第30話 人格を撃ち抜く歌ができたよ

文字数 1,295文字

 殴ってもいい
 蹴ってもいい
 唾液をかけられてすらいい

 あなたが聴かない曲を聴く
 あなたが読まない本を読む
 あながた観ない映画を観て
 あなたが嫌う街へ行く

 バンドはわたしサイド
 バンドはわたしサイド

 バンドは、わたしのもの

 A(エイ)-KIREI(キレイ)
「わたしサイド」(厚生労働省『ブルー・マンデーを超えろ』キャンペーンソング)

「なんだこれは」
「テーマソングです」
「それで? イベントでもこの曲演るのか?」
「はい。もちろんです」
「総理もご覧になるんだぞ」
「この曲はいじめられる子たちのものです」
「察しろよ」
「何をですか?」

 厚生労働省『ブルーマンデーを超えろ』プロジェクトの担当課長補佐である木田は直立不動で課長のデスクの前で応答していた。
 カナエたちにした、『全責任はわたしが負う』という宣言通りに。

「木田補佐。あのねえ」
「なんですか、目黒課長」
「いじめられる側だけじゃなくいじめる側にも配慮しなきゃいけないんだよ
「なぜですか」
「同じ『国民』だからだよ」
「同じ、ですか?」
「ああ」
「どこが同じなんですか」

 木田は取りまとめていたレポートを目黒のデスクの上に置いた。

「いじめに遭った子が不登校となって進学できなかった場合の家計の収入減のシミュレーションです。そしてこちらはその結果『付加価値の機会損失』の発生による国家としての損失のシミュレーションです」
「無駄仕事を」
「いいえ。根拠ある資料です。課長、これをご覧ください」
「なんだい」
「これは、いじめに遭った子や過労やパワハラに遭ったひとたちが『自殺』した場合の国家へ及ぼす損失を弾き出したものです。亡くなった本人やご遺族はもちろん、『この国は人権や経済的な公平性が守られない無秩序な国家だ』とまず国民に見限られ、当然ながら世界経済からも経済合理性のない国として弾き出されます」
「妄想だ」
「いいえ。いじめを

しないと国家の国際的信用の失墜にさえつながります」
「木田補佐」
「はい」
「いじめは根絶できない。せいぜい減らすことが目標だ」
「わたしたちがそれを言ったらおしまいです」
「『いじめ』は必要悪だ。いじめられることを恐れて子供達の競争が刺激される」
「課長!」
「なんだね」
「手の縮こまった不当な競争では世の中を良くすることはできません」
「世の中を良くするためには我々が施策を継続して作り続ける必要がある。そのためにはトップの方針に従って国民感情をコントロールする必要がある」

 目黒課長は話を終わらせたくて席を立った。

「まあいい。そのなんとかいうバンドの起用は白紙に戻す。当日は別の企画の時に使ったなんとかいうバンドの前の曲でも演らせとけ」
「無理です」
「なんだ」
「同日開催のアフリカ諸国との経済交流会議の歓迎レセプションにバンドの演奏を組み込みました。人種差別問題に対する意識の高い各国首脳が大変興味を示しておられます」
「お前・・・勝手にそんなこと」
「わたしはあなたに

呼ばわりされるいわれはありません」
「・・・わかった。もういい」
「はい。ありがとうございました」

 木田がその場を離れると目黒は普段使わない固定電話の一番左にあるダイヤルインのキーを押した。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み