第144話 コーラスライン (5)

文字数 4,436文字

 ――始業式の四日後の放課後 音楽室

 この日は、コーラス部の活動日。
 駿は、幸子、ジュリア、ココア、キララの四人を伴って、音楽室を訪れた。

 ガチャリ

「おいーっす」
「高橋くん!」

 駿たちを笑顔で迎える倫子。
 そして、駿の元へ足早にやってきた。

「高橋くん、さっき薄井(小太郎)くんから発表会の話があったの」
「詳しく聞かせていただけますか」
「日程は、再来週の金曜日、月例の生徒集会の最後に行うそうです」
「ちょうど二週間後か……」
「それと、歌えるのは一曲だけです」
「一曲だけ?」
「はい、向こうも演奏するのは一曲だけだそうです」

 ピンとくる駿。

「今から練習して、演奏できる新しい曲が一曲だけってことだろうな」
「あ……そういうことですか……」

 倫子と駿は笑い合った。

「倫子先輩、オレにちょっとアイデアがあるんで、あとでみんなに説明させてもらっていいですか?」

 満面の笑みで頷く倫子。

「もちろんよ! きっと私たちでは思いつかないアイデアでしょうから、ぜひ聞かせてください!」

 駿は、倫子に笑顔でサムズアップを送った。

「それと、強力な援軍を連れてきたんです」
「東雲(倫子)部長!」

 駿の陰からひょっこり顔を出す幸子。

「まぁ、山田(幸子)さん!」

 両手を広げた倫子に、幸子が飛び込んだ。

「只今、戻りました……」
「お帰り、山田さん……」

 抱きしめ合うふたり。

「さっちゃんの他に、三人助っ人を連れてきたんです。紹介します」

 幸子から離れ、姿勢を正した倫子。

「金髪の白ギャルが『山口寿璃亜(ジュリア)』」
「山口でーす。よろよろー」

「銀髪の黒ギャルが『竹中心藍(ココア)』」
「竹中です~。歌って踊っちゃいます~。よろしく~」

「茶髪のお姉さんが『伊藤希星(キララ)』」
「伊藤と申します。よろしくお願いいたします……っていうか、ふたりとも挨拶くらいちゃんとしろ!」
「はーい……」「は~い……」

 キララに叱られて、しょぼくれるジュリアとココア。

「えーと……ご覧の通り、伊藤さんが唯一の良心です」

 駿は苦笑いした。

「あはははは! ステキなトリオね! コーラス部部長の東雲と申します。助けていただけるということで、どうぞよろしくお願いいたします」
「ご期待に添えるよう、頑張ります!」

 キララが頭を下げると、ジュリアとココアもそれにあわせて頭を下げた。

「三人ともコーラスは始めてですので、倫子先輩や大谷先生のご指導をお願いできればと思います」
「わかったわ、大谷先生と相談して対応するわ」
「よろしくお願いいたします」
「じゃあ、皆さん、こちらへどうぞ……みんな! 高橋くんが来たわよ!」

