第30話 敗北

文字数 6,241文字

この言葉は、まだこの世に存在しない言葉。
人のイメージで出来る範疇を遥かに凌駕した言葉。
否、イメージする事すら敵わぬ世界。
確かに一言では表わせぬ。

まだ存在すらしない言葉であり
作る気も起らない言葉だ。
だがこの場所を、私なりに今まで経験してきた
全てを使い言葉にするならば・・
ツー・・(額から滲んだ汗が、頬を通る音)
キュウッ(中央に【語】の文字が刻まれた鉢巻を
強く締める音)
ググッ(語り専用マイクを【強く】握り直す音)

フフフ。この年で挑戦者・・か・・ククク
・・(たぎ)る。滾るぞ!
ゆくぞ! 私が!! 全てを!!! 
語り尽くして見せる!!!!!!!!!!

魑魅魍魎(ちみもうりょう)跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する
地獄とヘルヘイムと煉獄と冥府と魔界と黄泉の国を
ごっちゃ混ぜにして、コトコト煮込んで熟成させ
隠し味に地球三つ分の汚泥と塵芥(ちりあくた)
煮詰めて出来た、触れる物全てを
漆黒の塊に変貌させるエキス。
それを、宇宙巨人が、太陽さんよりも大きい鍋に
一杯になるまで貯め、鍋が満ちたら
宇宙を一つ、ちょいとビッグバンで爆発させ
その温度で鍋を温める。

エキスが8兆度に達したら
次に、閻魔様を一柱用意。
暴れる様なら少しボデーブローをかまして
弱らせるのがポイント。
それに、香川県の木下製粉が生み出した
最高級の小麦、さぬきの夢をふんだんに(まぶ)
不死鳥の卵で作った溶き卵にそれをつける。
最後に、煉獄地獄のジャングルの奥地に
群生すると言われる人喰い小麦で作られた
パンのパン粉を贅沢につける。
それを、3千時間掛けてカラッと揚げると・・
あらまあ美味しそう
こんがりもちふわピリ辛閻魔天麩羅の出来上がりなのだ。

正に最恐の場所、自分で語っていても恐ろしい。
ぬふぅ・・脇汗と涙が止まらぬ・・ズズゥ
まだ早かったのかもしれぬな。
一刻も早く9段まで精進しなくてはな・・

  ぬ? 途中から料理番組みたいになってきて
最後は場所ではなくて食べ物に
なっているではないかであるだと? 
ぬぬぅ?? 貴公は、あの閻魔様を食べ物として
認識していると言うのか?
一体どういう経緯でそうなってしまうのだ?!
まあよい。それが・・

イーグル! スノー! ホテル! 50階!!

     展  示  室!!!

否! 全ての生きとし生ける物を
死に招くという意味も込め、転死室である。
当然その住民共は、どれもあの醜悪で
どす黒い顔が首の上に付いている。
髪は天井に向かって尖がっていて
あらゆる生物に恐怖を与える。
何が可笑しいか分らぬが、どれもこれも笑っている。
満面の笑み。汚すぎる笑顔。許しがたい笑顔。

そして、どういう製法かは知らないが
石像の中には、ブラックダイアがその石像の
目として()め込まれている豪華な物もある。
正に間違えた宝石の使い方。金持ちの道楽。 
 
 そして、奴の書いた
おかしな所で句読点が打ってあるポエム。
風景画、自画像、静物画、粘土細工。掛け軸
アクセサリーのコレクション。更には
隆之の幼少の頃の手形も飾ってある。
しかしながら、幼少期の写真などは一切ない。
それに、何かが入っている宝箱が
祭壇の上に祀られている。
その宝箱の近くにある看板には
『ご、自由。に。お開け下さ。い』と書いてある・・
開けると一体何が入っているのだろう?
更に更に絵画や掛け軸の傍には
謎のQRコードが設置されている。
それをうっかり取り込むと、携帯に絵画が
壁紙として配布される仕組みまでも作っている。
自宅や移動中でも手軽に携帯から
呪いを堪能してほしいという思いから作られた
悪意しかない死のQRコード。
最早こんなQRコードはQRではなく
有名RPGのファイナルファンタジアに
登場するクーアル。
奴の使うブラスタァ~は即死効果だ。
そいつに(なぞら)
クーアルコードに改名するべきである。

