第82話 歪んだ悪意 - Feedback (1)

文字数 2,973文字

 幸子を階段から突き落とした犯人は、委員長・櫻井 珠子だった。

 ――水曜日の昼休み

 悔しそうに呟く幸子。

「どうして……そんなに私のことが嫌いだったの……?」

 駿も残念そうな表情を浮かべていた。

「さっちゃんが見た通りだ。犯人は、委員長だ……」

 静寂の空気が部屋を包む。

「さっちゃん……」
「はい、母とも話をしました……」

 決意に満ちた表情を駿に向けた幸子。

「この件は、すべて私に任せると……かなり渋っていましたが、後悔しないようにやりなさいと……」
「わかった……さっちゃんはどうしたい?」
「はい、警察沙汰にはしませんが、まずは学校に報告したいと思います……」
「学校に報告か……」

 駿は悩む。

「この動画は、普通の方法で入手したものじゃないんだよね……」

 ふと思い付いた駿。

「よし、会長の力を借りよう」

 生徒会長の山辺に助力を求めることを提案する。

「はい、私も異論ありません」
「じゃあ、放課後に会長のところに行こうか」
「はい、分かりました」

 駿は太とアイコンタクトを取り、太はノートPCを片付けた。

「さっちゃん、ありがとね。みんなのところに戻ろうか」

 席を立たない幸子。

「さっちゃん……?」

 よく見ると身体が細かく震えている。
 駿は、手を差し出した。

「立てる……?」

 駿の手を取り、立とうとする幸子。

 ガララン ペタン

 しかし、膝の力が抜け、椅子を押しのけて床に手を付いてしまった。

「さっちゃん!」
「う……うぅ……うぅ……」

 クラスメイトに階段から突き落とされたことがショックだったのだろう。
 幸子は、うつむいたまま小さく嗚咽を漏らす。

「駿、ボク戻ってるから……さっちゃん、よろしくね……」

 太の言葉に頷いた駿。

 パタン

「うぅ……う……うぅ……」

 幸子の小さな嗚咽が部屋に広がる。

「さっちゃん、もう泣いても大丈夫だよ」

 首を左右に振った幸子。

「ごめんなさい……ごめんなさい……大丈夫です……ごめんなさい……」

 幸子は、涙のままに顔を上げる。

「泣いたり、悔しがったりしたら、負けですから……私は、負けません!」

 幸子の頭をそっと撫でた駿。

「オレも、みんなも、ついてるからね」

 幸子は笑顔で頷く。
 その目には、力強い光が宿っていた。

 ◇ ◇ ◇

 ――その日の放課後

 生徒会室にやってきた駿と幸子。

 コンコン

「はい、どうぞ」

 会長の声が扉の向こうから聞こえた。

「失礼します」

 中に入る駿と幸子。
 以前と同じように、折りたたみテーブルの向こうに会長が座っていた。
 会長は、こちらを見てニッコリ微笑む。

「高橋(駿)くん、山田(幸子)さん、文化祭ではお疲れさまでした。ライブ、素晴らしかったよ」
「会長、ライブ会場を確保していただいて、ありがとうございました」

 会長に頭を下げた駿と幸子。

「いやいや、あれだけのパフォーマンスを見せてくれたんだ、生徒会としても鼻が高いよ」

 会長は嬉しそうだ。

「ところで、今日はどうしたんだい? 何か相談事かな?」

 真剣な表情に変わる駿と幸子。

「はい、少々重大な相談でして……」
「うん、話を聞こう」
「実は、文化祭二日目、後夜祭の後に山田さんが何者かに階段から突き落とされました」
「夜、救急車が学校に来たとは聞いていたが……」
「はい、その救急車で搬送されました」

 幸子はうつむいてしまった。

「その映像が防犯カメラに残っていないかと思いまして……」
「なるほど……」

 手を顎に当てて悩んでいる様子の会長。

「まず、これは警察案件だと思う。学校に報告の上、警察に被害届を出すべきだと思うのだが……」

 幸子が口を開いた。

「山辺会長、これは私の意向で警察沙汰にはしていません。母の同意も得ています」
「それは――」
「犯人は生徒だと思いますので、捕まればきっと退学になるでしょうけど、それは犯人が世に放たれるということです。犯人は私が憎いようですので、何をされるのか分かりません」
「ふむ……」
「それであれば、目の届く範囲で監視していた方が良いと考えました。それと……」
「それと?」
「もしも、何かの気の迷いで私にそういうことをしたのであれば、最後のチャンスを与えたいと……」
「チャンス……」
「はい。強制的に退学になって、刑事事件で検挙されたとなったら、その後の社会復帰は限りなく困難です。だからチャンスをあげたいと考えています」

 ここで声を張る幸子。

「ただし! 私はその犯人を許すわけではありません! それなりの報いは受けていただこうと考えております」
「なるほどね……実際に被害にあった山田さんがそう言うのであれば、それでいいかもしれないね」
「はい、自分なりによく考えた上での結論です」
「うん、わかった!」

