第73話 文化祭 (7)

文字数 2,217文字

 ――文化祭 二日目 音楽研究部のライブ

 一曲目から三曲目は、駿がボーカルを取り、観客から高い評価を得た。
 そして、四曲目、ついに幸子がボーカルを取る。
 心に深い傷を負った『過去の自分』と対峙した幸子は、駿たちから得た勇気や友情を想いながら歌い、『過去の自分』を心の奥底へ追いやることに成功した。
 自分へ歌った歌は、観客の心にも届き、惜しみない歓声と拍手を得ることができたのだった。

 そして、このライブの最後の曲。
 駿と幸子は、練習時に一度も成功しなかったデュオに挑む。

 ステージに照明が灯った。
 駿はベースを置き、幸子が待つステージ中央へ進む。
 太は、吹奏楽部に借りたティンパニを二台並べていた。
 駿がマイクを持ちMCを挟む。

「皆さん、ありがとうございます。次の曲がこのステージの最後の曲になります」

 観客から『えー』『やだー』といった嘆きの声が大きく上がった。
 少しだけ時間をおき、観客が落ち着くのを待つ。

「そうやって言っていただけて、ホントに嬉しいです。短い時間でしたが、私たちのステージにお付き合いいただき、本当にありがとうございました。最後まで楽しんでいってください」

 観客に軽く手を挙げた駿。
 その姿に歓声と拍手が沸き起こる。

 そして、すべての照明が落ち、ステージが淡い赤い光に包まれた。
 ステージ中央に立つ駿と幸子。

 ふと幸子に目をやった駿。
 練習で一度も成功しなかった歌に挑むからだろう。緊張で震えているのが分かる。

「さっちゃん、手を出してみて……」
「?……」

 駿の言葉に、そっと手を出した幸子。
 駿は、その手を握った。

「!……」
「さっちゃん、一緒に歌おう……」

 幸子に優しく微笑む駿。

(今回もこうやって勇気をもらっちゃうんだな……)

 幸子は駿の手を強く握り返した。
 駿が、ジュリアとココアに合図を出す。

 ふたりにスポットライトが当たった。
 手をつなぐふたりの姿に、観客からひやかしの声が上がる。
 身長差の大きなふたり。
 手をつないだその姿は、親子のようで、正直不格好だった。
 笑っている人もいる。

「さっちゃん、歌で黙らせよう……」

 駿の言葉に、強い意思を込めて頷いた幸子。
 駿は、キーボードの亜由美に合図を出した。

 スピーカーからピアノの音が流れ始める。
 徐々に小さくなっていくひやかしの声。

 ライブの最後を飾るのは、数十年前に発表されたフォークデュオの名曲。
 数年前、あるアーティストが独自の解釈でこの曲をカバー。
 さらに、実力派シンガーとのデュオが大きな話題となった。
 今回、駿と幸子が挑戦しているのが、そのデュオのカバーである。

 駿と幸子は、便宜上、曲の構成を一番から五番まで番号付けした。
 一番と二番は、つぶやくように、そして二番の方が若干強く歌う。
 三番から声を張り、四番、そして最後の五番に向けて徐々に強く、声量を上げていく。
 そして、ラストだけは、囁くように。

 練習では三番の途中、もしくは四番から幸子の声が駿の声に押され始め、きれいにハモることがどうしてもできなかった。

 曲が始まり、ふたりのデュオが始まる。
 誰かにそっとつぶやくように歌いながら、ハモっていったふたり。
 その歌声に、観客は誰も声を発せなくなる。

 一番、二番を歌い終え、そして、鬼門の三番へ。
 駿と幸子の歌声が大きく、そして強くなる。
 駿は幸子の手をぎゅっと握った。
 幸子も手を強く握り返す。
 幸子の声は、駿の声に押されず、きれいなハモりを見せていた。
 観客は、ただただふたりの歌声に聴き入っている。