そして、純金製の印鑑もある。
これは邪馬台国の卑弥呼に贈られたという
金印の真似であろうか? 
朱肉を付けると隆之の醜い笑顔が
幾つでもスタンプ出来る猛毒製造機。
どういう訳か、赤い朱肉でスタンプしたのに
茶色に変色して印刷される黒魔術を施してある。
暖色などの明るい色を
極端に嫌う隆之がやりそうな事である。
他にも彼に関する色々な物が展示されている。
50階のフロア全体に負のオーラが入り混じり
呼吸すら苦しい。
流石のアリサでも、入り口に立つだけで苦しそうだ。
この展示物達、本人が作った物もあれば
芸術家に依頼し作らせた物もある。
彼らもこの顔をモチーフで創作活動する事に
躊躇いはあった筈。だが、それを上回る大金を積まれ
生活の為、仕方無しに造られた
本来生まれるべきではなかった哀れな芸術品達。
そしてその芸術品達は負のオーラを纏った状態での
作製のせいもあり、強烈な負の力を纏った
恐ろしい力を持っているのだ。

 そう、ここのターゲットは、隠れユッキーではなく
堂々と展示された大量に存在する
斉藤隆之関連の芸術品ならぬ

害術品(がいじゅつひん)

達なのだ。
一つの部屋に、自分の形をした物を纏めてしまうとは
隆之は相当自分の事が好きな様だ。
アリサレーダーに引っかかったのは
これらの害術品全てである。
今回は隠れユッキーではないので、探す必要は無い
・・が、数が多い。撮影する必要はないが。
 
 器物損壊になってしまうが仕方がない
罪を認めてでも全て叩き壊すしかない。
特に顔は、粉末状になるまで丁寧に砕く必要がある。
そうしなければこの部屋に入った一般人は
その恐ろしい害術品に精神を支配され暴走し
近くの人間を攻撃する。
部屋から出た後も、後遺症で記憶障害、呼吸困難
喘息、蕁麻疹、破壊衝動等を引き起こす。
幸い凶器の様な物は一つも置いていない
刀や金槌がもしあったら先程逃がした人達は
それで戦い大怪我、最悪死人も出ているであろう。
不幸中の幸い。
しかし、これらの展示物をどうしたらいいのか。
「うだうだ考えてる暇はないか・・
今は倒れている人を全員救うのが優先だ。くぅっ」
無策にも自分の耐性を信じ部屋に入る。躊躇(ためら)いは無い。
部屋の中に進むにつれ瘴気が強まる。
だが幸いアリサなら耐えられないレベルではない。
そして倒れている人に青汁を振舞う。
「大丈夫? はい」

「ありがとう・・ほんとうにありがとう・・」

「これを飲んで」

この恐ろしい戦場で、ナイチンゲールの様に
活躍する小さい看護師アリサ。

「ありがとう・・
こんな小さいのに大丈夫なのか・・すごいな」

「鍛え方が違うからな。後、小さいは余計よ?」
生意気なアリサ。
一人、また一人と助けては奥へ
そして、一番奥で倒れていた最後の一人は
青い顔で、いつ亡くなってもおかしくはない。
すぐに青汁を与える。

「ぐはーなんて不味いんだ。はっ、私は一体・・」

「良かった、取り敢えずここは危険だから
すぐに出て行って。」

「ああ、取り敢えず入口で休むよ・・」
最後の一人を送り出す。

「ふう、何とかなったわ・・後は一旦脱出して
害術品(こいつら)をぶっ殺す事を考え・・あれ?」
      
        ιズキズキ ズキズキι

アリサは、ひざが急に痛み始めた。
5階のトイレで転んだ時に出来た傷だ。
既に止血も済んで、後は瘡蓋(かさぶた)が剥がれれば
治るだけの状態なのだが
これが普通じゃない事はアリサも分かっている。
しかし、痛みが異常な位増し
次第に歩く事すら出来なくなる。
逃げたくても足が痛くて動かない
どういう事なのだ?
ぬ? 何かが聞こえる。

「あ。の女。の子。どんど、ん客を
外に、逃がし、て、いま。す。」

「なん、て女。の子で、すか?
私。達の攻、撃が通、じな、い、なん。て」

「あっ。 あ。の女の子。膝を怪、我していますよ
そ、こを集中。するので。す」

「はああ、あああ、ああ。」

????