 会長は、笑顔を幸子に見せた。
 そして、駿に疑問を呈す。

「もう一点。防犯カメラは、生徒がいるうちは動いていないから、映像は残っていないのでは……?」

 反対に、会長に疑問を呈した駿。

「会長、生徒がいるとか、いないとか、誰が判断しているんですか?」
「…………」
「誰かがスイッチを入れたり、切ったりしているんですかね?」
「センサーとか……?」
「センターが反応したらスイッチを切るって、防犯カメラの意味をなしていないですよね」
「確かに……」
「実は、先生方に話を聞いても、正しい情報を持っている方がいないんです」
「!」
「ですので、今の防犯カメラは、動いてるのか、動いていないのか。動いているなら、いつ動いているかが、誰も分からない状態なんです」
「だから、映像が残っているかもしれないと……」

 駿は頷いた。
 考える会長。

「わかった。セキュリティに問題ありとして、直接校長に掛け合う。その時、キミたちも立ち会いの元、映像が残っているかを確認しよう。それでどうだい?」

 駿と幸子が顔を見合わせ、お互いに頷いた。

「会長、お願いできますでしょうか」

 駿の言葉に会長も応える。

「よし、分かった! じゃあ、早速校長と約束を取り付けてくる。LIMEを送るから、少しだけ時間をくれるか?」

 幸子は、席を立ち上がった。

「山辺会長、いつもご面倒をおかけしまして、申し訳ございません……」

 駿も席を立ち上がる。

「会長、よろしくお願いいたします」

 ふたりは会長に頭を下げた。

「頼ってくれと言ったのは私だからね。まったく問題ないよ」

 笑顔の会長。

「それでは、私からの連絡を待っていてくれ」
「よろしくお願いいたします!」

 ふたりは期待を込め、改めて会長に頭を下げた。

 ◇ ◇ ◇

 廊下を歩く駿と幸子。
 駿がポツリと呟いた。

「社会復帰か……」
「はい?」
「いや、さっちゃん、そこまで考えてるのかと思ってさ」

 困ったような笑顔を浮かべる幸子。

「正直に言うと……私に恨みや憎しみを持っていて、学校に未練が無いのであれば、学校を退学させても……何と言うか……逃げ得的な感じがするんです」
「逃げ得……」
「はい……自分のやったことに向き合わない限りは、反省も無いと思いますし……」
「うん、そうだね……」
「だから、違ったかたちで報いを受けてもらおうと……」
「そっか……」
「一時の気の迷いであってほしいです……」

 幸子は、悔しそうな表情を浮かべて、うつむいた。
 そんな幸子の頭をポンポンと優しく叩く駿。

 廊下の窓から差す夕陽の光が、ふたりの影を壁に作る。
 複雑な気持ちを抱えたふたりの影は、どこか寂しげだった。

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登場人物紹介

【主人公】


山田 幸子(やまだ さちこ)


高校1年生。通称「さっちゃん」。

身長150cm弱と小柄で、少し猫背気味。

背中に届く位の黒髪は、くせっ毛で所々が跳ねている。

胸もお尻もぺたんこ。顔全体に色濃くそばかすがある。


真面目でぼっち気質、自分を卑下する傾向が強い。

頭の中に響く<声>に悩まされている。

そばかすのコンプレックスと辛い過去が原因で、すべてを諦めている。

山田 澄子(やまだ すみこ)


幸子の母親。三十代後半。

黒髪をボブにしており、少しだけぽっちゃり気味。

美人ではないが、醸し出す優しげな雰囲気で可愛らしい印象。

高橋 駿(たかはし しゅん)


高校1年生、幸子の同級生。

身長180cmの細マッチョ。

肩くらいまで伸ばした目立たない程度の茶髪をポニーテールにしている。

いわゆるイケメンで、人当たりも良く、男女ともに人気が高い。

勉強も運動も得意な完璧超人。グループのリーダー格。

中澤 亜由美(なかざわ あゆみ)


高校1年生、幸子の隣のクラス。

身長160cm、標準体型だが少し細身。

背中まで伸びる派手な金髪のストレートヘアー。

端正な顔つきの結構な美人。人当たりも良く、人気が高い。

駿とは、小学生時代からの長い付き合い。

谷 達彦(たに たつひこ)


高校1年生、幸子の同級生。通称「タッツン」。

身長180cm弱の細マッチョ。

黒髪のツンツンヘアーに、目深に巻いたバンダナがトレードマーク。

無愛想で口が悪いので友だちは少ないが、実際は思いやりのある男の子。

武闘派で喧嘩っ早い。駿とは幼い頃からの長い付き合いで親友の間柄。

小泉 太(こいずみ ふとし)


高校1年生、幸子の隣のクラス(亜由美の同級生)

身長170cm、体重100kgの大柄な体格で、坊主頭にしている。

マイペースで、食欲が第一優先事項。

いつもニコニコしていて、物腰も柔らかいため、男女ともに人気は高い。

駿とは中学生時代からの付き合い。

山口 寿璃亜(やまぐち ジュリア)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団のリーダー格。

肩先まで伸びる黄色に近い金髪の白ギャル。

ノリ優先のお調子者でいつも賑やか。胸が大きい。

竹中 心藍(たけなか ココア)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団のマスコット枠。

背中まで伸びるストレートの銀髪の黒ギャル。

ほんわかしているが、時折下世話な爆弾を投げ込む。胸がすごく大きい。

伊藤 希星(いとう キララ)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団の良識枠で、影のリーダー。

茶髪のショートヘアのお姉さん。ギャル軍団のまとめ役兼ツッコミ役。

普段優しい分、キレると本気で怖い。胸が慎ましい。

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