第10話 夕食の時間

文字数 7,165文字

第5章 夕食の時間

「アリサ、お帰りなさい」 
部屋に戻るとママも着替えて待っていた。

「ただいまぁ。アリサもシャワー浴びてくるー」
ワンピースを脱ぎながら歩くお行儀の悪いアリサ。
だがそれも仕方がない事である。
解毒は出来たが、悪臭は未だ服にこびりついていて
今も徐々に体力を奪っているのだ。
アリサはそれを本能的に感じ取り
一刻も早く体から引き離したいのだった。

「あら? そう言えば何か臭うわね。どうかしたの?」

「さっき遊戯室に行ってオーナーが来たんだけど
異様に口が臭い男で、それがこびり付いちゃったんだ
体力が徐々に奪われているみたいで
早くこれをどうにかしないと私もうすぐ死ぬのよ?」

「へえーそんなに臭い人って居るのねー。
で、遊戯室は面白かった?」
娘が死ぬと言っているのにクールな対応のママ。
きっと普段からアリサはこんな大袈裟な事を言っていて
聞き慣れてしまったのかもしれない。

「うんまあまあ、でね、その遊戯室のダーツの的の裏と
プラネタリウムと植物園に合わせて4匹
多分だけど隠れユッキーとやらを見つけたんだ」
アリサが神妙な面持ちになる。

「へえ。お手柄じゃない! 
ママはまださっぱり見つからないわ・・
て言うか眠っちゃった・・疲れてたのかな。
それとも年なのかしら?
シャワーの後ちょっと横になったら寝落ちしちゃって
・・悔しいわ。でもアリサ
なんでそんな真剣な表情なの? 
まあいいわ。どんな物なの? 見せて見せて!」
どっちが親なのか分からない位にはしゃぐママ。
ただ、電話に出なかったのは眠っていた様だ。
買い物の時に体力を消耗した為
休んでしまったのだろう。

「でもそれがこんな物なの。
準備はいい? じゃあいくよ!!」
携帯を出し4枚のユッキーの画像を見せるアリサ。

「ひいっ!!!!!・・ってあら? 
これオーナーのリアルな写真の頭の上に
耳が付いていて・・おいっ! 
これはあのテーマパークのパクリじゃないの!!」
顔から蕁麻疹を吹き出しながら話すママ。

「ママは5つだったか・・かなり危ないわね」
え?

「え? 何の話?」

「エクスクラメーションマークよ。この写真を見た直後に
ママは5つも出していたわ。私は4つだったのよ。
これが8つ位出る人は要注意よ! 
ショック死してもおかしくないわ」
うぬ? 何故だ? 何故そんな事が分るのだ?

「そりゃ分かるわよ」
ぬお?!! 何故だ? 何故聞こえる?
・・ふむ、磁場が歪んでいる様であるな・・
別次元間で会話が成り立ってしまっている・・
このままでは良くないな。仕方ない。元に戻すとしよう。

『ぬいっ!』

ビビビビビビビビ・・シュォーン・・シューン

これで多分大丈夫であろう。
動揺する様を見せてしまったな。失礼した。
時々起きるのだ。この先は無いと思う。

「こんな危険な物が
このホテルの至る所に隠れているっていうの?
油断して見つけたら死んじゃうかもしれないんでしょ? 
怖いわね・・
このパンフレットにもしっかり書いてあるから
私達みたいに偶然オーナーから
隠れユッキーの説明を受けていなくても
これを見て見つけようとする人もいるでしょう?
これじゃあこのパンフレット、死への招待状じゃない」
ママもこの隠れユッキーの危険性に
漠然と気づいている様だ。

「そうなの。だから私ね、見つけたらやっつけてるんだ。
じゃあシャワって来るかなー」

「やっつけるって?」

「マジックで塗り潰しているんだ。
そうすれば見つけても人は死なない
ママ。黒っていいよね? 全てを無にしてくれる」

「そう? なんかてれるなあ///照///」
何かの声が響く。しかし、2人には聞こえていない。

「うーん、でもねアリサ
それはいけない事なのよね。法律でね・・」

「壁を汚す事と、人の命。天秤に懸けるのは?」
ママの話の途中で勝手に話すアリサ。

「人の命」
「人の命」

「だよね? もう既に3匹殺した。3匹も1000匹も同じ
もう後戻りは出来ない。全て殺す」

     <無> <心>
 
瞳は虚空を見つめ無表情、感情と抑揚の無い。
それでいて、はっきりと響き渡る決意の言葉。

        ξゾワッξ

小学5年生の女の子からは
絶対に放たれてはいけない量の憎悪が
全身から湧き出てくる。止まる気配はない・・
敵に回すとこれ程までに恐ろしい幼女なのだ。
だがこれは正義の心である。
行き過ぎて今の様に多少暴走してしまう事もあるけれど。
刑事の血が彼女をそうさせる。

