第47話 蹴りと殴打と無接触

文字数 2,683文字

「すみません。少しお話したいのですが」
「嫌」
「ちょっとわたしたちに協力してもらえませんか」
「嫌」
「協力しないと『あの方』を攻撃しますよ」
「嫌」

 男たちの言っている内容は意味不明だったが紫華(シハナ)の言っていることは明快だった。

 つまり、「いや」なのだ。

「け、警察に通報しますよ!」

 カナエがバッグからスマホを取り出してテンキーをタッチしようとするが男3人はやめておけ、と言った。

「死体が増えるだけだぞ」
「おいおい。『紫』は殺さない手はずだろう」
「殺したってまた解脱して『上の方』に戻れるんだろう? 特別扱いされてるからな、こいつは」
「? こ、コールしたわよっ!」

 通信開始したとたん、カナエのスマホの画面が真っ暗になって戻らなくなった。

「えっ!?」
『事故ですか? 事件ですか?』
「もしもし、こちら浅草の浅草寺横の路地です! 強盗です!」
『もしもし?』
『通信機器の情報は出ないのか?』
『ええ。プロトコルも何も。回線だけ繋がっている状態です』

 警察のコールセンターの声は流れてくるが、カナエの声はまったく届いていないようだった。

「ごめん。それ消したの、わたし」
「紫華! どうして・・・?」
「このひとたちの言う通りなんだ。警察の人が来ても無駄死にだから。銃を持ってても無理だし却って邪魔」

 そしてそう雑談のような話をしながら、紫華も男3人も体重移動と牽制の視線と位置獲りを繰り返しながら臨戦態勢どころか既に戦闘状態に入っていた。
 そして男3人とも単に浅草に昼飲みに来た中年友達同士にしか見えない自然な風貌だった。

 カナエは警察を呼べないと分かると小石でも落ちていないかとしゃがみこむが、今日びアスファルトの路面に都合よく石さえ落ちていない世の中だった。

「カナエ、そのテーブルに座ってて。3人ならわたしは大丈夫だから」
「そうだな。俺たちも3人がかりでないと危ない。逃げない限り戦闘中はそっちの女には攻撃できないしな」
「逃げたらどうする気?」
「戦力を削いででも追って殺す」

 カナエは逃げようかと思った。そうすれば紫華が相手する人数を2人に減らすことができる。だが紫華は叫んだ。

「カナエ! わたしがあなたを守りに走るってことをこのひとたちは分かってて言ってるんだから! 自分を犠牲にしようなんて思わないで!」

 男2人がジャケットの内ポケットから特殊警棒をチャキ、と伸ばして同時に紫華に打ち込んできた。1人は顔面を、1人は腹に向けて突きを。
 だが紫華が避けるでもないのに2人の攻撃は空振った。
 紫華は普段通りの歩行で1人目の男のふくらはぎの一番肉厚の部分を、ケッズの分厚く重量のあるソールで遠心力をつけ、つま先を突き立てた。

「おうっ!」

 痛点と筋肉の最弱ポイントを貫かれて片足立ちになる男。
 そのままやはり紫華は普通に歩いてケッズのつま先で2人目の男の尾てい骨をリベットを打つように正確に打撃した。

「ああっ!」

 骨の痛みはそこだけに留まらず内臓にも及ぶ。瞬時に男は腸を通じて下痢の症状を起こす。肛門から

らしかったがそのままで今度は3人一度に突進してきた。

「あっ?」
「うっ?」
「えっ!?」

 男3人が宙返りしてずだっ、とアスファルトに背中を打って転がった。
 カナエからは男たちは映画のスタントシーンのようにトランポリンでも使って勝手に宙を飛んですっ転んだようにしか見えなかった。
 男の1人が問う。

「何をしたんだ!」
「何もしてない。だって、触ってないでしょう?」
「・・・この、バケモノめ」
「悪魔にそんなこと言われたくない。それから、わたしは今日は調子がいい。内臓を

いじることもできそうだけど、どうする?」

 男たちは一斉に心臓に手を当てた。

「やめとく?」

 3人して間隔を開けて前を向いたままゆっくりと後退し数十メートルまで離れたところで向きを変えて走り去って行った。

「紫華!」

 カナエは駆け寄っていつものように紫華の頭を抱きかかえる。今日はそれだけでは済まなくて、さらに体を屈めて紫華の透明な産毛のキラキラする肌に頬ずりした。紫華が満足の表情になる。

「大丈夫なの?」
「うん。カナエこそ、怖かったでしょう?」
「え、ええ・・・あのひとたち、なんなの?」
「うーん。悪魔?」
「え?」
「の、手先?」
「・・・ごめんね、紫華。あなたを傷つける質問、していい?」
「いいよ」
「あなたは、誰なの?」

 紫華は微笑みを崩さないままカナエの質問に答えた。

「わからない」
「・・・言えない、ってこと?」
「ううん。カナエに言えないことなんてない。だから今日も大塚からストーキングされてることは分かってたけど、見てもらった方が早いと思って。ここ最近のわたしの日常を」
「日常、って・・・」
「ごめんねカナエ。本当に分からないの。断片的にしか。あのひとたちが悪魔の手先だっていうのはネットの情報と合わせ技で出したわたしの『推測』」
「どんな?」
「わたしはすごく偉いひとのサポーターらしくて。『紫』って襲ってくるひとたちみんなから呼ばれてる」
「パープル・カラッツの代表が言ってた『頭領』が関係あるの?」
「その『頭領』が偉いひとを失脚させようとしてて。だからわたしからインサイダー情報を引き出したいみたい。でもわたしが思い出せないようにしてくれてるのは偉いひとの配慮なんだと思う。その方がわたしの危険が減るから」
「十分危険だったわよ、さっきのケンカも」
「ケンカじゃないよ。多分さっきのひとたちは海外のテロ組織の構成員」
「えっ?」
「世界じゅうでテロを起こすひとたちはね、人間として自分の思想を通したいっていう『自己実現欲求』も持ってるけど、潜在意識では『悪魔』にコントロールされてる。実際さっきのひとたちは『黒魔術』でメンタルトレーニングしてる」
「黒魔術?」
「海外のロック・スターが栄光と引き換えに悪魔に魂を売る儀式をしたっていう話があったりなかったりするでしょ? あれはほんとなんだ」
「それも紫華の推測?」
「推測だけどほぼ事実だと思う。政治家の中にも一国のリーダーになりたいっていう自己実現欲求が強すぎて、なんの意識もなしに黒魔術や悪鬼の神に自分の魂どころか国を売り渡す儀式をしてることもある」
「・・・大統領や総理大臣が、ってこと?」
「うん」

 けれどもカナエもある程度ココロの中では分かっていたと感じている。
『14歳の中学生』
 というイメージがバンドメンバーのリスト作成の際、唐突に浮かんで目覚めた深夜の記憶が未だに鮮明に残っている。

「紫華。その、偉い人、って誰なの?」
「多分、人間じゃないと思う」

 紫華は楽しそうに答えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み