こ、これは! 隆之の像達が意識を持っている?
石像、銅像間でテレパシーの様な物を用い
連絡取り合っている? そして、明らかに
人間に対して攻撃している?
どうやら彼らは意識を持っていた様だ。
そして、明らかな人類に対する憎しみを持っている。

日本有数の名工が、隆之の指示で彼らを作った。
色々な有名な芸術品のモチーフをそのまま奪い
そこに隆之をミックスさせた最悪の害術品。

いい腕を持つ者が作った物は
魂が宿るといわれている。
しかし、宿ったのは悪魔の魂だった様だ。
そして、アリサに混乱効果の攻撃をしているが
全く効いていない事に気付き、別の方法を考える。
そして、アリサの弱点であるひざの傷を発見し
そこに集中攻撃を開始した。何と言う機転の良さ
そして・・一般人よりは耐性があるアリサ
でも、全く効果が無い訳ではなく
当然長くいれば意識が薄れていってしまう。

「もうだめ・・たすけ・・」
パタッ

何たる事だ・・唯一耐性がある
アリサでもこの部屋の大量の隆之達の攻撃には
耐える事が出来ない様だ・・
客達は展示室からいなくなり
標的がアリサのみになった為、集中砲火を喰らった。
そうなれば耐性があるアリサでも一溜りも無い。
アリサは誰もいない展示室に一人取り残されてしまった
その事は誰一人気付いていない。

・・・


・・・


・・・
アリサは、気絶している間、夢を見た。
過去の記憶? それとも別の誰かの記憶?

それは、生まれたばかりの小さい赤ん坊が
シーツに包まり母親に高い高いを
やって貰っているシーン。

『ほらたかいたかーい』

母親は喜んでくれていると思って大きく上げるが
赤ん坊は泣き(わめ)いている。

『ピギャーピギャー』

『あらあら、ご機嫌斜めなのかしら?
おむつは変えたばかりだし』

そんな赤ん坊を見て、一人の男が

『いかんぞ、高すぎるのかも知れんな。
おぬしは身長が高いからの
怖くて泣いておるぞ。よし任せろ』

『その言葉結構傷つくわ』

『この子も、きっと大きくなるじゃろうな
腕白でもいい逞しく育ってほしい』
そういいつつ、いないいないばあをして
赤ん坊をあやしている。

『いないいない・・・・・バァ』
男は少し顔を歪めて笑わせようとしている

『キャッキャッ』
その滑稽な顔に笑い始める赤ん坊。
残念ながら顔ははっきりしない。だが
長めの顎鬚が生えている事はわかる。

『のう、この子名前は?』
男が母親らしき女性に聞く

『まだ決まってないの
パパが今必死になって考えてる。
お七夜には間に合わせるって』

『そうか、まだ名前がないのか可哀そうに
ベロベロバア』

『ぶぶぶぶー』
始めは遠くでやっていた男だが
慣れてきたのを確認したのか、次第に近づいてくる。
そして赤ん坊は、手が届きそうになると
無邪気に髭を引っ張ってくる。

『あぶぶー』
ぐいっ
堪らず痛がる男。

『いてて』
「いてて」
    
パチッ     <覚> <醒>

そして、夢か現実か分からないその声で
アリサは目を覚ます。手には夢でも握った
懐かしいあの髭?