「わ、分かったわ。私が全て責任取る、だからアリサ
思いっきりやってらっしゃい」
(こんな事言って大丈夫かしら?)
その憎悪をママはダイレクトに浴び、脂汗が止まらない。
少し震え声で許可を出す。

「はいっ!」
力強く答える。
刑事の母親から公認で塗り潰しの許可が下りた・・
もう・・彼女は・・トマラナイ・・!

「そういえばプラネタリウムの時にね
私以外のお客さんも居てね、そのユッキーを見たら全員
体調不良を訴えたの。その中に一人、信じられない力で
暴れていた人も居た。
でも、私だけはちょっと頭が痛いだけで大丈夫だったの」

「そんな事があったのね・・」

「うん。ママも私とは違うただの人だから
もしもユッキーを見つけても手出ししちゃ駄目よ。
見つけたらすぐにアリサに連絡してね?
ママがあの暴走状態になったら
多分誰も止められないと思う。
間違っても消そうとしちゃ駄目よ? 
そして、もしそれがむき出しの状態だったら
布などで覆って誰にも見られないように隠して?
 そして、長く見すぎて気分が悪くなったら
40階の植物園に行って深呼吸してね
そうすれば少しずつだけど楽になるから」
まるで先生と生徒の様な会話がされている。

「分かったわアリサ・・
暫く見ない内になんか逞しくなったわね
身長はこんなにも小さいのに・・」

「もう! 小さいは余計よ
じゃあこの悪臭を全て洗い流してくるね」
10分後 シャワールームから出てくるアリサ。
アリサは下着姿のまま買い物袋を漁る。
すると、イチゴの柄のワンピースが
もう一着あったのでそれを着る事に
「やっぱり私と言ったらこれだよな。ママこれ貰うね」

「いいけど、それ、安かったから買ったけど
よく見たら安物買いの銭失いよね。
だってあまり可愛くないでしょ?」

「えー? 可愛いよ!」

「そう? アリサが気に入っているならいいけど」

「ママ、結構しっかり洗ったけど、臭い取れてる?」
そう言いつつ、頭をママに向けている。
未知の生物から受けた悪臭。
しっかり取れているかどうか本気で気になるアリサ。

「スンスン。うん、大丈夫だと思うわ」

「よかったー。ありがとママ。
そういえば2枚目の写真のユッキー
プラネタリウムに居たんだけど、消す前に係の人に
追い出されて帰って来ちゃった」

「それは仕方ないわよ諦めるしかないわね」

「だよねー悔しいなあ」

「あ。アリサそういえばこのパンフレットね
誤植があるのよ見てみて?」

「どこどこ?」

「これなの」
パンフレットのプールの注意事項の所に
不自然な言葉が紛れ込んでいる。

プールサイドでは走ってはいけません。

朝は一つ 夜は二つ

他人の迷惑となる行為をする事はいけません。

場内の指定場所以外の場所での食事は禁止です。

ペット類を伴い入場する事は禁止です。
(但しオーナーだけは良しとします)

当プール施設内は全面禁煙とします。

「二行目ね? 朝が一つで夜が二つかー
一体何でこんな意味不明な事を書くのかな?」

「どうしても分からなくて。
アリサならもしや? と思ったの」

「分からないわ、でも頭の片隅には入れとくよ」

「そうよね、あ、あら? もう夕食になると思うわ」
腕時計を見てアリサに話す。

ピンポンパンポーン↑

本日は、夕食はビュッフェを行うので
54階の宴会場へお越しください。
ピンポンパンポーン↓ 
台本でもあるかの様なタイミングでアナウンスが響いた。

「ぶっへ? なんだそれ」
アリサが聞く。

「惜しいわ、ビュッフェよ。
自分で好きな食べ物を好きなだけ選べるのよ」

「ぶっへ! ぶっへ!!」
ピョンピョン跳ねるアリサ。

「ビュッフェよ!」

「ぶっへ!!!!」
アリサは右の拳が左肩に、左の拳が右肩に
ぶつかる程の勢いで腕を振り始めた。
足も大げさに上げ全身で喜びを表している。

「ぶっへ ぶっへ ぶっへっへ へい!(手拍子) 
ぶっへ ぶっへ ぶっへっへ」
そしてリズムを取り踊り始めた。

「ブフォ」
ママはそれを見て吹き出した。

「物凄く上機嫌ね。よーし、ママも負けないわよ!」
そして、ママも空気を読み。アリサの動きを真似踊る。
非常に単純な動きなので一瞬で覚えられる。

「ぶっへ ぶっへ ぶっへっへ へい!(手拍子) 
ぶっへ ぶっへ ぶっへっへ」
と、二人は楽しそうに腕を振り回して部屋を出る。
ハイテンションのまま会場へ向かうのだった。

