その後の物語 2 - 林将吾と宇都宮好香 (2)

文字数 3,847文字

※ご注意※

このエピソードは、非常にセンシティブなテーマ(児童虐待など)を扱っています。
お読みいただく際には十分ご注意ください。
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 コンコン

 館長室の扉をノックする将吾と好香。

「はい、どうぞ」

 扉の向こうから館長の声がした。

 カチャリ

「失礼します」
「おぉ、おふたりさんか。入って、入って。どうしたんだい」

 好香は、突然その場で膝から崩れ落ちた。

「好香!」「宇都宮くん!」

 将吾は肩を貸そうとするが、好香は涙を流し、立ち上がれるような状態ではなかった。

「好香、一体何があったんだ?」

 顔すら上げられない好香は、震える声で必死で言葉を紡ぎ出す。

「キ……キリカちゃん……身体中に……あざが……」
「!」

 涙をボロボロこぼす好香を抱き締める将吾。

「館長……」
「うむ……見過ごせないな……」

 館長はデスクへ向かうと、どこかへと電話をかけ始めた。

 ――数分後

「ふたりとも聞いてくれ。今、知り合いの医師に話をして、明日特別に往診してもらえることになった。その場で診察してもらい、必要があれば保護、通報する。児童相談所にも話を事前にしておく」

 館長の言葉に頷くふたり。

「それから……キミたちは、明日はここに来るな」
「えっ?」

 ふたりは想像していなかった言葉に驚いた。

「あとは、我々大人に任せればいい」
「な、なぜですか……? キリカちゃんを救うところを見て、安心したいです!」
「ボクも同じ気持ちです。館長、お願いします!」

 真剣に訴えるふたりに、館長は悩む。
 そして――

「わかった……」

 ワッと顔を見合わせて喜ぶふたり。

「ただし、これだけは言っておく」

 今まで見たことのない館長の表情に、ゴクリとつばを飲む。

「覚悟しておけよ」

 館長の言葉に首をかしげるふたり。

 しかし、ふたりは翌日思い知らされることになる。
 なぜ館長が来るなと言ったか、なぜ覚悟しろと言ったかを。
 ふたりにとって、生涯忘れることのできない出来事が待っていたのである。

 ◇ ◇ ◇

 ――翌日

 朝、いつも通りやってきたキリカは、将吾と好香の歓迎を受け、大喜び。
 ふたりと楽しく遊び、好香が持ってきたお弁当を美味しそうに食べた。

 そして、午後。
 そのまま往診に来た先生がいる多目的室に誘導されていく。
 将吾と好香は、どのような診察結果になるのか気が気でなく、部屋の外で診察が終わるのを待っていた。

 ――一時間後

 バンッ

 多目的室の扉が勢い良く開いた。
 そこから走り出るキリカ。

「キリカちゃん!」
「将吾、追って!」

 キリカは、なかよしセンターを出て、住宅地を走っていく。
 それを追う将吾。

 そして、なかよしセンターにほど近い場所にあるアパートへ辿り着く。
 アパートの前には、数台の車が止まっていた。
 アパートから女性に連れられて出てくるひとりの若い女性。

「おかあさん!」

 キリカに目を向ける若い女性。

「キリカ……」

 しかし、キリカから目を背けると、そのまま車に乗った。

「おかあさん! おかあさん!」

 車の中の女性は、ただうつむいていた。

「おかあさん! どこいくの! わたしもいく! おかあさん!」

 女性は、両手で顔を覆う。

「おかあさん! やだよ! わたしもいく! おかあさん! おがあざん!」

 キリカを後ろから抱き締め、車から引き離す将吾。
 いつしか好香と館長も来ていた。

 車がゆっくりと動き出す。

「おがあざん! まっで! いいごになるがら! おがあざん!」

 将吾の手を振り切り、号泣しながら車を追いかけるキリカ。

「もっどいいごになるがら! おがあざん! まっで! おがあざん!」

 車の中で若い女性は肩を震わせていた。
 転んでしまうキリカ。
 それでも号泣しながら叫び続ける。

「おがあざん! おがあざん! まっでー!」

 やがて車は見えなくなる。

 キリカのそばにやってきたふたりの女性。
 泣いているキリカに何かを話している。

「やだ! おうぢにがえる! おがあざんまっでる!」

 絶叫するキリカ。

「ぜっだいがえっでぐる! おうぢでまっでる! おがあざんまっでる!」

 懸命にキリカを説得しているふたりの女性。
 しばらく押し問答が続く。

 そして、キリカは諦めた。

 ふたりの女性とトボトボと戻ってくるキリカ。

「キリカちゃん……」

 そっと声をかけた将吾、そして好香をキリカは睨みつけた。
 その目は、子どもがするような目ではない。
 目が語っていた。『絶対に許さない』と。
 言葉のない将吾と好香に、キリカは叫んだ。

