第31話 卑怯なひとたち

文字数 1,172文字

 A(エイ)-KIREI(キレイ)がキャンペーンソングのリハーサルをしている『Born Fighter』のスタジオにカナエが入ってきた。
 いつも歩く速度の速いカナエだが今日のそれはカカカカと常軌を逸したヒールの音だった。その動きの流れのままでカナエは言った。

「みんな。キャンペーンソングの起用は無くなったわ」
「え」

 一言そう言って固まる紫華(シハナ)蓮花(レンカ)は事務事項の確認という冷静さを保ってカナエに訊いた。

「どうして? この間曲も納入してレセプションの時間まで決まってるんだぞ。その夜に各メディアで情報リリースだろ? 第一ギャラは?」
「ギャラは実費部分ということで3割支払われるわ。レセプションでの演奏は去年までのキャンペーンソングを演奏してた『Out of mind』が演ることになったわ」
「おい! やっぱりあいつらの方がいいってことかよ! あの課長補佐、大口叩いてこれかよ。やっぱ役人だなー」
馬頭(バズ)、違うのよ」
「なにが」
「木田さんは、亡くなったわ」
「えっ」
「厚生労働省のビルから転落した。即死だったそうよ・・・」

 紫華は不思議な感覚に囚われていた。頭痛ではないのだがこめかみの辺りに違和感があり左耳にはっきりとした耳鳴りではないのだが、かすかな音声のようなノイズが混じり始めた。
 その感覚から引き起こされる感情と思考のままに紫華は話した。

「そんなわけない」
「ええ・・・わたしもそう思うわ」
「違う。カナエが思ってるその想像の範疇を超えてる。カナエ。総理大臣はこの曲聴いたの?」
「え、ええ。木田さんが強引に視聴会をセッティングして総理大臣と厚生労働大臣に聴かせたって言ったわ」
「木田さんはこの曲のせいで殺された」
「えっ!?」
「まさか総理大臣が本願の妨害者だったなんて」
「ホンガン?」
「ごめん。カナエ、忘れて」
「え、ええ・・・それで、木田さんは自殺の可能性が高い、って。休日出勤を含めると月の時間外勤務が300時間を超えてたそうだから過労で心身が不安定になったんだろう、って」
「カナエ。そんな訳ないよね?」
「わたしもそう思ってるわ。確かに激務ではあるけど、木田さんは精神面では自分なりに健康を保とうとしてただろうと思う」
「じゃあ、なんでだろう。まさか殺されたのか?」
蓮花(レンカ)、それは分からないわたしたちは警察でも探偵でもないから」
「カナエ」
「なに? 紫華」
「わたし、どうしてもキャンペーンの仕事、やりたい」
「そうよね・・・『いじめ』をこの手で根絶するためのキャンペーンだもんね」

 それはカナエも同じだった。
 今でも手を変え品を変えのいじめの手法がフラッシュバックとなって早朝覚醒をしたりすることもある。

 紫華は言った。

「木田さんの想いに報いたい。だって、あの人は本気だった。本気でいじめを根絶しようとしてた」

 紫華は『本気』の二文字を繰り返した。

「ロックは本気の音楽だから」
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