5階のエレベーターには
当然ビュッフェに向かう先客がいた。だが
部屋を出た時と変わらぬ勢いでぶっへダンスを続け 
そのままエレベータ内に入るアリサとママ・・
始め、何だこいつらは、と冷ややかな目で見る大人達。

(ぶっへ? ああ、ビュッフェの事か
・・楽しそうに踊っているなあ。
余程嬉しいんだろうな、お母さんもノリノリじゃないか。
子供はいいよな、何でも許されてって・・まてよ・・?)
乗客はふと思う。

(ハッ・・そうだ! 私は今、何をしている?
日々の仕事のノルマをこなし、やっと得た休みなんだ。 
そして、この先に待つは、楽しい楽しいビュッフェ。 
だのに何故、真顔で待つ必要がある? 
仏頂面で大人ぶって・・
心の底から人生を楽しんでいる彼女達を見下している・・
自分は特別な存在とでも思っている様に・・
まるで休みの今も、会社にいる時と変わらぬではないか!
この幼子の様に、大人の私達だって
はしゃいだとて罰は当たるだろうか? いや無い・・! 
この二人は本気で人生を楽しむ事を教えてくれた神様だ。
ああ、早く神様と同じ動きをしなくては(使命感)
旅の恥はかき捨てじゃぁぁぁあ!!!!)
スーツの上着を脱ぎ捨て踊り始める。 
 
 6階、7階と次々乗り込んでくる客も
神と同調し踊るアリサを見て思わず踊り、歌いだす。
その舞を見て、涙する者さえいた。
何? エレベーターに乗ろうとして
中にこんな集団がいたら
怖くて入れないのではないかだと? 
大丈夫である。そんな事は無い。
皆笑顔なのだ。そして全力なのだ。
そんな状況を目の当たりにすれば誰しも
吸い込まれる様に入ってくるのだ。
心配は要らない。

「ビュッフェビュッフェビュッフェッフェー!
ハイ!(手拍子)」

おっと? 新しく乗り込んだ新参信者であろうか?
歌詞を完全に間違えている・・
全く・・困った輩である・・

 何? 正しいじゃないかだと? 違うのだ。
確かに言葉としてはビュッフェが正しい。
だが、ここは教祖がアリサのぶっへ教。
従って、ぶっへが正しい呪文と言える。
この踊りは、食事前にお祈りするような感覚と同じで
食べ物たちへの感謝の歌で、喜びの舞なのである。
それをどこの馬の骨かも分からぬ若者が勝手に
オリジナリテーを出そうとするものだから腹が立つ。

 しかもこの新入り、最悪な事にヘイ! の所をハイ! 
に変えて歌っているではないか! 
ヘと、ハをその若い耳で聞き間違える事はない筈。
まさかこの者、意図的にやっているのか? 
もしそうだとしたら許せる事ではないな
どう考えても死刑しかない。
更に若さであろうな・・
かなりの声量で他の信者達が歌うぶっへ本来の歌詞を
掻き消さんばかりの大声で歌う。

「ビュッフェビュッフェビュッフェッフェー! 
ハイ!(強めの手拍子)
ビュッフェフェフェーのービュッフェッフェー! 
イヤーハァー!(更に強めの手拍子)」

おっとととーのおっとっと。こ、これはいけない。
あろうことか某お菓子のCMのメロディ風に
アレンジを加えているではないか。
もう滅茶苦茶である・・これは流石にいけない。
ああ・・神よ、この若者の愚行を許して欲しい・・

 そしてハイでは飽き足らず
イヤーハァー等と言うハイカラな雄叫びをあげる始末。
更に、パラパラの様な振り付けを勝手に始めてしまう。
若さが暴走し、若さに任せ調子に乗ってしまった様だ。
これはお灸を据えなくてはいけない様であるな。

 しかし、この若者の全力のビュッフェダンス
ビュッフェの創始者、犬丸徹三が見たら
泣いて喜ぶ程の切れの良さである。
彼が存命であればビュッフェの
マスコットキャラクターに
抜擢されてもおかしくない程だ。
だがここは、アリサが教祖のぶっへ教。
その彼女が決めたルールを破っている彼は
正に一人の異教者として傍若無人に
暴れ回っている不穏分子なだけなのだ。

その若者の行動は、古参信者達を大いに悩ませる。
文句を言おうと試みるも
いざ話しかけようとした時に目が合うと
その若さに押されて黙りこくってしまう。

最悪の事態は、もしかしたら次の階から来る新信者は
若者に合わせ歌い、踊り出してしまうかもしれない。
それ程の若さと勢いと若さがあるのだ。
古参信者達の形式を重んじるスタイルを
一人の新参に今正に崩されつつある。

ぬ? さっきから若い若い言い過ぎだ?
年寄りの僻みがすごいであるだと?

