第17話 永遠の夏休み

文字数 2,682文字

 ほぼ強制的に2人は休暇を与えられた。

紫華(シハナ)。夏休みよ」
「え。カナエ、夏はもう終わってるよ」
「ふはは、『俺たちの夏はこれから始まる』かあ?」

 カナエは馬頭(バズ)に極めて冷静な視線を送りながら趣旨を説明した。

「紫華は生まれてから困苦の連続だったわ。学校で友達を作ることすら叶わないくらいに。今からでもいいから少し世間を見ておいて欲しいの」
「世間ならライブで見てるよ。ストリートでも」
「紫華。じゃああなた映画館で映画を観たことは?」
「・・・ない」
「カフェでスイーツを食べたことは?」
「叔母さんが夕食後にフルーツを切ってくれたよ」
「ぷ、ははは。紫華おもしれー」
「馬頭。あなたも一緒よ」
「はあ? 俺はライブハウスでオーナーやバンドのやつらと一毎日一緒にワイワイやってたぜ」
「でもプライベートで女の子と話したことなんてないでしょ」
「ははーん。俺と紫華をくっつけようとしてくれてるのか。紫華。俺と付き合うか?」
「別にいい」
「お? 『いい』ってOKか? マジかよ!」
「違う。『遠慮しとく』って意味の『いい』」
「くぅー。聞いたかよカナエ」
「馬頭。わたしはあなたに紫華のボディ・ガードを頼みたいのよ」
「なんで俺?」
「男の子だから」

 1週間の言わば有給休暇だ。
 所属アーティストの契約の中に含まれる『集合練習』もこの1週間ふたりは自主練だけで免除される。
 毎日小学生のようなやりとりが繰り返された。

「シ〜ハ〜ナ〜ちゃーん! おーはーよー!」

 馬頭の声でガチャ、とドアが開く。

「大家さんに悪いから大声出さないで。後『ちゃん』付けで呼んだら二度とあなたの前では歌わない」
「おいおい、そりゃあ困る。で? 今日はどこ行きたい?」
「海」

 17歳なので車の免許はまだだが馬頭は地方で仕事をする上で必要に駆られバイクの免許を取っていた。都心での移動用にとカナエが私有しているスクーターを借りて2人は海に出かけた。

「♪ああ、やることないのなら、働いて親孝行でも決めてみてよ」
 ・・・エレファントカシマシ:『今だ!テイク・ア・チャンス』

「馬頭。楽しそうだね」
「一応デートだからな」
「今までにデートしたことは?」
「うーん。中2ん時に組んだバンドのギターが女子でさあ。練習スタジオが開く前の待ち時間に楽器屋で一緒に見てたのってデートなのかなあ?」
「わたしに質問しないで」
「率直に答えてくれよ」
「『社交』だと思う」
「あ、やっぱり」

 紫華がスマホでナビしてなんとか横浜にたどり着いた。馬頭は埠頭にスクーターを乗り入れる。

「こういう海でよかったのか」
「うん」
「そっかー。俺はまた紫華の水着が見れると思ったんだけどな」
「やめて。わたし、身体(カラダ)に自信ないから」
「うわ。なんかやらしい言い回しだな」

 内航タンカーやキャリアー船。それにコンテナやクレーンヤードの乾いた風景がロックっぽいなと馬頭は感じていた。

「ねえ、馬頭」
「なんだい」
「馬頭がやってたバンドのギターって男子だとばっかり思ってた」
「ああ・・・凄い女だったぜ。ヴォーカルのヒデシが客に怒鳴るみたいにシャウトすれば、あいつはコーラス用のマイクスタンド蹴倒してギターをかきならしてさあ」
「名前は?」
「ケイ。漏れなく死んじゃったけどな」

 昼はカナエが言うようにお洒落なカフェでパンケーキでも食べようかということになった。街なかに移動して入った店は混雑していた。

「ほっぺた落ちるかと思った」
「なんだそりゃ。ほんとに紫華って14歳か?」
「間違いなく」
「ははっ」

 ひとつひとつの言い回しや仕草が極めてロック的でありながら異性や同性の胸を少しだけくすぐったくさせる何かがある。これはもう紫華の今までの生き様があって初めて成せることだと馬頭は嫉妬すら覚えた。
 ただし、人生の大半を『いじめ』の苦悩と共に生きてきていることは嫌というほど理解していた。

「紫華、だよね? A(エイ)-KIREI(キレイ)の」
「はい」

 隣の席の彼氏・彼女という組み合わせの彼女の方から声をかけられた。高校生ぐらいだろうか。

「仕事、あるの?」
「え」
「借金抱えて大変なんでしょ。あなたの事務所」
「はい。返済しないといけないのでみんなで仕事してます」
「『仕事』だって? バンドが?」

 今度は彼氏の方が低い、言ってみればドスの利いたような声で話しかけてきた。

「一応、これで食べています」
「いい『仕事』だよな。自分の好きなことだけやってりゃいいんだから」
「好きなこと・・・」
「そうだろ? 音楽が好きだからってそれだけやって生きていけてる奴なんているか?」
「なんだ。羨ましいのかい?」
「誰だよ」
「馬頭だよ。ドラムだよ」
「ああ・・・・」

 彼氏は馬頭の方に身を乗り出してきた。

「テクニックだけの、ドラマーか」

 殴ったのは、紫華だった。
 しかも、拳で。

「この・・・!」

 我に返って紫華の脚に蹴りを入れようとしていた彼氏のローファーのつま先を、馬頭は紫華の腕を掴んで椅子から引きずり立たせることで空振りさせた。

「す、すまん! 謝るから許してくれ!」
「はあ? 一方的に殴っといてなんだそれ。それともネットで拡散されたくないのか」
「いや。『14歳の女の子に殴られました』って拡散したらアンタが恥ずかしいだけだしバンドの宣伝になるからそれはいい。ただこいつを殴ったり蹴ったりするのは勘弁してくれ」
「なんでだよ」
「こいつが稼ぎ頭だからだよ!」

 ・・・・・・・・

 帰り道、夕日がまぶし過ぎて馬頭はサングラスをかけてスクーターを走らせた。

「ごめんなさい・・・」
「はあ。カナエが俺を紫華に同行させたのはこっちの方の理由かよ。この暴力女が」
「ほんとにごめん」

 ぶふっ、と馬頭はその言い回しに吹き出した。

「なあ、紫華。そのリアクションって、天然か? ほんとにわざとじゃないのか?」
「わざとじゃない。ねえ馬頭」
「なんだよ」
「ケイのこと、好きだったんだね」
「・・・はい?」
「いいよ。ほんとのこと言って?」
「ちょいちょい。どういうタイミングでそれを訊くんだよお前さんはよ」
「今しかない、って思ったから」
「・・・普通じゃねえよ、紫華は。だけどケイも普通じゃなかった。震災の夜、あいつは自分の家の隣のグループホームの年寄りどもを火の中から引きずり出してたらしいんだよ。それでも結局20人の入居者のうち助けられたのはたった2人。その2人ともオーバー90歳だ。ケイは死んだ。誕生日前だったから14歳だな。紫華と同じだ」
「・・・そう」
「ほんとのこと言うよ。生きてる時は好きじゃなかった。バンドの仲間だってだけだ。死んでから好きになった」
「・・・・・・」
「死んでから、愛したんだ」
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