 部員たちが笑顔で駿の元に集まってくる。

「おぉ、今日も大歓迎だな」
「し、駿……」
「なに、ジュリア?」
「えーと、ホントにあーしたち、いていいの……? 明らかに浮いてんだけど……」

 コーラス部の部員は、全員基本真面目な人ばかり。
 そんな中に、ギャルが三人いるのである。
 部員たちも多少距離を空けている感じだ。

 そんな状況に、すすっと前に出る幸子。

「皆さん、ご無沙汰しております」

 幸子はペコリと頭を下げた。

「山田さん!」

 部員たちは幸子を大歓迎の様子。

「あの、こちらのジュリアさん、ココアさん、キララさん。私のお友達で三人ともすごく優しい方たちなんです!」

 笑顔で三人を紹介する幸子。

「さっちゃん、ありがと~」

 ココアは、幸子を抱き締めた。
 幸子もココアの背中に手を回し、とても嬉しそうだ。
 そんなふたりを見て、ほんわかした優しい気持ちになる部員たち。

「それと、みんな。この金髪のジュリアはツンデレだから。ツンツンしてても気にしないで」

 ジュリアにいたずらっぽく笑いかけた駿。
 部員たちもくすくす笑っている。
 そんな駿の両頬をつねったジュリア。

「ひたひ……(痛い……)」

 そして、つねったまま両手を上下に動かす。

「て・き・と・う・な・こ・と・を・い・う・な!」
「ひてててててて(痛てててててて)」

 ジュリアと駿の様子を見て、笑っている部員たち。

「ご覧の通り、駿やさっちゃんとは、こんなことができるレベルの仲良しです。皆さんとも仲良くしたいので、どうぞよろしくお願いいたします」

 部員たちに頭を下げるキララ。

 パチパチパチパチパチパチパチパチ

 部員たちは、拍手で三人のギャルを暖かく迎えた。

「高橋くんのお友達は、いい子ばかりね……」

 倫子の言葉に、痛む頬をさすりながら駿が答える。

「そうでしょ。オレの自慢の友達です」

 笑顔で頷いた倫子。

「それに……」
「それに?」
「倫子先輩も、その自慢の友達のひとりですからね」

 駿は、笑顔で答えた。

「頼りになる後輩くん、本当にありがとう……」
「お礼は、アイツらに勝ってからで」

 顔を合わせて微笑み合う駿と倫子。

 駿は、部員たちの方へ向き直った。

「今日は、軽音楽部のヤツらっているの?」

 首を左右に振る倫子。

「私に発表会のことを伝えたら、そのまま帰っちゃったわ」
「OK、じゃあ発表会のことについて、話をしよう」

 倫子と部員たちは、真顔になり、駿に注目した。

「あれからオレも色々考えてね。とりあえず、最後まで聞いてもらって、その後にみんなの意見を聞きたい。いいかな?」

 うなずく倫子と部員たち。

「じゃあ、まず……みんなで合唱するスタイルをやめたいと思う」
「!」

 突然の話に、場がざわついた。

「これまでは音域によってパートを分けて、みんなで歌っていたと思うんだけど、これを『リードボーカル』と『コーラス』に分ける」
「先日、高橋くんが言っていた『群』ではなく『個』を作るってことですか?」

 倫子の問いに、駿がうなずく。

「倫子先輩、その通りです。コーラス部のシンボルとなる『個』として『リードボーカル』を設定します。この『リードボーカル』には、高い歌唱力が求められます」
「私たちにはできない発想だわ……」

 倫子は感心した。

「それ以外は『コーラス』に回ってもらいます」
「『リードボーカル』への負担がかなり大きいわね……」
「はい、だから『リードボーカル』は、相当な技量を持っている方じゃないと、務まらないと思います」
「そうね……」

「だから、『リードボーカル』は、倫子先輩にお願いしたいです」

 驚く倫子。

「わ、私⁉ 無理よ! 無理無理!」

 倫子は、必死で拒否した。

「倫子先輩の技量は、他のみんなと比べると、頭二つ三つ抜きん出ています。これは、みんながダメってことではなく、倫子先輩がスゴいんです」
「わ、私では……」
「とりあえず、話を続けますね?」
「は、はい……」

 困惑した様子の倫子。

「他のみんなは『コーラス』を担当してもらうんだけど、オレは『コーラス』のみんなと『リードボーカル』の倫子先輩の間に【コーラスライン】を引きたいと思っている」
「【コーラスライン】?」

 倫子は首をひねる。

「【コーラスライン】って、有名な映画やミュージカルのタイトルにもなってるんだけど、ミュージカルの舞台上に引いてある白いラインのことでね、そのラインより先にコーラスは出てはいけませんっていうラインのことなんだ」
「それは……」
「主役級のメインキャストと、端役であるコーラスとを、舞台の上で隔絶するライン……演劇の世界は厳しいよね」

 駿の話に、ざわつく部員たち。
 倫子は納得いかない様子だ。

「高橋くん、私たちは常に一緒にやってきました。それを――」
「倫子先輩、ちょっと待った。みんなもちょっと待ってくれ」

 手を上げて、落ち着かせようとする駿。

「説明不足でゴメン。オレの引きたい【コーラスライン】は、演劇のそれじゃないんだ」
「どういうこと?」
「実際にラインを引く必要はない。みんなの心の中で二本の【コーラスライン】を意識してほしいんだ」
「二本の【コーラスライン】……」

 駿は、倫子や部員たちに向けて、人差し指を上げて『1』を示す。

「一本目は【横のコーラスライン】。これは、倫子先輩とコーラスのみんなの間に引く。ただし! 隔絶させるものではない」
「では、何のために……」
「観客に『リードボーカル』と『コーラス』とを明確に区別させて、理解させるためです」
「『コーラス』だけだと、ぼやけるから……」

 頷く駿。

「観客は倫子先輩の歌声と、コーラスの美しいハーモニーを楽しみやすくなるんじゃないかなって。さらに言えば、軽音との比較をしやすくするため。コーラス部の方が圧倒的に上ってことをね」
「【横のコーラスライン】は、観客に向けて、分かりやすさや、評価のしやすさを演出するための線なのね」
「さすが、倫子先輩! 理解が早いです!」

 部員たちも、皆頷いた。
 そして駿は、人差し指と共に中指も上げ『2』を示す。

「二本目は【縦のコーラスライン】。これが重要になると思う」
「縦……?」
「『リードボーカル』と『コーラス』とを結ぶ【信頼】と言う名のラインです」
「信頼……」
「『リードボーカル』は圧倒的な技量が必要だけど、ひとりで歌うわけじゃない。コーラスを無視して、自分だけが突っ走って歌ってはいけないわけです」