「おがあざんをがえぜ!」

 キリカの泣き叫ぶ声が住宅地に響き渡る。

 そして、ふたりを睨み続けるキリカを乗せ、車は走り去っていった。
 将吾と好香は、ただただ立ち尽くしている。

「これが子どもの問題にかかわる、ということだ……」
「館長……」
「『助けてくれて、ありがとう』と、笑顔で感謝されると思ったかい?」

 館長は分かっていたのだ。
 ふたりが思い描いている結末とは、違う結末が待っているかもしれないことを。

「どんなに虐げられていても、子どもにとってお母さんは、やっぱり『おかあさん』なんだよ」

 言葉のない将吾と好香。

「キリカちゃん、診察を受けながら言ってたよ。『怒られるのは自分が悪い子だから』だって。『ぶたれるのは自分がいい子じゃないから』だって……キリカちゃんは、これっぽっちもお母さんを憎く思っていなかった」
「…………」

 将吾と好香は、想像もしていなかったキリカの心中を聞き、何の言葉も出てこない。

「だからこそ危険だと判断して、緊急を要すると警察と児童相談所に通報した……もしかすると、それをキリカちゃんに見られたか、聞かれていたのかもしれない……」

 目をつぶり、うなだれる好香。

「キミたちの事情は知っている。だが、スクールカウンセラーは、こんなもんじゃ済まないぞ」

 館長は、ふたりに厳しい目を向けた。

「子どもや親たちを取り巻く問題は、イジメや虐待だけじゃない。裏アカ、パパ活……今や小学生も知っている言葉だ。それが児童ポルノや売春、一生涯残る傷につながることも気づかずに、承認欲求を満たすために自ら裸を見せることに慣れ、いつしか身体を重ねることにすら慣れ、それがお金になることを覚えてしまう子ども達。 その行く末はどうなるか……私は、援助交際の果てに、妊娠をしてしまった小学生を知っている。彼女は言っていたよ、お腹にいる父親が分からない子どもを『産みたい』と。キミたちが向かい合うのは、そういう子どもや親、そしてそれらの問題に直面している教師たちだ」

 将吾はうなだれた。
 涙をこぼす好香。

「いいか、そしてキミたちは、あのキリカちゃんの目と同じ『目』で子ども達から見られ続けるんだ。それに耐えられないなら、スクールカウンセラーなんてやめておきなさい。キミたちには無理だ。別の道を考えることだね」

 将吾と好香は、館長の言葉に何も言えず、ただうつむいていた。

 ◇ ◇ ◇

 その後の調べで、キリカの母親も虐待を受けて育っていたことがわかった。
 自分の娘にそんなことはすまいと考えていたが、一度手を上げたら、止めることができなかったという。
 キリカと距離を開けることで、そんな衝動も抑えられるのではと考えたが、うまくいかなかったらしい。

 母親は、決してキリカを憎んでいたわけではなく、愛していた。それでも衝動を抑えることができなかったのだ。
 『虐待をやめたい』という心の叫び。その叫びは、誰にも届くことはなく、虐待の連鎖は続いてしまった。

 母親は、自身の心の治療のために入院することを決意。
 キリカは、施設へ引き取られることになった。
 母親はこれまでの自身の行為を後悔し、毎日涙しながら、いつかもう一度娘と暮らせる日を夢見て、治療を続けている。