「これ、アリサ。また髭を取る気なのか? 
これは地毛じゃから取れんぞ! 儂の髭の毛根は
アダマンタイトよりも固いからな。おはよう」

目を覚ますと、何と! 
ロウ・ガイがアリサを抱き上げている。
髭を引っ張られ涙目になってはいるが
心の底から嬉しそうな優しい顔でアリサを見る。
展示室の奥。そこは悪魔しかいない地獄の底。
アリサの倒れているその危険区域まで
一人駆けつけてきたのだ!

「え? 私一体? ロウ・ガイ・・?」
首を動かす程の体力もないが
声で誰だか分かったアリサ。

「喋るでない。いくぞ!!」
ダダッ
物凄い速さで部屋を出る!
「わ、わー! サラマソダーより早ーい」 

「ヨヨヨヨ? またもその言葉を・・
もうサラの何がしを許してやって欲しいのじゃが
あやつもビュウビュウ泣いとるぞい
・・まあいい、目が覚めただけでも良い。
ふう、何とかなったのう。しかし、お主体が異様に
冷えていたからてっきり手遅れかと思ったぞい」

「あ、私意識を失って・・」

「たすけ・・と聞こえた。アリサの声でな。
じゃから来た。それだけじゃ」
ある種のテレパシーだろうか?

「ごめんねありがとう・・でも大丈夫なの?
でも足の靭帯切れてたんじゃ?
それに魔の巣窟よ?」

「靭帯の方はもう治っておる。
それにわしも何も準備せずには来ておらん。
何せアリサでも助けを求める場所じゃ
念の為2重に魔除けの妙技を使ってから来たのじゃ
2時間コースの特大のをかけたのじゃが
2分と持たんかった。こんな地獄に裸同然で入るなど
ほんに無茶する子じゃな」

「悪は許さない。それしか頭になかった。
本当にありがとう」
深く頭を下げるアリサ。

「何、気にするな。ただ助けを求めとる
孫娘を助けた。それだけじゃ
それとも足手まといが出しゃばるな・・か?」
やはり、先程足手纏い扱いされてた事を
根に持っている様だ。

「ううん、私みくびってた。自分の力を過信し過ぎてた
ロウ・ガイが居なかったらどうなってた事か・・」

「分かればよいのじゃ
わしは確かにユッキーにお主ほど耐性はない
じゃがな、経験と様々な妙技はある。
二度も同じミスはせんのじゃ」

「ごめん。耐性の有り無しだけで全てを判断してたわ」

「わしも無理にでも同行すべきじゃと後悔しとる
大事な孫娘をこんな目に遭わせてもうたからの」

「孫娘かあ・・へへっ
あっそういえばロウ・ガイは子供とかいるの?」

「ふぉ? 何じゃ急に? 30になる息子がおる」

「へえ、で、お孫さんは?」

「まだ独身じゃ。奥さんを探すのが大変でな」

「あー成程。当然その探している
奥さんのフルネームは? せーのっ」

狼・涯(ろうがい)
狼・凱(ろうがい)

「あっ漢字は外れちゃったあ
でもやっぱり同じ響きなんだねw」

「ふぉふぉふぉ、狼家の決まりじゃ。
恐らく20年もすれば見つかるじゃろ。
うーむ? しかしあれじゃ、何かが足らんのう」

「え?」

「そうじゃ! アリサ、いつもの毒舌が無いぞい!
頼むから、余計な事するなクソジジイとか
もっと早く来いのろまとか
キツ目に言ってはくれぬか?」
遂に自らの性癖に気付く62歳。

「バカ」

「ハァアァ素晴らしき罵倒!! 圧倒的感謝!!」
90度の、深く綺麗なお辞儀をするロウ・ガイ。

「プッ。あはははは」
屈託なく笑うアリサ。

「ふぉふぉふぉ。わしはまた植物園に戻る。
MPが0じゃ。アリサも無理するでないぞ」

「ありがとおじいちゃん」

「ふぉっ?!???(///照///)」
それを聞くや否や顔を真っ赤にするロウ・ガイ

「おじい・・ケケケケケツが痒くなるぞい
だが悪くない!! わが人生に悔い無しじゃ!!
ハァッ」

そして、耳まで真っ赤になりながら
逃げる様にエレベーターに乗る。
それを笑顔で見送るアリサ。と
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