 四番へ。
 駿は、どこかに怒りをぶつけるかのように。
 幸子は、さらに強く、しかしどこか咽び泣くかのような声で歌う。
 駿に負けないほどの存在感のある幸子の声。

 そして、太の叩くティンパニの音が、野太く講堂に響く。
 達彦もふたりの歌の邪魔にならないように、ギターを奏でていた。

 ふたりの顔に汗が流れ、照明に照らされ光っている。
 観客は、その全力で歌うふたりの姿と、力強くも美しいハーモニーに、目と耳が釘付けになっていた。

 そして、五番。
 ふたりは、最後に全力を尽くした。

 駿は、心に渦巻く激情をそのままこの場にぶちまけるように叫ぶ。
 幸子は、天遥か遠くの神へ祈りを届けるが如く、声を絞り出す。
 ふたりの手は固く結ばれていた。

 観客は、ふたりの歌声とハーモニーに圧倒され、言葉を失う。

 そして、クライマックス。
 ふたりは、あらん限りの声を出し、ラスト、呟くようにフィニッシュを迎える。

 練習では、一度もうまくいかなかったデュオは、この本番で成功した。
 歌い終えたふたりは顔を合わせ、満足そうに微笑んだ。

 伴奏が終わる。


 講堂が揺れた。


 講堂を揺らすほどの大きな歓声と、割れんばかりの拍手が講堂の中に満ちる。
 誰もが手を上げ、拍手をしているのが見えた。

 ステージの照明が灯る。
 歓声と拍手がさらに大きくなった。

 駿、達彦、亜由美、太、そして幸子の五人がステージ上に横一列に並び、頭を下げる。
 止まない歓声と拍手。
 五人は、そのままステージ脇へはけていった。

「よっしゃ! 大成功だろ、コレ!」

 駿が満面の笑みで四人に同意を求める。

「はい! 大成功です!」
「満点って言っていいんじゃねぇの」
「私、もっとやりたーい!」
「ボクももっとやりたいな」

 ライブ成功の喜びにハイタッチし合うステージメンバーたち。
 五人は、やり遂げた達成感を全身で感じていた。

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登場人物紹介

【主人公】


山田 幸子(やまだ さちこ)


高校1年生。通称「さっちゃん」。

身長150cm弱と小柄で、少し猫背気味。

背中に届く位の黒髪は、くせっ毛で所々が跳ねている。

胸もお尻もぺたんこ。顔全体に色濃くそばかすがある。


真面目でぼっち気質、自分を卑下する傾向が強い。

頭の中に響く<声>に悩まされている。

そばかすのコンプレックスと辛い過去が原因で、すべてを諦めている。

山田 澄子(やまだ すみこ)


幸子の母親。三十代後半。

黒髪をボブにしており、少しだけぽっちゃり気味。

美人ではないが、醸し出す優しげな雰囲気で可愛らしい印象。

高橋 駿(たかはし しゅん)


高校1年生、幸子の同級生。

身長180cmの細マッチョ。

肩くらいまで伸ばした目立たない程度の茶髪をポニーテールにしている。

いわゆるイケメンで、人当たりも良く、男女ともに人気が高い。

勉強も運動も得意な完璧超人。グループのリーダー格。

中澤 亜由美(なかざわ あゆみ)


高校1年生、幸子の隣のクラス。

身長160cm、標準体型だが少し細身。

背中まで伸びる派手な金髪のストレートヘアー。

端正な顔つきの結構な美人。人当たりも良く、人気が高い。

駿とは、小学生時代からの長い付き合い。

谷 達彦(たに たつひこ)


高校1年生、幸子の同級生。通称「タッツン」。

身長180cm弱の細マッチョ。

黒髪のツンツンヘアーに、目深に巻いたバンダナがトレードマーク。

無愛想で口が悪いので友だちは少ないが、実際は思いやりのある男の子。

武闘派で喧嘩っ早い。駿とは幼い頃からの長い付き合いで親友の間柄。

小泉 太(こいずみ ふとし)


高校1年生、幸子の隣のクラス(亜由美の同級生)

身長170cm、体重100kgの大柄な体格で、坊主頭にしている。

マイペースで、食欲が第一優先事項。

いつもニコニコしていて、物腰も柔らかいため、男女ともに人気は高い。

駿とは中学生時代からの付き合い。

山口 寿璃亜(やまぐち ジュリア)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団のリーダー格。

肩先まで伸びる黄色に近い金髪の白ギャル。

ノリ優先のお調子者でいつも賑やか。胸が大きい。

竹中 心藍(たけなか ココア)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団のマスコット枠。

背中まで伸びるストレートの銀髪の黒ギャル。

ほんわかしているが、時折下世話な爆弾を投げ込む。胸がすごく大きい。

伊藤 希星(いとう キララ)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団の良識枠で、影のリーダー。

茶髪のショートヘアのお姉さん。ギャル軍団のまとめ役兼ツッコミ役。

普段優しい分、キレると本気で怖い。胸が慎ましい。

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