辺に舞い降りた美人、
絶対大事にしなきゃなってね」
しみじみと天井を見上げながらつぶやく八郎。

「あらまあ惚気(のろけ)てくれちゃって。ご馳走様。
そう思うなら、絶対留年はしちゃ駄目よ? 
なんならアリサが勉強教えてあげようか?」
上から目線。生意気な小5である。

「はい、よろしくお願いします。先輩」
それに引き換え、平身低頭な八郎。

「突っ込まないんだ・・そこ・・
まあ、若干私の方が精神年齢は高いけど。
そこは小学生に教えて貰う様な事は無いぜ!
って決めてほしかったなあ。
さてアリサももう一仕事するかな? 
もう一匹位ここに隠れているかしら?」

「え? 何の話?」

「隠れユッキーよ」

「ああ、あれかー確か最高で半額になるらしいよね。
更に全部見つければ、賞品も出るらしいし。
確かオーナーの顔写真付きのマグカップと
10万円らしいね。でもこのホテル広いし
コンプリートは難しいんじゃないんかな?」

「へえ半額かあ。しかも10万円まで貰えるって
すごい太っ腹よね? 色々な所を見回りたくなるわね! 
更にやる気が沸いてきたわ。正義の味方の勤めも果たせて
お金まで貰えるなんて一石二鳥よね」
アリサが目を輝かせる。
当然オーナーの顔写真付きマグカップには一切触れない。
仮に貰ったとしてもその瞬間に叩き割られるであろう。
「えっ? 正義?」

「こっちの話!」

その時。 
遊戯室に、また誰か入ってきた。
一度見たら忘れない長い顎髭、ロウ・ガイだった。
つかつかと歩き、ダーツ的の前に置いてある矢を取り
瞑想する。そして、それを額に近づけ
ぶつぶつとなにやら念仏を唱える。

「アブラカタブラルータアズラナカ
ハルータアクヨノンモケポイダョシ!」

そして目を見開き、ボードに投げる。
クワッ!
「ハァアアアアアアアアッ」

ドスッ!!
見事、中央の赤い丸に命中。

「おおーロウ・ガイやるじゃん」
アリサが拍手する。

「ふぉっふぉっふぉっ。わしなどまだまだ未熟じゃよ
これは初めてやるのじゃが
なかなか面白いもんじゃのう。
ところでこれはこういうやり方でいいのかの?」

「そうだよ、初めてにしては筋が良いから
本気で修行すれば世界狙えるわよ」
しかし、アリサも当然ダーツの事は良く知らない。

「アリサちゃん、初対面のお爺さんに対して
老害と言っては駄目だよ」
八郎が叱る。

「ちがうもん。八郎さんは大きな誤解をしているわ。 
このおじいさんの本名がロウ・ガイって名前なんだって。
さっき廊下で声掛けて来て、少し話したんだよ」
八郎は、ロウ・ガイの事を知らなかった為
老害と言ったように勘違いしたようだ。

「あ、そうなのか。知り合いなんだ。
アリサちゃんはかなりの毒舌だからつい初対面の人にも
平気で老害呼ばわりしたのかと思っちゃったよ」
頬を掻く八郎。

「あれ? 八郎さん」
アリサが声をかける。

「ん? なんだい?」
指に絆創膏が巻いてある事に気づくアリサ。

「指、どうしたの?」

「あ、これかい? バイト中にちょっとやっちゃってね。
まだバイト先変えたばっかりで慣れてなくってね。
いやいや良く気づいたね
まあ大したことはないよ。かすり傷かすり傷!」

「へえ。ならよかったわ
でもアリサはそんな悪い子じゃないよ。
それに八郎さんとだってまだ会って間もないのに
アリサの全てを知った気にならないでよねっ」
両手を腰に当て、顎を前に突き出して怒るアリサ。

「そうだよね。ごめんね」
八郎は素直に謝る。 

「でもさー初めてでいきなり真ん中に当てるって
年なのにすごいよねー」

「言ったそばから・・年なのに、は毒舌じゃないかな」
八郎の的確な突っ込み。

「ありゃ・・」
口に手を当てうろたえるアリサ。

「あはははは」 

「ふぉっふぉっふぉっ」 
和やかな空気が遊戯室を包む。 
ところが! アリサは気付かなかった!! 
アリサは!!! 引いてはいけない引き金を!!!! 
引いてしまったのだ!!!!!
ロウ・ガイが、静かに語り始めた・・ 
頼んでもいないのに・・

「ふぉっふぉっふぉっアリサよ
嬉しい事を言ってくれるのう。 
あれは、40年も前の話じゃ。いや41年前か? 
いや46億年前じゃったかも? 
と、ともかく若かりし頃のわしは
中国妙技団の専属料理人をしておった。
そこの団長がの、先代が逝った後、後を継いだのじゃが
齢は、なんと15歳じゃったのじゃ。
先代までは国内のみを営業先にしておったが
そやつは海外進出を提案した。
それからは、中国だけでなく韓国、インド、日本にも
訪れた事が有るのじゃよ。
若いのに中々グローバルな考えを持っておったのう。
 そいつがの営業先で、その地域の料理は食べたくないと
わしが作る料理でないと
ヤダヤダァと言って聞かなくてのう(///照///)
妙技の腕は、間違いなく中国一なのじゃが
わがままで困るのう そう思うじゃろ? 思わない? 
わしはそう思うのじゃがのう。価値観の違いかの?
それでの、あれは上海公演の時じゃったか? 
いや香港だったか?うーむ思い出せん、まあいいか? 
・・・いや、よくないぞい! 情報は正しく伝えなくては
わしまであんな奴らと同じになってしまうぞい。
ウーム。た、確か香港公演の時じゃ。うん、間違いない。
曖昧(あいまい)じゃないぞい、確かな記憶じゃよ。
何じゃその目は? う、嘘じゃないぞい。
そいつがの、わしにこの中国妙技団 秘中(ひちゅう)(ひ)) 
先代からの一子相伝(いっしそうでん)の極意までも・・ 
もしも、その技の権利に値段が付くとすれば
数千万は下らぬ筈じゃよ。そんな技を
わしの料理中に何気なーく。

「ねえねえ。ガイ、ほら見て。今日はこんな技だよ」

などと見せて来たのじゃよ・・・本当に
いつまで経っても子供のような奴じゃった。じゃが
じゃからこそ柔軟な考えをもっておったのじゃろう。 
先代を超える量の新しいオリジナルの妙技を編み出し
妙技団を大きくしていった。
直接技のやり方も教えられたりもしたのう。
その時のあやつの顔は、俯瞰(ふかん)で見ても
誰をも惹きつける魅力があったのう。
何時じゃったか? 幾つか技を教えてもらった後にの

「ねえ。ガイ、舞台に出てみない?」

と誘われ。一度だけ、一匹狼の料理人
ウルフ・ガイという芸名で妙技団の舞台に
立たせてもらった事もあったのじゃ。
料理をしつつ、妙技を披露するというスタイルでな。
初舞台にも関わらず、観客から拍手喝采を浴びたのじゃ。
嬉しかったのう、そして気持ちよかった。
ほんにいい思い出じゃった・・・
その舞台で披露した技の中にの
狙った的に的確に確実に当てるという妙技もあった。 
わしは今、その妙技を使ったのじゃよ。
腕は鈍っていないか心配じゃったがの」
・・・どうやら終わったようだ。
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