・・そうなのかもしれない

普段なら何か言い返す事も出来たであろうが
今回ばかりは正にその通りだったからな
・・昔はこうでなかったのだ。いつも前向きで
誰が聞いても納得する『語り』をして来た筈であった
自分の語りで相手にしっかり伝わる。
こんな嬉しい事はなかった。
今回のこの部分で

『若い』

を強調する必要は一切なかったのだ。だが
私が彼と同じ年齢の頃は、彼の様に思い切り
自分を表現する機会が訪れなかった。
長い長い下積み時代であったからな。
そんな過去がある私が
彼の様に人生のピークであろう若い年齢で
自分を最高に表現出来ている姿に
強い嫉妬心が芽生えたのだ。
仕事である語りに、私怨を入れてしまっている時点で
私は三流語り部なのかも知れぬ。だが今私は、
自分を最大限語りという分野で表現出来ている。
ちょっと嫉妬深い所も
私のアイデンティティーを巧く表現出来ている様に
映ってはいないであろうか? 
こんな嫉妬混じりで人間味のある語りも
たまには良いものだと思うが・・
ぬ? そうか・・伝わらぬか・・

話を戻すが
例えば、伝言ゲームで、最初の一人と最後の一人が
全く別の事を言ってしまう様に
正しい事を後世に伝え続ける事はこうも難しい事なのだ。
そして、このままでは
そのズレる瞬間を目の当たりにしても
何も出来ずに変わってしまう・・悔し涙を流す古参信者。
己が力の無さを否応無く思い知る。一体どうすれば? 
しかも、肝心の教祖アリサ様は
自分の世界に入り込み、踊り狂っている。
従って周りの状況は掴めていないのだ。
その時である!

「ぶっへだよ?」へだよへだよへだよ(エコー)

「えっ? は、はいっすいませんブッヘ」

「語尾にぶっへはいらないんだよ?」
んだよんだよんだよ (エコー)

「すいません、ありがとうございます」

一人の男が、若者を注意する。
その声には不思議と重みがあり、響く様に若者に届く。
やんちゃ坊主で誰の声も届かないこの若者が
たった一言で素直に従ったのだ。
正に次の階に届く数秒前に
若者は正しい踊りをする事になったのだ。

この男は、先程5階でアリサを(くた)していた人だ。
アリサの信者になってまだ時間も経っていないと言うのに
既に教える立場になっている。
人間の成長とはかくも恐ろしいものなのだ。

平和を取り戻したエレベータ内、ビュッフェ会場へ進む。
踊りと歌は更にヒートアップ。もうここで倒れても良い
どうせすぐ先には美味しい食事達が待っているのだから。
ふと、15階を通り過ぎようとした時
アリサレーダーに反応があった。だが、
一心不乱に踊る彼女にその反応は届かなかった。

 その小さな個室には、一時(ひととき)の平和があった 
秩序があった、統率があった。
皆安息の地へと向かうエレベーター内と言う大舞台で
自分を最大限に表現している。

「ぶっへ ぶっへ ぶっへっへ へい!(手拍子) 
ぶっへ ぶっへ ぶっへっへーい」
そして・・チーン ビシィ!
会場に着くと同時に、左手人差し指を前に出し
右手を腰に当てる様なポーズを決めるアリサ。

「ブラボーアリサ。A、L、I、S、A! へい!」
ママはアリサに歓声を送る。

「ママ。様をつけなくては駄目よ」

「そうでした! すいませんアリサ様」
そうなのである。
この宗教の教祖のアリサは最高権力者。
例え肉親と言えども
今のアリサの前では一介の信者なのだ。

室内は拍手喝采。
アリサは息を切らしながらも
その拍手に笑顔で答える。
いつまでもこんな時間が続けばいいのに・・ 

 しかし、アリサは知らなかったのだ
これから起こるのは、恐怖のぶっへ・・失礼 
ビュッフェとなる事を・・!
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