第13話 音で伝えると言うことなんだろう

文字数 828文字

 街の小さな電気屋の前にテーブルを置いてビールを飲んでいる外国のひとたちがいた。全員太い腕にタトゥーをしている。
 バンドが通り過ぎる時に彼らは声をかけてきた。

「何か弾いてくれるかな」
「日本の曲でもいいのなら」
「いいヨ。演歌でもいい」

 ハハハ、と笑う彼らに向けて応対した紫華(シハナ)が曲名を告げた。

「『与作』」

 俺が付き合うよ、と言って伴奏を志願したのは蓮花(レンカ)だった。
 アンプをつながないベースで低音を紡ぎ、紫華が肩幅に脚を広げ真っ直ぐな微動だにしないその体幹で静かに歌い始めた。

 最初は好奇の眼。
 次に驚き。
 そしてそれは感動と畏怖へと変わり。
 最後には全員が涙していた。

「ああ・・・」
「どうしたの」
「わからない。ただ、涙が・・・」
「嬉しい」

 こういうことをバンドは夏の間じゅう続けた。
 自分たちが住まう大塚を皮切りに遠く離れた山の麓の街でも、猫が漁師たちの魚をネコババする港でも。

 紫華には喉があればよかった。
 ウコクにはギターがあれば。
 蓮花にはベースがあれば。
 馬頭(バズ)にはスティックさえあればあらゆるものをパーカッションに変えた。

 素泊まりの民宿やビジネスホテルをつたい、社長からの送金が尽きればカナエの軽四ワゴンで寝起きした。

 流しのように居酒屋で演奏し、ベンチで愛を語っていたたった二人の恋人たちのためにフルバンドで演奏した。

 園児たちにブルースを聴かせ、寿命間近の老人たちにポップ・ソングを教え込んだ。

 衣装がなければただのランニングシャツで済ませ、猛暑の日には川に脚を浸して轟音を鳴らした。

 カナエも混じえた5人で本当に海と夕日に向かって叫び、ケンカをすればその都度に友情を誓い合った。

 紫華はどんどん美しく、男ども3人はどんどん力強く、カナエは中二病と経営感覚を更に研ぎ澄ませ、ひと夏の間に5人は成長した。

 まるでブルース・スプリングスティーンの『Growing up』のように。

 そしてバンドは東京に戻って来た。

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