 駿を見つめる倫子。

「そして『コーラス』は、『リードボーカル』を喰ってしまうような歌い方ではいけないし、だからと言って、引っ込みすぎてもいけない」

 部員たちも真剣な顔付きをしていた。

「『リードボーカル』は『コーラス』がハモりやすいリズムと歌い方で歌い、『コーラス』は『リードボーカル』を引き立たせるように美しいハーモニーを生み出す……」
「【縦のコーラスライン】は、常に相手のことを考えて歌う、ということね」
「はい、その通りです」

 倫子に向き直る駿。

「だからこそ、オレは倫子先輩に『リードボーカル』をお願いしたいんです」
「…………」

 倫子は、うつむいてしまう。

「技量だけの話じゃない。『コーラス』のみんなの信頼を一身に引き受けられるのは、倫子先輩しかいないです」
「私は――」

 挙手した男子部員。

「部長、僕は高橋くんのやり方に賛成です。それと、部長にリードボーカルをお願いしたいです!」

 女子部員も挙手する。

「私も賛成! 私たち、きっと部長を引き立たせてみせますから! 部長、お願いします!」

 続いて挙手した女子部員。

「私たちの思いを、部長の歌で学校のみんなに! 部長、歌ってください!」

 倫子は両手で顔を押さえ、身体を震わせる。
 そんな倫子の肩を抱いた駿。

「倫子先輩、オレたち音楽研究部も全面的にバックアップします。だから、マイクを握ってくれませんか……?」
「東雲部長、私にもお手伝いさせてください」

 幸子は、倫子の腕にそっと触れる。

 ゆっくり顔を上げた倫子。
 顔は涙に濡れていたが、瞳には熱い炎が灯っている。

「みんな、力を貸してくれる……?」
「はい!」

 わぁっと、倫子の元に部員たちが集まった。
 倫子の顔にも笑顔が浮かんでいる。
 そんなコーラス部の面々を暖かく見つめた駿。

「話がまとまったみたいね」

 皆が声のした方を見ると、顧問の大谷が笑顔で立っていた。

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登場人物紹介

【主人公】


山田 幸子(やまだ さちこ)


高校1年生。通称「さっちゃん」。

身長150cm弱と小柄で、少し猫背気味。

背中に届く位の黒髪は、くせっ毛で所々が跳ねている。

胸もお尻もぺたんこ。顔全体に色濃くそばかすがある。


真面目でぼっち気質、自分を卑下する傾向が強い。

頭の中に響く<声>に悩まされている。

そばかすのコンプレックスと辛い過去が原因で、すべてを諦めている。

山田 澄子(やまだ すみこ)


幸子の母親。三十代後半。

黒髪をボブにしており、少しだけぽっちゃり気味。

美人ではないが、醸し出す優しげな雰囲気で可愛らしい印象。

高橋 駿(たかはし しゅん)


高校1年生、幸子の同級生。

身長180cmの細マッチョ。

肩くらいまで伸ばした目立たない程度の茶髪をポニーテールにしている。

いわゆるイケメンで、人当たりも良く、男女ともに人気が高い。

勉強も運動も得意な完璧超人。グループのリーダー格。

中澤 亜由美(なかざわ あゆみ)


高校1年生、幸子の隣のクラス。

身長160cm、標準体型だが少し細身。

背中まで伸びる派手な金髪のストレートヘアー。

端正な顔つきの結構な美人。人当たりも良く、人気が高い。

駿とは、小学生時代からの長い付き合い。

谷 達彦(たに たつひこ)


高校1年生、幸子の同級生。通称「タッツン」。

身長180cm弱の細マッチョ。

黒髪のツンツンヘアーに、目深に巻いたバンダナがトレードマーク。

無愛想で口が悪いので友だちは少ないが、実際は思いやりのある男の子。

武闘派で喧嘩っ早い。駿とは幼い頃からの長い付き合いで親友の間柄。

小泉 太(こいずみ ふとし)


高校1年生、幸子の隣のクラス(亜由美の同級生)

身長170cm、体重100kgの大柄な体格で、坊主頭にしている。

マイペースで、食欲が第一優先事項。

いつもニコニコしていて、物腰も柔らかいため、男女ともに人気は高い。

駿とは中学生時代からの付き合い。

山口 寿璃亜(やまぐち ジュリア)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団のリーダー格。

肩先まで伸びる黄色に近い金髪の白ギャル。

ノリ優先のお調子者でいつも賑やか。胸が大きい。

竹中 心藍(たけなか ココア)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団のマスコット枠。

背中まで伸びるストレートの銀髪の黒ギャル。

ほんわかしているが、時折下世話な爆弾を投げ込む。胸がすごく大きい。

伊藤 希星(いとう キララ)


高校1年生、幸子の同級生。

ギャル軍団の良識枠で、影のリーダー。

茶髪のショートヘアのお姉さん。ギャル軍団のまとめ役兼ツッコミ役。

普段優しい分、キレると本気で怖い。胸が慎ましい。

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