 ◇ ◇ ◇

 時は流れ―――

「館長、手紙が届いたんですけど……」
「ん? どうしたの?」
「こんな人、なかよしセンターにいませんよね……?」

 女性職員が持ってきた封筒の宛先には――

『戸神なかよし児童センター ショウゴ様 コノカ様』

 ――と書かれていた。

「あぁ、昔ボランティアで来てくれていた高校生カップルだよ」
「へぇ~」
「その時に色々あってね……でも『今の涙が未来の喜びに、自分たちへの憎しみが将来の幸せにつながるなら』って、スクールカウンセラー目指して頑張ってるよ」
「な、なんか難しい話ですね……」
「そんなことないよ、ただ自分たちの目標に向けて今も頑張ってるってこと」
「随分と志の高い高校生だったんですね」
「そうだね、今はもう大学生。ふたりとも同じ大学に進学して、一生懸命勉強しているよ。臨床心理士を目指すだろうから、大学院に進むんじゃないかな」
「支え合ってるんですねぇ~、羨ましいなぁ~」
「中学生の頃からの付き合いだって言ってたからね」
「長ッ!」
「ふふっ、きっとあのふたりは将来一緒になるんじゃないかな」

 届いた封筒をクルッと裏返す館長。

「ん……? ……はははっ! そうか…… うん、そうか!」
「ど、どうしたんですか、館長……突然気持ち悪い……」
「この封筒の中身、何が書いてあるか分かったよ!」
「えっ! 館長、時々スゴいですよね……」
「久々にふたりと連絡を取ってみるか……きっと喜ぶぞ!」

 机の上に置いてあったスマートフォンを喜々として手にする館長だった。


 封筒の裏には、差出人が書かれていた。

 『木下 霧花』

 将吾と好香の元にキリカからの手紙が届いたのは、あの日から五年後のことだった。


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登場人物紹介

【主人公】


山田 幸子(やまだ さちこ)


高校1年生。通称「さっちゃん」。

身長150cm弱と小柄で、少し猫背気味。

背中に届く位の黒髪は、くせっ毛で所々が跳ねている。

胸もお尻もぺたんこ。顔全体に色濃くそばかすがある。


真面目でぼっち気質、自分を卑下する傾向が強い。

頭の中に響く<声>に悩まされている。

そばかすのコンプレックスと辛い過去が原因で、すべてを諦めている。

山田 澄子(やまだ すみこ)


幸子の母親。三十代後半。

黒髪をボブにしており、少しだけぽっちゃり気味。

美人ではないが、醸し出す優しげな雰囲気で可愛らしい印象。

高橋 駿(たかはし しゅん)


高校1年生、幸子の同級生。

身長180cmの細マッチョ。

肩くらいまで伸ばした目立たない程度の茶髪をポニーテールにしている。

いわゆるイケメンで、人当たりも良く、男女ともに人気が高い。

勉強も運動も得意な完璧超人。グループのリーダー格。

中澤 亜由美(なかざわ あゆみ)


高校1年生、幸子の隣のクラス。

身長160cm、標準体型だが少し細身。

背中まで伸びる派手な金髪のストレートヘアー。

端正な顔つきの結構な美人。人当たりも良く、人気が高い。

駿とは、小学生時代からの長い付き合い。

谷 達彦(たに たつひこ)


高校1年生、幸子の同級生。通称「タッツン」。

身長180cm弱の細マッチョ。

黒髪のツンツンヘアーに、目深に巻いたバンダナがトレードマーク。

無愛想で口が悪いので友だちは少ないが、実際は思いやりのある男の子。

武闘派で喧嘩っ早い。駿とは幼い頃からの長い付き合いで親友の間柄。

小泉 太(こいずみ ふとし)


高校1年生、幸子の隣のクラス(亜由美の同級生)

身長170cm、体重100kgの大柄な体格で、坊主頭にしている。

マイペースで、食欲が第一優先事項。

いつもニコニコしていて、物腰も柔らかいため、男女ともに人気は高い。

駿とは中学生時代からの付き合い。

山口 寿璃亜(やまぐち ジュリア)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団のリーダー格。

肩先まで伸びる黄色に近い金髪の白ギャル。

ノリ優先のお調子者でいつも賑やか。胸が大きい。

竹中 心藍(たけなか ココア)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団のマスコット枠。

背中まで伸びるストレートの銀髪の黒ギャル。

ほんわかしているが、時折下世話な爆弾を投げ込む。胸がすごく大きい。

伊藤 希星(いとう キララ)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団の良識枠で、影のリーダー。

茶髪のショートヘアのお姉さん。ギャル軍団のまとめ役兼ツッコミ役。

普段優しい分、キレると本気で怖い。胸が慎ましい。

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