第3話 ウコク (Gt)
文字数 1,431文字
「止めろお!」
「こらあっ!」
護衛の警察官4人が威嚇射撃をしたが、彼は初心を貫いた。
『殺す』
ただその一語を感情を消し去って成し遂げた。
サラリーマンとしての務めを果たしながら彼はその動作を朝晩何万回と繰り返した。
基礎体力を増強するためにランニングや筋トレにも寸暇を惜しんで取り組んだ。
決断のために3日間絶食した。
妻と生後半年の女の子を池袋で通り魔に殺されてから1年。傍聴席で
犯人が使った殺戮のためだけの卑怯なサバイバルナイフではなく、古風な日本の『懐刀』で彼は
世も世ならば復讐を果たした彼を、『武士の鑑』と称えたであろうが、彼を待っていたのは
情状酌量の結果、懲役15年を言い渡された。
刑務所で彼は模範囚だった。
出所後の社会復帰準備や文化的生活維持も含めて特別に希望の物品を購買できることとなった彼はこう言った。
「ギターを、ください」
理由を訊かれると、
「妻が弾いていたので」
彼の妻と同じアコースティックギターを手にした。まったくの独学で自由時間の全てを使い、弾き続けた。
彼は音楽に造詣が深くはなく、生前は妻の弾く曲が何かも分からずただ、「いいね」と褒めていた。妻も夫が音楽を理解していないことを知りながら、けれどもお腹に赤子がいるときから夫の休日にギターを静かに弾き、彼を慰労していた。
妻が弾いていたのがビートルズやカーペンターズだったと分かるとそれを中心に、目を閉じてでも弾けるぐらいに繰り返し練習した。
3年経った夏、アマチュアのブルース・バンドが刑務所に慰問公演をしに来た時、彼は衝撃を受けた。
エリック・クラプトンがギターを弾いたデレク・アンド・ザ・ドミノスの「レイラ」
決して慰問バンドのテクニックが高いわけではなかったが、ギタリストがこの曲への万感の想い入れを持つことがビリビリと伝わってくるのを感じた。
楽曲そのものの力、そしてエリック・クラプトンという偉大なギタリストに対する『憧れ』のパワーが、大勢の素晴らしいギタリストを生み出してきたことを一瞬で理解した。
彼は刑務官に土下座までして懇願した。
「エレクトリック・ギターが弾きたいんです」
彼がエレクトリック・ギターを手にして10年。
ギタリストとしての履歴は刑務所内での同じ囚人たちに向けたステージだけだが、彼がパイプ椅子に座り足を組んでギターを抱えブルースを弾き始めると、囚人たちも、刑務官たちも、涙して聴いた。
それが彼のギターのすべてだ。
「お世話になりました」
深くお辞儀をし、涙を流して彼との別れを惜しむ刑務官が鉄の扉を閉めた後、塀の際に使者が待っていた。
「ウコクさん」
「どうして
「お迎えに上がりました。あなたの力が必要なんです」
「あなたは?」
カナエは丁寧に名刺を差し出して自己紹介した。バンドメンバーのリストを渡す。
「世界一のバンドを創りたいんです」
「カナエさん。わたしは52歳になりました。他のメンバーは若い。10代の子すらいる」
「ウコクさん。若くても明日には永遠の別れをするのが人間です」
カナエの一言でウコクは13年間の服役中に決して流さなかった涙を溢れさせた。
長く、しなやかな指の右手に左手を添えてカナエに差し出した。
「よろしくお願いします」
「こらあっ!」
護衛の警察官4人が威嚇射撃をしたが、彼は初心を貫いた。
『殺す』
ただその一語を感情を消し去って成し遂げた。
サラリーマンとしての務めを果たしながら彼はその動作を朝晩何万回と繰り返した。
基礎体力を増強するためにランニングや筋トレにも寸暇を惜しんで取り組んだ。
決断のために3日間絶食した。
妻と生後半年の女の子を池袋で通り魔に殺されてから1年。傍聴席で
敵
である犯人のその男を睨みながら『殺す』の一念が揺るがないように精神を維持してきていた、その集大成。犯人が使った殺戮のためだけの卑怯なサバイバルナイフではなく、古風な日本の『懐刀』で彼は
敵
の頸動脈をひと突きで即死させた。世も世ならば復讐を果たした彼を、『武士の鑑』と称えたであろうが、彼を待っていたのは
敵
と同じ被告席に立つ日々だけだった。情状酌量の結果、懲役15年を言い渡された。
刑務所で彼は模範囚だった。
出所後の社会復帰準備や文化的生活維持も含めて特別に希望の物品を購買できることとなった彼はこう言った。
「ギターを、ください」
理由を訊かれると、
「妻が弾いていたので」
彼の妻と同じアコースティックギターを手にした。まったくの独学で自由時間の全てを使い、弾き続けた。
彼は音楽に造詣が深くはなく、生前は妻の弾く曲が何かも分からずただ、「いいね」と褒めていた。妻も夫が音楽を理解していないことを知りながら、けれどもお腹に赤子がいるときから夫の休日にギターを静かに弾き、彼を慰労していた。
妻が弾いていたのがビートルズやカーペンターズだったと分かるとそれを中心に、目を閉じてでも弾けるぐらいに繰り返し練習した。
3年経った夏、アマチュアのブルース・バンドが刑務所に慰問公演をしに来た時、彼は衝撃を受けた。
エリック・クラプトンがギターを弾いたデレク・アンド・ザ・ドミノスの「レイラ」
決して慰問バンドのテクニックが高いわけではなかったが、ギタリストがこの曲への万感の想い入れを持つことがビリビリと伝わってくるのを感じた。
楽曲そのものの力、そしてエリック・クラプトンという偉大なギタリストに対する『憧れ』のパワーが、大勢の素晴らしいギタリストを生み出してきたことを一瞬で理解した。
彼は刑務官に土下座までして懇願した。
「エレクトリック・ギターが弾きたいんです」
彼がエレクトリック・ギターを手にして10年。
ギタリストとしての履歴は刑務所内での同じ囚人たちに向けたステージだけだが、彼がパイプ椅子に座り足を組んでギターを抱えブルースを弾き始めると、囚人たちも、刑務官たちも、涙して聴いた。
それが彼のギターのすべてだ。
「お世話になりました」
深くお辞儀をし、涙を流して彼との別れを惜しむ刑務官が鉄の扉を閉めた後、塀の際に使者が待っていた。
「ウコクさん」
「どうして
ギター弾き
としてのわたしの名前を」「お迎えに上がりました。あなたの力が必要なんです」
「あなたは?」
カナエは丁寧に名刺を差し出して自己紹介した。バンドメンバーのリストを渡す。
「世界一のバンドを創りたいんです」
「カナエさん。わたしは52歳になりました。他のメンバーは若い。10代の子すらいる」
「ウコクさん。若くても明日には永遠の別れをするのが人間です」
カナエの一言でウコクは13年間の服役中に決して流さなかった涙を溢れさせた。
長く、しなやかな指の右手に左手を添えてカナエに差し出した。
「よろしくお願いします」